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 やってきたよデパートメント。
 空京デパートの入り口で、ルシアは感慨深く、ぐるりと首を巡らせた。
「すごい」
 思わずといった様子で感嘆の言葉が漏れる。
 習った知識よりも、聞いた話よりも、想像よりも、ずっとすごい。広い店内は証明が眩しいくらいで、きらびやかに見える。目の前に様々な商品がわっと広がる景色は圧巻を感じる。並べられた商品を、目移りするように手にとったり覗きこんだりしている人たちは楽しげに見えて、ショッピングを楽しむっていうのはこういうことなのかもしれないと思う。ルシアが初めて目にするデパートの光景だった。
 さっそく、スキップでもしそうな足取りで目的の店舗を探し始める。
 いきなりエスカレーターで昇って、フロアも確認せずに歩きまわり、目についたエレベーターに乗り込んで、なんの考えもなく適当なボタンを押す。傍から見ると本当に目的の店舗を探すつもりがあるのか疑問を憶えるルシアのデタラメな行動だが、ルシア本人もさすがにそれは分かっていた。ただ、歩くだけでなんとなく楽しい気分になれるから、満足するまで歩きまわって、探すのはそれから、というつもりだった。
 が、不思議なものである。適当に乗り込んで適当にボタンを押したエレベーターから適当に降りたフロアは、ちょうど目的店舗である文房具店のあるフロアだった。
 これにはルシアも驚いて目を見開いた。
「すごい。本当にすごい。デパートって迷わないようにできてるのね」
 そんなことはない。ただの偶然である。
 ルシアは嬉々としてシャープペンを選び始める。いくつか手にとって、大量生産品のシャープペンからなにを見極めようというのか、目を細めて凝視するなどしている。
「お客様、なにかお探しでしょうか?」
 文房具店の店員となっている高崎 朋美(たかさき・ともみ)がルシアに声をかけた。上機嫌なまま、ルシアが答える。
「ええ、シャープペンシルを探しているの」
「芯自動繰り出し式筆記用具ですね?」
 にっこりと笑ってすぐさま訂正された。
 聞きなれない言葉にルシアが軽く首をひねる。
「一般的にはメカニカルペンシル、プロペリンペンシル等の呼称ですね。シャープペンシルは和製英語であって、日本国外では通用しません」
 まぁなるほど確かにその通りではある。明美の語ることに間違いはない。そうはいっても、ここパラミダでもシャープペンシルで十分に通じているのだから、ここまで厳密に言葉にこだわっているとなると、ルシアの目から見ても、ちょっと変わっている人、という風に映ってしまう。
「そもそも、シャープペンシルという呼称は某家電メーカーに肩入れし過ぎで……」
 言ってしまえば技術系の悪い癖なのかもしれない。明美は解説癖の赴くままとめどなく語っていく。ルシアは、やっぱり変わってるなぁ、とは思いながらもしっかりと耳を傾ける。デパートにやって来て上機嫌だということもあるし、「なるほど、これがデパートメントでの買い物なのね」などと勘違いをしているためでもある。
 明美の解説と薀蓄はどこまでも続くのではないかと思われた。そこへ、
「そこらへんでいいじゃろう」
 明美に歯止めをかけたのは高崎 トメ(たかさき・とめ)だった。トメは優しげな笑みを浮かべて、ゆっくりゆっくりとした動きで歩み寄る。
「ちぃとばかし話が長いでな、あたしみたいな年寄りにはちょうどよくっても、そこのお嬢さんはしびれを切らしてはるんやないかの」
 むぐ、と明美が口を閉ざした。トメが軽く笑い声を上げる。
「この子が素直に聞くものだから、ちょっと調子に乗っちゃったというか」
 なんのことか分からずルシアは首を傾げる。
 こほん、と明美はひとつ咳払いをして、
「それでは、そちらのペンでよろしいですか?」


 迷った。
 ルシア以外の誰もが予想していた通り、ルシアはあっさり迷った。客観的に見て、同じところを十分も二十分もぐるぐるしている姿は立派な迷子のそれである。
 が、ルシア本人に言わせれば「ひょっとしたら」が頭につく。要するに、ルシア本人には迷子の自覚はなかった。
「さて、ここで探偵の出番だよ、ディオ」
 ぐるぐる回っているルシアを遠目から確認して、霧島 春美(きりしま・はるみ)ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)に言い聞かせた。
「ボクがんばるよ、春美。それでなにをすればいいの?」
 ディオネアが意気込む。
「そうだね、まずはあの子の安全を確認しよう」
 春美がぐるりと周囲を見回せばディオネアもそれを真似てぐるりと見回す。
「セールの人ごみ、ワックスをかけたばっかりの滑りやすいタイル、それに滝なんか要チェックだよ」
「滝?」
 聞き返したディオネアに春美は説明する。
「滝のそばでバリツは使ってはならない。バリツ使いにとって滝は鬼門。初歩の初歩だよ、ワトソン君」
 もっともバリツで滝を昇ったという説もあるし、滝に落ちた技こそがバリツ最終奥義が一つという説もあるし、などと春美は続けるが、もちろんデパートに滝などあるはずもないのだから無用な心配だった。
「それで、どうすればいいの?」
 ディオネアはもう一度尋ねる。
「ディオ、私たちの役目は?」
「えっと、あの子のサポート?」
「そう。私たちはあくまでもサポート。ディオがあの子を連れて行くのは簡単だけど、それじゃだめ」
 うーん、と唸って考えこむディオネアに、春美は笑ってヒントを出した。
「簡単簡単。ディオがデパートで迷った時、デパートのどこを見るか、それを教えてあげればいいだけよ」
 ルシアの興味を引くように、ディオネアが出ていく。右に左に体を動かして、ちらりちらりとルシアの視界に入るように。ルシアが気づくと、踵を返し少し走って、ピタリと止まって振り返る。何気なく近づいてくるルシアを確認したら、また走って、止まって、振り返る。その繰り返しでディオネアはルシアを誘導していった。
 誘導していった先は、各階に一箇所はある、その階の地図が確認できる場所。
 地図を指でなぞって現在地と目的地を確かめようとしているルシアの姿を遠目から眺めながら、春美とディオネアは軽く手を合わせあった。