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【第二章】3

 二人の男が階段を駆けあがっている。
 匿名 某(とくな・なにがし)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は買い物をしていたはずの仲間結崎 綾耶(ゆうざき・あや)フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)の元へ行くべく走っていた。
「階段キッツ」
「何言ってんだ康之! 早く行かないと綾耶が!!」
「はいはい」
 康之には某がこれ程までに必死な理由が、大体察しが付いている。
 綾耶の事が心配で心配で仕様がないのだろう。
 ――全く、こっちが恥ずかしいくらいだぜ。
 康之が走りながら顎をポリポリかいていると、後ろから階段を凄い勢いで駆けあがってくる人物が見えた。
 影月銀だ。一階からパートナーのミシェルを助けに来たのだ。
「やっぱりパートナーを?」
 康之の声に銀が一瞥し小さく頷くのが見えた。
「見つけたら教える。どんな子?」
「長身でセミロングの黒髪の……」 
 銀がそこまで言った所で、三人は三階に辿り着いた。
「うっわ、広いな」
「ミシェル……見つかるか?」
 ひらけた光景は中々に壮観だった。
 ワンフロア使った下着売り場とは聞いていたが、正直ここまで凄いとは三人とも想像していなかったのだ。
 何かアロマでもやっているのか甘い香りと華やかなディスプレイの慣れない空間に慣れない男達は酔ってしまいそうだ。
「これだけ広いと探すのに苦労……しなかった!!」
 某が指差した先にどす黒いオーラが立ち上っている。
「おお……あれはまさしくフェイの放つどす黒嫌悪感オーラ」
「貴様達の連れは人間のカテゴリーに属しているのか?」
「俺達もそう思いたいよ……」
 呆れている康之を置いて、某はオーラに向かって一直線に走って行く。
「おい某! 待てよ!」
 走って行く某を追いかけながら、康之は銀も一緒に走っていることに気づいた。
「あれ?」
「どうせ闇雲に探すのならこちらからでも同じだ。
 同じ場所行ったところで貴様達の連れが襲われていたら加勢をしてやらんこともないぜ」
「お前いい奴だな」
「……ふんっ!」
 そっぽを向いてしまった銀の頬は少しだけ赤く上気している。
 普段人には無関心な銀だが、某の必死な様子に自分と同じものをみたようで、柄にもない事を言っていた。 
 
 辿り着いた場所には某の予想通りフェイ達が居たのだが、これも若干の予想通りに彼女達は強盗団に取り囲まれてしまっていた。
 中心に綾耶が座り込んでおり、フェイが庇うように前に立っている。
 綾耶を横で支えているのは
「ミシェル!」
「じゃあお前のパートナーってあの人か?」
「ああ」
 康之が苦虫を噛み潰した表情の銀とミシェルを交互に見ている間に、某は綾耶の状態に血相を変えていた。
「綾耶! どうした!?」
「某さん!
 ……大丈夫です。ちょっと痛みが走っただけで……」
 綾耶は何者かによって都合よく造り変えられた過去を持っていた。
 そしてそれによる肉体の変革の影響で、時折身体に痛みが走るのだ。
 今も運の悪い事に綾耶が逃げようとした矢先に、強い痛みが彼女を襲った。
 動かない身体のままどうにかして強盗団から隠れようとしていた時、手を貸してくれたのがミシェルだった。
 しかし上手く隠れたり逃げたりしようとしている間に、彼女達は強盗に取り囲まれてしまったのだ。
 運が良かったのはフェイの存在だ。
「よく聞け人の形をしたクズ野郎。
 攻撃したら殺す。一歩でも近づいたら殺す。動いても殺す。というか生きてたら殺す。さっさとこの場で自決しろ」
 こんな調子で実際黒いオーラを放つ程のフェイの迫力にたじろいた強盗達が動けないで居る所へ、某達がやってきたのだ。
「綾耶……こいつら絶対に許さん」
「某さん、落ち着いて下さい。
 私はまだ何もされてませんから! ちょっと下着姿を見られただけで」
「下着を……見られた、だと?」
「銀、いきなり乱暴なことしちゃダメだよ! その人達は私を追いかけてきてただけだよ!」
「追いかけてきた……だと?」
 某と銀はパートナーの説得も空しく――というか逆効果で煽られてしまい――強盗達へ向かって行く。
「お前ら何もんだ!?」
 強盗団の質問に対する答えは”拳”だった。
「制裁! 圧倒的、制裁ッッ!!」
 某は反重力アーマーで敵を浮かせつつ、敵の背に向かって真空波で”全力”をぶち込んで行く。
「貴様ら、ミシェルを追いかけ回すとはどういうつもりだ。不埒者め。とりあえず倒そう」
 銀は某の真空波でこちらへぶっ飛んできた敵へ鉤爪を向けて居た。
「人の下着姿を見たなら貴様らも同じようにしてやる」
 銀の爪で服をビリビリに破かれた敵を、康之は取り敢えず手近にあったブラジャーやパンツで縛りあげた。

 数分も経たない内に、ボロ雑巾の如く床に転がらせられた強盗達を見ながら、綾耶とミシェルは微妙な表情を浮かべている。
「あの……ちょっとやりすぎじゃ」
 戸惑っている綾耶の肩に某が自分の服を掛けるいると、フェイはいつもの無表情に蔑みの色を混ぜて強盗団を見降ろしている。
「やりすぎ? まだ終わってない」
 フェイの持つ曙光銃エルドリッジは、明らかに強盗の急所を撃ち抜こうと狙い定まっていた。
「フェ、フェイちゃん!!」
 某はフェイを止めようとしている綾耶の肩を掴むと、彼女に向かって誰も見た事のない位爽やかな笑顔を向けていた。
「綾耶に手を出す奴はあのくらいしていいと思うんだ。
 大丈夫、きっとジャンル補正って奴でなんかこうギャグっぽい表現で誤魔化してくれるはずだから」
「そうだな、勢いとノリで誤魔化されるはずだ」
 銀までもが某に続いてメタ発言を放っている。
「銀もそんな事言ってないで止めて!!」
 慌てているミシェルの声は三人には届かない。
 ”黒い”というのがぴったり当てはまるような表情を浮かべてフェイと某と銀は強盗団を見降ろしていた。
「やっちまえフェイ」
「ああ、思い切り風穴をあけてやるといい」
「言われなくても」
「や、やめろ、やめてくれ、いやだ、うわあああああああ」
 強盗達の悲惨な悲鳴がフロア中に鳴り響く中、康之は顔を青くして制裁の様子から目を逸らそうと努力していた。