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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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08:そこをどいてよ姐さん



 既に目的を果たした者、逆に脱落した者たちが、それぞれの場所で思い思いに過ごしている頃。
 地下二階の通路では、アルファーナと契約者たちとが、激闘(?)の真っ最中だった。


 挑んでは倒され、倒されては挑む、実は単純にその豊かな胸を堪能したいだけじゃないのか、と疑われそうなレベルで、何度も突っ込んでいく面子に、はああ、とローズは大きなため息をついた。
「回復する方の身にもなって欲しいなあ」
「もういっそ、転がしておいてもいいんじゃないかな」
 なんか幸せそうな顔だし、と学人は倒れながらもへにゃりと至福そうな顔をしている面々をじっとりと見やる。
「肝心な時に、ヒールが使えなくなるのも困るし」
「まあ、それはそうだけど……」
 言いながら、ローズはここに辿り着くまでに見つけた新人たちに視線をやった。
 メモを解いたまでは良かったが、落とし穴に落ちまいとしてしがみ付いていた者や、チェイニと同じく果敢にアルファーナに挑んで脱落した者たちだ。ローズの応急手当によって皆既に回復しているが、肝心のチェイニはよほどアルファーナに気に入られたのか、魔法円の中に転がっているので手が出せないで居るのだ。彼の為に、最低限の力は残しておかなければとは思うが、性格上、その原因がどうあれ(それこそおっぱい攻撃に鼻血噴いてるのが原因だとしてもだ)倒れている相手を放ってもおけないのである。
「まあでも最悪、あのひとに頼めばいいんじゃないかな……」
 と、ちらりと視線が意味深にニキータを向いた。
 そんな時だ。
「お、やってるな」
 遺跡見学にでもやってきたのかという気楽な声を上げたのは、いましがた到着したアキュートだ。
 面白がっている様子のその横では、渋々、といった顔をしたツライッツの姿がある。
「あら」
 その姿を見つけて、今抱きしめ落としたばかりの青夜を手放し、アルファーナは面白そうに笑った。
「あらお兄様、どうなさったの。ここへこられるなんて珍しい」
「……俺はただ、連れてこられたんです」
 その言葉に、不本意だと露にするツライッツに笑って、アルファーナは目を細めると、ぱしん、と鞭を構えなおした。
「理由は何でもかまいませんわ。いらっしゃったからには、全力でお相手させていただきますわよ」
 臨戦態勢を整えたアルファーナの態度に、あれ、とアキュートは首を捻った。
「クローディスは一発でって言ってなかったっけ」
 顔パスで通るもんだと思ってたけど、違うのか、というアキュートの問いに「ええ、まあ」とツライッツが曖昧に応えた、その時だ。
「隙あり!」
 アルファーナの意識が、ツライッツに向いているその一瞬を狙って、一声と共にトーマが再び飛び出した。
 が、アルファーナの死角になる方向から飛び出したはずのトーマの姿をどう察知したのか、振り上げられた鞭の先は性格にトーマを迎え撃つようにうねって迫る。
「マズ……っ」
 空蝉の術は、既に二回使ってしまったために身代わりになるものが手近に無い。今度こそ捕まるか、と思った瞬間、ひとつの影がその間に滑り込んだ。桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だ。
「……っ」
 一撃目までは、機晶剣ヴァルナガンドで捌いたが、隙をついて飛び込んだわけではなかったのが災いし、剣の間合いに入るより先に二撃目が迫り、煉の腕に絡みついた。
「しま……ッ」
 堪えようにも体勢も悪く、相手は見た目は人間でも中身は機晶姫だ。見た目通りではない力と筋力によって引き寄せられた煉は、なんとか脱出しようとするも虚しく、ぎゅうっとその腕に抱きしめられた。
「うふふふ、ざんねんですわ、ね」
 ハートマークを飛ばしていそうな甘い声と共に、その豊満な胸をぎゅうぎゅうと顔に押し当て、更には脇をきゅっと閉じるものだから、両頬に胸がむにゅりと当る上、その両手が背中やら腰やらに回って密着度をあげてくる。
「――っ、――っ!」
 おっぱい圧で呼吸が止まりそうな数秒後。悲しくも健全な青少年である煉も、他の面子の例に漏れずへたりと足の力が抜けるのを感じた。同時に頬の筋肉まで緩んでしまうのも仕方ない。
「……こ、これは効くな……」
 まだやや恍惚感の残るまま呟いた煉だったが、それを上回るような冷たい空気に、ぱちっと目を開きなした。
「……な、に、を、に、や、に、や、し、て、る、ん、だ……ッ」
 地の底から這い出してくるようなエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)の恐ろしい声に、先程までとは打って変わって硬直した煉は、ぎぎぎ、と、恐怖と戦いながら、なんとか首を振り返らせると、案の定。頭からツノでもはやしかねない形相で、エヴァが念動式パイルバンカーを構えていた。
「お、おい、ちょっと待てエヴァっち……!」
「うるせえッ、問答無用――っ!!」
 ざあっと血の気が引いて真っ青になる煉に構わず、エヴァは、アクセルギアとロケットシューズの超加速をかけたその勢いそのままに、アルファーナに抱きつかれたままの煉ごと――いや、寧ろ狙いはそっちだろ、という角度でパイルバンカーをぶっ放した。
「ぐえッ、ちょ、やめ、ゲフ……ッ!」
 非殺傷にしてあるようだが、この至近距離である。
 一撃では怒りが収まらないらしいエヴァが、一発、二発と杭を打ち出すたび、煉の悲鳴が通路の中で木霊するのに、皆は思わず真っ青になりながら耳を塞いだ。
「……し、死ぬかと……思っ、た……」
 計6発。恐怖の時間が終わったあとには、あまりの痛みに立ち上がれない煉が転がっていた。自分で望んで食らったわけじゃないというのにこの仕打ちである。理不尽だ、と訴えようと、としてみたものの、女心とは理不尽なものである。反論を許さない眼差しが、まだ殺気を纏ったまま、パイルバンカーの照準をまた煉にあわせようとするので、煉は必死で首を振るしかない。
「わかった、悪かった、俺が悪かったということにするから……っ」
 その物騒なものをしまえ、と全力で懇願すると、まだ怒りは収まりきってはいないようだが、ふん、と鼻を鳴らすとようやくエヴァはパイルアンカーを降ろしたのだった。
「そんな女に抱きつかれたぐらいで、ヘラヘラする煉が悪いんだからなっ」
 あたしだって、育てばきっとあのぐらい……とこっそり呟いていたのは、女は怖いな、と震え上がっている煉には、残念ながら届いた様子は無かった。

 ちなみに、アルファーナのほうはといえば、どうやら杭自体のダメージは余り通っていないようで、一撃目以降は、あっさり煉を手放したおかげで、二発目以降は煉しか杭は食らっていなかったようである。合掌。
 とはいえ。その一撃目をアルファーナが食らっている隙を突いて、疾風迅雷の早さで飛び出していた政敏は、アルファーナの鞭がその姿を捉えるより早く、その足元に転がっているチェイニを抱きかかえ、空蝉の術で捕まるのを回避すると、そのまま離脱して回収に成功していた。
「とりあえず、こいつで新人くんたちは回収完了かな?」
『そうみたいです』
 応えたのは、こちらは迷路側で捜索を行っていたアリーセが、クローディスから預かった名簿にチェックを入れながら応えた。よし、とそれに頷いてから、政敏はニキータに振り返ると、悪戯っぽく笑って見せた。
「そんじゃ、こいつのこと頼むわ」
「はぁい。任せなさい」 
 こちらもにっこりと請け負ったニキータは、ほとんど荷物同然に預けられたチェイニを軽く支えると、よほど美味しい思いをしたのか、流れた鼻血が服を汚しているのに、怪我をしたのかと勘違いして、やだわ、とため息をついた。
「しょうがないわねえ。さ、お仕事よ、大熊のミーシャ」
 そういってニキータが呼び出したのは、ニキータのフラワシ”小熊のミーシャ”が、新たな力を得て変化した”大熊のミーシャ”だ。筋骨隆々とした体を惜しげもなく晒す、上半身裸の執事服という格好をした、半透明の大男だが、元の小熊のミーシャのままの熊の頭と、つぶらな瞳がたいへんキュートだ。
「この子よ、よろしくね」
 町を歩けば間違いなく注目度ナンバーワンのそのフラワシは、ニキータの言葉にしたがって、くったりとしたチェイニの体を抱えあげると、そのたくましい胸板を押し付けるようにして、ぎゅうっとその体を抱きしめた。癒しの力を発動させるために必要な行動なのだが、そういう趣味のお方ならいざしらず、ごく一般的な青少年であるチェイニにしてみれば、たまったものではない。
「ちょ、あたってる、あたってるッス……!」
 ぶっとい腕とごっつい筋肉に挟まれて、癒されているのに心が全く癒されないまま暴れること数秒。
 鼻血分の血液は戻ったかもしれないが、精神力は底をついたチェイニは今度は全く逆の意味で床に転がったのだった。
「……か、かたかった……硬くて、むっちりしてた……ッス……うえぇ……」
 チェイニが漏らした言葉に、その近くにいた男性陣が、真っ青になったのは言うまでもない。
「もし怪我したら、あたしがいるから大丈夫よお」
 ね、とにっこり笑ったニキータの顔は、次無様やったらこうなるぞ、と言っているようで、ごくり、と息を呑んだ一同は、ふるふると首を振って、気持ちを新たにアルファーナに挑むことにしたのだった。



「あの魔方陣の効果が問題ですね」
 アルファーナのほうからは攻撃を仕掛けてこないこともあって、一旦距離を取ったところで、真人がそう切り出したのに、頷いたのは政敏だ。
「ダメージの無効化か、瞬間回復か、だな」
 魔方陣にいる限り、アルファーナは体力的に無敵だ、とクローディスの資料には書いてあったが、それがダメージを受けないから体力が減ることが無いためなのか、ダメージを受けても直ぐに回復してしまうからなのか、あるいは攻撃を全く受け付けないのか、それらで意味合いが違ってくる。
「どっちにしてもきついが、反射の類なら搦め手で行くしかないな」
「だが、回復の類なら、ぶつかって押し倒してしまえばこっちのものだろう?」
 瞬時に回復されてしまうとしても、一旦はダメージを食らうのだ。その一瞬で魔方陣から押し出すことが出来れば、その後のダメージは蓄積させることは出来る、と小次郎は主張したが、政敏は難しい顔だ。
「そりゃそうだが、リスクも高いだろ」
 正解であっても難しい上、確認するにも、もし場違っていた場合は、押し倒すためのエネルギーを、打撃として無効化される可能性がある以上、迂闊な接近はダイナマイト・ハグのいい餌食になりかねない。実際その身でそれを受けた小次郎は、その威力を思い出しながら、唸るような声で「そうだな」と頷いた。
「あの破壊力ははんぱなかったからな」
 いいおっぱいだった、と感慨半分の声に、くう、と政敏が唇を噛む。
「くそう、羨ましいぜ……」
 半ば本気で羨ましがっているような声に、真人はわざとらしくごほん、と咳き込んで話を引き戻した。
「兎に角、ならばどうするか、です」
 その一言に、顔を突き合わせながらニ、三打ち合わせた一同は、頷きを合図にいっせいに動き出した。



「今度こそ……そこを、通してもらいます!」

 一声と共に、最初に動いたのはディアーナだ。
 遠距離武器の利を生かし、アルファーナの鞭の有効範囲より外から、ゴッドスピードによって可能になった、サイドワインダーでの連撃を繰り出した。
 勿論、それらの矢はすぐに、振るわれた鞭のしなりによって弾き飛ばされたが、当然、それで決まるとはディアーナも思ってはいない。今までの戦闘(?)で集めたデータによる行動予測が正しいかの確認だ。
「わざわざ弾いた、ということは、だ」
「ああ。反射や、ダメージ遮断の類じゃあないな」
 刀真が言えば、政敏も頷く。
「痛覚があるかどうかは別として、”食らう”ってことだ」
 勝機が見えたことで、皆の顔が挑戦者の色を強くする。
 その目の色に、アルファーナが一瞬嬉しげに笑み、そして次の瞬間、こちらも挑戦的なものへと転じた。
 見合ったのは数秒。
「畳み掛けるぞ……!」
 火花の弾けるように、その号令に、ディアーナのサイドワインダーのニ撃目が放たれた。
 と、同時、弾けるように距離を詰めたのは鳳明だ。金城湯池の構えによって、アルファーナの鞭を掴んで、自分側に引き寄せるようにぐっと力を込めた。そして、力勝負に持ち込まれる前に、両者の力が一瞬拮抗したその瞬間に、すぐに力を緩めると、狙い通りに刹那、アルファーナの腕が、つられるようにして乱れた。
「……っ」
 即座にアルファーナが立て直そうとしたが、それより早く、ルーナの驚きの歌が彼女の乱れを長引かせる。
「今だっ」
 そして、それの瞬間を見逃さず、チェイニを回収する際に空蝉の術で身代わりにした、忍び装束へ仕込んでいた忍び蚕に糸を吐き出させた。身動きを封じる強靭な糸だ。拘束されるのを防ぐためには、アルファーナも鞭を振るわざるを得ないが、そこに一瞬の隙が生まれた。
「そこだっ」
 瞬間、飛び込んだ刀真が、まずそれを白の剣で受け流すと、連撃を阻止するべく放たれた、月夜のラスターハンドガンが、刀真の体をすり抜けてアルファーナを襲った。
「く……っ」
 とっさに左手でそれを受けとめようとしたが、アルファーナにとってはそれが仇になった。瞬間的に意識が鞭を持たない左手へ移ったことで、政敏のワイヤクローが、動きの疎かになったその鞭そのものを絡め取る。勿論、腕力差があるためにそれを奪ってしまうところまでは行かないが、腕が動きを止める、それだけで十分だった。
「行くぞ……!」
 ゴッドスピードに、アクセルギアの加速を連ねたレンの足が、アルファーナへ迫っていた。咄嗟にそれを左腕で堪えようとしたアルファーナだったが、機晶姫である彼女の身体能力を考慮したレンの攻撃は、着弾の瞬間にカタクリズムとデバステーションによって加味された衝撃が、一気に上体へと圧し掛かる。流石のアルファーナも、受け流しきれずにバランスが崩れた。そして。
「たああああッ!!」
 蹴りを入れた反動を使って、レンが飛び離れるのと入れ違うように、鳳明、小次郎が、その傾いだ上体へと神速でもって体当たりをかけたのである。
「きゃああ……っ」
 二連続の衝撃にあわせ、バランスの崩れたタイミングに、絶妙にあわされた天樹のサイコキネシスと、真人の風術も効を奏し、ついにアルファーナの体を魔法円の外へ押し出すのに成功したのだ。
「今です!」
 更に、次の瞬間には、ディアーナの怒りの煉火が、魔方陣を狙って放たれていた。似せて作られてはいるものの、完全な地面ではなかったためか、溶岩こそ噴出さなかったものの、びしっと地面に亀裂が走って魔方陣へと襲い掛かり、そして。
「これで、終わりです……っ!」
 金剛力を得ている誌穂の渾身のスコップの一撃が、亀裂へと突き立てられた瞬間、バギンッ! という鋼鉄が叩き折られるような音を立てて、魔方陣の纏っていた淡い光は完全に沈黙したのだった。




「あらあら……」
 体当たりをかけてきていた二人を抱きしめて、無力化させようとしていたアルファーナだったが、光の消えた魔方陣を見て苦笑すると、危ないところだった……と言いながらも、こっそりハグを堪能していたようでもある二人を離し、何かが見えそうでぎりぎり見えないスリットを押さえながら起き上がると、困ったように肩を竦めた。
「魔方陣は無効化できた、ということで、良いだろう?」
 レンが確認するように問いかけるのに、アルファーナは息を吐き出した。
「そうですわね、私の負けですわ」
「やったあ!」
 ディアーナとルーナが手を叩き、褒美だ、と、玉藻はアルファーナに負けず劣らずのその胸に、刀真をぎゅうっと抱き込む。そうやって各々、喜びの声をあげる契約者たちに、小さく微笑みながらも、ほんの少し残念そうに、アルファーナはちらりとツライッツを見て目を細めた。
「お兄様のお相手が出来なかったのは、残念ですけど、仕方ないですわね」
 負けは負け、約束は約束ですものね、と、くすくす笑うアルファーナに、ツライッツもようやく余裕を取り戻したらしく、にっこり笑って見せた。
「残念ですが、金輪際機会はないですよ」
 だが、珍しく笑顔と裏腹なきつい物言いをするツライッツに、アルファーナは「さあ、どうかしら」と首を傾げた。
「いずれ、その時は来ると思いますわよ? ツライッツ・ディクス、お兄様」
 くすりと意味深な声で笑ったアルファーナは、それに対してツライッツが何か言う前に、くるりと契約者たちを振り向くと、ぱちんと片目を瞑ってウインクを送る。
「さ、この先は一方通行ですの。そのまま進んでいけば、ゴールはもう直ぐそこですわよ」
 そう言って、先程まで自分が立っていた場所から扉まで寄ると、その脇に立って、投げキッスを投げてポーズをとる姿は、遺跡の守主というよりコンパニオンのお姉さんのようだ。
 だが。

「道中お気をつけて」

 見送られながら扉をくぐった直後。
 そんな意味深な一言を背に受けた一行を待っていたのは、油断したところで口を開く、落とし穴たちなのであった。