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リアクション
■ 小枝に春を鈴なりに ■
材料がある程度集まったところで、桜の小枝作りが開始された。
一部まだ取り寄せ中の造花等があるけれど、すべてが揃うのを待っていては作成が間に合わなくなる恐れがある。
だから、まずはある材料で出来るものから手をつけて、順次届いたものを入れ込んで作ってゆくことにした。
「前にもお手伝いしてるから、小枝作りはまかせて。布紅ちゃん、また競争しようね」
自信満々に言う三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)を、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)はちらりと見やった。一昨年桜の小枝作りを手伝った時、のぞみは確かに手早く小枝を作っていったのだけれど……やや大雑把な感のある出来になった小枝を、ミカはあとから手直しして、交換用としてちゃんと見られる状態に修正しなければならなかった。
のぞみの作ったもののままでは、交換している間にぽとりと桜の首が落ちてしまいかねない。それでは縁起物として、かなり問題がある。
今年もきっと、一昨年のように小枝の手直しをすることになるだろうと覚悟して、ミカはのぞみの隣で材料を手に取った。
「僕としては、他者のための作業より、のぞみたちと花換えをしたいのですけどね」
のぞみたちが花換えまつりの手伝いに行くというのでついてきてみたけれど、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)にとって準備作業をするだけというのは不本意だ。つい文句を漏らしたロビンにのぞみは、
「だったら当日も来てみる? 交換してたら自分の作った小枝にあたるかもね」
と提案しながら、早速小枝の材料に手を伸ばす。
「こういうのは、たくさん作って、たくさん幸せに、だよねっ」
のぞみの言っていることは正しい。
けれど……とミカはのぞみが作ってゆく小枝を見て肩を落とす。
てきぱきと効率よく作られていく小枝は案の定、残念な出来だ。
全く駄目というのではないけれど、要所要所の詰めが甘い為に全体的に雑な仕上がりになってしまっているのだ。
もう少し落ち着いて作ってくれたら……とミカが内心思っていると。
「のぞみ。それは数に加えられないですよ」
ロビンが横から口を出す。
「え、これじゃあダメ?」
「この花びらが取れそうになっています。テープも枝に均一に巻かれていない為に、針金が出ている部分があるでしょう?」
ロビンからの指摘を受けて、のぞみは自分の作った小枝を見直す。
「ほんとだ……」
「花びらはしっかりと根元を留め付けること。テープは先に巻いた部分と重ねて隙間無く……」
「こう?」
「あまり重ねすぎるとテープにロスが出ますから、少なめに……ええ、それくらいが良いでしょう」
「なるほどねー」
のぞみはロビンに教えられた通りに小枝を直した。それだけで小枝の見た目はかなり改善される。
前に小枝作りをした時には、ミカはのぞみの作ったものを後から手直しする形でフォローした。けれどロビンは横から口や手を出すことで、のぞみをフォローしている。そうして先に注意して直させることによって、のぞみは少しずつではあるけれど、形良い小枝を作れるようになってゆく。
「……確かにそれも一理ある、な」
自分のやり方とは違うけれど、ロビンのやり方にも理はある。相変わらずロビンのことは気に入らないけれど、認めるべきところは認めても良い……かも知れない。ミカがそんな風に考えていると、ロビンは今度はミカの作っている小枝を指す。
「ミカ、この角度をあわせるともっと綺麗になりますよ」
「ああそうか……ありがとう」
ミカが礼を言うとロビンも満足そうな表情になる。素直なそんなやり取りをちょっと意外に思いながらも嬉しくて、のぞみの口元はつい笑ってしまうのだった。
「紙と針金で桜の小枝を作り、それに小さなお守り袋と絵馬をぶらさげる作業か……分担した方が早いかもしれないね」
桜の花、枝、お守り袋、絵馬等を作り、それらを組み立てる作業。すべてを1人でやるよりも、パーツごとに作成したものを組み立てる方が効率が良さそうだと、清泉 北都(いずみ・ほくと)は提案してみた。
「そうですね……その方が助かります。桜の花とか難しくて……」
周囲に花びらの紙を落としながら苦戦している布紅が頷く。
「だったら僕は桜の花弁を作るよ。日本人だもの。桜の花は見慣れているしね」
北都は薄紙を手にすると、桜の花を作ってゆく。
淡いピンクの紙は五弁をまとめてソメイヨシノ。
日本では桜といえばソメイヨシノが一般的だけれど、ここはパラミタだからと北都はやや濃いめのピンクの花びらを多めにまとめて八重桜も作る。
はかなさの中に美しさを見いだす人もいれば、幾重にも花弁を重ねた華やかさに心動かされる人もいるだろうから。
小さくて薄い紙を綺麗な形にまとめるのは手間のかかる細かい作業だけれど、北都は1つ1つ丁寧に着実に桜の花を作ってゆく。
「我には桜の花というものはよく分からぬな」
「モーちゃんは枝を作ってくれる? 図面を描くから、それを見ながら作ってくれればいいからさ」
「承知した」
モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は北都の描いた図面を見ながら針金を束ねる。枝らしくなるよう節を作り、いくつかに分岐させる。微妙な曲がり具合も再現し、茶色のテープで巻いてゆく。
「……意外と器用だねぇ」
作業具合を確認した北都は、感心したように呟いた。
「我々が作ったもので誰かが喜ぶのなら、それは遣り甲斐のある仕事だ。しかし主よ。『意外と』とは何だ。我を何だと思っている?」
「モーちゃんが真面目だってことは知ってたけど、それと器用かどうかは別だからねぇ。でもこれなら安心して任せられるよ」
モーベットは予想以上に器用に枝を作ってくれている。これなら大丈夫そうだ。
「花と枝はいいとして、後はお守り袋と絵馬を誰か分担してくれるといいんだけど」
「じゃあ僕がお守りを作るよ。絵馬はブルーズに作ってもらうから」
答えた黒崎 天音(くろさき・あまね)を北都は、えっ、と見上げる。
「絵馬はともかくとして、お守り袋作りは裁縫なんだけど……」
「もちろん分かっているよ。僕の7つの特技の1つを披露しようかと思ってね」
天音はここに来る途中、ツァンダの木材点と空京の手芸用品店に立ち寄り、木ぎれやお守りに良さそうな和柄の生地、小さなお守り袋に合わせた細めの紐等、色々買いそろえてきたのだった。
色とりどりの布や紐、鮮やかな和の色彩に囲まれて天音はソーイングセットを手に取ると、裁断した布をちくちくと小さなお守り袋に縫い上げる。
「うわ、器用なんだねぇ」
驚く北都に、そう? と天音は微笑む。
「袋に塗って、上と両角を織り込むだけだよ。後は紐を二重叶結びにして穴に通せば……ん?」
取ろうとした緋色の紐をゆるスターのデネブの小さな手が押さえている。
「この紐はあわないかい? それならこっちにしようか」
天音は隣にある黄色い紐を手にして、それをお守り袋に通して完成させた。
「では我は絵馬を作るとしよう」
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は大工道具を器用に使い、木ぎれを絵馬の形にしてゆく。
大工道具が動くのが気になるのか、ブルーズの肩にのったゆるスターのガロガは、身を乗り出すようにしてそれを眺めている。
天音とブルーズの前にちょこんと座り、ひげをピクピクさせているスピカはまるで、お手伝いしまちゅよとでも言いたげで。コロナはと言えば、落ちつきなくちょろちょろと2人の間を行き来する。
ゆるスターといっても色や大きさ、性格もさまざまだ。
「ブルーズ、一仕事終わったら休憩がてら桜を観ようか。折角その着物も着付けたし、スピカ達も一緒に」
針を動かす手は休めぬまま天音が誘う。
「そうだな、来がてら見た参道の桜も空が霞んでみえる様でなかなかだった」
桜の見頃は長く無い。思い立った時にその咲きぶりを愛でておくのが肝要だ。
「花換えまつり当日は丁度満開かな。一緒に御神酒を頂くのも良いね」
「ふむ、楽しみだ……おっと」
嬉しさに口元を緩めたブルーズの手から、木片がこぼれ落ちた。
何しろ細かな材料ばかりである。社の床でこんと弾んだ後、木片は棚の隙間に転がっていってしまった。やれやれと思っていると、その隙間にコロナが頭をつっこんだ。身体半分は隙間に入り、ぷりぷりお尻と小さなしっぽ、じたばたとする後ろ足だけが出ている様が愛らしい。
どうだと言わんばかりに木片を引きずり出したコロナに、ブルーズからも天音からも微笑が漏れるのだった。
「前にやったことある人がたくさんいるから、大丈夫そうかしら。今回初めて作る人で、作り方が分からないって人とか、上手く出来ないって人がいたら言ってね」
そう声をかけながら回っているアルメリアを神崎 優(かんざき・ゆう)が呼び止める。
「見本を作ってくれないか?」
「じゃあ基本的なのを1つ作るわね」
アルメリアが作り始めると、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)もやってくる。
「あたしも見てていい?」
「もちろんいいわよ。こうやって枝に花を留めていって……桜らしくね。あとはバランスをみて、お守り袋や絵馬を吊せば出来上がり。パーツを作ってくれてる人がいるから、それを利用させてもらえば組み立てだけで済むわよ」
アルメリアが説明しながら作っていくのを真剣に観察すると、千百合は冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)のところに戻った。
「日奈々、ばっちり聞いてきたよ」
「千百合ちゃん、ありがとうございますぅ」
布紅が困っているらしいと聞き、また、作った小枝が皆の福になるなら嬉しいからと、日奈々は千百合を誘って小枝作りに参加することにしたのだ。
「とはいっても……私が、手伝って……ほんとに、役に立つかは……わかんないですけどねぇ……」
日奈々は手探りで材料を取った。
手先は器用な日奈々だけれど、視覚情報無しに小枝を作るのは大変だ。
「ちゃんと作り方は聞いてきたから安心してね。そこまで難しくないから日奈々だったらすぐに覚えられるよ」
千百合が日奈々の手を取って、作り方を教えた。
「こう……ですか〜?」
「うん。やっぱり日奈々は飲み込みが早いね」
日奈々に教える方を優先に、千百合も自分の小枝を作る。
ゆっくりとゆっくりと、日奈々は小枝を作りあげた。
「とりあえず……出来た、けど……これで、いいのかなぁ……」
背を丸めるようにして必死に小枝を作っていた布紅は、日奈々の声に顔を上げる。
「はい?」
「布紅ちゃん……小枝、これで大丈夫……でしょうかねぇ……」
日奈々は心配そうに布紅に小枝を見せた。
「とてもきれいに出来てます。わたしももう少しがんばらないとですね……」
時間をかけているわりに、あまり良い出来とは言えない小枝を布紅は情けなさそうに眺めた。そんな布紅に千百合が笑ってみせる。
「布紅ちゃん、そんな難しい顔しないで、笑顔笑顔。福を呼ぶためのものだもん。暗い気持ちで作ってちゃだめだよね」
「は……はい、そうですね」
はっとしたように頷いた布紅に、日奈々もにっこりと笑顔を向ける。
「布紅ちゃん……一緒に、頑張りましょうねぇ〜」
器用な人、不器用な人。
それぞれ出来は違うけれど、心をこめて作る小枝はきっと、交換する人に福を届けてくれることだろう。
アルメリアから見本をもらった優は、それをパートナーのところに持ち帰った。
「これを作るのか」
神代 聖夜(かみしろ・せいや)は優のもらってきた小枝を、しげしげと観察する。
「ああ。アレンジは自由だが、これが基本形らしい。作り方も聞いてきた」
優は見本の形状を確かめながら、パートナーたちに小枝を作ってみせた。
「なるほど。取り敢えず作ってみるぜ」
聖夜は優から聞いた説明と見本を元に、忠実に小枝を作ってゆく。
「えっとこれはどうすれば……」
優の隣で教わりながら、神崎 零(かんざき・れい)も桜の小枝作りに取り組んだ。
「零はやっぱり綺麗に作るな」
優に褒められて、零は恥ずかしそうに笑う。
「そう? だったら嬉しいな。交換する人に喜んでもらいたいもの。でも優の作ってる小枝はもっと綺麗ね。それは蕾?」
「ああ。この方が桜らしく見えるだろう?」
優は蕾の桜を作り、それを織り交ぜながら桜の小枝を作っている。咲いた花より少し濃いめのピンクで作った蕾。交換している人が自分の枝についている蕾に気付いたら、ちょっと楽しい気分になってくれるだろうか。
「少しアレンジをするだけで、随分印象が変わるものですね」
それまでは見本に忠実に作っていた陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)は、そういうやり方もあるのかと優の小枝を参考に、自分もアレンジを加えてみた。花の位置、数、吊すもののバランスや見栄えを考えて作ってゆくのは、ただ見本にそって組み立てるよりもずっと面白い。
逆に聖夜は応用が苦手だ。見本通りになるように、優たちに聞きながら慎重に作るのが精一杯。
上手い上に応用まできかせている優に聖夜は聞いてみた。
「優、どうしたらそんな風に上手く出来るんだ?」
「いや、別にうまく作ろうなんて考えなくて良いんだ」
また1本、枝を仕上げた優は答える。
「じゃあ何を考えて作ってるんだ?」
そう尋ねた聖夜に優は反対に聞き返す。
「その小枝を作ったら誰にあげたい?」
「誰って……」
聖夜は狼狽して視線を揺らした。
「交換したい大切な人や友だち等を想いながら作っていけば、きっと良い物が出来るはずだ。だから焦らなくて良い」
「そういうものなのか……?」
そのやりとりを聞きながら、刹那も考える。交換したい相手……大切な人である優のこと、そして聖夜のこと。
ふと視線を感じてそちらを向けば、聖夜と目があった。そちらに微笑み返してから、刹那は小枝に桜をつけてゆく。
「交換したい大切な人……」
零もそう呟いて友人やパートナーたちのこと、そして誰よりも交換したい相手、優のことを想う。
(花換えまつりの日には、優と桜の小枝を交換したいな……)
心からの想いをのせて。
大切な人と。
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