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ハイナのお茶会 in 明倫館

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ハイナのお茶会 in 明倫館

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   二

 飛び石は、多少左右に散らばっているものの、ほぼ一列に並んでいた。そのため四人が同時に渡るのは難しく、悲哀は【軽身功】で水の上を走った。アイランは後を追うように、飛び石を伝っていく。
 すぐに自身への害意を感じ、悲哀は周囲に気を配った。が、突然足元が凍りつく。
「え!?」
「あーっはっはっは! 初夏の避暑地の一部にしてやるのじゃー!」
 高笑いと共に【氷術】を放ったのは、空降 冷花(そらふり・れいか)だ。
 左足が固まった悲哀は、咄嗟に右足で踏ん張ろうとしたがそこは池の上なのでそうもいかず、水中へ半身を沈めることになった。
「悲哀ちゃーん!!」
 アイランは石の上で立ち止まり、オロオロとした。悲哀を引き上げるには、後三十センチ手の長さが足りない。それでも懸命に、水に落ちないように手を伸ばす。その背中を押す物があった。アイランはどぼん、と水に落ちた。
「!!???」
 わけが分からないが、辛うじて爪先がつく。アイランは底を蹴りながら悲哀の体を持ち上げた。どうやら気絶しているようだ。顔を水面から上げると、ひゅっ、と空気が漏れる音が聞こえた。
「うおおおお!?」
 ヒュンヒュンと、次から次へ矢が飛んでいくのが見えた。耀助と那由多は、器用にそれらを避けながら――ついでに叫びながら――飛び石を伝っていく。
 アイランは悲哀を連れて、岸に上がった。その目の前に、矢の切っ先が突きつけられる。
「はい、お疲れ様でした」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がにっこり笑った。


 反対岸に渡り切った耀助と那由多の前に、美しいヴァルキリーが立ちはだかった。
「私はこの湧水の守護騎士、エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)です」
 耀助はさっとエリザベータの手を取った。
「美しいお嬢さん、オレは仁科耀助、ピッチピチの十六歳。ぜひお友達になりませう」
 一瞬唖然となったエリザベータだったが、その手を振り払うや、高周波ブレードを抜き放った。
「水が欲しければ、私を倒してみなさい!」
「そのつもりよ!!」
 那由多は耀助を突き飛ばし、エリザベータの一太刀目を避けると懐に潜り込んだ。
桜花連撃!!
 那由多の左ジャブがエリザベータの鼻を打った。怯んだところに右ストレートが炸裂する。
 エリザベータの体がぐらりと揺れる。すかさず那由多は足に闘気を集中させ、飛び上がった。
八氣脚!!
 しかしエリザベータは、その最初の一撃を腹に食らい、体をくの字に折って吹っ飛んだ。
「……しまった、つい……だ、大丈夫ですか?」
 那由多は慌てて駆け寄るが、エリザベータは意識を失ったままだ。
「あーあ、美人に何てことするんだ。世界の損失だぞ」
「だって……守護騎士なんて言うから、つい……」
 耀助は手拭いを水に浸し、エリザベータの鼻に載せた。これで腫れも引くだろう。
 他に敵もいないようだったので、容器に水を汲み、背負った。重い。耀助は顔をしかめた。
 再び飛び石を渡って戻ると、ずぶ濡れの透玻、璃央、悲哀、アイランと祥子が待っていた。悲哀が何か言いたげなのを、透玻が制す。廉の姿が見当たらない。
「敵はどうした?」
「何とか撃退した」
 実はプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が現れ、透玻と廉を止めたのだった。ミスリルバットを振り回すという実力行使で。
 曰く、これは「実力を試す」試験であるため、脱落者は出ないこと、怪我人を出してはならないこと。
 危うく本気になりかけていた廉はそこで我に返り、ルディア、晴江と共に引き上げた。
 プラチナムは、耀助たちに話さないようにと口止めし、姿を消した。
 透玻は事実を知り、早とちりを恥じたが、これも新入生のためと思い直した。
「私たちは怪我の確認をして、後で追う。二人は先に行ってくれ」
「怪我をしたんですか? 大丈夫ですか?」
 那由多が眉を曇らせる。
「なに、案ずるほどのことではない。時間がないのだろう、さあ、早く行け」
 まるで邪魔者扱いの物言いに、耀助と那由多は首を傾げた。だが、時間があまりないのも確かだ。
 祥子のために水を分け、耀助と那由多は次の場所へ向かった。
 悲哀の表情を見て、耀助が「オレとの別れがつらいんだな」と思ったのはここだけの話。
 そしてその様子をずっと観察していた真田 佐保(さなだ・さほ)は、手元の用紙にこう書き込んだ。
「龍杜那由他−攻撃力高し。ただし、冷静な判断力を求められる。仁科耀助−攻撃力推定できず。任務に対しての責任感は疑問」


 清泉 北都(いずみ・ほくと)モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は、城下の有名団子店を覗き込んでいた。
「ケーキも嫌いではないけど、美味しいお団子も食べたいな。みたらし、胡麻、餡子……うーん、どれにしようかなぁ」
 取り敢えず全部食べてみようと、北都はお茶とのセットで注文した。モーベットは天鵞絨の着物に身を包んだ主を見た。
「遊んでいる暇はないはずだが?」
 お茶会参加者の土産用のお菓子を選ぶ、という大変重要な役目を、薔薇の学舎の北都たちが担ったのに然程の理由はない。お茶会に参加しようと思ったら女子限定だった。給仕をする気もなかったので、観光がてらに承知した、というだけの話だ。
「分かってるよ。でもモーちゃんに、のんびりこの土地を見てもらいたいと思ってね」
 運ばれてきた団子の最初の一本を頬張り、北都は串で町を指した。
「本当は、僕の故郷を見せたいんだけどね」
 なるほど、とモーベットは内心頷いた。己の故郷に近い文化を持つ葦原――ここに連れてきた北都の想いを、分からぬモーベットではない。また、彼とても主の故郷には興味がある。
 ならばこの機会を利用して勉強するのもいいだろう。
 モーベットは取り敢えず、団子を食べてみた。
「……!」
 あまりの旨さに言葉もない。北都は笑って、みたらしをモーベット用の土産にした。それから客数分、団子のセットを注文し、葦原富士に届けてもらうよう頼んだ――もちろん、表側から登る。
 仕事を終えた二人は、次に呉服問屋へ行った。パートナーたちは皆それぞれに着物を持っているが、モーベットだけはなかった。
「夏祭りに行かれるんでしたら、こちらの木綿が良いかと思いますよ」
「どれがいいかなぁ。大人っぽい黒系がいいと思うんだけど。――モーちゃん?」
 浴衣を勧められ、どの柄がいいかと北都が悩んでいる間に、モーベットは向かいの店に入っていた。そこは、研ぎ師の店だった。モーベットが傍にいても、気にも留めずに黙々と仕事を続けている。
「気に入った?」
と尋ねる北都に、モーベットは見入ったまま頷いた。
 古い刀のようである。細身で小切先、腰反り深い優美な姿。刃文は焼き巾広く直調に小乱れ――とモーベットには分からないが、西洋の剣にはない美しさがあることだけは理解できた。
「買ってあげたいけど……」
 北都は財布の中身と相談し、かぶりを振った。
「学生の身……贅沢は言わんよ」
「土産物店にさ、木刀があったよ。それでいい?」
 モーベットは微笑んだ。「無論。それで素振りでもしよう」
 二人は反物と自分たち用の団子を手に、研ぎ師の店を離れた。どうやらモーベットは、確実に葦原に感化されたようで、薔薇の学舎に帰って後、時代劇を何本もお取り寄せしたとのことである。