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ハイナのお茶会 in 明倫館

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ハイナのお茶会 in 明倫館

リアクション

   五

 水、ハーブと言いつけられた物を揃えた耀助、那由多は柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)猿飛 佐助(さるとび・さすけ)八岐 大蛇(やまたの・おろち)の四人と合流した。
 取り分け佐助と大蛇の二人は、この新入生たちに興味津々らしく、ずっとくっついている。
「耀助君だっけ……そもそも、何で君は忍術を学ぼうと思ったの? それとも家系か何かの習わし?」
「それはもちろん、キミのような可愛いコに出会うためさっ」
 極めてあっさりどうでもいい答えを口にした耀助に、佐助は言葉を失った。そして、じっと睨みつけるが、耀助はその視線に気づいた様子もなく、「今日はいい天気だね。オレたちの出会いを祝福しているようじゃないか?」などとベラベラ喋っている。
 この視線を一言で表すなら「――ムカつく」である。
 戸隠の山で育った佐助にしてみれば、生半可な気持ちで忍びを名乗るなど、決して許されないことだ。
 一方大蛇は、那由多の顔を見るなり両手をぎゅっと握り、
「那由他ちゃんって君かな? うわぁ……なんだろ、すごく親近感が湧くよ!」
 ぶんぶんとその手を振り回した。
「は、はい、あの……?」
 那由多は目をぱちくりさせ、どちら様? と言いたげだ。
「あ、ボクは大蛇だよ。八岐大蛇」
「え……?」
「とはいっても君の知ってる大蛇じゃなくて……あれ? どうかした?」
 那由多の顔から血の気が引いていることに、大蛇は気が付いた。
「お腹痛い?」
「いえ、……大丈夫です。お――大蛇さんは、悪魔――なんですよね?」
「うん、そーだよ!」
 無邪気な返事を聞いて、那由多はホッと息を吐いた。
「あ、ねえねえ、君の知ってる大蛇ってどんな神様なの? 教えて教えて!」
「それは……」
「Baby、悪いがもう目的地だ」
 那由多の肩を優しく抱いて、耀助は大蛇との間に割って入った。彼の視線の先には、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)木賊 練(とくさ・ねり)彩里 秘色(あやさと・ひそく)瀬山 裕輝(せやま・ひろき)隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)が待っていた。
 そしてそこに見えるのは、全長二百メートル、高さ一九〇メートルの葦原大吊り橋である。
「何でこんな長い吊り橋を……」
 唖然としながら氷藍は下を覗き込んだ。底の方は雲か霧がかかっていて、よく見えない。
「観光用も兼ねているらしいわよ」
 サンドラがパンフレットを読みながら答えた。天気のいい日には、観光客も渡れるようになっているのだが、今日はお茶会のため、閉鎖されている。
「これだけ長いと、どれだけ効果があるか分からないけど……なるべく橋が揺れないよう、【風術】で風を相殺してみるわ」
「ありがとう、オレの守護天使」
 案の定、耀助はサンドラの手を取った。「これが終わったらお礼にぜひデートを」
「先に行くからなー」
 ナンパを続ける耀助に呆れ果て、氷藍は足を踏み出した。
 佐助はしばらくの間、底を覗いていた。そもそも、橋を渡らねばいけない、という発想がおかしい。どう考えても、たった一つの道に罠が仕掛けられているに違いない。
 その辺の木を抜いて渡すことも考えたが、さすがにこの長さでは不可能だ。となれば、空を飛ぶか、
「――一度降りて、もう一度登ればいいわけだよね」
というわけで、佐助は崖を伝い降りてみることにした。
「しかしこれ、飛ぶってのはなしなのか?」
「風もあるから、難しいのかもしれん」
と、幸村は氷藍が吊り橋から落ちないよう、さり気なく庇いながら進む。氷藍も幸村がいることで安心しているのか、揺れる橋に怯える様子はない。
 しかし、何メートルか進んだところで、突然、氷藍の足が板を踏み抜いた。それは、神凪 深月(かんなぎ・みづき)の仕掛けた罠だった。
「氷藍!!」
「幸村!!」
 咄嗟に幸村が手を伸ばし、落ちることだけは辛うじて避けられたが、氷藍の下半身は橋から下に宙づりになっている。幸村は懸命に引き上げようとするが、深月がオイルヴォミッターを使ったせいで、滑って力が入らない。
「うまくいったのじゃ」
【光学迷彩】で姿を隠した深月は、ほくそ笑んだ。
 佐助は順調に降りているかのようだった。だが、上から時折、小さな石が落ちてくることに気付いた。顔を上げると、目の前の石が弾け飛んだ。
 ――狙撃!!
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がどこからか狙っているのだった。
 着弾点は、次第に佐助の手に近づいてきていた。右手の上が弾かれ、咄嗟に左手と両足の身で体を支える。次に左の指先を弾が掠り、佐助は真っ逆さまに落ちて行った。
「罠はどこにでもあるのです」
 橋の真下、【カモフラージュ】で身を隠した吹雪は呟いた。


 練は橋の上――それもかなり最初の方で硬直していた。
「乗っちゃだめですかフライングボードどどddd」
「道具使うたらあかん言うからなあ」
 のんびりと言ったのは裕輝だ。
「大丈夫ですよ、木賊殿。古い吊り橋は植物の蔓で作られているものですが……」
「ひーっ、蔓!? 蔓なのですかこれは!?」
「あ、ほんまや」
「ひいいいい!」
「煽らないでください。ちゃんとワイヤーで補強されています、この橋は」
 秘色に睨まれ、裕輝は小さく舌を出した。
「ということはワイヤーが切れたら落ち……」
 最悪の想像をして、練はそこから一歩も動けなくなった。最初から動いていないが。
「練ちゃん、練ちゃん、ほれほれ」
 呼ばれ、振り返った。裕輝が腕一本を残し、体のほとんどを橋の外に出している。
「落ーちーるー」
「ひっ……」
 その時、突然練は笑いだした。
「あは、あははは……」
「……木賊殿?」
「あはは……よし、ひーさん、行こう!! きっとこの橋の先にはお宝が! 吊り橋とお宝はセットってのは、冒険のお決まりだああああ!」
「と、木賊殿!?」
「恐怖のあまり、おかしなったかな?」
 揺れる橋を物ともせず駆け出した練を見送り、裕輝は首を傾げた。
「あれは、【セルフモニタリング】です!」
「ああ、なるほど」
 恐怖を克服しようと【セルフモニタリング】を使ったはいいが、どうやらテンションを上げ過ぎたらしい。いくら揺れようが、オイルで滑ろうが、桁が外れようが気にすることなく走っていく。
 氷藍と幸村も目に入らず、二人の頭上を飛び越える。後を追う秘色は「申し訳ない」と頭を下げ、裕輝は「気張ってやー」と声を掛けた。
 その人物たちに気が付いたのは、秘色が先だった。
「木賊殿! 止まってください!!」
 しかし、明るい未来――即ち、橋の終わりしか見えていない練が止まれるわけもない。
 橋の中央では、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が待ち構えている。このままでは真っ先に攻撃を受けてしまう。
「よし! オレに任しとき!」
 裕輝はハンガーロープを握り、全体重をかけ上下に揺すった。
「うおりゃあ!」
 ――落ちた。
「……瀬山殿!」
 秘色が覗き込むと、爽やかな笑顔の裕輝を、光竜『白夜』に乗った九十九 天地(つくも・あまつち)が受け止めるところだった。
「やれやれ。まことに落ちてくるとは思いませなんだ」
 顔を上げた天地の目に、レティシアに吹っ飛ばされた練と、彼女を抱えるようにして落ちてくる秘色の姿が映った。
「可愛らしいこと……」
 仲間のために我が身を捨てる。その行為の実に美しいことか。
 このような人々と仲間になれるのは、天地にとって喜びであった。
 天地は裕輝を乗せたまま、今度は練と秘色を拾いに行った。