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コンちゃんと私

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コンちゃんと私

リアクション

 
「なんだ、あいつは」
 タワーから出て来た鵜飼が、吹雪を目にして訊いた。
「……著しいSAN値の低下の兆候があります。恐怖のあまり奴らの精神侵蝕を許したのかもしれませんね」
 妖蛆が他人事のように解説する。
「何にしても、あそこは魔方陣展開には必要な場所じゃ。排除、じゃな」
 そう決めつけるメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)の声は、どことなく敵意を帯びている。ちらっと怪訝な目を向けた鵜飼は、すぐにその理由を理解した。
「たこ焼きの手下になるような輩に、手加減は無用じゃ! お好み焼きの名に掛けて、ぎったんぎったんにしちゃるわ!」
 高らかにそう宣言するメイスンの顔めがけて、何かかが飛んで来た。
 反射的に手ではたき落として、その手にわずかに残った白濁した液体状のものに目をやり、顔をしかめる。
「……小麦粉……じゃと?」
 たたき落とされた「それ」は、たこ焼き一個分程度のタネだ。勢いでびしゃっと広がったものが、じわじわとひとつに集まろうと蠢いている。
 再び殺気を感じて顔を上げると、いきなり視界に無数のタネが飛び込んで来た。
「……むっ」
 メイスンは手にした機甲砲剣ブリューナグでその空間ごと薙ぎ払った。
 剣の纏ったレーザーで、飛来したタネは焦げ臭い臭いだけを残して炭化し、パラパラと地面に落ちる。
 メイスンは吹雪を睨みつけて叫んだ。
「食べ物を粗末にするとは、何事かっ!」

「……まあ、まかせるか」
 たこ焼きの眷属対お好み焼きの使者の熾烈な戦いが始まる予感に、鵜飼は軽く呆れてつぶやいた。
「とりあえず、外堀から埋めよう。魔方陣の指示、頼むよ」
 殺伐としたその場にそぐわない笑顔で、妖蛆は頷いた。

「あははははははは」
 マンガのようなけたたましい笑い声を立てて、足元のネバネバをちぎっては投げちぎっては投げ、吹雪のサイコキネシスによる凶悪な投擲は留まることを知らない。
「投げるくらいならお好み焼きにせんかー!」
 メイスンもベクトルの違う狂乱状態で剣を振り回し、焦げた物体を大量生産している。
「……メイスンのSAN値、大丈夫なのじゃな?」
 ふと不安になって鵜飼が聞くと、妖蛆はちょっと確認するように目を細め、それから微笑んだ。
「むしろSAN値満タン状態ですわね」
「……は?」
「つまり……潜み棲む異形の正体への興味、宇宙的な深遠なる真理への追究心をすべてシャットアウトした状態、ということでしょうか。早い話、アレは本当に、ただのたこ焼き対お好み焼きの戦いなんですよ」
 ははは。
 思わず鵜飼は乾いた笑い声を上げた。むしろこれでこちらのSAN値が削られそうな話だ。
「……にしても、はやく決着を付けてもらわないと、魔方陣の展開が進みませんね」
 とはいえ、あの戦いに割って入ったらどうなるか……鵜飼はあまり想像したくなかった。


「我らではどうすることもできんなこれは……」
 なにしろ、吹雪は優秀な「戦士」である。殊にこのような市街地でのゲリラ戦は最も得意とするところであり、なおかつ、平時であってもストップの効かないタイプだ。
 それが、錯乱している。
「……あああ、やばい、どう考えてもやばい」
 コルセアが言い終わらないうちに、吹雪がふいにパラサイトブレードを構えてこちらを見た。
 ひっ、と喉の奥で小さな悲鳴を上げて立ちすくむコルセアに向け、吹雪はいきなり地面を蹴った。
「……避けろっ」
 二十二号は加速ブースタを全開にして、コルセアと吹雪の間に飛び出す。一直線に飛び込んで来る吹雪の体を翳めるように弾き飛ばせば、正面からの攻撃は受けずに済む……そういう心づもりだったのだが。
「……む?」
 視界から目標が消え失せ、二十二号は混乱して動きを止めた。周囲を高速でサーチする。
「上……ッ」
 急旋回して離脱を試みた二十二号の視界を、吹雪の顔が一瞬翳めた。
 邪悪な笑みを浮かべていた。 

「ぐおっ」
 鈍い爆発音が響く。
 それでも吹雪の剣が一刀両断にしたのが、片方のミサイルポッドだったことは幸いだった。
 装填されていたミサイルの誘爆が予想外の衝撃を生み、吹雪も一旦後退を余儀なくされたのだ。
 しかし、ダメージを受けたことで出力の落ちた二十二号に、吹雪の次の攻撃を受けとめるパワーがあるか、二十二号自身にも甚だ疑問だ。
「……万事休す、か」
 目の端に、離脱したコルセアが必死で携帯に呼びかけているのが見える。
 ……仲間を一人助けただけで良しとするか。
 再び吹雪が地面を蹴るのを見ながら、二十二号は微かに思った。

 閃光が走った。

「……何っ」
 吹雪は短く声を漏らし、飛び退った。
 立っていた地面が音を立てて弾け飛ぶ。後退、着弾、後退……。
 吹雪は追い立てられるように、後方の屋台の影に滑り込んだ。

「……無事か?」
 半擱座状態の二十二号の傍らに駆け寄って、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は声をかけた。
「問題ない。出力が安定すれば、まだ動ける」
「……戦える、ってことだな?」
「むろん」
 二十二号の返答に恭也は短く頷いて、銃を構え直した。
「で……あれが、精神汚染者か」
 視線の先の吹雪の姿に、二十二号は瞬間、答えに詰まる。
「まあ、そうだ」
 その微妙な間を感じ取ったのか、恭也がニヤリと笑った。
「じゃ、確保するぞ……俺が引きつける」
「ダメだ、囮は我の役目だ」
 二十二号が即座に拒否した。
「……言いたかないが、機動力の落ちてるあんたに、囮役は向かん」
「だが、サイズ、駆動音を考えれば向くだろう。無事に済むとは思っていない。我が破壊される前に、吹雪を止めてくれれば十分だ」
 正論だ。恭也は銃を構え直して頷いた。
「了解した」
 ……カッコつけやがって。
 目つきだけでそう言ったが、二十二号がそれをどう受けとめたか、表情を読み取ることは不可能だった。

「あのたこ焼き女、お好み焼きを無視するとは何事じゃ!」
 メイスンが憤然として言った。
「今度こそ思い知らせてやるわい」
「ああ、もう放っておけ、おぬしの役目は終わりじゃ」
 鵜飼に制止されて不満そうに振り返るメイスンに、妖蛆が横から笑いかけた。
「必要なスペースは確保できましたわ。迅速な展開の為に、どうかご協力くださいな」
 メイスンは心の底から無念そうにかおをしかめて吐き捨てた。
「……これは、貸しだぞ?」

 一基になったミサイルポッドから、ミサイルを発射する。その弾幕の陰から、二十二号は低下したパワーをを振り絞り加速ブーストを掛けた。吹雪の潜む屋台の右後方に、轟音を立てて回り込む。
 恭也もまた動いた。隠形の術を駆使して気配を消し、二十二号の派手な駆動音に紛れて一気に近づき、吹雪の背後を突く。
 単純だが明快な陽動に、失敗の要素はないと思われた。
 恭也はイメージ通りの動きで移動し、弾幕の爆縁に霞んだ吹雪の影の背後に回り込んで、その頭部に正確に銃口を向けた。
 しかし、耳元で信じられない声がした。
「……莫迦め、二十二号は死んだわ」
 恭也の頭部があった空間を、吹雪のパラサイトブレードが薙ぎ払った。しかしその瞬間恭也は既に身をかわし、転がるように右に移動して体勢を立て直していた。
 ジャキッ……。
 いつでも引き金を引ける状態で、恭也は動きを止めた。背後に、吹雪の気配がある。そして目の前、その喉元に、彼女のパラサイトブレードの刃が、触れんばかりに突きつけられていた。
 背後の吹雪が、その剣を僅かに横に引くだけで、恭也の首はその体から永遠に断ち切られるだろう。しかし……恭也の銃もまた、その銃口は吹雪の腹に突きつけられ、恭也の僅かな指の動きひとつでその命運を断つ瞬間を待っている。
 沈黙の中で、爆縁が晴れていく。
 彼が吹雪と誤認した人影は、既に音もなく擱座した二十二号の変わり果てた姿だった。
 そのモニターに、僅かにライトが点滅するのを見て、彼が完全に破壊されたのではないことに安堵しながら、しかし……これからどうしたものか。
 もう面倒だから相打ちでいーか?
 ちらっとそんなことを考えた時、背後で、これまた信じられない声がした。
「……莫迦め〜〜、吹雪ちゃんは死んだわ〜〜!」
「……は?」
 突然、背筋を悪寒が走り抜けた。

「ダメだよ吹雪ちゃんっ、目を覚ましてっ!!」
 何故か園内のどこを走っていても、蒼汁いーとみーを頭に乗せて魔鎧ドール・ゴールドを纏った鳴神裁に憑依した物部九十九(長い)は、誰彼となく集中攻撃を受けて思うように移動できなかった。
 ……「犯人」が精神汚染を利用して、ボクたちが犯人であるかのように情報操作を行っているに違いない。
 ……吹雪ちゃんもきっと、その陰謀で錯乱させられているんだ……!
 何がきっかけでその考えが浮かんだのかは、もうわからない。吹雪と連絡を取る為にとテレパシーを繋ぎっぱなしにしていたドールの精神が、次第に壊れていったことに、誰も気づいていなかったことも、原因かもしれない。
 大きな鏡のひとつとでも向き合えば、彼らとて、自分たちの様子がかなりアウトサイダー寄りであることに気づいたに違いないのだが……残念なことにそんな機会も、余裕も、彼らにはなかったのだ。
 そんな訳で、もの凄い勢いで吹雪に駆け寄って背後からどつき、適者生存とアボミメーションで威圧しその身を蝕む妄執で侵し、既に泡を吹いて白目を剥いている吹雪を引きずり起こしてトドメに謎料理製の蒼汁(アジュール)を流し込もうとしている自分たちの姿がどういうものか、彼らはここに至っても気づくことができなかった。
「……あ、あれ、吹雪ちゃん?」
 恐怖とも快感ともつかない奇妙な笑みを浮かべて失神している吹雪に、九十九はようやく気づいた。
「あ、あれぇ……なんか、あれ?」
 九十九が困ったように笑った。
「なんか、よけいSUN値を削ちゃった、みたいな?」
「……九十九さんっ!」
 いつもより1オクターブは高い声でドールが叫んだ。即座に【フォースフィールド】を展開する。
 九十九が反射的に吹雪の体を離して飛び退ると、銃弾が音を立ててその足元を抉った。繰り返し、繰り返し、射撃は止まない。
 いつの間にかこちらに向き直った恭也が、ものすごい形相で銃を連射していた。
「おわわわわ?」
 頭の上でバランスを崩したいーとみーが、九十九の頭から一瞬滑り落ちた。
 恭也の形相が、いっそう凶悪に歪んだ。
「はは、あ、頭……とれた……ははは」
 笑い出しながら、それでも打ち続ける。
「とと、と」
 いーとみーは必死で触手を蠢かせて九十九の肩にしがみつき、そのまま九十九は這々の体で逃げ出すしかなかった。 

 恭也の射撃は、弾丸を撃ち尽くすまで止まらなかった。そしてすべて撃ち尽くすと、その場で失神した。
 事件の後、目を覚ました恭也はすっかりこの時の記憶が失われていたのは、幸運だったと言わざるを得ないだろう。
 ともあれ、これでようやく、グランドコンコースとタワー周辺は平穏を取り戻すことになった。