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スライムを助けよう

 夜薙 綾香(やなぎ・あやか)の眼前には、青い不定形の物体があった。
 そっと、指を近づけてみる。
 ぷにょん。
 一瞬指に弾力を感じたものの、すぐにめにゅりと中に入り込む。
「にゅい」
 物体……スライムは一声鳴くと、ゆるりと指に絡みつく。
 そのまま手に、腕に。
「ん…… ちょ、ちょっと、そんな奥まで行くでない! ……んんっ、そ、そこまでっ……」
 綾香は胸にスライムを抱きしめると、立ち上がる。
「んむ、お前達は寂しいのだな。よし、私がママを探すのを手伝おう!」
 喜んでいるのかそうでないのか、腕の中でスライムはぐにょんと震えた。

「スライムさん、私じゃ代わりにならないかもしれないですけど、甘えてもいいんですよ?」
「にゅい」
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の持つバスケットの中には、スライム。
 お花見パーティーに手作りの料理を持って参加しようとしていた結和。
 しかし気づけば、料理の入っていたバスケットの中身はスライムになっていた。
 決して彼女の料理がスライムだったわけではない。
 スライムが、彼女の料理目当てに集まってきたらしい。
「私のお弁当、喜んでくれたんですね。……なんだか、可愛いです」
「にゅ」
「ほら、おいでー」
「にゅにゅ」
 結和の広げた手の中に飛び込むスライム。
「……あ、ちょっと、くすぐったいです……もぅ、私は本当のお母さんじゃないんですから……そ、そんなことしても、出ませんからあ……っ」
 何が出ないのかは置いといて。
「お、お母さんが恋しいんですよね……私、探してあげますね」

「……2年前の桜の木の異変とこのスライムの子たち、何か関係があるのかな?」
「まるで母親とはぐれた子供みたい」
 桜の木周辺を調査しながら歩いているのは布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)
 彼女たちもまた、スライムを助けたいと考えて調査していたのだ。
「もし迷子になって、ずっと親と会えないんだとしたらこんな可哀想なことってないと思うわ」
「ちょっと放っておけないよね」
 熱く語りながらも、周辺を調べる手は止まらない。
「気になってたんだけど……ここら辺の植物って、なんだか青っぽくない?」
「青スライムと何か関係があるのかしら……あ」
「あらら」
「んっ……あ……」
 歩いていた佳奈子たちは、スライムを胸に抱いたまま声を押し殺して座り込んでいる結和に気づいた。
「ご、ごめんね。すぐに失礼するからごゆっくりどうぞ」
「ち、違います! ちょっと何だか分かりませんが違うんです! 私はただスライムさんのお母さんを探したいと思って……ふぁ」
 慌てて口を閉じる結和。
 口を開くと、つい声が出てしまう。
「ならば私と目的は同じだな! ならば行き先はひとつだ! ……はぅうっ」
「えーと、あなたは?」
 結和に続いて現れた人物に、首を傾げる佳奈子とエレノア。
「夜薙 綾香だ。私にひとつ、推測がある……ん、ふぅっ」
「……また変な人が来た」
 綾香の制服の下で、何かがぐにょぐにょと蠢いていることには誰も気づかなかった。
 幸いなことに。

   ※※※

「某さんと一緒にお花見、嬉しいです。紫色の桜、とっても綺麗ですね。それに、こうして某さんと一緒に歩いているのはもっと……えっ、某さん、どうしたんですか、や、こんな所で……」
「にょー」

「綾耶、どこだ、綾耶ー」
 花見客の合間を縫うようにして、匿名 某(とくな・なにがし)は必死で結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の姿を探していた。
(以前みたいに人質にされるなんて事はめったにないだろうけど……)
 某は、紫桜を見上げる。
 この桜の花粉には、目の前の人に甘えたくなるという効果があるらしい。
 綾耶が俺以外の男に甘えている姿なんて見ちまった日には…… 『ドキッ★ 血しぶきだらけのお花見パーティ 〜やってみよう桜の下の都市伝説』が幕を開けかねない。
 ごつっ。
 どこかの誰かに甘えたくなるような気持ちを岩に頭を打ち付けて抑えつつ、某は恋人の姿を探す。
 そしてとうとう、某は見る。
 綾耶が、某以外の存在とくんずほぐれつしている所を。
「綾耶、そいつは……!」
「あっ、某さん!」
「にょにょー」
 愛しい人の声を聞き、嬉しそうに振り返る綾耶。
 その笑顔に、一瞬で毒気を抜かれる某。
「そいつは……?」
「迷子のスライムさん、みたいです」
 綾耶はスライムの探し物に協力している所だと、某に説明する。
「それでも、何もそんなに絡みつかないでも……」
 綾耶の全身に、甘えるように絡みついているスライムをじろりと見る某。
 その視線に込められた殺意に気づいているのかいないのか、「にょー」と鳴くスライム。
「なんだか、この子、寂しいみたいで……」
「そっか……よし、俺も協力しよう」
「某さん!」
(これ以上綾耶にくっついていられても腹が立つだけだし、早いとこ探し物を見つけてもらおう!)
(やっぱり、某さんは優しいですね)
(にょー)
 少々ずれた思惑を抱え、二人と1匹は顔を見合わせ微笑んだ。

「ほらあ、ここですぅ! ね、面白い色をしてるでしょぉ? この桜の花粉には、もっと面白い効果があるそうなんですぅ」
「へぇ、これが……全員、花粉対策してるよな?」
「はーい」
「もちろんよ」
 桜の下に、華やかな一行。
 花よりも花粉に興味を持ったルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が、佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)を連れてやって来たのだ。
「けど、ルナは分かるとしてなんでアニスとスノーまでついてきてるんだ?」
「う〜っ、だってついて行きたかったんだもん!」
「どこかの有象無象が和輝に甘えないように守ってあげようと思ったからよ」
 和輝の腕にすがりつくとぶんぶんと首を振るアニスと、どこか含みのある笑顔で答えるスノー。
「ま、いいけどさ…… あれ?」
 視界の隅に映った不自然な青いモノに、和輝は気づいた。
 スライムだ。
 うごうごと蠢いていたスライムは、和輝たちに気付いたのか突然飛び掛かってきた。
「にょー!」
「……くっ、こいつめ!」
「待ったですぅ〜!」
 慌てて迎撃しようとする和輝を止めたのは、ルナ。
「どうした!」
「この子に敵意はないみたいなのですよぉ〜」
 ルナの言葉に、構える手を止めスライムを見る和輝。
「にょにょー」
 すり寄ってくるスライムには、たしかに攻撃の意志はないように見える。
「この子……もしかしたら親を探してるのかもですぅ」
「分かるのか?」
「なんだか、そんな気がするだけですぅ」
 スライムの上をふよふよと漂いながら、困惑した様子で話すルナ。
「親、か……」
「和輝さん?」
 和輝の顔に複雑な感情の色が浮かぶ。
 しかしそれも一瞬。
「よし、俺が助けてやる」
「和輝さん!」
「アニス、スノー、いいか……ん?」
 連れ二人を振り返った和輝は硬直した。
 二人とも、顔が赤く目が潤んでいて……
「あれ、二人ともマスクは?」
「あっいけない。取れちゃった(棒読み)」
「で、でも大丈夫。こうやって和輝の側にいればいいよね」
 スライムが飛び掛かってきた時のどさくさで、彼女たちのマスクは取れていた。
「和輝ー、手、繋いでー」
「私も、手を絡ませて」
「和輝ー、抱っこしてえー」
「私も、抱いて」
「和輝ー、おんぶー」
「私も、バックで」
「ちょちょちょ、二人とも甘えすぎ! 俺の体は一つしかないし! っていうかスノーは何かが違う!?」
 リア充なんてレベルじゃない。
 スライムを前に、和輝はそれどころではない状態に陥っていた。