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第5章 ネクタルの湧き出る泉


 ──とは言っても、実際に生徒らが、ネクタルの泉を探し出すのは大変だった。
 陽はすでに落ちかけており、ただでさえ悪い視界が、どんどんと悪くなる悪循環。
 予定よりも時間はかかったが、なんとかして泉に辿り着く事ができた。
 安堵……の気持ちが湧き上がると思いきや、辺りは混沌に包まれていた。
 闇の中に光る二つの巨大な瞳、二頭の野獣が、真っ直ぐにこちらの姿を捉えていたからだ。

「…………。」

 足を踏み出してしまった。
 イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は泉を見つけた嬉しさに、その刹那、異常……異変に気づいた。
 伸び縮みする長い舌が、不快な音を立てている。
 泉の中で、ゆらりと動く黒く長い影が姿を現す。
 長い首……縦に伸びる……伸びる。

 信じられない大きさの毒蛇サーペント。
 首の長さから推測するに、全長は12メートル、重さは1、000キロあるであろう。
 その体重で巻きつかれたら、死を覚悟しなければならない。
 しかも、敵はそれだけでない。

「グルルルッ……。」

 長い犬歯を持った……野獣。
 全長は3メートルほどだが、刃渡り50センチを超えるサーベルのような牙を持ちし獣。
 一頭は赤い鬣を持ち、もう一頭は青い鬣を持つ、二頭のサーベルタイガーであった。
 そいつらは舌なめずりしながら、イングリットに近づく。

「危ない!!」

 だが、それよりも疾かったのは、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。
 ヒラリと跳躍すると、イングリットの目の前に立ち塞がる。
 ……と同時に、サーベルタイガー(赤)が動き、その鋭い爪で小夜子を切り裂く。

「冬山さん!!!」

 イングリットは叫んだ。
 飛び散る鮮血……、引き裂かれた肌……のはずだったが、小夜子は受け流していた。
 鎧すら身に纏ってない彼女を助けたのは、スキル【不壊不動】である。

「何て馬鹿力なのかしら…………。【七曜拳!!!】」

 サーベルタイガー(赤)の攻撃を受け止めた左腕を離すと、驚速のスピードで連続攻撃を繰り出す。
 十三……。
 同時に打ち出した拳の数である。
 急所である腹部を打たれた、敵は呻き声を上げると転がり、両の手で顔を覆いながらも砂埃を立てた。

「……まったく、とんでもない攻撃をするからよ。思わず、本気を出しちゃったじゃない。」

 そう言う、小夜子も無事ではなかった。
 なんと、【不壊不動】で受けたはずの左腕が切れていたのだ。
 その威力を物語るような、大量の血が流れている。

「さ、小夜子さん!」

 パートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)は、龍鱗の盾をかざしながら援護に入る。
 槍と盾の重装備。
 力強い味方を得た小夜子は、キッと敵を睨み付ける。
 無論、敵を倒してはいない。
 野獣は立ち上がると、先ほどより慎重に、強敵に戦いを挑んでくるのだ。



 ☆     ☆     ☆



「戦いは出来る限り避けてきたけど、しょうがないわよね! カルキ!!」

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、パートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に声をかけた。

「えっ……、お、俺? マジでっ!?」

 指名されたカルキノスは、自分を指差し困ったような表情を見せる。
 こんな時に呼ばれたのだから、もちろん出番は蛇退治であろう。
 ……とは言っても、相手は全長12メートルの化け物。
 いくらルカでも、こんな化け物を倒せとは……。
 カルキノスは、再度ルカを見ると、確認の為に大蛇を指差す。

「コクリ。」

 ルカは笑顔で頷いた。
 つまり、倒せという事だ。

「チクショー!! 埋め合わせはしてもらうからな!!」

 カルキノスはサーペントを見据えると、手で弓を引くポーズを取った。
 そして、口でブツブツと呟くと、両腕の間に光る矢を作り出す。

【サイドワインダー】

 カルキノスが弓を引くと、二つの光の矢が左右に飛び散り、角度を変えて速度を加速しながらサーペントを狙う。
 ドーーーンッ!!
 すると、目標とした敵の顔に命中し、大きな爆発が起こった。
 ……が、蛇は何事もなかったかのようにのっそりと動き、この痛みを与えた主に、どう復讐しようか咽を鳴らす。

「……だから言ったじゃねーか。どうするんだよ、ルカ?」

 カルキノスは唇の周りをペロリと舐めると、余裕の表情を止め、真剣な顔で戦闘を開始する。



 ☆     ☆     ☆



「はぁ!!!」

 イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は、バク転と同時にサーベルタイガー(青)を蹴り上げる。
 しかし、敵の攻撃は収まる様子はなく、その鋭い牙でイングリットを襲った。

「くっ……。」

 イングリットは一度、距離をとると傷つけられた太腿を払う。

「時間がないってのに……、わたくしの邪魔をするなんて許せないですわ!!」

 激情に任せ、鋭い突き、蹴り、突きを繰り出すイングリット。
 だが、焦れば焦るほど、型は乱れ、急所は外してしまう。
 それどころか、敵はイングリットなど、物の数ではないとばかりに突進してくる。
 そして、まるでタックルを受けたかのように、イングリットは後方に転がりながら吹き飛ばされた。

「こ、この……。」

 イングリットの唇に血が滲んでいた。
 このわたくしが血など……、イングリットの血の気が一気に引いていく。
 思わず、目の前の獲物に飛び掛り、八つ裂きに引き裂いてしまおうと思えるほどの殺意が湧いてきた。
 だが、その時、どこからともなく【歌】が聞こえてきたのだ。

「〜〜♪ 〜〜〜〜♪ 〜〜♪」

 それは、幸せに満ちたような歌であった。
 その声は人の心を震わせ、同時に魂の震えを覚え、イングリットの猛々しくなった心を静めていく。
 「歌姫」綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の歌である。
 最初、敵の姿を見た時、怖かった。
 恐怖で身体が動かなかった。

 泉 美緒(いずみ・みお)が捕まった直後、イングリットに焦るなと言ったが、時間が迫った今、実際に大蛇やサーベルタイガーを目の前にして、自分はどうだったか。
 一歩下がろうとしてしまった。
 でも、自分を奮い立たせるべく、歌を歌った。
 さゆみの中を恐れ、焦りを消すべく……、前へ、前へ。

「イングリット。怒ったりするのは後でも出来るけど、今は前だけを見て突っ走るしかないわ。美緒さんたちを助けるのは今しかできないわよ!」

 さゆみの歌が悲しく、そして、恐れの歌に変化していく。
 すると、どことなくサーベルタイガー(青)の動きが鈍くなったようだ。
 もう、震えは止まっていた。
 さゆみは腰から富士の剣を抜くと、イングリットに近づく。

「さっ、起きて。目的を果たしましょう。」

 そして、彼女に手を差し伸べたのだ。



 ☆     ☆     ☆



 至る所で戦いが繰り広げられていた。
 その間にも、時間は過ぎていく。

「追いついたぁ!!!」

 その声とともに、突如、一台の機晶バイクが飛び出した。
 派手な音を立てて、地面に着地する。
 木賊 練(とくさ・ねり)らが、ようやく追いついたらしい。

「あら、ひーさん。もしかして……ピンチ?」
「もしかしなくても、ピンチではないですか。ちょっと、時間がかかりすぎですね。」

 彩里 秘色(あやさと・ひそく)は、どこからともなく、取り出したお菓子を口にする。
 どうやらここへ辿り着くまでに、【歴戦の防御術】で戦闘を避けてきたが、敵の数が多すぎた為に体力を失ったようだった。

「時間も残り少ないし……イングリットー! ここはあたしらに任せて、先に魔女のところを目指しなさいよ!」

 練はイングリットに声をかける。
 イングリットは、練の方をチラリと見て頷くと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の方を見た。
 ルカは、指でOKのポーズを取ると、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に呼び寄せる。

「ダリル、お願い!」
「わかった。」

 ダリルは静かに頷くと、ルカと一緒にネクタルを汲みに走った。
 練はそれを見届けた後、味方に【対電フィールド】を張ると、両手を大きく広げて叫んだ。

「みんな。ちょっと光るから気をつけてね。【放電実験!!!!】」

 手を重ねると、中央に雷が発生し、辺りの木や枝などの突起物。
 そして、敵味方を構わずに襲い掛かる。
 練の目的は足止めだった。
 秘色はブージを手にすると、敵の動きを封じるべく走り出した。

 そして、イングリットは水入れに水を汲むと、ダリルの箒に乗り込む。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、「俺は」と言う顔でダリルを見た。
 だが、ダリルは「カルキは残れ」と身振り手振りで説明して、空を飛んでいく。

「ちくしょー! この前は焼肉だったから今度は寿司だ!!」

 カルキノスは怒りに任せて拳を振るったと言う。