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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.10 托鉢(2) 


 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、他の者より一足先に托鉢の修行を終え、庵々に戻っていた。
「歌を路上で歌うというのは、思ったより勇気がいりますね……」
 彼女、舞花は自らの持ちうる技能「驚きの歌」を衆目の前で披露し、托鉢を行っていた。契約者である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が現在空京に不在のため、単独での行動である。
 その舞花だが、この体験学習のことを聞いてからというもの、どうしても気になって仕方ないことがあった。彼女は出発前、陽太にこう語っていた。
「疑うのは良くないとは思うのですが、女子に大人気なのが不思議です……」
 どうも、彼女の中ではこの尼寺ブームに違和感が残っているようだった。そこで真相を知るべく、一日修行体験に参加したというわけだ。
 そして今、舞花は庵々にいる苦愛を見つけ、話しかけるところだった。
「あの……」
「んっ? おお、早いねー。どうだった? 収穫あった?」
「あ、いえ托鉢はあまりうまくいかなかったのですが、少し聞いてみたいことがあってここに……」
「聞いてみたいこと?」
 可愛らしく首を傾げる苦愛に、舞花は尋ねた。
「宗派や教えを公表しないのは、何か理由があるんでしょうか?」
「え、理由?」
 苦愛が眉をひそめて聞き返す。
「どうしたの? 急に」
「いえ、なんとなく気になったもので……」
 もう少しクッションを置くべきだったかな、と思いつつ舞花は会話を続ける。と、苦愛が答えを告げた。
「理由っていうほどのものじゃないけど、なんていうんだろうなあ。ほら、女の子に秘密って付きものでしょ?」
「そ、そうなんですかね……」
「そうそう。だから、お寺の教えとかそういうのも秘密ってことにしといて、ミステリアスガールを目指しちゃおう! みたいな?」
 苦愛の話を聞きながら、舞花は嘘がないかどうか、見極めんとする。が、今のところ苦愛の表情などに違和感は見られない。
「それが女子に人気の秘訣、ということでしょうか?」
「んっとね、それだけじゃないけど、女の子ってやっぱり可愛くなることとか、恋したりすることが好きだと思うんだ。あたしたちは、そのお手伝いをしてるの。それが皆に気に入ってもらえてるってだけだよ」
「可愛くなることとか、恋したりすること……」
 苦愛の言葉を反芻しながら、舞花は考えをまとめた。
 今のところ不審な点はあまり見当たらない。話の内容が全体的にお寺にしてはおかしいといえばおかしいが、今日散々こういった軽いノリの言動を見せられてきた者としては、そこに特別違和感は覚えなかった。
「そうですか、ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をし、引き下がった舞花。あまり深く追求しすぎて、不興を買うのも良くないだろうと判断してのことだった。
 念のためイナンナの加護を発動させ、舞花は苦愛の前を去ったのだった。



 場面は空京の街に戻る。
 街の中心部で、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)は熱心に人の波を眺めていた。おそらく托鉢の修行中だとは思うのだが、あまりお金を集めようとしている風には見えない。
「あの男、見た目はとても体格が良く凶暴そうだが、心根は優しくお年寄りに道を譲るタイプとみた」
 通行人のひとりに目を向け、そんなことを呟くアーヴィン。一体彼は、何をしているのだろうか?
 何をというかまあ、人間観察という体の妄想だが。
 彼、アーヴィンは托鉢をチャリティーと捉えていた。
 本来のような食料をもらうための行為ではなく、募金してもらうための行為なのだと。そしてアーヴィンは考えた。
 ――チャリティーに必要なのは、博愛の心ではないかと。
 そこまでは分かる。しかし、ここから、アーヴィンの独特な思考が展開してしまった。
「よし、博愛の心を鍛えるため、様々な愛の形を妄想することで、俺様はこの修行を乗り越えてみせよう!」
 ちょっとよく分からない理論だし、もう完全に托鉢からは遠ざかってしまっていたが、おそらく彼の趣味だろう。
「凶暴そうな見た目とその実優しい心根のギャップ……そこにわが身の理想を現実に打ち砕かれ、傷心状態であったひとりの少年が理想を重ね憧れ、やがて恋に……!」
 急にどこからか登場してきた少年を交え、妄想を加速させていくアーヴィン。彼はもう托鉢のことなど、頭から抜けているに違いない。
 そんなアーヴィンを現実に引き戻したのは、たまたま通り魔捜索のため空京を歩いていた東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)とパートナーの奈月 真尋(なつき・まひろ)であった。
「女性ばっか狙うやなんて、犯人はきっと下劣な男に決まっとります!」
「うーん、まあそうだとは思うけど、やっぱり目撃情報はほしいよね。てなると聞き込みかなあ」
 捜索隊とは別行動を取っていた彼女たちは、独自の路線で捜索を続けていた。
「被害者は女の人だけかもしれないけど、目撃者には男の人もいるだろうから、そのへんにも聞き込みしないとね!」
「な、なして男ん人にまで話聞かんといけねえのすか?」
 男性に対して分厚い壁を作っている真尋は、秋日子の提案を全力で拒否する。が、秋日子はそれに構わず話を聞きやすそうな人物を探す。そして彼女の目線は、あるところで止まった。
「お、あんなところに托鉢修行してる人がいる。ん? アレ托鉢してるのかな。一応それっぽい道具は持ってるけど。でもなんか道端に立ってニヤけてるだけにも見えなくもないなあ」
 そう、言うまでもなくそれはアーヴィンであった。しかしこの時点では、まだ人物までは認識できなかった。
「あの人にも話聞いてみようよ。ああいう人って、道行く人をちゃんと観察してそうだし!」
 ちゃんとかどうかは怪しいが、確かに観察はこれでもかというくらいしていた。そんなアーヴィンを遠目に見た真尋は、「男の人やねえですか!」とあからさまに避けようとする態度を見せた。
 しかし、彼女らが近づくにつれ、その男の正体がアーヴィンだと分かり、ふたりの反応は変わった。
「あれ? もしかしてあの人って……アーヴィンくん!?」
「ア、アーヴィンさんが托鉢!?」
 その声でふたりの存在に気づいたのか、アーヴィンが歩み寄ってきた。
「こんなところで会うとは、奇遇だな」
「すごい偶然だねー。アーヴィンくんここで何やってたの?」
「見れば分かるだろう、托鉢だ。俺様は托鉢で、博愛の心を鍛えているのだ」
「……? よくわかんないや」
 アーヴィンの言葉に首を傾げる秋日子。そこに、真尋が口を挟んだ。
「アーヴィンさんのこった、どうせまともに托鉢なんてせんで、通行人で妄想ばしとったに違いねえですよ」
「なっ、何だと!?」
 ドンピシャで当てられ、アーヴィンは内心少しどきっとした。さらに真尋は事も無げに言う。
「こっだら人に聞き込みしたって無駄ですわ」
「いきなり無駄と言われては、黙っていれないな。何の話だ? 三次元の話か? 二次元の話か?」
「なんで候補がそのふたつなんどすか、相変わらず変な人やね。どうせ三次元で妄想でもしはってるんやないですか?」
「ど、どうせとは何だ、三次元の何が悪い」
「あー悪いも悪い、極悪もいいとこですわ。二次元のほうがよかですよ」
「……これ、何の話?」
 脱線しかけた話を、秋日子が冷静に止めた。そして話を通り魔の方へ戻そうとしたその時だった。
 突然、彼女たちの背後目がけひとりの男が近づいてきた。
 その手には、ハサミが握られている。そのまま男は真尋の方へと近づくと、有無を言わさず彼女の着物を切り裂いた。
「きゃっ、きゃああああっ!!?」
 悲鳴を上げながら、真尋が慌てて振り向く。そこには血走った目をした、危険な雰囲気の男が立っている。男性恐怖症の真尋が、男に服を切り裂かれ、男性も大勢いる街中で被害に遭い、さらにはライバルであるアーヴィンの眼前で恥ずかしい姿を晒してしまう。
 これは、彼女にとってもはや耐えがたいものであった。
「……っ!」
 顔を真っ赤にしながら、涙目で男を睨む真尋。男はそれを見て、満足そうな顔を浮かべていた。
「と、通り魔が出たっ!」
「通り魔!?」
 秋日子の言葉に、アーヴィンが反応する。同時に、男もまた秋日子に反応した。どうやら次の狙いは、彼女のようだ。さすがに目の前でこのような事件が起きては傍観するわけにもいかないと、アーヴィンが咄嗟に間に入ろうとする……が、それよりも早く、彼女たちと男の間に割って入った者がいた。
「待ちなさいっ! ようやく見つけましたよ、通り魔さん!!」
 凜とした声で男と向かい合ったのは、犯人を見つけようと空京を歩き回っていたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だった。
 彼女の後ろからは、パートナーのレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)も歩いてくるのが見えた。その表情が若干やる気なさげに見えるのが気になるところではあるが、そんなレティシアの様子に気づかないフレンディスが男へ離しかける。
「ご婦人の衣服を切り刻むなんて、許せませぬ! 成敗です!」
「……」
 自分に敵意を見せているフレンディスを、沈黙のまま睨みつける男。それでもフレンディスは、臆することはなかった。
 彼女は、那由他から通り魔の話を聞いてからというもの、犯人を懲らしめる意思を固めていたからだ。
 それには、ある理由があった。
 もちろん単純に、犯罪を犯す者を捕まえなくては、ということもあるだろうが、女性の衣服を切り裂く通り魔という存在は、彼女にとって天敵に近い相手だったからだ。
 それは一体、どういうことなのか。
 その答えは、これから男と彼女の戦いによって示された。
「はっ!!」
 フレンディスが放ったワイヤークローが、相当の速度を持って男へと放たれた。相手は見たところ、そこまで屈強そうな男にも見えない。この一撃で終わるのでは?
 後ろで見守っていたレティシアがそう思ったが、彼女たちの思い通りとはならなかった。
「えっ?」
 フレンディスのワイヤークローは、ただ空しく空を切っただけだったのだ。もちろん彼女が狙いを外したわけではない。男が、それを上回るスピードで避けたのだ。
「そんな……」
 驚いた表情のフレンディス。そして直後、その顔は驚きから羞恥へと変わる。
 男は、今見せた圧倒的な早さでフレンディスに近づくと、そのハサミで彼女の衣服の一部を切り取った。お腹の部分から胸の方にかけて、大きな切れ目が生まれる。すると、途端にフレンディスはぺたんと座り込んでしまった。
「いっ、いやあああああっ!!」
 武器を手放し、すっかり戦意が消えてしまったフレンディス。
 そう、男が彼女の天敵である理由は、フレンディスの過剰な羞恥心であった。異性に肌を晒すのが極端に苦手な彼女にとって、衣服の前面を部分的に切り取られただけでも、弱るには充分すぎたのだ。
「ふむ、つまらぬ相手と思っていたが、なかなかやるようだな」
 と、それを見たレティシアが心なしか、先ほどより幾分表情を明るくさせて犯人の前に進み出た。
 どうやら、彼女はフレンディスとは真逆で羞恥心とは無縁な性格のようだ。
「さて、とりあえずフレンディスの服を弁償する金を請求させてもらおうか」
 言って、彼女は大剣を構えた。だが、その勝負には一抹の不安があった。
 フレンディスが高速で放ったワイヤークローが、いとも簡単にかわされたのだ。それよりも速度で劣っていそうな彼女の武器が、男に通用するだろうか。
 レティシアと男は、互いの間合いを計るように様子を窺っている。しかし実際に動き出せば、男のスピードがおそらく上回るだろう。
 沈黙が続き、戦いの場にはぴいんと緊張が張り詰めている。
 と、それを勢い良く破る者が現れた。
「そこまでよ、連続切り裂き犯っ!!」
 女言葉でありながら、野太い声で男に向かって発せられたその言葉。男が振り向くと、そこにはあの女装集団がいた。
「……!?」
 あまりのインパクトに驚く犯人。
「さあ、お縄につきなさいっ!」
 そして女装集団は、犯人が呆気にとられている間に、ずらっと犯人の周りを取り囲む。そう、彼らの女装という特徴に惑わされてはいけない。
 彼らは、女装集団でありながら、通り魔捕獲隊でもあったのだ。というかまあ、全員が全員女装しているわけでもないのだが。
 ともかく、彼らが犯人と遭遇したことで、いよいよ逮捕劇は大詰めを迎えることとなった。