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リアクション
教導団敷地内のドッグでは、一機の大型飛空艇の整備が進められていた。
初の実戦任務ということもあり、整備に当たる学生達の表情もいつもより引き締まって見える。
「ドラゴンが飛空艇を襲わないようにする――簡単に聞こえるけど、厄介な任務だな」
飛空艇の操舵室では、作戦隊長である小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)が中心になって方針会議が開かれていた。
「ドラゴンは飛空艇に対して何か敵意を抱いている様子だ、ということは前回の任務の時に確認しているし、むやみな事はしたくないな」
小暮の言葉に、会議に参加している面々もまた頷いて返す。
「まずは、あのドラゴンがどうして飛空艇を襲うのか、その原因をきちんと調査する必要があると思ってる」
小暮が一同を見渡した。
その視線に答えるように、はい、と手を上げたのは一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)だ。
「実際にドラゴンに襲われたという飛空艇の乗務員から、証言を貰って来ました」
そう言うと一条は、手に持った数枚の書類を小暮に提出する。
手書きで取られた証言書には、航行記録や機体のデータなどの数値が並んでいた。
「数件の証言が取れましたが、いずれも風向き等の天候状況、機体種別、航行目的等に共通点は見られませんでした。無差別に、縄張りに入り込む飛空艇を襲っている模様です」
襲われた位置からおおよその縄張りの見当も付いています、という一条の言葉通り、渡された資料には地図が添付されており、ドラゴンが飛空艇を襲った現場が書き込まれていた。
「やはりキーとなるのは『飛空艇』という一点か。団長からの情報では、空賊の目撃情報もあるという事だったけど」
「それについては僕達も調べて見ました」
そう言って、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が挙手する。
「データを提出します」
言葉と共にエールヴァントは手元のノート型パソコンを操作する。
と、程なくして小暮の手元のパソコンに、エールヴァントから提供されたデータが反映された。
ここ十年の、空賊の活動に関する情報だ。
「公開されている情報しか拾えませんでしたが、あの付近では定期的に、小規模ですが空賊が発生しているようです。ここ暫く発生していなかった様ですが、発生周期を考えるとそろそろ顔を出す時期かと推察されます」
「なるほど。やはり、空賊団が関与している可能性は無視できないみたいだな」
「ただ、それらの空賊はごく普通の空賊というか、積み荷を襲う程度のことしかして居ないようです。ドラゴンが暴れる、飛空艇を襲う、そういった事例は、過去十年間、起こっていません」
「それから、目撃情報の提供者にも当たって見たぜ」
そう言って身を乗り出すのはエールヴァントのパートナーであるアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)だ。
「どうだった?」
「『見るからに悪いことしてそうな大きな飛空艇が通ってったわよォ』……だとさ」
「……それだけ?」
可愛い女の子から事情を聞けたらいいなーと、ちょっと下心満載で出かけていったアルフを迎えたのはオバチャンの集団だった。
聞き出せたのは結局、噂話のような曖昧な証言ばかり。
小暮からの問いかけに、アルフはひょいと肩を竦めて見せた。
「まあ、時間も無かったしな……全部の目撃証言に当たれた訳じゃないんだ、悪い」
「いや、それでも相手が大型の飛空艇を所持しているという予測は立つ」
それならいいけど、と引っ込んだアルフに変わって挙手するのはクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)だ。
「少尉、これを。ドラゴンの生態に関する調査報告です」
そう言ってクローラは手元のハンドヘルド・コンピューターを操作して、小暮のパソコンに情報を転送する。
簡単にまとめられたテキストファイルと、数点の画像データだ。
「――以上です。ドラゴンは元来、戦闘を好む種族では無いはずです。やはり、空賊の関与がある可能性が高い」
共有のために資料の内容を一通り読み上げてから、クローラは小暮をまっすぐ見据えてそう告げた。小暮もまた、こくりと頷く。
「まずは、空賊がドラゴンに何らかの関与をしているという、証拠を押さえる必要がありそうだな」
小暮の言葉に、クローラもまた頷く。
「しかし、空賊を排除したからといってドラゴンがおとなしくなるとは限るまい」
そう発言するのは、大尉であるクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
「相手は野生動物だ。仮に我々の飛空艇を敵ではないと認識したとしても、他の飛空艇を襲うのをやめるとは限らないだろう」
クレアの言葉に、小暮は渋面を作って頷く。
「なら、空賊の飛空艇だけが敵だ、と認識さればいい、と?」
「そうだな、それは有効かもしれない。飛空艇の群れの長としてはぐれ者を叩き伏せる――交渉にはそう言う態度で臨むのが効果的だろうな」
このクレアの発言でおおよその方向性が定まった。
「それなら極力、調査する人以外は近づかない方が良さそうだね」
「そうだな。ただし、空賊がいつ出現しても良いように、警戒は全方位に向けて行う必要がありそうだ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の音頭もあって、意識共有が必要な部分について打ち合わせがなされる。
「とにかく、むやみにドラゴンに手を出すようなことはしたくない。協力をお願いします」
最後に小暮が一同を見渡す。皆も一様に、力強く頷いた。
□■□
「……作戦は以上です。調査隊の皆さんは先行して下さい。飛空艇の援護をして下さる方は暫し待機を」
ヒラニプラ北部、レッサードラゴンの縄張りと思われる地域から、安全と思われるだけの距離を十二分に取った辺りに本陣が張られた。
そこで小暮は、外部生を含め、作戦の為に集まったコントラクター達に作戦の概要を伝えていた。
ドラゴンの縄張りに侵入するにあたって、いきなり飛空艇で突っ込んでいっては前回の二の舞だ。
今回は慎重に、まずはワイバーンなどの動物を扱える面々が先陣を切ることになって居る。
本陣には大小様々の動物が繋がれていて、なんというか、賑やかだ。
その動物たちの間を飛び回っているのはヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)。天御柱の生徒である岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)と山口 順子(やまぐち・じゅんこ)のふたりも手伝っている。
主がブリーフィングに参加して居る動物たちを、その間預かっている。
「では、作戦開始!」
辺りに小暮の声が響く。と同時に生徒達は一斉に動き出した。
ヒルダが預かっていた動物たちも次々にお迎えがやってきて、元気に飛び出して行く。
「いってらっしゃーい」
飼葉の入った桶を片手に、ヒルダが手を振った。
一方飛空艇内でも、整備班が慌ただしく動き始める。今回機関室に張り付くのはトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)達四人だ。
前回のフライトの結果が良かった為、今回は機関室に詰めるメンバーが削減されている。その分偵察などに回っているのだが、アーティフィサーが一人しか居ないというのは少々心許ないような気もする。
「魯先生、モニタリングの準備完了したよ」
「では、始めますかね」
トマスの合図を受けて、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が鼻歌交じりに機関部のチェックを開始する。魯粛子敬、現在アーティフィサー修行中。
その隣ではミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がサポートに付いている。とはいえ、ミカエラも現在はアーティフィサークラスにないので、専門的な作業に当たることは出来ないが。
魯粛の指示の下、トマスとミカエラがあれやこれやと動き回っている横では、トマスのもう一人のパートナー、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が使いっ走りに甘んじていた。
それなりに機械に親しみを持って居るトマスやミカエラと違い、テノーリオはもっぱら肉体派。今回は万が一の際の白兵戦要員としての同乗だ。
その、「万が一」が発生しない限り、出来ることはと言えば体力を温存しつつ、三人に言われたものを取ってくるとか、ささやかな雑用程度だ。
「何も起きないに越したことはねーけどなァ」
機関室でテノーリオがぼやいている頃、ブリッジの方はといえば、これまたまだやることが無く、平和だった。
「小暮少尉、念のためこれを」
「ああ、ありがとう」
ぽっかりと時間が空いた、今のうちにと、大岡 永谷(おおおか・とと)は小暮に禁猟区で作ったお守りを手渡した。
「これには、前も助けられたっけな」
以前模擬戦を行った際には、相手チームの奸計をこれでいち早く察知することが出来た。その時のことを思い出しながら、小暮は貰ったお守りをポケットへ落とす。
「今回も役に立つと良いのですが」
「それより、これが役に立つような事態が起こらないようにしないとな」
「確かに、それもそうですね」
禁猟区の範囲内に敵が接近するということはほぼ、白兵戦突入という事を意味する。それはあまりいただけない。
「自分の計算では、この作戦で船内における白兵戦が発生する確率はほぼゼロパーセントだ。だけど、油断は出来ない」
「まあ、当然でしょう」
二人の会話を遠巻きに聞いていたセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が、ひょっこりと割り込んできた。
「セオボルト殿、何か」
「いや何、この飛空艇に同乗させて頂くのは初めてですから、ご挨拶をしようかと」
そう言うとセオボルトはやや慇懃にも見える身振りでお辞儀をした。
はあ、と小暮もぺこりと頭を下げる。
「しかし、ドラゴンの縄張りを荒らす空賊、ですか。目的は何なのでしょうねェ」
「まだ空賊の関与が確定したわけではないですが」
「ふむ……もしかしたら、確たる証拠のない空賊団を捕まえたいという事なのかもしれませんな」
その可能性は否定できない、と小暮も頷く。
目撃情報は上がってきているが、直接の被害の報告は上がってきていない。ドラゴンに襲われた、という被害報告ばかりだ。
「もし自分が賊だとしたら、ドラゴンにちょっかいを出して飛空艇を襲わせるよう仕向け、ドラゴンが落とした飛空艇から物資をサルベージしたりしますかね」
「サルベージ、ですか」
「それなら容疑は火事場泥棒――拾得物横領ですかな、だけになるでしょうし、一般人がドラゴンの縄張りに、わざわざ荷の回収に行くとも思えませんから足も付きにくい」
「その可能性は高いかも知れない。調査班に伝達しておきましょう」
そう言うと小暮は、今回通信を担当するリーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)に指示して、セオボルトの推理を踏まえた上で飛空艇の残骸などが残っているかどうか調査するよう、通達を出した。
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