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リアクション
第四章:負傷者救護班
「お〜し、生きてるな? 良く頑張った!」
工場の前に広がる荒野に張られたテントの中に敷かれたシートの上、そこに横たえられた運ばれてきたばかりの負傷者に話しかけて、意識があるか確認すると、朝霧 垂(あさぎり・しづり)はにっと微笑んだ。
「後は俺たちに任せておけ。な〜に、お前はラッキーだぜ? こんな美女たちに囲まれてるんだからさ!」
そう言って垂が負傷者を励ますと、早速ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が合いの手を入れる。
「さっすが垂! おっとこまえー!」
すると垂はすかさずライゼに向き直り、ツッコミを入れる。
「なんで男前なんだよ!」
そのやり取りに、今まさに彼女から治療を受けている負傷者だけでなく他の負傷者、更には治療する側の者たちも一斉に笑い出す。 垂とライゼは常に笑顔は絶やさず、時折冗談も含めながら患者を励ます様に声をかけ続けながら治療を行っていた。当然のことながら、治療を行っている人間の方にも精神的な疲労は溜まってくる。それを見越して、二人は治療する側の精神のケアも忘れずに行っているのだ。
「初期治療が救命の鍵です。工場から病院は遠いので可能な処置はここで行わなくては助かる者も助かりませんの」
場の空気が明るくなり、治療する者もされる者も気力が持ち直したのを見計らって、クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)は檄を飛ばす。彼女は垂と協力して、救助された人を即断即決でトリアージし、重症度ごとにテントに振り分けていた。
休息のみでよい者は白色、軽傷者は青色、緊急処置が必要な重症者は黄色、手遅れの者は赤色のトリアージタッグを付けるという分類だ。緊急処置が必要な人を優先し初期治療していくことが、より多くの命を確実に救う方法なのだ。
幸いにして、まだ赤色のタッグを付けなければならない者は運び込まれてきていなかった。
クエスティーナは黄タッグの人のテントでの医療行為が担当だ。
垂や高峰 結和(たかみね・ゆうわ)にも手伝って貰い、輸血と酸素吸入、食い込んだ破片の除去、血管の縫合等を行っていく。二重ビニールの簡易手術室の中は雑菌が入らないよう密閉し消毒し清潔に。重度の火傷に必要な皮膚移植には白タッグの人から臀部や大腿部の皮膚提供を募る。教導団の衛生科に所属する彼女だけあって、その手際は見事なものだ。
卓越した医療技術を発揮しているのは垂やクエスティーナだけではない。結和も、無事に元の生活に戻ることができるよう患者を気遣い励ましながら、洗練された手つきで治療を進めていく。
「もう大丈夫です、大丈夫ですよっ」
うなされている負傷者を結和が励ましていた時だった。工場の方から大きな爆発音が響いてくる。
負傷者の治療にあたっていた一人にして、結和のパートナーであるアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)は爆発音に何かデジャヴめいたものを感じていた。
建物を振るわせる大きな爆発が、空に立ち上る黒い煙が、どこかで見たことがあるような――何かを思い出しそうな気がするのだ。しかし、アンネはすぐに頭を振ってその既視感を振り払うと、目の前の負傷者に集中する。
(それどころじゃないんだ。目の前に、大切な今があるんだから)
だが、彼のパートナーである結和の場合はもっと深刻だった。爆発の瞬間、爆発音がトリガーとなって結和の記憶が喚起され、過去のトラウマが刺激される。
爆発に関するトラウマを発症した結和は大きく呼吸を乱し、立っていることもままならないほどによろめいた。
(しっかり、しなきゃ……一刻を争う人だって、いるのに……!)
結和は自分を叱咤するが、効果は感じられなかった。頭では解っていても身体は言うことを聞いてくれず、呼吸は苦しく、脚にも力が入らない。堪りかねて彼女が倒れ込んだ時だった。地面に倒れる寸前、クエスティーナが結和の身体を抱きとめる。
「大丈夫、ですよ。ゆっくり……深呼吸、して下さい」
パニック状態になった結和を抱きしめ、撫でて安心させながらクエスティーナは優しい声で語りかける。
「……結和、無理はしないで。……少し、休むかい?」
アンネも心配そうに結和に問いかける。
「三号さん……。だい……じょうぶ。私は、大丈夫……だから」
「……そう? 僕もサポートするから。大丈夫だよ。必ずみんな、助けることができるから」
結和を勇気づけるようにアンネが彼女の手を握ると、彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。
「本当なら…私も突入して、現場で治療をした方がよかったのかもしれません
でも、爆発音に足がすくんで、震えが止まらなくて……それに私には、本物の医学の知識があるわけじゃない。……皆さんのように、頑張らないと……」
すると今度は結和の頭を撫でて彼女を安心させながら、アンネは再び彼女に言葉をかける。
「さっきも言ったように僕もサポートするから大丈夫だよ。必ずみんな、助けよう」
ようやく落ち着いた結和が自分の足で立ち直すと、タイミング良く夜霧 朔(よぎり・さく)とサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が戻ってくる。
「負傷者の病院への搬送および受け入れ態勢の手配、完了しました」
「予め受け入れを頼んでおいた地元病院は勿論、ヒラニプラ中の総合病院にお願いしておいた。無論、教導団本部の付属軍病院にも民間人の緊急入院を依頼してある」
この工場も含めた軍事施設は民間人は立ち入り禁止だが、緊急措置として他校生が活動する許可を梅琳に取ったサイアスは、一目で協力者だと分かればいらぬトラブルも起きないという意図に基づき、許可の証に衛生科の腕章を他校生たちに貸し与えていた。
更には、治療担当者の休憩用のテントも白タッグテントの横に設置し、その上、腕章の返却時に多少の謝礼を渡す手はずも経理課と掛け合って整えていた。
(……お礼なんかいらないという人もいるだろうがね)
自分たちが手配した内容を反芻して確認しながら、サイアスは小さく微笑むととともに小声で呟いた。そもそも、謝礼目的で来るような輩ならば、他校のピンチだという理由で、ここまで危険な現場に助けに来ることも無ければ、飛び込んでいくこともないだろう。 もう一度、小さく微笑みを浮かべると、サイアスは素早く手を消毒し、迅速に医療用手袋をはめると、負傷者たちが待つテントに向かった。
「武器の代わりにメスを握る。命を救う事もまた、私達教導の勤めの一つなのだ」
負傷者たちの元に駆けつけながら、サイアスは真摯な瞳で呟いた。
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