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少女に勇気と走る夢を……

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少女に勇気と走る夢を……

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 美絵華の心が穏やかになった頃、街は激しさを増していた。

「……嫌な予感がしますね」

 通りを歩きながら風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)はつぶやいた。先ほど降った妙な雨でナンパな分身が生まれ、今はその捜索中。何となく捜索だけで終わらないような妙な胸騒ぎがする。

「あの、すみません。この顔を見かけませんでしたか?」

 と訊ねて教えられた場所に行くと分身は移動済みでまた場所を聞いての繰り返しばかり。あまりにも素早く、手が早い。訊ねる度に隣にいるのは違う女の子だというのだから。

「……予想以上に行動が早いですね」
 何度目かの証言を頼りに行き、当てが外れてつぶやく。

「……あれは」

 ふと視線の先に必死の分身捜索をしているゆかりとマリエッタを発見した。

「あの、僕の分身を見かけませんでしたか?」
 とりあえず、訊ねてみる。

「あなたの分身?」
 ゆかりはじっと優斗を見ながら聞き返した。

「ナンパな分身なんですけど。もしかしたら女の子と一緒かもしれないんですが」
 分身についてもう少し詳しく話した。
「少し待って、マリーに聞いてみるわ」
 ゆかりは携帯電話を取り出し、マリエッタと連絡を取った。自分の分身捜索で何か見かけているかもしれないので。
「マリー、実は……」
 事情を話し、訊ねたかと思うと携帯電話は切らずに優斗の方に向き直った。

「どうですか?」
 もう一度訊ねる。行方を知っている事を願いながら。

「それらしき人物を見かけたみたいよ」
 マリエッタに詳しく話をさせるために携帯電話を優斗に渡した。

「替わりました。風祭優斗です。僕の分身を見かけたそうですが……」

「……え、そんな所にいるんですか。一体、なぜ」
 優斗はマリエッタから分身の居場所を聞き、慌てた。

「……そうですか」
 マリエッタに急げば間に合うという言葉にうなずく優斗。

 それからこのまま携帯電話は切って構わないという事なので優斗は

「分かりました、ありがとうございます」

 礼を言って優斗は携帯電話を切った。

「……携帯、ありがとうございます。それでは僕は分身を追いかけますので」
 ゆかりに携帯電話を返し、礼を言うなりもの凄い速さで走って行った。

「……行っちゃったわね。それより、私の分身の捜索は……」
 優斗を見送った後、ゆかりは携帯電話を見つめた。早くあの淫らな分身に鉄槌を。それまではこの煮えたぎる怒りは鎮火しない。

「ふむ、面白い事になっているな」

 アキラ・アキラ(あきら・あきら)は分身騒ぎで賑やかな街を楽しそうに眺めていた。

「これは良い機会が到来したな」
 暴れまくる分身達を見て良からぬ事を考え始めている。

「……分身達を奴隷にしてアキラ軍事国家を作ろうか。まずは餌付けだな」

 考えがまとまり、横に立つドロ試験体 一号(どろしけんたい・いちごう)の方に目を向けた。

「あいつらを捕虜にするぞ、行け!」
 分身で溢れる通りを指し示し、ドロ試験体に指示を出した。

「分かりました」
 ドロ試験体は大人しくアキラの指示通り、手近の分身を一人捕まえて来た。

「は、離せ! 俺のハッピーライフを邪魔するなよ」
 ナンパな男性の分身が叫ぶ。

「邪魔をするつもりは毛頭無い。オマエの望みを叶えてやる! その代わり、俺の部下になれ」
 じっと不敵な笑みを浮かべながら分身に言う。

「好き勝手にやっていいのなら、部下になっても構わねぇよ」
 何も考えず分身はあっさりと承諾してしまった。

「嬉しい答えで安心した。この者を離せ」
 薄い笑いを浮かべた後、ドロ試験体に指示を出した。

「分かりました」
 ドロ試験体は指示通り、分身を自由にした。

「じゃ、俺は近くにいるあの女を口説いて来るぜ」
 お気楽な分身は女性を口説きに行き、ふられてはアキラの所に戻るを繰り返した。

「手当たり次第、捕まえて来い!」
 このアキラの言葉で次々に分身達を捕まえて来ては、うまい言葉をかけて取り込んでいく。
 そして、少しだけ目標が達成されつつあった時、分身に混じって騒いでいた託に出会う事に。

「……そこの分身、いいですか」
「何か用かい?」
 分身らしく手近な物を吹っ飛ばしていた託はドロ試験体に言葉をかけられ、手を止めた。

「……少し来て貰いますよ」
 ドロ試験体はすっかり分身と勘違いして本物の託の腕を掴んでアキラの所まで連れて行った。

「……?」
 託は何か面白そうだと感じ、抵抗せずについて行った。

「……何かすごいことになってるねぇ」
 連れられた先に広がる妙な光景に託はぽつりと言葉を洩らした。
 目の前には、たくさんの分身達。彼らの前にアキラが立っている。
 託はそのアキラの前に連れて行かれた。

「よく、来た分身よ。俺の部下になれ」
「……部下?」
 これまた何も知らないアキラは託を他の分身達と同じように餌付けを始める。

「オマエの望みを叶えてやる。その代わり、このアキラ軍事国家設立に力を貸すのだ」
「……いいよ」
 ほんの少し考えた後、託は承諾した。その理由は当然面白そうだからだ。

「よし、では皆に加われ」
 アキラは託に命令をしてから分身達に向き直った。

「アキラ、万歳!」
「軍事国家万歳!」

 アキラに毒された分身達がノリノリで声援を送る。

「……面白いことになってるねぇ。分身で軍事国家ねぇ」
 分身達に加わった託は周りを見回しながらつぶやいた。

 そして、

「アキラ、万歳!」

 他の分身達と同じように声援を送った。

 しかし、出来つつあるこのアキラの軍事国家に終わりが近付いていた。

「おわ、人がいっぱいだぜ、キスミ」
「こりゃ、面白いな」

 ロズフェル兄弟の分身がアキラ軍事国家に登場。二人の手にはそれぞれ銃や大砲があった。

「何だオマエ達は!」
 いきなりの兄弟の登場に声を上げるアキラ。

「あれは、ロズフェル兄弟」
 託は何をするのかと登場した兄弟を見守った。

「俺はヒスミ・ロズフェル」
「オレはキスミ・ロズフェル」
 問われ名乗る分身達。

「二人合わせてイルミンスールで最高の双子だ!」
 双子らしく息ぴったりに最後を決めた。

「そのロズフェル兄弟が俺の軍事国家に何の用だ?」
 突然の乱入者に悪い目つきがますます悪くなる。

「用って決まってる。なぁ、キスミ」
「おう、これだ!!」

 にやりと顔を見合わせたかと思いきやキスミは持っていた銃を乱射した。

 飛び出したのは普通の銃弾ではなかった。

「うわぁぁ」
「う、浮いている」

 弾が命中した分身達は膨張し、ぷかりと風船のように浮かんでいく。

「心配しなくても大丈夫だぜ、数十分もすれば元に戻る」
 キスミが楽しそうに笑った。

 楽しんでいるのはこの兄弟と

「……面白い展開になってきたねぇ」

 分身達に混じっている託だけだった。あとは突然の出来事に騒然となっていた。

「次は俺だぜ。ファイヤー!!」
 ヒスミが勢いよく大砲を連射した。

「な、な、何だ!?」
 アキラは自分の方に向かって飛んで来るいくつものミサイルを何とかぎりぎりで避けるも顔にほんのかすり傷を受けてしまった。

「お、見事に開花!!」
「た〜ま〜や〜」
 打ち上がったミサイルは上空で花火となって輝き、兄弟は呑気に眺めている。

「……って、俺の邪魔を……」
 邪魔をされて怒りながらアキラはかすった所を拭った。じんわりと血が滲み出ていた。

「……血って、血!?」
 
 アキラは手に付着した物を確認し、真っ青になりつつゆっくりと横にいるドロ試験体の方を見た。

 アキラの血を見たドロ試験体は

『おい、アキラ……オマエは俺が調教してしてやる……』

 二重人格の狂気サイドが顔を出していた。手には切れ味抜群のサバイバルナイフ。この後の展開は決定済み。

「お、おい、来るな!」
 アキラは、冷たい汗を流しながら逃げようとするが、ドロ試験体から生まれ続ける禍々しい狂気はアキラを捕らえ、身体機能を狂わせる。

「ちょ、おい」

 足をもつれさせ、地面に座り込んだアキラにドロ試験体が迫る。手には凶器を光らせ、瞳には射殺すほどの鋭い狂気を宿しながら立っていた。

「ギャァァァァアーーーーー」

 アキラの悲鳴と共にアキラ軍事国家は脆くも崩れ去ってしまった。

「よし、次行くぞ、キスミ」
「おう」

 ロズフェル兄弟の分身は悪さをしようと移動を始めた。

「……僕も」
 託も散開していく分身達に混じってどこかに行った。