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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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04:迷路の謎は解けたかな?




 その十数分前のこと。
 迷宮に入り込んで迷子になった者、あるいはあっさり解いた者たちと様々な冒険が行われている遺跡の中、こちらでもまた小さな冒険の一幕が上がったところである。


「ここがスタート地点、と」

 天音は、入ってから直ぐ脇の壁に、ガリっとリターニングダガーで印を刻みながら呟いた。
「……遺跡に傷をつけて良いものなのだろうか」
 ブルーズが心配げに呟いたが、大丈夫、と天音は小さく笑った。
「彼女が新人の研修用、として選んだんだ。傷を付けちゃいけない場所なら、最初から選ばないでしょ」
 そんな会話をしている二人の傍で、 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が、それをHC上に記入していくのを見ながら、妙に不機嫌そうなオーラを纏っているウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はどうした、と声をかけた。
「……さっきの」
「さっき……ああ、あのメモのことか」
 短い言葉ながら察して、グラキエスが持っていたメモをひらりとさせると、その目がやや細くなったので、どうやら正解だったようだ。どうやら入り口に足を踏み入れて直ぐ、皆が口にした”横道に入れ”という解釈が余り納得いっていないようだ。
「あれは縦読み、と言うんだ」
 前に同級生に教えてもらったのだ、とグラキエスは、メモの文章のはじを指でなぞる。まずは先頭だけを縦に読むと、”右はし読めば答”そして、その指示に従ってメモを読み直すと”よこ道にはいれ”となるのだ。
「メモを良く見ろ、って言われててたもんねっ」
 たぶん間違いないよ、と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は胸を張り、他の皆も同意しているのだが、そういった文化に乏しいことと、あまりに単純すぎる、ということもあってか、ウルディカは説明を受けてもあまり腑に落ちた風ではない。
 とは言え、この場の全員が”そう”だとしているのに逆らうつもりはないようで、グラキエスの傍にぴったりくっついたままだ。
「そんなに張り付かなくても大丈夫だ、エルデネストもいるんだし」
 体調を慮ってのことだとは判ってはいるが、その過保護さに苦笑したグラキエスだったが、ウルディカも譲らない。そんな二人に割って入るようにして、エルデネストは体を滑り込ませて、表情だけにっこりと笑って見せた。
「そうですよ。私がおりますからご心配は無用です」
 だからどいておけ、と言わんばかりの目線だが、それに構うウルディカでもない。交じり合う両者の視線は、ぱちぱちと火花が散っているようにも見える。
「ほらほら、何やってるの。のんびりしてたら後から来る人がつっかえちゃうよ?」
 二人の様子に、見かねて誌穂が「早く迷路に入っちゃおうよ」と口を出したが、そんな中、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)が、でも、と控えめに声を漏らした。
「迷路の中……でいいのかなぁ」
「と、言いますと?」
 エルデネストが首を傾げたのに、あのですね、とやや緊張気味に体を硬くしがらも、千百合に手を握ってもらいながら日奈々は続ける。
「メモを良く見ろ、とは言っていましたけどぉ……迷路のことだ、とは言ってなったと思うんですねぇ……」
「じゃあ、迷路の前から”横道”があるのかもしれないね」
 千百合がぽん、と手を叩くのに、なるほどね、と天音も頷くと、トーチングスタッフを右手で掲げて壁を映した。
「右手に松明を取りて見よ……って、ね」
 そうして松明をかざしつつゆっくりと進んでいくと、不意に揺らいだ炎が、天音のトレジャーセンスに引っかかった。その箇所をダガーで軽く引っかくと、たったそれだけの衝撃で、僅かな隙間がそこに生まれた。
「ブルーズ」
 言葉を受けて頷いたブルーズが、その隙間に手をかけて横にスライドさせると、懸念していたよりもあっさりとその道は姿を現した。
「横道……だねぇ」
「ここが正解の道かな」
 日奈々と千百合が手を合わせて喜ぶのに、ウルディカはまた僅かに眉を寄せる。やはり妙に容易い、と思ったらしいが、そんなウルディカにグラキエスは苦笑した。
「新人研修用だというんだから、こんなもんだろう」
「いや、油断大敵、みたいだよ?」
 横道を見つけたことで、ほっと一息ついた一同とは別に、天音は自分ならここに仕掛けるね、と、横道に一歩はいった場所を念入りに調べ、やっぱり、と目を細めた。
「ここ、落とし穴だね」
「入って直ぐに落とし穴、とは、中々意地の悪い罠でございますね」
 エルデネストが呟いてマッピングする隣で、しゃがみ込んだ誌穂が、その先をじっと見やる。光術で見た限りでは、境目がわかりづらい。天音は持っていたコインをピン、と弾いてわざと落とし穴を作動させてみてから、やれやれ、とため息をついた。
「結構、幅があるね。もしかしたら新人君たちは、これにやられて下までいったかな?」



 結局、他にもまだ落とし穴がある可能性を考慮して、皆で誌穂の空飛ぶ魔法で落とし穴の上を通り越し、慎重にトラップを警戒しながら先へ進む一行だったが、緊張感は別としても、和やかに、とはいかなかった。
「……」
「仕方ないだろう、狭いんだから」
 不満げなウルディカにグラキエスが苦笑する。無言ではあるが、エルデネストが自分を間に入れないようにグラキエスに引っ付いているのが気に入らないようである。より正確に言えば、それでエルデネストが勝ったような顔をしていることだろう。
 そんなぴりぴりするウルディカとエルデネストの空気に、日奈々は居心地が悪いのか、泣きそうな顔だ。
「喧嘩は……よくないですよぉ……」
 か細い声でそう言ったが、大丈夫、と天音は悪戯っぽく笑う。
「喧嘩するほど仲がいいんだよ」
 と天音が口にした途端。
「違う」
「違います」
 即座に反応する二人に、息は合ってるきがするんだがな、とグラキエスは内心で呟いたものの、それ以上言うと更にややこしいことになりそうだったので、微笑ましいな、などという感想ごと、黙って飲み込んでおくことにしたのだった。
 そんな、緊張を保ちつつも何のかんのと騒がしくしている道中。
「違うと思っても、やっぱり気になりますねえ」
 ちらりと振り返った誌穂は、その後ろからついてくるクローディス……に、そっくりな人形を見て呟いた。
 東 朱鷺(あずま・とき)が操っている式神だ。この遺跡に入る前、クローディスにスイッチを押してもらって姿を映したコピー人形を、操っているのである。
「これを見て、遺跡の主たちがどういう反応するのかなあ……」
 誌穂の呟きは、不安半分、好奇心半分、と言った様子だ。
 契約者たちと一体は、様々な緊張感を孕みつつも、案外和やかに遺跡の奥へと進んで行くのだった。




 そして、遅れること数十分後の、一方。
 契約者たちの中で、一番最後に遺跡に足を踏み入れた丈二達は、と言えば。
 こちらもまた入り口直ぐの階段のところで、一旦の行き詰まりの中にあった。

「さて、入ったはいいものの……」
「まだ迷ってるの?」
 奥に進んでは戻り、進んでは戻り、と階段を行ったり来たりするのに、ヒルダが再び大きなため息を吐き出した。
「日本語では、お手紙とか縦に読むんでしょう?」
 ヒルダが読んだ本にはそう書いてあったわ、と自信ありげに言う。
「……でも確かに、二行目移行がわからないのよね」
「いや、普通に横に書いてあるメモだと思うのでありますが……いや、しかし……」
「うう……つっこみたい」
 ああでもない、こうでもない、とメモと格闘する丈二と、縦読みの件でヒルダがコントのようにやりあっている間に、追いついてしまったローズが、うずううずしながら呟いた。だが、挑戦者として訪れたのではない以上、口は挟むべきではない、と、とりあえず、他の面子も様子を見ているのだ。
「……どうしましょうか」
 アリーセが口を開いた。挑戦者たちと違って、自分たちは新人の捜索に来ているのだ。丈二達がどちらにいくにしろ、迷路に入って問題ないだろう、ということで、彼らの横を通り過ぎ、その扉を開けた、そのときだ。
「ねえ、本当にこっちでいいの?」
 近くから、迷路に挑んでいた関谷 未憂(せきや・みゆう)の声が、聞こえてきた。
「うんっ、こっちからお宝の匂いがするよー!」
「……でも、ここ……さっき通った気がします……」
 元気に言うリン・リーファ(りん・りーふぁ)と、反対にどこか不安げなプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の声もその後に続く。そして、その声が更に近づいた、と思うと、ちょうど角を曲がったところで、三人が扉から見える視界に入ってきた。
「あ、ほら、人だよ……って、あれ?」
「えっ」
「……あ」
 三人が、アリーセたちと目があうのと、地面がぱかっと割れたのは、同時だった。
「あ―――……」
 三人の合掌が、あっという間に地面に飲み込まれていくのを、アリーセたちはただ見ていることしか出来ないのだった。

「……」
「……」
 一瞬落ちた沈黙の中、誰とも無くお互いに顔を見合わせること数秒。まず我に返ったのはローズだった。
「と、とりあえず、落ちた子たち、怪我してないといいんだけど」
 どうしよう、と言っていると学人がじゃあ、と人形を取り出した。式神の術を受けた人形がひょっこり起き上がったのに、ローズはあれ、と首を捻る。
「ちょっと、学人? その人形……」
 学人に預けたはずのヨシヒロ人形だ。そう「預けた」のだが。
「気になるんでしょ? なら調査しなくちゃ」
 ちょっと頼りないけどね、というが早いか、学人に操られた人形は、ぴょいん、と落とし穴に飛び込んでいってしまった。
「わーーっ!? なっ、何するだぁあ――っ」
 直ぐに見えなくなってしまった人形に、ローズは思わず声を上げたが、反対に学人は気にした風もなく、式神の術に神経を集中させていたが、それは直ぐに途切れてしまい、あれ、と首を捻った。
「……手ごたえが無いな。圏外かな? どっかにワープしてっちゃったみたいだ」
「うう……っ」
 あっさり言われて、がっくりと肩を落とすローズの隣で、未憂や人形が落ちていった穴をじっと見やりながら、丈二は再びメモを見比べ、息を吐き出した。
「正面が扉、扉が違うとなれば……やっぱり横道に行くべきでありますか」
「だから最初っからそうだって言ったのに」
 そんなやり取りをする傍ら、アリーセは視線を北都へと向けた。
「私たちは横道にいくけど、皆はどうするの?」
 多少まだ落ち込んだ様子のローズにぽんと背中を叩いて励ましていた北都は、その言葉に、ううん、と小さく唸る。
「本当なら、メモにあった通り進んでいくべきなんだろうけど」
 恐らく、まともに道は進んでいないだろうなあ、と北都は苦笑した。
「一緒に行くよ。もしかしたらそこらへんで、疲れて座り込んでるかもしれないし」
 そんな一同の判断を待って、それでは、とアリーセは気合を入れる合図なのか、皮手袋をきゅ、と正した。

「地下牢に入ると、通信は使えなくなるようですから、気をつけていきましょう」