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邪竜の眠る遺跡~≪アヴァス≫攻防戦~

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邪竜の眠る遺跡~≪アヴァス≫攻防戦~

リアクション

「うわっ、泥なのになんでこんなに堅いの!?」
 ≪沼地の泥土クジラ≫を殴った緋柱 透乃(ひばしら・とうの)の手が、はじかれる。
 透乃はバックステップを踏みつつ距離をとる。
「うーん、最初は普通に通るんだけどなぁ」
「おそらく、ダメージをその部分組織を固くしているんですよ」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が刃手の鎖と凶刃の鎖【訃韻】を交互に投げつける。
 攻撃が当たった部分は色を変え硬化し、武器をことごとくはね返していった。
「でも魔法攻撃には意味がないみたいなんですよね」
 続いて陽子が硬化した皮膚へ【クライオクラズム】を放つ。
 すると、≪沼地の泥土クジラ≫はその部分の硬化を解いて攻撃を受けていた。
「物理攻撃は硬化して、魔法攻撃はそのままの方が耐性が高いようですね」
 陽子が冷静に分析していると、≪沼地の泥土クジラ≫が口から泥の混ざった木々をも貫く水鉄砲を放ってきた。
「よっと――!!」
 その攻撃をサブマリンシールドを手にした霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が間に入って受け止めた。
 ≪沼地の泥土クジラ≫が攻撃を受け止められて不満なのか、雄叫びを挙げて尾びれを振り回して木をなぎ倒した。
 泰宏はサブマリンシールドを振って泥をはらいながら尋ねる。
「それで、どうやって倒すか妙案でもあるのか?」
「妙案ってほどじゃないけど……普通に硬化中の魔法攻撃でいいのじゃないですか?」
「ま、そうなるよな」
 陽子の回答に、泰宏が苦笑いを浮かべる。
「でも、さっき雷加えて攻撃したけど大したダメージにはならなかったわよ」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)は木から陽子達の傍に着地すると、腰に片手を当てながら話していた。
 陽子は下あごに人差し指を当てて思考する。
「そうですね……一度に与えるのが駄目なら交互に行ってみましょう」
「わかったわ。試してみましょう。
 それじゃあ、私が打撃を……」
「私は魔法を」
 芽美は陽子と確認を終えると≪沼地の泥土クジラ≫に向かって走り出した。
 ≪沼地の泥土クジラ≫が放つ弾丸のような泥玉を回避しつつ接近する。
 跳躍し、回転の入った蹴りを横から叩きこむ。
「陽子ちゃん!」
「はい!」
 そこへ陽子が魔法を叩き込むと、硬化した皮膚にヒビが入り≪沼地の泥土クジラ≫が悲鳴を上げる。
「いける!」
「芽美ちゃん、もっと広い範囲にいけますか!?」
「了解!」
 確かな手応えを感じた陽子達は広範囲攻撃を試みる。
 芽美は木々を利用して飛び回りながら、次々に攻撃を加えていく。
「透乃ちゃん、私達で敵を引きつけよう」
「何もしないわけにはいかないもんね♪」
 泰宏と透乃は正面から≪沼地の泥土クジラ≫に挑み、芽美の連続攻撃を援護する。
 芽美は予測不能な動きで≪沼地の泥土クジラ≫の身体中に打撃を与え、硬化させる。
「これでどう!?」
 下から≪沼地の泥土クジラ≫を蹴りあげると、芽美は連続で蹴りを叩き込み空中に浮かせた。
「後は任せたわよ、陽子ちゃん!」
「はい! いきます!」
 陽子が≪沼地の泥土クジラ≫の腹の下に無数の氷柱を作り出す。
 硬化した≪沼地の泥土クジラ≫は自身の重みで休息に落下する。
 そして――

「――――!?!?!?」

 硬化した皮膚を貫かれた≪沼地の泥土クジラ≫が悲鳴を上げる。
 ≪沼地の泥土クジラ≫が暴れて、刺さっていた氷柱をへし折る。
 身体を守っていた鱗のような皮膚が剥がれ、むき出しになった肉質を大量の血液が流れる。
「透乃ちゃん、今ならいけるはずです!」
「了解だよっ! 派手なの一発決めるよ!!
 陽子ちゃん、お願い!」
「はい!」
 透乃が左腕を振り上げる。すると陽子の鎖が透乃の腕を保護するかのように巻きついてくる。
「じゃ、行ってくるよ!」
 手を挙げて透乃が≪沼地の泥土クジラ≫に向かっていく。
 その行動に気づいた≪沼地の泥土クジラ≫は、咆哮をあげると地面を揺らすと、身体を引きづりながら透乃へ向かってきた。
「私と正面から勝負するの? いいよ。受けて立つからっ!」
 左手に炎を宿しながら、透乃がさらに速度をあげて突撃する。
 ≪沼地の泥土クジラ≫が土を削り取る勢いで進んでくる。
 走っていた透乃は足を止め、湿った地面の上を滑るように移動しながら身体を回転させる。
「荒ぶる魂の炎、燃えつくせ! 烈火裏逝拳!」
 叫びと共にさらに勢いをあげる炎。

 そして――透乃の烈火の裏拳が、≪沼地の泥土クジラ≫の額部分へと直撃する。

 その瞬間。
「ぐっ!?」
 透乃の腕に≪沼地の泥土クジラ≫の全重量が圧し掛かり、腕が折れてしまいそうな勢いで軋んだ。
 歯を食いしばり、圧しかけそうとする透乃。
 目の前で≪沼地の泥土クジラ≫の肉質がいくらか削られ、血が噴き出している。
 だが、≪沼地の泥土クジラ≫の勢いは止まらず、足が段々と後方へと押し返されていく。
 すると、陽子の声が聞えてきた。
「この拳に想いを籠めて、あなたに零下の結末を……氷想
 背後で透乃に巻きつけた鎖の先を掴んだ陽子が、目を閉じて祈っていたのだ。
 鎖を通して陽子の想いが伝わってくる。
「ここで……踏ん張らなきゃね!」
 透乃の炎がより一層高まった。
 拳が徐々に≪沼地の泥土クジラ≫の額へとめり込んでいく。
 そして――
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 気合と共に透乃が拳を振り切った。
 ≪沼地の泥土クジラ≫の身体を炎が包み込み。そして続けざまに鎖から放たれた氷が≪沼地の泥土クジラ≫に無数の風穴を開けていった。
 頭部を破壊された≪沼地の泥土クジラ≫は音を立てて倒れ、血の雨が透乃達に降り注いだ。

 透乃は降り注ぐ雨を見上げ、息を吐いた。
「もうちょっと暴れたかったなぁ」


******



『オッサンはあれか? つまり、『あいつが本物の隷属のマカフではないかもしれない』。そう言いたいのか?』
 風羽 斐(かざはね・あやる)と【精神感応】のテレパシーで会話をしていた翠門 静玖(みかな・しずひさ)は、少し驚いた様子で聞き返した。
 すると斐が【R&D】で≪機晶ドール≫に攻撃しながら、テレパシーで冷静に答える。
『あくまで可能性の話だ。……だが、ないとは限らん』
『それじゃあ、どうするんだ?』

 ≪機晶ドール≫に【サンダークラップ】を放ちながら、静玖を睨みつけた。
 確かに成人男性の機晶姫が≪隷属のマカフ≫だという保証はない。向かってくる敵の中には≪隷属のマカフ≫の記憶をコピーした機晶石をとり付けた≪機晶ドール≫がいる。これだって≪隷属のマカフ≫本人だって言われたら否定も肯定も静玖達にはできない。
 静玖の背が、斐の背に触れる。
「……なぁ、オッサン」
「ん、なんだ静玖」
「それでもこのまま何もしないわけにはいかないだろ。
 否定的な可能性をあげても仕方ないだろ。
 一つでも希望があるなら、それを信じてみる。可能性を信じて試してみるのが『研究』、ってやつだろ」
「……そうだな」
 斐の体重が少しだけ静玖にかかった。
 静玖は何もいわず、そのまま支えていた。
 周囲で戦闘が行われているにも関わらず、一瞬だけ音が止んだような気がした。
 そして、斐が深く息を吐く。
「静玖の言う通りだな。可能性があるならやるしかないな」
「ああ……このことは騨とメイには言ったのか?」
「いいや。騨にはこのことは伝えない方がいいだろう。あまり不安にさせるような真似はしない方がいい。
 メイには俺から伝えておく」
「頼む」
 静玖と斐は敵の迎撃に向かう。
 仲間の援護を行う斐は、【精神感応】のテレパシーで朱桜 雨泉(すおう・めい)に話しかける。
『雨泉、今ちょっといいか?』
『お父様?』

 雨泉は【カタクリズム】で≪機晶自走砲台≫の銃口に木材で押し込んだ。
 そのまま発射しようとした≪機晶自走砲台≫は、弾丸を詰まらせて内部から爆発し、粉々になった。
『はい。大丈夫です。何か御用ですか?』
『実はだな……』

 斐が静玖に話した内容について語る。

 ≪隷属のマカフ≫が本物ではない可能性。
 それでもやるしかないという結論になったこと。

 話を聞き終わって雨泉は嬉しそうに笑っていた。
『お父様、私もお兄様に賛成です。
 可能性があるなら試してみた方がいいと思います』

 斐とのテレパシーを追えて、雨泉は周囲を見渡した。

 火薬の匂いが充満する戦場。
 破壊され、粉々になった≪機晶自走砲台≫。
 行動不能になって横たわる≪機晶ドール≫。
 傷つきながらも戦う生徒達。
 そん中で早見 騨(はやみ・だん)は≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむを必死に守ろうとしていた。

「私もあゆむちゃんを助けたいです。
 だから、私にできることを……」
「いたたぁ。僕としたがちょっと油断しちゃったかな」
 胸に手を当てて思い口にしていた雨泉の傍に、レット・イット(れっと・いっと)が着地する。
 レットの細い手足に刃物によってできた切り傷ができていた。
 すると、理堵・シャルトリュー(りと・しゃるとりゅー)がやってきて傷の手当を始める。
「悪ガキが、また無茶したんだろ」
「無茶とはひどいなぁ。僕はただ役割を果たそうとしただけだよ」
 ニヤニヤ笑いながら話すレットに、理堵は呆れてため息を吐いていた。
 理堵は手当てを続けながら、雨泉のほうを見る。
「悪いが、このガキの治療が終わるまで守ってくれ」
「わかりました」
 雨泉は【カタクリズム】を向かってくる敵からレット達を守り始めた。
 しかし敵の数は多く、一人で守るには苦戦する。
 治療を受けつつ【殺気看破】を発動させているレットが、敵が来る方角を伝える。
「右から来るよ♪」
「はい!」
「次は左……あと正面もかな」
「は、はい!」
「次も左と正面、それと右と背後……つまり全方面。
 一般的に『ピンチ』っていう言葉は、こういう状況をさすんじゃないかな?」
「笑っている場合か……」
「いたっ!?」
 笑いながら首を傾げるレットの頭を、理堵が軽く叩いていた。
 そんな二人の横で雨泉は真剣に焦りを感じていた。
「さすがにこの数を一人で対処するのは……」
 前髪が額に張り付き、首筋を大量の汗が流れる。
 三人で敵の包囲網を突破する手もあるが、かなり危険な行動だ。
 雨泉は懸命に対処する方法を考えるが、その間にも敵は近づいてくる。
 その時――銃声が鳴り響き、≪機晶ドール≫が膝をついた。
「利瑠が援護に来たようだね♪」
 雨泉がレットの視線の先にある茂みを見つめる。
 白柳 利瑠(しらやなぎ・りる)の姿は発見できなかったが、茂みから飛び出した黒光りする銃口に気づくことができた。
 すると、今度は反対方向で電撃が≪機晶自走砲台≫を襲う。
 振り返ると、そこには静玖と斐が立っていた。
「お兄様! お父様!」
「大丈夫か、メイ!」
「はい!」
「よし、一気に片づけるぞ!」
 雨泉は仲間と協力してこの場を乗り切る。
 襲撃が一端止まり、肩で呼吸をしていた雨泉は静玖と目が合い、嬉しそうに笑っていた。
 茂みから利瑠が駆け足でレット達に近づくと、淡々とした口調で話しかけた。
「……大丈夫? ……動けます?」
「そんなに心配しなくてもいいよ?
 これくらい、なんともないからね」
 レットは立ち上がると、利瑠の前でくるりと回転してみせた。
「……よかった」
「さてと、俺達もそろそろ戦闘に戻るか。
 さすがにこの状況でサボっているわけにはいかないだろ?」
 理堵も立ち上がって武器を構えなおす。
 利瑠はゆっくりと頷く。
「……援護します」
「僕は敵を叩きにいくよ♪」
「また怪我して迷惑かけんなよ」
「それについては保障しかねるね」
 人差し指を振りながら答えるレットに、理堵は軽くため息を吐いて背を向けた。
 利瑠はそんな二人の様子を見て、微笑むを浮かべていた。

「オラオラ、どけよ! さもなきゃ、死ぬほど痛い目見るぜぇ!」
 加速ブースターを使用して移動するセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)は、金剛嘴烏・殺戮乃宴を振り回して≪機晶ドール≫を吹き飛ばす。
 腕が吹き飛び、足が砕け散る。
 叫び声の変わりに悲惨な金属音が鳴り響く。
「泣けぇ! 喚けぇ! これが生き地獄って奴だぁ! 
 クククッ、アハハハハハッ!
「セイルのやつ……わかっているのか?」
 無限 大吾(むげん・だいご)はインフィニットヴァリスタで≪機晶自走砲台≫を貫きつつ、不安そうにセイルを見つめていた。
「おい、セイル! ちゃんと機晶石を外して攻撃するんだぞ!」
「わかってるっての!」
 大吾の声にセイルは目も向けずに叫んでいた。
 しかし一応は返事をしてくれたものの、相変わらず暴れ回っているセイルを見ていると、安心できないでいた大吾だった。
 そんな大吾の後ろではあゆむが、セイルを見てガクガク震えていた。
 大吾はあゆむを落ち着かせようとした。
「大丈夫だよ、あゆむさん。暴れ回ってるセイルでもさすがにこっちにまで攻撃してきたりはしないからさ」
 あゆむは戸惑いながらも、自分を納得させようと頻りに首を縦に振っていた。
 その時――
「うわっ!?」
 足元にセイルが吹き飛ばされてきた。
 大吾は振り返りつつ、咄嗟にレジェンダリーシールドを構えた。
「――っ!」
 盾とチェンソーがぶつかり合い、激しい火花が飛び散る。
「ほう、なかなかいい反射神経だな」
 ≪隷属のマカフ≫は口元を歪めると、チェンソーを持った手に力を込める。
 見た目以上の力に足を踏ん張る大吾。
「ん――!?」
 ふいに銃声が鳴り響き、≪隷属のマカフ≫が大吾と距離をとった。利瑠がスナイパーライフルで≪隷属のマカフ≫を狙っていた。
「……」
 ≪隷属のマカフ≫が利瑠に狙いを定めて向かっていく。
「利瑠はやらせないよ!」
 レットが狼牙棒を叩き込む。
 ≪隷属のマカフ≫はそれを篭手をつけた腕で受け止めた。
 利瑠とレットが≪隷属のマカフ≫と戦っている間に、大吾はセイルの腕を掴んで立ち上がらせた。
「セイル、怪我は?」
「大丈夫です。蹴り飛ばされただけですから」
 一端戦闘モードがOFFになったセイルは、別人のように口調が落ち着いていた。
「でもどうします? あのチェンソー、見た目以上に動きが早いですよ」
 ≪隷属のマカフ≫の持つチェンソーは、まるで自分の手足のように素早く振り回されていた。そのあまりの速さにレットは迂闊に近づくことができないでいた。
 大吾はじっくり≪隷属のマカフ≫を観察しながら考えた。
「……わかった。チェンソーは俺がどうにかする。
 セイルはできるだけ引きつけてくれ」
「わかりました。それでは――いくぜおらぁぁぁ!!」
 話を終えるとセイルは、戦闘モードをONにして≪隷属のマカフ≫へ突撃していく。
 すると、あゆむが不安そうに大吾へ話しかけてきた。
「あの……作戦があるんですか?」
「……いや、作戦というほどのものはないな。
 ただ、あのチェンソーをどうにかするしようと思っただけだよ」
 大吾はインフィニットヴァリスタの残弾を確認すると、≪隷属のマカフ≫に向ける。
 セイルが≪隷属のマカフ≫の攻撃を回避しながら反撃を試みるが、素早い動きになかなかダメージを与えられない。
「……結構動くな」
 大吾は狙いを定めるが、動き回る≪隷属のマカフ≫になかなか照準が絞れないでいた。
 その時――
「私が……」
「!?」
 いつまにか背後に来ていた利瑠が声を発した。
「……止めます」
「お、おう」
 利瑠はスナイパーライフルを構えると、【スプレーショット】で弾をばら撒き、≪隷属のマカフ≫の動きを一瞬止まる。
「そこだ!」
 その瞬間、大吾が引き金を引いた。
 銃声と共に飛び出した弾丸は、≪隷属のマカフ≫の腕を貫いた。
 あまりの痛みにチェンソーを落とす≪隷属のマカフ≫。
 反対の手で再びチェンソーをとろうとした時――
「シネやおらぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!」
 セイルが怒声と≪隷属のマカフ≫の腰に金剛嘴烏・殺戮乃宴を打ちつけた。
 渾身の一撃を叩き込まれた≪隷属のマカフ≫は腰から胴体部分を粉々に砕かれて、吹き飛んだ。
 セイルの足元に残った下半身が火花を散らし、吹き飛んだ胸から上を失った上半身が低い呻き声を挙げていた。
 騨は慌てて≪隷属のマカフ≫の上半身に近づく。
「ふふふ……」
 辛うじて機晶石がとり付けられたままの≪隷属のマカフ≫が、笑い声をあげる。
「残念だったな。私のオリジナルはここにはない。
 仮に私がオリジナルでも……オマ……エタチニ…………」
 ≪隷属のマカフ≫だと思っていた存在の最後の言葉が途切れる。
 ――騨達はあゆむを助ける方法について聞きだせなかった。
「騨……」
 大吾が心配そうに声をかけた。
 すると――
「大丈夫。まだ時間はあるから。
 それよりミッツさんの方が大丈夫ですかね……」
 騨は無理矢理笑ってそう答えていた。


「先生がやられた!? ここまできて……仕方ありません。
 ここは引きましょう。命拾いしましたね」
 グレゴリー(メアリー・ノイジー(めありー・のいじー))はアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)を追い詰めるも、これ以上時間をかけるのは危険と判断し、撤退することにした。
「待って! まだ何も!」
「三号さん!」
 追いかけようとする三号の前に高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が両手を広げて立ちふさがる。
「どいて、結和!」

「ダメです!!」

 普段温和な正確からは考えられないような声が、結和の口から発せられた。
「ダメです。絶対だめ……」
「結和……!?」
 突然の大声に驚いていた三号は、結和がボロボロと涙を流していることに気が付いた。
 何故泣いているのかわからず戸惑う三号。
 すると結和は声を震えながら必死に訴えた。
「ボロボロの状態で何をしようとしているんですか。
 そんな状態であの人を追いかけて、それで三号さんが死んだら……」
 ――結和の言葉に嗚咽が混ざり、涙の量がダムが決壊したかのように溢れ続けた。
 『死んだら』
 その言葉を口にした瞬間、奥で渦巻いていた感情が止まらずあふれ出てしまったのだ。
「騨さんが、言ってました……一緒に……帰るって……だから、私……も……」
 それ以上言葉が出なかった。
 涙を必死に手の甲で拭うが一向に止まる気配はない。
 浮かんでくるのは力不足な自分を罵倒する言葉ばかり。
 そんな状態では三号を説得することなど叶わない。

 結和は自分でもどうしたらいいかわからなくなった。

 すると、目の前にハンカチが差し出された。
「……ごめん、結和」
 それはしっかりアイロンのかけられた、三号のハンカチだった。
 結和はハンカチを受け取り、涙を拭って鼻をかんだ。
「心配かけてごめん。今日はもう一緒に帰ろう」
 三号は結和をそっと抱きしめながら思った。
 ――きっとまだチャンスはある。ないなら自分で作るだけだ。