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コンちゃんと私

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「雅羅ちゃん、みんな、大丈夫ですかっ!?」
 飛び込んで来た柚の顔を見て、雅羅はへなへなとその場に座り込んだ。
「助かったぁ……もうダメかと思った」
「雅羅ちゃんがここに逃げ込むのが、ちらっと見えたから。追って来てみて良かった」
 柚が微笑んでそう言うと、雅羅もホッとしたように、ようやく笑みを浮かべた。
「あいたた……雅羅、あんたけっこう馬鹿力ね」
 雅羅の手から解放された腕をさすって零した美夜の一言に、雅羅のその笑顔が凍りついた。
「美夜、あなた正気ね!?」
 美夜が黙る。
 雅羅が無言でじとりと睨みつづけると、美夜は少しばつの悪そうな笑みを浮かべて頭をかいた。
「いや、だってほら……発狂でもしてないと、頭おかしくなっちゃいそうで」
「……ものすごい理屈だね」
 外を確認しながら入って来た杜守 三月(ともり・みつき)が、呆れ返ったように美夜を見て苦笑した。それから、安堵でへたり込む一同を無事を確認するように周囲を見回して言った。
「外、今は少し落ち着いています。移動ちゃった方がいいと思うよ」
「でも、どこへ?」
「ええと……」
 美夜の言葉に、柚がパンフレットを取り出して地図のページを開いた。
 自分たちが入り口方面から来たこと、ネバネバも入り口方面から迫っていること、そしてゲートから反対方面にあるタコヤキゴーカートの方に、「本体」らしき禍々しい何者かの巨大な影を見かけたことを説明した。
「アレと鉢合わせしないように、なんとかお客さんを誘導しましょう」
 雅羅が頷いた。柚は美夜に視線を移して、にっこりと微笑んだ。
「美夜さんも、よろしくお願いしますね!」
「えっ……は、はいっ、こちらこそ!」
 ふいに向けられた曇りのない笑顔に、美夜は気圧されたように大きく頷いた。
 
 
「えーとね、私が雅羅に、一方的につきまとってる感じ」
 事務所横のガラクタから利用できそうなものを探しながら、柚と美夜が世間話をしていた。
 傍らでは三月と雅羅が、お客さんをガードしながら、ネバネバの進行具合を確認している。
 この広場を突っ切ってゲート前の橋を渡りきれば、ゾーンを脱出できる。グランドコンコースに出さえすれば、外からの助けも来ている筈だ。
 しかし、その最中に「本体」に襲われたら。
「何しろ雅羅と一緒にいるとトラブルが向こうから尻尾を振って寄って来るでしょ。新聞部的に、美味しい人材なのよね〜」
「あはは、それ、わかるかも〜」
 緊迫した状況にも関わらず、二人は和やかに会話を続けている。一応ガラクタを漁る手の方は止まっていないようだが。
「それにほら、雅羅って何だかんだで人が良くて、面倒見がいいじゃない」
「うんうん」
 美夜が満面の笑顔で言った。
「付け入りやすいのよ!」
 曇りのない柚の笑顔を真似たらしいが、まったく成功していない。それでも柚はニコニコして言った。
「うふふ、仲良しなんだね」
 横で雅羅が無言で嘆息した。
 ……尻尾を振って寄って来る「トラブル」って奴は、美夜の顔をしているに違いない。
「ところで、柚さん?」
 美夜が柚の手元を見て、思い切ったように聞いた。
「それ、何かな」
「えっ、プラカードだけど」
 なんでそんなことを? という顔で柚が答える。プラカードには「タコヤキトレイン、最後尾」という文字があった。
「……動き出したよ!」
 三月が緊迫した声で言った。
「急いだ方がいい」
「わかったわ!」
 きゅっとプラカードの柄を握りしめて、柚は決然と言った。
「私、囮になります。みんなはお客さんの誘導をお願いします!」
「えっ」
 ……どうやって?
 三月が聞くまでもなく、方法はすぐにわかった。柚は立ち上がると、広場を横切って移動しているネバネバの奔流に向かって駆け出した。
 そして橋の方向から目を逸らすように、ネバネバを吐き出して蠢いている巨大な陰に向かって叫んだ。
「邪神さん、最後尾はこちらですよーっ!」
 ぽかんと口を開けて見ていた一同の中で、最初に反応したのは、やはり三月だった。
「……邪神って並ぶのか?」
「三月君、ツッコミが冷静すぎっ」
 泣き笑いの顔で美夜が更に突っ込んで、ガラクタから引っ張り出した銃のおもちゃを持って立ち上がった。
「二人はお客さんをお願い。あたしも……囮になるわよチクショー!」
 ザ・自暴自棄な台詞の残響を残して、美夜が走り去る。それを見送った雅羅が、真面目くさって言った。
「柚、美夜……あなたたちの犠牲は無駄にしないわ」