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第三章:休憩区画救助班

「火傷の場合はまず深さと面積を調べ重症度の判断をし、それから患部に水をかけて。服と肌の癒着が考えられるから服の上からでもかまないわ。その後は水にぬらしたタオルを患部に当てて」
 工場内部の休憩区画で九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)自分が持つ医学の知識を活かして的確な指示を飛ばしていた。
「はい!」
 ハリのある良く通る声で返事をしたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。愛機であるSpace Sonicで現場へと急行した彼女は、負傷者が多いと判断し、屋上ルートから空を飛ぶ魔法を用いて救助に向かうことを選んだ。そして、セネシャルとしての使命感から彼女は臨時の診療所として利用している休憩区画に避難した作業員たちを献身的に治療していたのだった。
 怪我人を治療しながらローズは自分の隣で、同じく怪我人を治療している詩穂に半ば向けて、そして半ば自分に向けて呟いた。
「テロか……酷いね。私のやることは一つ、騎沙良さんたちと協力して、一人でも多くの人を助けること。そのためにもがんばらないとね!」
 詩穂をはじめとして、一緒に休憩区画へと救助に向かった面々は医療の知識を持つローズに協力していた。
「教導団員は敵を追う人も多いだろうから、救助の手が足りなくなりそうなのでお手伝いしようと思って休憩区画に来たけど、正解だったねぇ〜」
 同じくローズを手伝いながら清泉 北都(いずみ・ほくと)はのんびりとした口調で呟いた。仲間であるクナイ・アヤシ(くない・あやし)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)とともにレッサーワイバーンで屋上から乗り込んだ北都たちは、休憩区画周辺にいた作業員たちを既に救出し、この休憩区画に運び込んでからは応急処置の手伝いをしていた。
「もう少しの我慢です。頑張ってください」
 怪我を負った作業員を傷口を魔法で塞ぎながらクナイが励ます。
「裏方とはいえ、教導団に身を置いてる以上はお前等も人を守る軍人だろ? ここでへばってるんじゃねぇよ」
 クナイと同じく作業員の傷を魔法で癒しながら、負傷者が有害な煙を吸っていることも懸念したソーマは更に、身体の異常や毒素を取り除く別の別の魔法もかけながら、作業員を励ましている。
「死ぬなら誰かを守って死にたいだろうが。ここはお前等の死に場所じゃねぇだろ?」
 乱暴な言葉であるが、素直になれないこの男なりの励ましなのだろう。魔法に寄る治療と彼の励ましのおかげか、つい少し前まで憔悴しきっていた作業員は今では生気を取り戻しつつあった。
「こんな状況で腹減ってたら絶望しかないが、腹が膨れれば希望も沸くだろ?」
 弱っている作業員たちに『仙人の豆を食べさせて逃げるための体力を回復させながら、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)も作業員たちを励ましてまわる。
「要救助者の移送設備の設置が完了した」
 ローズたちが作業員に応急処置をし、彼等を励ましていると、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)鶴 陽子(つる・ようこ)大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の二組が戻ってくる。彼等は作業員たちを屋上まで運ぶ為の装置を設置しに行っていたのだ。
 滑車とロープ、錘になるものを、予想される要救助者の人数分準備し、屋上に上がった後でハインリヒの指示に従い、滑車とロープをエレベータ用のシャフトの上に取り付けてきたのだった。
 これによりハインリヒの合図があったら、ロープの端を下ろして要救助者の身体に巻き付けさせた上で、もう一方の端に錘を括り付けてシャフトの中に投げ落とす事で、梃子の原理により要救助者を一気に屋上まで引き上げる可能なのだ。
「作業区画の叶白竜殿、保管区画の樹月刀真殿、その両名との連絡がつきました! 両名とも無事であるとのことです! なお、実行犯であるテロリスト以外にも要注意人物が確認されており注意されたし、とのことであります!」
 姿勢を正して後ろで手を組み、直立不動で丈二が報告する。その報告を聞きながらハインリヒは一人呟いた。
「機密を守った上での全員救助、か……今回も厄介な任務だな」
 火災発生の一報を受け、救助活動のため急行した彼が休憩区画を選択したのも、火災の被害が最も少ない場所であれば、教導団にとって重要な機密文書やデータが無傷で残っている可能性が高いと判断したためだ。
 今回の火災が、単なる事故ではなく、テロだとしたら犯人、即ち結城来里人の目的は、火災を起こして工場の人々を避難させた後、機密情報を盗み出す事にあるのではないか――ハインリヒはそう推察していた。
 だから彼は自然な動作で、その場にいた作業員の中で最も階級の高い者に歩み寄ると、声をかけた。
「念の為、残っている機密情報の破棄やデータの消去を進言します」
 するとその作業員は泣き笑いのような顔で応えた。
「ここは休憩区画なもので、機密の類はありませんよ。作業区画や保管区画にはあったかもしれませんが、これだけの被害ではどのみちもう――」
 沈痛な面持ちの作業員に手を差し伸べて立たせると、ハインリヒは努めてその場にいる全員を力づけるように言った。
「脱出の準備が整いました。全員、我々の指示に従って速やかに行動して下さい」
 屋上に出ることができれば、後はハインリヒたちが屋上まで登ってきた方法があり、要救助者たちの体力もそれらを扱えるほどには回復している。彼等の脱出完了はもうすぐだ。