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少女に勇気と走る夢を……

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少女に勇気と走る夢を……

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 病院周辺の公園。

「……? 私がもう一人?」

 芝生に敷いたシートの上で常時携帯している自作中の本を開いて確認していたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)はおかしな気配を感じて顔を上げた。
 視線の先にいたのは鏡に写したようにそっくりな自分の姿。

「……あなたは」
「レイナ・ミルトリア」

 一応確認のために訊ねると隣にちょこんと座っているレイナの分身は明確に名乗った。

「……先ほど妙な雨が、もしかしたらそのせいでしょうか」
「おそらくそのせいです」

 先ほど降っていた妙に綺麗な雨の事を思い出し、冷静に状況を判断する。
 それに対して分身も冷静に返す。

「……見た目だけではなく考え方も大差ないようですね」
「ちょっとした双子気分」

 状況からレイナは自分の隣に座る分身が自分と全く同じである事確認すると分身が今の自分の気持ちを代弁した。

「……ふむ、ちょうどリリが席を外してますし……」
「戻って来たら少し悪戯をしますか」

 一緒に来たリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)は妙な雨が降る前に用事で今は席を外している。

「ふふふ……どんな反応返してくるでしょうか?」
「楽しみです」

 リリの反応を想像しながら二人のレイナは楽しみに待っていた。

「お待たせしました、お嬢様。すぐにお茶の準備を……って。あれ? お嬢様がお二人?あぁ、これは夢でしょうか? それとも幻覚? お嬢様を愛しすぎるせいで昼間から幻覚が見えるように……?」

 戻って来たリリは、不在の間に起きた出来事に驚いていた。

「愛?」
「リリ、何を言ってますか」

 自分の考えに浸っているリリに何事かと訊ねる二人のレイナ。

「え? 愛とは従者としての忠誠心ですよ? それ以外あるわけないじゃないですか。あははは……」
 我に戻り、急いで弁解をするリリ。

「リリ、どちらが」
「本物の私でしょうか?」

 さっそく悪戯開始。

「と、当然、分かりますよ、分かりますとも! 常日頃からお仕えしてるのですから分からないはずがありません! ですが、なかなかよく出来た分身のようですので判別のために色々調べさせてもらいます。まずはお声から!」
 リリはじっと二人を見比べる。どう見ても簡単に見分けが付くわけがないが、それよりも慕っているレイナが二人になった事の方が何よりも大事。

「リリ!」
「リリ!」

 レイナはリリの頼みで名前を呼ぶ。

「あぁ、お嬢さまのお声をステレオで聞けるなんて……何という幸せ」
 リリは判別のため目を閉じて二人のレイナの声に聞き入る。ぼそりと幸せ詰まるつぶやきをこっそり洩らした。

「リリ、どうかしましたか?」
「分かりましたか?」

 なかなか反応が返ってこないリリに痺れを切らして訊ねる二人。

「……っは! ええ、ええ。大丈夫ですよ。では、次にお髪を……」
 リリは急いで目を開けてレイナの髪を梳かすために立ち上がった。
 この少し後、楽しい時間に賑やかな訪問者が現れた。

「ちょっと、何か雨が降って来たと思ったら私がもう一人!? 一体これはどういうことなのよ……」

 イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は目の前で繰り広げられている惨状に言葉を洩らす。

「……ところかまわずに抱きついてキスをしてるし」
 イリスの分身は、キス魔だったらしく女の子を見つける度に抱きついてキスをして好き勝手な事をしている。

「こんなのを放っておいたら末代までの恥だわ、何としてでも止めなければ」
 イリスは殺気を伴いながら分身を追いかけ始めた。

「ん? 騒がしいけど何かあったのかな?」

 イリスから離れて気ままに街を楽しんでいたクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)は周りの騒がしさが気になり、ひょっこりと様子を窺いに来た。
 
「あれ? イリスが二人いる。ねぇ、何があったの?」
 好き勝手に動く分身を追い回すイリスにとりあえず言葉をかける。
 周囲には累々と分身の被害者達がいる。

「見ての通り……待つのよ!!」
 イリスは、クラウンに答える言葉を中断した。分身がまた新しい女の子にキスを始めたからだ。

「……キス魔な分身を追いかけてるってことかぁ。一人でもわがままで困るのに二人もいたら大変なことになっちゃうよ」

 自分の質問にも答えられないほど、熱心に追いかけているイリスの様子を眺めながらクラウンは二人のイリスとの生活を想像し、まずい状況である事を認識した。

「それにすっごい殺気だし、ついて行って分身を止めなきゃ。僕も手伝うよ!」
 クラウンは殺気立っているイリスの所に急いだ。
 そして二人はキス魔な分身を追いかけた。

「なかなかの暴れっぷりですね」
 朱鷺は相変わらず暴れん坊な分身を眺めていた。

 そこに分身を見失ったイリスとクラウンが現れた。

「あ、朱鷺くん、キス魔なイリスの分身を見かけなかった?」
「こちらの方向に向かったのは確かなんですが」
 クラウンとイリスは朱鷺に分身の行方を訊ねた。

「確か、あちらの道を走って行きましたよ。あまり人通りが少ない所です」
 朱鷺はつい先ほど走って行ったイリスの分身を思い出していた。

「ありがとう。朱鷺くんも分身いるんだね」
 クラウンは暴れん坊の朱鷺の分身に目を向けた。

「えぇ、面白いので観察をしています」
 朱鷺はクラウンに答えた。

「そうなんだ。それじゃね」
「助かりました、ありがとうございます、東さん」
 クラウンとイリスは礼を言って教えて貰った道を急いだ。

「私から逃げられると思ったら大間違いよ。ふふふ」

 イリスは殺気のこもった笑みを浮かべていた。

 とうとう、分身を発見した。

「発見!!」
「回り込んで挟み撃ちよ」
 最初に発見したクラウンに指示をしつつイリスは素早く動いた。

「ここまでだよ!」
 クラウンは『風に乗りて歩む者』を使い、空飛んで回り込み、分身の行く手を遮った。

「ちょっと、何のつもりよ。私の道を阻むなんていい度胸じゃない」
 忌々しそうにクラウンを睨むイリスの分身。分身は背後の殺気に誘われて振り向いた。

「ふふっ、私の姿で好き放題してくれるなんていい度胸じゃない」
 殺気が香る笑みを浮かべながら『エンドレンス・ナイトメア』を放った。

「こんな攻撃で私を倒せると思っているなんて愚かね」
 分身は小馬鹿にした笑いを浮かべ、同じように『エンドレンス・ナイトメア』を放った。
 同じ魔法がぶつかり合う。

「こんな恥さらしに負けるわけにはいかないのよ」
 さすが本物、分身の魔法を突き抜けた。

「うわぁぁぁ」
 闇黒に覆われた分身は膝を折った。不安から悲鳴を上げ、頭痛に頭を抱え、吐き気に口元を震わせながらもさすがイリスの分身、立ち上がろうとする。

「イリスの姿の分身に攻撃するのはちょっと気が引けるけど普段の鬱憤晴らしということで容赦なしでいくよ! そぉれ!!」

 そう言いつつクラウンは立ち上がろうとする分身にレジェンダリーソードで斬るのではなく怪力の籠手で増した腕力で叩き伏せた。

「うわぁ!?」
 イリスの分身は地面にめり込んだまま気絶した。

「……これで解決だね」
 めり込んだまま動かない分身を見ながらクラウンは笑顔で言った。

「まだよ、この忌々しい分身が消えてからよ」
 見るのも嫌と言うようにイリスは分身から目を逸らした。
 しばらくして、イリスの思い通り解除薬によって分身は消えるがそれまでほんの少し待たなければならなかった。

「……俺……?」

 龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は目の前には男になった自分の分身がいた。
 先ほど妙な雨が降ったかと思ったら突然こんな事に。

「もしや先ほどの雨が何か関係しているのかもしれませんな」

 陳宮 公台(ちんきゅう・こうだい)は女になった自分の分身を見ながら冷静に原因を分析した。

「……そうかもしれないな。おい、どこに行く!」

 公台にうなずいている隙に二人の分身がどこかに行こうとする。

「強い奴を捜しに行く。来い」
 廉の分身は挑発的な笑みを浮かべながら本物に答え、公台の分身に呼びかけた。
「言葉の通じない動物ではないんですから」
 と素っ気なく言いつつも公台の分身は一緒に行くつもりの様子。素直になれない乙女的な感じである。

 二人は、共にどこかに行ってしまった。

「……まずいな」
「……追いますかな」

 思わず見送ってしまった二人は、慌てて追う事に。

 そこに、少し離れた場所にいて分身薬の被害を免れたネヴィメール・メルタファルト(ねう゛ぃめーる・めるたふぁると)が現れ、筆談で訊ねた。

『何かありましたか』

「俺達の分身が現れてどこかに行ってしまった」
「……多少、性格がおかしくされているような」

 簡単に状況を説明する廉と自分の分身の様子を思い出している公台。

 とりあえず、 三人は分身を追いかける事にした。