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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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02:彷徨って、迷宮  1


 
 遺跡の中は、淀んだような空気と、光も無い暗闇が続いている。
 人の手でくり抜かれたと思しき岩肌の洞窟。
 足音響く、規則的に段差を繰り返す階段。
 いくつもの物語になったような、ダンジョンとはかくあるべし、という見本のような。
 悪く言えば、スタンダードなその見目をしたダンジョンの中で、彼らの小さな冒険は始まっていた。




 勇み足やうっかりで飛び込んでしまった者を除けば、前半組みとして遺跡に入ってきた佐野 和輝(さの・かずき)は、手渡されたメモをあっさりと読み解いて、示された道を注意深く進んでいた。
 パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)が灯す光術の光が、ゆらゆらと二人の影を揺らす。仕掛けられたトラップをあえて解除せずに避けて通りながら、再びメモに目を落として、和輝は不思議そうに小さく首をかしげた。
「やけに簡単ヒントだけどこれ、新人の奴らはどうして辿り着かなかったんだか」
「簡単じゃないよ〜っ」
 呟くような声に、むすう、とアニスが口を尖らせる。
「たてに文章読むなんてしたことないもん」
「あー……そうか」
 その言葉で、縦読みというのが世界的に見ると一部の地域の文化であると思い出して、和輝は苦笑した。自分は兎も角、文化圏の違う出身の者であれば、気づくのに時間がかかるのも仕方がないのかもしれない。とは言え、新人と言えど調査団のメンバーに違いない者たちが、気づかないものだろうか、とういう疑問も消えないままではあるが。
 だが、考えても答えも出ないので、和輝は思考を切り替えてその視線をぐるりと壁から天井まで見回した。
「しかし、妙な遺跡だな」
 罠があるのに、罠にかかった先が娯楽施設だなんてな、と、事前のクローディスの説明を思い出して口にしたのだが、それには思いも寄らない反応があった。
「ふえ?」
 アニスはきょとんとして、不思議そうな声を上げたのだ。どうやら、アニスには、この場所は遺跡、と呼ぶのに違和感があるようだ。
「……?」
 どういうことだ、と説明を求めるように首をかしげた和輝に、あのね、とアニスは言葉を探しながら言った。


「アニスが見てきた遺跡はね”来ちゃダメ”って感じがするのに、ここは”おいで”って感じがするんだよ」







 一方。
 こちらは扉をくぐった先の迷路を、まだ入って直ぐの辺り。

『俺はもうメモの謎は解いちまったし、一緒に行ってもつまらないだろうから、二人で行って来いよ』
 という斎賀 昌毅(さいが・まさき)の説得(?)によって、パートナーである阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)キスクール・ドット・エクゼ(きすくーる・どっとえくぜ)の二人は、遺跡の入り口をくぐった。
 のだが。
「やだなあ、じめじめしてるよ。はやく出口につかないかなあ」
「こらっ、勝手にうろちょろしないでほしいのだよ!」
 ちょっと目を離した隙に、ふらふらと歩き回ろうとするキスクールに、那由他は苛立たしげに声を上げた。
 調査し尽くされたような、真新しさの何も無いダンジョンに、キスクールと二人で挑まされているのもさることながら、メモの謎が昌毅に解けて自分に解けていない、ということも、その苛立ちに拍車をかけているのだ。
 そんな彼女とは対照的に、キスクールの方はといえば。
「那由他ちゃん、何をそんなに怒っているの?」
 怒るとおなかが減るよ、と、そんな那由他の苛立ちには、全く我関せず、の様子だ。
「那由他ちゃん、那由他ちゃん、お絵かきしてないで先に行こうよ」
「お絵かきじゃない、マッピングなのだ!」
 邪魔をするんじゃないのだよ、と喚く那由他に、見かねたように「まあまあ」と間に入ったのは久我 浩一(くが・こういち)だ。
「落ち着きましょう。命の危険は無いとはいっても、気を抜くのは危ないですよ」
「ふん、判っているのだよ。そこの旧式フロッピーが邪魔さえせねば、この程度のダンジョン……」
「邪魔なんかしてないもん」
 むすっと膨れっ面をしたキスクールは、ちゃんと探検してるもん、と言うが早いか、壁を確認しようとしたのか(と言うより八つ当たりだろうが)ぺしぺしとそこかしこを触って回り始めた。その手が、まるで吸い寄せられるように、とある箇所に伸び――……
「わわわっ」
 がしっ、と、間一髪で浩一の手が、巧妙にカモフラージュされていたスイッチらしきものが押されてしまう直前で、キスクールの手を掴んで止めさせた。
「だああ、言ってるそばから!」
 ふう、と息をつく浩一の隣で、那由他が肩を怒らせる。
「もう、余計なことはしないで、ここでじっとしているのだよ」
「じっとしてなきゃなのは那由他ちゃんのほうでしょ?」
 怒鳴るのを堪えながらの那由他の言葉に、キスクールのほうはと言えば、売り言葉に買い言葉、ではなく、かわいらしくきょとんと首を傾げるような仕草で言った。一瞬意味がわからずに言葉を失った那由他だったが、直ぐに目を吊り上げるようにして「馬鹿を言うのじゃないのだよっ」と声を上げた。
「どうして那由他がじっとしていなければならんのだよ!?」
 年下であるキスクールのお守と自負している那由他にとって、そのお守相手から命令される謂れは無いとばかりに肩を怒らせたが、反対にキスクールはだって、とにっこりと笑う。
「私のほうがお姉ちゃんだもん」
 見た目だけは、だが、それは全く問題にしていないような様子で、キスクールはえへん、と胸を張った。
 肘を曲げるようにしながら、両手を、腰に当てて。
「「あ……っ」」
 那由他と浩一の声が重なる。まさにその肘が当たった位置は、先ほど浩一がかろうじて押されるのを防いだスイッチがある場所だったのである。
 かくて。
「〜〜〜ッ!」
 浩一のあげた声にならない声が、地面の奥深くへと、吸い込まれるように遠ざかっていったのだった。
 残された二人は、気まずげに顔を見合わせるしかない。
「……私のせい?」
「他になんだというのだよ」










「……ここは、どこなんでしょう」

 迷路の奥。
 複雑に入り組んだ通路の中で、途方にくれた声一つ。
 クローディスが、遺跡についての説明をしている間に、少しだけのつもりで奥まで入り込んでしまったリオンだ。
 思いのほか奥へと入り込んでしまっていたのに気づいた時には、既に今いる場所すら判らない有様で、尚悪いことに、戻ろうとして進めば進むほど、その足は奥へ奥へと踏み込んでいくのである。
「さて、困りましたね……」
 そう言いながらも、立ち止まって助けを待つわけでもなく、方向も定かでないまま進んでいくリオンだったが、その進行方向から、唐突に「あっ」と声がした。
「よかった、人がいた!」
 言いながら駆け寄ってきたのは、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だ。
 こちらも、リオンと負けず劣らす迷いに迷っていたらしい。近寄った相手が幽霊の類ではないのに、安堵の息を吐き出すと、へにゃりと表情を緩ませた。
「もう、出られなくなっちゃうかと思ったわ」
 クリア者が出れば、全員出してもらえるとは聞いていたが、失格するでもなく中途半端に迷っているのでは、間違って取り残されてしまうかもしれないという不安があったのだ。一人ではなくなったと言う安心感も手伝って、明るく笑うと、さゆみは今来た道をびしりと指差して、確認を求めるように「ねえ」とリオンに話しかけた。
「ゴール、こっちであってるよね?」
「さあ……」
 その返答に、ぴしり、とさゆみが硬直した。
「……迷路を解いてここまで来たんじゃないの?」
「いいえ、ここがどこかも良く判らないんですよ」
 困りましたね、ととてもではないがそうは聞こえないのんびりした口調で言ったが、これでゴールへいける、と思っていたさゆみにとっては、天国から地獄の気分である。 
「で、でもマップはあるから戻ることはできるは……ず」
 それでも果敢に顔を上げると、自分がここまで辿ってきた道を手書きで書き記した紙を取り出したが、方向音痴の方向音痴たる所以を遺憾なく発揮した、その複雑怪奇な地図は、自分にすら読むことが出来ない出来ばえだ。
 再び途方にくれかけた二人であったが、その口がため息を吐こうとした、その時だ。
「俺より先にここへ辿り着いただと……ッ」
 ガーン、という効果音を背負ったような大げさなリアクションをしながら、ちょうどさゆみが指差していた通路の角から飛び出してきたのは高塚 陽介(たかつか・ようすけ)だ。
「運がよかったな二人とも。だが幸運はここまでだ」
 こっから先は運では進んでいけないぞ、と、上級者気取りに、びしいっと妙に格好をつけたポージングをする陽介の、その後ろから、続けてロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)も、その手にイタリア語で書かれた「1週間でマスターする日本語日常会話」という怪しげな書籍を抱きかかえながら、ひょっこりと顔を出した。
「こうやって別の挑戦者にも会えた、ということは、この道で間違っていない、ということですね」
 うんうん、と嬉しそうにしているロレンツォだったが、その隣では、そのパートナーアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が微妙な顔をして笑っていた。
「よっしゃ、ここで会ったも何かの縁だ。二人とも、こっから先は俺について来い!」
 俺が守ってやるからな、ときらきらした目が自信ありげにぐっと立てた親指を自分に向ける陽介と、先ほどのさゆみ同様、別の誰かを見つけたことで安心した様子のロレンツォに、自分たちは迷ってたんですけど、と言い出せないまま、なし崩し的に一緒に先を目指すことになったのだった。
 そして、その数分後。
「……ええと、この角はどっちに曲がるんだ」
「たぶん、こっちじゃないかしら」
「うん、私もそう思う」
 呟く陽介に、さゆみとロレンツォが同じ方向を指差した。正面から見て、右側。人間が素直に方向を決める時、右を選びやすいらしいが、絶望的方向音痴なさゆみの選んだ方向である。どう考えても危険な選択だったが、残念なことにその場に居る誰もがそれを意識していないのだった。
「……でも、いいの? こっちに来ちゃって」
 メモに記されたヒントが正しければ、こちらは間違った道のはずである、と、この中で唯一先へ進むことへ不信感を抱いていたアリアンナがそっとパートナーへ囁いたが、当のロレンツォはといえば、もちろん、と力強く頷く。
「日本語が縦読みの文化なのはわかりましたが、あれでは簡単すぎて不自然です」
 良く見ろといったのは、きっと惑わされずに本質を見ろ、ということに違いありません。と自信満々な様子に、納得はしないまでも、アリアンナもロレンツォの剣の花嫁として、付き合うのが役目だろう、とあえて口を出さない方向でいくつもりのようだ。
 そんな二人とは逆に、迷路の謎だのメモの内容だのよりも、皆の先頭に立つことにご執心な陽介は、意気揚々と足を
進めていた。勘で。その上、足元も何も気にしていないので、当然。
「俺が来たからにはもう大丈夫。大船に乗ったつも……わーっ!?」
 言い終わるより前に、ガコン、と何かのスイッチを踏み抜いてしまったらしく、床がぱかりと口を開いて、泡やまっさかさま……と思われたが、どうやらとっさに、落とし穴の端に捕まることが出来たらしい。
「……大丈夫?」
 しゃがみ込んだアリアンナが伸ばした手に捕まり、やっとのことで這いずりあがったが、それでめげるような陽介ではない。ぜーはー言いながらも胸を張った。
「あえて罠にかかることで、危険を教えていたのさ!」
 そんな風に(皆には見え見えの)格好をつけたものの、その舌の根も乾かぬ数メートル先でも、再び足を踏み抜いては引っ張りあげられ、また格好をつけては落ちかける……というのを、繰り返すこと何度目か。またもや端に引っかかって、事なきを得た、かに思われたが。
「こんな所じゃ終わらねえ……俺は何度でも蘇……あ――ぁ――……」
 捕まっていた、床だと思っていた場所は二段式の落とし穴であったらしい。バコン、と一回り開いた落とし穴に、ドップラー効果を引き連れて陽介の姿は見えなくなってしまったのだった。
「こ、これが孔明の罠……!」
 それを見て、思わず、と言った調子でロレンツォが、何故か日本の一部の層にしか通じないはずの台詞を漏らしてごくりと息を呑む。
「違うと思うよ?」
 アリアンナのツッコミが入ったが、聞いているのだかいないのだか、ロレンツォはふるり、と無念そうに首を振った。
「彼の尊い犠牲は無駄にはしない……!」
 そう決意を新たにし、陽介が落ちた穴の慎重に避けながら、と先に進もうとし、たが、まさかの三段目。逃げ場のない、通路の横一面が、いらっしゃいとばかりにぱっくりと開いた。
「げえっ、関羽……!」
 これまた一部の(以下略)な台詞と共に落ちていく落ちるロレンツォに、はあ、とアリアンナはため息を吐き出した。
「だから素直に、横道に入っておけばよかったのよ」
 呟いたが、ここでパートナーを見捨てていくわけにもいかない。同行していたさゆみたちを見やって、アリアンナは手を合わせて苦笑した。
「ごめんなさい、私もここで失礼するわ」
 頑張ってね、と、落とし穴に飛び込む直前のアリアンナに、にっこり笑って励まされた二人だが、これでは振り出しだ。
「……どうしましょう」
 途方にくれた声でリオンが言ったが、それに不安を煽られながらも、さゆみは「大丈夫」と果敢に筆記用具を取り出した。
 ……が。
「こ、今度こそちゃんとマッピングして……って、あーーッ紙が無いー!」
 

 さゆみの悲痛な叫びが、迷路内に虚しく木霊したのだった。