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【第一章】6

「死にたくなかったら大人しく服を脱げ!」
「俺たちに従えば危害を加えるつもりはない!!」
 三階でパニックが起こってから数分後。
 フロア内に残されたのは逃げ遅れたのであろう数えるほどの人数の客と一部の店員達、そして強盗団の面々だった。
「何が危害を加えるつもりはない! よ。こっちは既に迷惑してるっていうのに……。
 もう……折角御買い物を楽しんでたのに!」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は試着室に置かれた店員が使うカウンターの後ろからうろついている強盗団を見て舌打ちした。

 今日はパートナーの榊 朝斗(さかき・あさと)が天御柱学院に用事があるので、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)と二人で買い物にきていたのだ。
 装甲と一体型の機晶姫であるアイビスに下着は不必要だったが、ルシェンが楽しそうに買い物をする姿を見ていてアイビス自身も楽しさを感じでいた。
 そんな矢先の出来事である。
「折角ルシェンが楽しんでいたのにこんな事になるなんて……許せません」
 アイビスが見つめるのは、先程大声で犯罪予告を発表していた強盗団の男が女性を追いかける姿だ。
「女の聖域に踏み込んでくる不埒な者を野放しにする訳にはいけませんね」
 頷くルシェンを見て、アイビスはパーカーの袖をまくるとナックルを握り、そして言った。
「とりあえずルシェン、服は着替えてください」
「え? ……あ!」
 怒りとパニックですっかり忘れていたのだが、ルシェンが身にまとっていたのは紛れも無く下着だった。
 黒をベースに散りばめられた紫のバラ、極めつけは網タイツの扇情的な下着が長身の身体に映えているが、そうやって指摘されると自分がまるで喜んで露出していたように思えてしまう。
「そんなつもりなかったのにぃい!!」
 湧きあがってくる恥ずかしさに沸騰したルシェンは、真っ赤になって両手で胸を隠した。


 その頃、同じフロア内の試着室ではルシェンと同じく顔を真っ赤にして動揺している者がいた。
 先程ジゼル達と話した事でちょっとファッションも頑張ってみようと決意していたフレンディス・ティラだ。
 事件が起きた時に着替えを始めたものの、慌てて居た為にもたついて、未だに下着姿のまま試着室に残されてしまったのだ。
「……や……なんで……殿方……」
 フレンディスはカーテンの隙間から外を闊歩する強盗団の男達を見て、泣きそうになっている。
 必要以上に動揺していた彼女の姿は、すぐに強盗団に見つかってしまった。
「おい! 居るのは分かってんだぞ! ここを開けろ!」
「嫌……」
 先程慌てたまま手にしていた着物で肌をかろうじて隠しているものの、フレンディスの強すぎるとも言える羞恥心はその状態もアウトなのだと告げている。
 小刻みに震えるその姿は、はて戦いの際の凛とした忍者は何処へやら、と言った雰囲気を纏っていた。
「いいからカーテン開けろっつってんだ!!」
「私……マスター以外の殿方に見られるの……嫌…です……近寄らないで下さい……!」
 動揺からだろうか。
 フレンディスは超感覚発動をさせてしまうと、狼……というよりもはや犬の耳と尻尾下げて泣いて怯える小動物に変貌してしまった。
 カーテンの向こうに現れたパートナーのレティシア・トワイニングが下着姿で尚堂々と強盗団と渡り合っているとは知らずに。


 蔵部 食人(くらべ・はみと)の姿を見た誰もが、三階で起こったのは大事件だと思ったに違いない。
 だがそれは間違いだった。
 食人は確かに血だらけだったが、それは誰に殴られたり蹴られたりした訳でも無く単に自分が勝手に流したものなのだ。
「とまらねー」
 たまたまバッグに入っていたタオルを手に鼻を抑えるが、溢れる血は止まらないし何より服がもう既に血まみれなのだから余り意味は無い。
 こなければ良かったとも思うが今更どうしようもない。
 元々正義漢で優しい食人だ。
 何か事件が起こったようなので自分に力になれる事は無いかと階段を駆け上がってきたのはいいものの、あらゆる場所に居る下着姿の女性たちに――そういった耐性が無かった為に――逆にピンチに陥っていた。
「仕方ない。取り敢えず下の階に戻ろう」
 食人が少しでも鼻血を止めようと上を向きながらエスカレーターに向かって歩いていた時だ。
「あ!! はみと〜〜〜」
 追い打ちは飛んでやってきた。
 自分を呼ぶ声に前を見てそこに見えたのは濃い青緑色のスリップから、宝石のついたブラジャーを覗かせたジゼルがジャンプする姿だった。
 女性特有の甘い香りが血の臭いに混じったかと思うや否や、タオル越しに顔面を柔らかい感触が包み、食人はそのままホールドされてしまう。
「ひさしぶりー!!」
 顔面にぐいぐい押しつけられるように胸を当てられて、食人の意識は色んな意味で朦朧としていた。
「嬉しいわ嬉しいわ! 偶然に友達に会えるなんて!」
「じ……くるし……」
「こらー!!」
 意識が完全に飛んで行く寸での所で、雅羅達が拳を振り上げてこちらへやってきた。
「ジゼル、何やってんのよ!!」
 雅羅に首根っこを掴まれて、ジゼルは納得しないままやっとホールドを外す。
「え? 何って……挨拶よ?」
「挨拶って……。
 駄目でしょそんな……はしたない」
「はしたない? なんで?
 食人には本当に久しぶりに会えたから嬉しいわって表現したかったんだけど」
「……もうちょっと別の方法で表現しなさい。
 でないと」
「でないと?」
 聞き返すジゼルに、雅羅は食人を指差した。
「こうやって犠牲者が出る事になる」
 蔵部 食人は出血多量と酸欠で意識を失い仰向けに倒れていた。
 その顔には血の混じった白いタオルが、まるで死人にかける”それ”のように掛っていた。


 こうしてお亡くなりなった食人にジゼルがごめんなさいをしている頃。
「トレジャーセンス!!」
「技名を叫ぶのって何か意味あるんスか?」
 華麗に技を決めていた四谷大助に向かって、ルシオン・エトランシュの冷静な突っ込みがさく裂する。
「うっせーな。気合だよ気合
 それより何だよダイヤモンド製の恐竜って……
 そんなもん本当に下着売り場にあんの?」
 この盛大な勘違いはそもそも大助発ではなく、ルシオンの所為だった。
 元々買い物に乗り気じゃなかった大助は、事件が起こるとすぐに更に不機嫌になったのだ。
 ルシオンの方は買い物を楽しんでいた所だったのに、大助に「もうこのまま帰る!」等と言われてはたまらない。
 何とかさっさと事件を解決してしまおう、そして買い物を続けよう。と、ルシオンは考えたのだ。
 そして情報を掴むために聞き耳を立てるうちに、誤情報を流してしまった。
「途中で聞こえたんスけど、ダイヤの……ブ……ブラ……ブラキオサウルス?
 それが目的らしいッス」
「…………


 はア?」
 大助には物凄く胡散臭そうな顔で見られたが、一応こうしてトレジャーセンスを使ってくれているのだ。
 ――手がかりも何もナシ! 不安ッスけど、ここは大さんの勘に任せるッス!
 という具合で、自身満々の大助の後ろをついて歩く。
 そしてエスカレーターホールへやってきた。だが、これは……
「これ逆走っスよ」
「いいから付いてこいって!」
 二人は下りのエスカレーターを思い切り逆走して駆け昇って行く。
 良い子は真似しないでください。
「逆走するのに何か意味があるっスか?
 反対側からちゃんと昇った方が良いと思うっス」
「はっ! オレの勘を舐めるなよルシオン。
 いままで培ってきた歴戦の経験が、”逆走しろ”とオレに言ってるんだ」
 更にスピードを上げて勢いよく駆けあがる大助。
 しかしそこに、上からルールを守っている客が――いや、エスカレーターはそもそも走ってはいけないのだが――駆け降りてきた。
「うわ!!」「きゃあ!!」
 二つの身体は縺れる様に転がり落ちる。ルシオンは上手い事避けたが。
「あ、ジゼルさん」
「ルシオン! っと……抱きついちゃ駄目なのよね」
 エスカレーターの手すりをちゃんと掴んで上から下りてくるジゼルと一緒に、ルシオンが階下までゆっくり乗ったまま降りて行くと、大助と落ちて行った客は二階のエスカレーター乗り場の少し先まで転がったようだった。
 見た所二人とも朦朧としているようだが、怪我はなさそうだ。
「な、何かすべすべ…………
 いや、見つけた……これが……俺のトレジャー!!」
 大助が自信満々で両手で掴んだそれは……
  
 一枚のスリップだった。

 というか胸元がぱっくり割れたレースの赤いスリップを身に付けた雅羅の胸だった。
「……大さんのトレジャーセンスって、雅羅さんにも反応するんスね。流石にコレは予想外ッス」
 ルシオンの冷静な言葉は届いていないのか。
 大助は雅羅の上に乗って胸を両手で掴んだまま、雅羅は胸を掴まれたまま二人とも固まったままだ。
「……一応一枚撮っておくッス」
 ルシオンが写真を撮っているシャッター音がして、雅羅は遂に我に返った。
 振り上げた足で大助の身体を宙に持ち上げると
「ばかあああああああああああ!!!!!」
 ボールを蹴る要領でエスカレーターホールから一階へ続く方へ大助を蹴り飛ばした。
「雅羅これは誤解なんだあぁぁぁ」
 段々と小さくなる声は階下へと落ちて行く。
「……一応動画モードで撮っておくッス」
 四谷大助の一世一代の勇士を、ルシオンは動画モードでしっかりと撮影した。