薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

優しい誘拐犯達と寂しい女の子

リアクション公開中!

優しい誘拐犯達と寂しい女の子

リアクション

「ここですわね」
 ノアの情報により、目的に辿り着いた綾瀬とドレス。
「絵音ちゃんを捜しに来た者ですわ」
 声をかけてノックをする。

 しばらくしてドアは開き、

「どーぞ」
 絵音の名前を出されてナカトは思わず綾瀬を迎えたのだ。警戒が多少薄れている。
「お邪魔しますわ」
 ずかずかと中に入り、三人組に一言。

「分かってますの? 身代金目的の誘拐犯とされていることは」

「だから、そんなつもりはないわよ」
「ただ、サミエに似てて。三年間ずっと捜してて」

 イリアルとハルトが激しく否定。

「確実に勘違いということですわね。それでは、この薬を飲んで頂けないでしょうか」
「何だよ、この薬」
 確認を終えてからナコ先生達から貰った二種類の薬を取り出した。ナカトは突然登場した怪しい薬に眉をひそめた。

ちびっこになる薬ですわ。私、目撃情報でここに来たんですわ。小さくなれば、目撃されてもたまたま犯人と同じ特徴を持っている子供と目撃者の方が見間違えてくれるはずですから」
 薬について簡単に説明し、理由を話して納得させてから薬を飲ませた。みるみる三姉弟は小さくなってしまった。

「綾瀬、四人目の犯人がいるわ」

 ドレスは、ノアの情報に一致する女性を発見した。

「え、四人目の犯人?」

 いきなり話しの矛先が自分に向いてセレンフィリティは驚き、聞き返した。
「あなたと絵音ちゃんを見たという情報がありますわ」
 ノアから得た情報をセレンフィリティに伝えた。

「あたしは犯人じゃないよ。たまたま、この宿に泊まってたお客で絵音ちゃんと三人に協力してただけよ。絵音ちゃんが外に出たそうだったからちょっと買い物に。ね?」
 セレンフィリティは二度目の無実証明を口にし、さらに絵音やセレアナ、イリアに援護を頼んだ。

「セレン、二度目じゃない」
「そうだよ。お姉ちゃんは優しい人だよ」
「イリアの買い物をしてくれただけだよ」

 セレアナは呆れ、絵音は怒った顔で反論し、イリアも無実証明に一役買った。

「……分かりましたわ。で、なぜ帰らないんですの?」
 話をセレンフィリティから絵音へと移した。
「……それは」
「まぁ、帰りたくも無くなる気持ちも分かりますわ。あの両親ときたら、自分の子供の安否よりも真っ先に身代金の事を気にしていましたもの。ひどい親ですわよねぇ?」
 絵音が答える前にわざと悪びれた様に言い、彼女の本心を引き出そうとした。

「うん、あたしのことより仕事の方が大事なんだよ。二人共、あたしが寝ている時に帰って来るし、一緒に遊んだこともないもん」

 綾瀬の計画は成功し、日々の不満を怒りと共に打ち明けた。セレアナの質問の答えはここから来ているようだ。

「……寂しかったんじゃのう」
 絵音の吐露を聞いたルファンは、呟いた。家族と過ごすことがあまりなかったので絵音の気持ちは分かる。どれだけ寂しかったのか。

「じゃ、イリアは料理始めるね!」
 イリアが食材を持って厨房へ向かおうとした時、再びノック音が響いた。

「また、お客だな。何か、どんどん面白くなるなぁ」
 ウォーレンが面白そうにドアの方を見た。
 イリアルが急いでドアを開けに行った。絵音の話ですっかり警戒を忘れ、簡単に開けてしまった。

「あのぉ、そちらの部屋に忘れ物をしてしまったのですが」
 目的の部屋に辿り着いた加夜は、うっかり忘れ物をした旅行客のふりをしてドアを叩いた。

 ドアが開いて小さくなったイリアルが出て来たと同時に加夜は閉められないように『警告』を発した。
「絵音ちゃんを迎えに来ました。事情を詳しくお話して頂きたいのですが、今は絵音ちゃんに会うのが先決です」
 イリアルには目もくれず、中にいるだろう大人に言って強引に室内に入った。
 イリアルは子供化しているため加夜には分からなかったのだ。

 室内に入り、思わず驚きの声を上げた。どこかしこに知った顔があるではないか。
「あれ、どうして。あ、犯人」
 加夜はセレンフィリティを見た途端、綾瀬と同じ反応を見せた。 

「また、誘拐犯扱い!? たまたまこの宿に泊まっていただけよ。絵音ちゃんと買い出しに行っただけで」
 三度目の犯人扱いにセレンフィリティは急いで無実を証明した。
「……これで三人目ね。セレンの言った通りになったわね。他人の空似は……」
 セレアナはいい加減な相棒にいつものようにツッコミを入れた。
「……セレアナ」
 セレンフィリティは少しむっとした顔をしつつも言葉を発することは出来なかった。

「誘拐犯は、そこの三人ですわ。ちびっこになる薬で子供化していますわ」
 綾瀬は子供化している三人を紹介した。

「そうですか。あの、詳しい事情をお願いします」
 加夜はここにいるみんなに詳しい事情を求めた。

「……そういうことですか。帰りたがらないと」
 全ての事情を知った後、加夜は絵音ちゃんの側に行った。みんながどれだけ心配しているかを伝えるために。

「絵音ちゃん、みんな心配してますよ。お父さんとお母さん絵音ちゃんのために必死に駆けつけていましたよ。ナコ先生もスノハちゃんも泣いてましたよ。だから、思ったことを言葉にして伝えてあげて欲しいです」
 ゆっくりと聞いている絵音の耳と心に入るように言葉にしていく。
「……思ったこと」
 手に持っていたお菓子をテーブルに置き、小さく呟く。どう言葉にしたらいいのかを考えている様子。
 それを見た加夜は、
「……大丈夫」
 小さく呟いた。
 もう少ししたら帰るだろうと心配してくれる人がいると分かるだろうと悲しませないようにしようと思うはずと信じた。なぜなら、自分の他にこんなに絵音のことを心配して捜したり側にいたりする人がいるのだから。必ず気付くはず。

  加夜の話が終わったところでイリアが動き出した。気になってずっと聞いていたのだ。
「じゃ、本当に料理始めるね!!」
「あ、私もお手伝いします」
 絵音を放っておけない加夜は絵音が帰りたがるまでここにいることにした。絵音自身だけではなく彼女の心も救出するために。
「いいよ。行こう、行こう」
 イリアは加夜と共に宿の厨房へ行った。

 廊下では、『迷彩塗装』で見守り続ける二人。
「にゃは〜っ、どんどんにぎやかになってくね」
「ここまでくると誘拐事件じゃないな。子供達が動く前にばれなければいいいが」
 どんどん人数が増えて比例するように室内が賑やかになっていく様子にアニスは楽しそうにして和輝は騒がしさに一抹の心配を抱く。
「スノハと絵音、仲直りできるかな〜」
 アニスは泣いていたスノハを思い出していた。
「できるさ。二人はあんなに仲良しだったんだからな」
 今のところ絵音に帰る様子はないが、きっと帰るだろうとは思っている。二人の仲良しさは知っているので。
「そうだね」
 和輝の言葉にこくりと頷いた。
 二人は、静かに成り行きを見守り続けた。

 ……誘拐事件は愉快な騒ぎになりつつあった。