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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.7 滝行(3) 


 総司の退場により、いかがわしいことを考える者はいなくなり、平和に滝行が続けられる。参加者の女性たちはそう思って安心していた。
 しかし、そういったハプニングを狙っていたのは何も彼だけではなかった。良からぬことを考えるのは、意外と近しいところにいたりするのである。
「こ、これは本当にこの格好でなければいけないのですか?」
「間違いない。古来から日本では滝行を行う修行者は白装束だけをまとい、他は一切身につけないんだぜ」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)に説明を受け、パートナーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は戸惑った表情で自らの白装束の襟を少しつまんだ。言うまでもなく、静麻の巧みな誘導によって騙されている構図である。
 レイナは、静麻の助言を受けて、ブラジャーをつけずに白装束を着ていた。さすがに下ははかないと無理とのことで着用しているが、現時点でも結構なサービスショットである。
「確かに、普段男性を禁止していることにも得心しますね……す、少し恥ずかしいですけれど」
「まあ、マジでやるならそのくらい本来の形に近づけなきゃな」
「ところで、なぜ私だけなのですか?」
 レイナが静麻の服を見て言う。彼は、シャツにパンツとごく普通のファッションをしていた。
「いや俺はほら、適当派だから」
「……」
 なんだかすっきりしない感じではあるが、レイナはまあいいかと自分を納得させた。と、そこに別な声がかかる。
「え、レイナ……下着つけてないの……?」
 それは、ふたりの会話を聞いていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)のものだった。彼女もまた契約者と共にこの滝行へ挑みに来ていたのだ。
「はい、なんでもそれが本来の正しい服装なのだと」
「そ、そうなんだ……えっと、じゃあ私もそのしきたりを守った方がいいのかな」
「そうするべきだ。ぜひそうするべきだ」
 やたらプッシュしてくる静麻が気にはなったものの、せっかくやるのなら、と月夜は思い始めた。
「そういえば、刀真も……」
 言って、契約者、樹月 刀真(きづき・とうま)の方を見る月夜。彼の姿は、見事なまでのふんどし一丁だった。
「出来るだけ身軽に、ってのが作法なのかも……」
 周囲の状況を見た月夜はそう呟くと、「やっぱり私も下着を着けないでやる」と言って物陰に一旦隠れ、静麻の言うところの「正装」になった。
 そのことを知らない刀真はひとり、「精神を鍛え上げ、時々変なスイッチが入ってしまわないようにしよう」と修行を前に意気込んでいた。
 真面目に修行を行おうとする者、それを巧みに利用しようとする者、知らない間に罠にかかっている者、何も知らない者、それぞれの思いが交錯する中、四人は滝行を始めた。
 ドドド、と滝の音が周辺にこだまする中、月夜とレイナは最初こそ水の冷たさや重さを増す衣服に戸惑いを感じたものの、すぐに集中し、目を閉じることで周囲への意識を切り離した。
 それを見計らったかのように動き出したのは、静麻だった。
「よし、いよいよだ」
 小さく呟き、静麻はいかにも良からぬことを企んでいそうな笑みを浮かべた。ここまで来れば彼が何を考えているのかはもうお分かりだろう。
 そう、静麻は男の本能を遺憾なく発揮しようとしていたのである。
 最初は隠れてあんなものやこんなものをのぞこうとも考えていたが、それよりも同じ場所で、間近で見た方がよりベストだろうと考えた静麻は、レイナや月夜が集中し、周りを気にしなくなる時を待っていた。そして時は訪れたのだ。
「滝に打たれて濡れ濡れの女子たちを、この目に焼き付けるぞ……!」
 大いなる期待を抱え、静麻はレイナの正面へと回り込んだ。

 一方で刀真はというと、滝に入りたての頃は「月夜やレイナが良い感じに集中しているな、俺も負けてられない」などと闘志を燃やしていたものの、数分経った今は完全に敗北感と焦りでいっぱいになっていた。
「……なんだこれ、やばい。なにがやばいって主に意識がやばい。なに負けてられないとか言っちゃってんだ数分前の俺!」
 刀真は紫色になった唇を振るわせながら、どうやったらここから生還できるのか、必死に考えていた。
「さすがにこれ以上は無理だろうこれ! 頑張れない頑張れない、俺の負けだからここから出たい!」
 しかし、言葉とは裏腹に水圧と寒さのせいで足は思うように動いてくれない。ふんどし一丁で挑んだツケが、ここにきてしまったのである。
 刀真はやむを得ず助けを求めようと、月夜の方を向いた。
 と、そこで彼が見たものは、外界から意識を遮断し、滝行に集中している月夜とレイナ、そしてそれを眺めようと移動している静麻の姿だった。
「……なんだ、静麻は何をしてるんだ」
 最初はその行動の意味が分からなかった刀真だが、すぐにその真意を悟った。彼女たちの白装束が、水によって透けて肌色がのぞいていたのだ。
「こ、これは……っ!」
 刀真は、つい先ほどまで途切れそうだった意識を繋ぎ止め、必死にその景色を見つめた。合わせ目からちらりと見える胸元、水が次々と滴る太もも、白装束がぴったりと張り付き、背中からお尻にかけてのラインを強調するように生まれた絶妙なシワ……。
 それらすべてが、刀真の意識と視線を一点に集めていた。
 おそらく刀真は、生命の危機に立たされたことにより、生物としての本能――つまり性欲が格段に増幅したのだろう。彼のふんどしも、よく見れば盛り上がりが生まれているではないか。
「いつの間にか、こんなに育っちゃって……」
 はたしてそれは月夜に向けた言葉か、己の股間に向けた言葉か。まあどっちにしても最低だけど。
 と、その時。
「……えっ?」
 妙な視線を感じた月夜が、ぱちりと目を開いた。するとなんと、刀真、そして静麻が自分たちをじっと見ているではないか。いや、厳密に言えば自分たちの体を、だ。
「あ、下着っ!」
 直後、月夜は思い出す。レイナがブラジャーをつけておらず、自分はもっと酷い状態であると。
「最低……記憶を失え!!」
 激昂した月夜は、光条兵器のハンドガンを取り出すと、刀真と静麻らに向け発射した。
「ちょっ、危な……」
「がふっ!?」
 さすがに至近距離でこれを避けきるのは不可能だったのか、ふたりは思いっきり全身に弾を受けるとそのまま倒れた。
「レイナ、行こう。ほんと酷い目に遭った……」
「え? あれ?」
 修行に集中しすぎて、月夜に腕を引っ張られるまでまったく周囲の状況に気がつかなかったレイナは、訳も分からぬままぷかぷかと滝つぼに浮かぶ刀真と静麻の横を抜けていくのだった。
「酷い目とは一体……?」
「レイナは何も知らなくていいの」
 そう、この世には知らない方が幸せなこともたくさんあるのだ。



「なんか、みんなすっごくはしゃいでて楽しそうだね! 中にはちょっとエスカレートしちゃった人もいるみたいだけど」
 今までの様子を見ていた苦愛が笑いながら言う。
 通常なら怒られてもおかしくない場面が何度かあったはずだが、そのあたりはCan閣寺。ノーお咎めである。もっともそのせいで、もう一悶着起こることになるのだが。
 
 月夜やレイナたちが滝から出た後、彼女たち同様に下着を着用せず修行を行おうとしていたのは、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)
 彼女たちもまた、自分を鍛え直すことを目的としてここへ来たのだ。が。
「……ふみゃっ」
 滝下で目を閉じ、集中しようとしていたネージュは、ばしゃんと前のめりに倒れていた。
 どうやら水圧に押しつぶされ、立っていられないようだ。小さく軽い彼女の体型では無理もないことだ。
「ダメだダメだ、頑張れ自分! 負けるな自分!!」
 それでもネージュは、立ち上がり、再度滝行に挑もうとする。しかしやはり、何度やっても結果は同じ。
 水圧にやられては水に沈む、沈んでは起き上がる、起き上がっては潰されるの繰り返しであった。
「……ぐあっ」
 べしょ、とネージュが何度目かの転倒をする。その様は、とても健気に感じられた。幼女が全力で奮闘している、そんな光景に目を細める者もいるのではないだろうか。
 というか、いた。
「あぁ、何度流れに押されても立ち上がるねじゅちゃん、可愛いですわっ、守ってあげたいですわっ」
 滝の上流の方で、双眼鏡を手にネージュのことをハァハァ言いながら観察していたのは、パートナーの常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)であった。
 紫蘭はネージュが滝行をすると聞き、いても立ってもいられなくなって様子を見にきたのだが、完全に「様子を見に」のレベルではなくなっていた。
「あれ……よく見たら、ねじゅちゃんの服……」
 と、ここで紫蘭があることに気づいた。そう、今までの参加者同様、ネージュの白装束もまた、水に濡れ、透けていたのである。
「ス……スッケスケッ!! スッケスケですわ!!」
 興奮のあまり、思わず叫び出す紫蘭。そのあまりのハイテンションに、驚いたのは白砂 司(しらすな・つかさ)だった。
 司もまた、紫蘭同様パートナーの滝行を観察すべく上の方にいたのだが、彼の場合は紫蘭のようによこしまな気持ちはなかった。
「……な、なんだ一体」
「はっ、だ、誰でしょう!?」
 ネージュの観察に夢中で司の気配にまったく気づかなかった紫蘭は、勢い良く振り返った。彼女の視界に写った司は、若干ひいた表情をしていた。
「あ、あなたもここにいるということはウォッチングなのでは?」
「……いや、違う」
 俺はただあいつの荷物持ちでついてきたが、近くをうろちょろしているわけにもいかないだろうからここに来たのだ、と司は付け加え、滝の下を指さす。
 そこには、彼の言う通り、パートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が滝に打たれていた。そしてサクラコは打たれながら、思っていた。
「なんか、びみょーに透けてるよーな気がするんですよね」
 言って、自分の首から下を見る。サクラコは下着をつけていなかったのか、思いっきり濡れてそして透けていた。
「うーん、司くんも近くにいるんでしょうし、やっぱり気になりますねー」
 小考の後、サクラコは名案を思いついた。
 それは、獣人であることを生かし、こっそり獣化しちゃおうかというものであった。
「修行してる時に本気モードの獣化をしても、別に不思議じゃありませんからねっ」
 言い聞かせるようにそう呟くと、サクラコは早速作戦を実行に移した。
 すろと見る見る間に、彼女の体は柔毛で覆われはじめ、色々なものを毛で隠していった。主に直接的な名称が書けないあんなものやこんなものを。
「……やってみて気がついたんですけど、毛がぺっとり張り付くのがちょっと難点ですねこれ」
 しかし、丸見え状態よりはマシかなと思ったサクラコは、そのまま修行を続けるのだった。
 そしてその様子を、司と紫蘭は、ばっちり見ていた。
「ん? あれ? サクラコ、もしかして獣化したのか?」
 司が目を凝らして、滝下をのぞきこむ。が、水しぶきがすごすぎて正確なサクラコの状態がここからでは分からない。
「す、すまんちょっと貸してくれ」
 気になった司は、紫蘭から双眼鏡を半ば強引に借りると、改めてサクラコを観察した。すると。
「なんだ? サクラコのヤツ、息が荒くなってきてないか……?」
 たぶんそれは、本気モードで滝に打たれていて疲労度が激しいからだ。だが事情を知らぬ者からすれば、その息遣いはちょっとアレな感じにとれなくもない。
 司は、自分の顔が赤くなってくるのを感じていた。
「いや、これは違うんだ。別にそういう目線で見ているんじゃなくて、サクラコにいつ限界が来てもいいように、タオルを投げるタイミングを見計らっているだけだ」
 誰への言い訳なのかよく分からない発言をしながらも、司は双眼鏡を離さない。
 サクラコを見れば見るほど、やはり彼女は今獣化しているのだと司は確信していった。と同時に、気になるのはその理由である。
 なぜわざわざ獣化したのだろうか。獣化しなければいけない理由でもあったのか。獣化といえば全身を覆う柔毛だ。
 ――もしや。
 司はとうとう気づいてしまった。
「あいつ、さては濡れて服の中が透けるのを防ごうとしているな……っ!」
 こういう時の男子のひらめきは、侮れないのである。そうなってくると、司にはどうしても気になることが出来てしまった。
「今見えてるあの毛、アレって獣化による毛皮なのか、それとも下の……うっ」
 言葉の途中で、自らが想像したものに興奮してしまったのか、司の鼻から血が流れてきた。
「わ、私の双眼鏡が鼻血まみれになってしまいますわっ」
 それを横で見ていた紫蘭は、慌てて司から双眼鏡を取り戻す。そして彼女は彼女で再びネージュを観察しようと滝下に目を向ける。するとそこには、相変わらず滝と奮闘しているネージュがいた。
「んしょっ……まだまだっ……!」
 全身をびしょびしょに濡らしながら、それでも諦めない彼女の勇士――いや、正確には水圧によって乱れに乱れた彼女の白装束を見て、紫蘭もまた気持ちを高ぶらせた。
「ちいさなお胸やお股がちらちら見えている……っ!? ああっ、私の妄想エンジンがもうフルブーストですわ!!」
 そう言うと紫蘭はすっくと立ち上がり、双眼鏡をポイと捨てた。もうこんなもの使わずとも、見えるのだと言わんばかりに。
「目覚めよ! 私の第七感! ディス・イズ・ポッシブルッ!!」
 よく分からない叫び声と共に、紫蘭も鼻血を噴出した。司のものと合わさったその大量の赤い液体は、水に混ざり、滝の一部として落下していった。
「えっ? な、なんでしょーかこれ!?」
「た、滝の水が赤いよ!?」
 下で修行をしていたサクラコとネージュは、その異変に気づき慌てて滝から離れた。
 なお出血多量で倒れた上流の司と紫蘭は、数時間後、無事救出されたそうだ。



 水の状態が元に戻るまで一旦中止となった滝行であったが、水質汚染の原因が鼻血二名分だけということもあってか、修行はすぐに再開された。
「ごめんねー、待たせちゃって! あとまだ打たれてない人とか、いるかな?」
 苦愛が参加者たちの方を見ると、黒崎 天音(くろさき・あまね)とパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が手を挙げた。
「滝行を行う前に聞きたいのだが、お経や祝詞などはどうすれば良いのだ?」
 ブルーズが苦愛に尋ねる。もっともな疑問だった。というか、今まで誰もそのへんを気にしていなかったのかよという話だ。
「え? あーそっか、本格派タイプだ!」
「本格派タイプ……?」
 よく分からない、といった様子のブルーズに、苦愛はそれを教えた。
「えっとね、ウチでは、何かに集中する時は『ラブ阿弥陀仏』って言うんだよ」
「ラ……ラブ阿弥陀仏?」
「……承知した」
 色々思うところはあるが、それがこの寺の習わしなら従おう。ブルーズはそう決め、滝へと入った。想像以上の冷たさが、ブルーズを襲う。
「うぉぉぉぉぉぉ……これは、なるほど」
 思わず変な声が出てしまうほど、水の勢いは激しい。ブルーズはその中でどうにか雑念を排すると、苦愛から教わったお経、というか念仏を唱えた。
「ラブ阿弥陀仏、ラブ阿弥陀仏……」
「なんだかおかしな光景だね、ブルーズ」
 それを見て口元を緩ませながら天音はそう言うと、自らもブルーズの横へ並ぶ。
「これは……ブルーズが変な声を上げた理由もちょっと分かるね」
 ブルーズ同様、滝の勢いに驚いた彼はそんな独り言を口にした。そして天音もまた、手を合わせ、苦愛から聞いた念仏を唱えるのだが、ブルーズと違い、そこまで長時間、本格的にやるつもりはなかったようだ。
 早々に滝から上がった天音は、滝つぼから出ると肌に張り付いた白装束の襟を引っ張った。シワが伸び、装束の下にある彼の肌がよりはっきり見える。
「当たり前だけど、びしょびしょだね」
 天音は軽く頭を振った。水を含んだ髪は流れるように揺れ、一瞬風をまとう。それを天音は手でまとめると少し強めに握り、水気を落とした。
 そのまままとめた髪を肩から前に垂らすと、天音はまだ滝下で修行を続けているブルーズの方を向いて言う。
「こら、無理はダメだよ」
 しかしその言動がブルーズには「適当に修行を済ませただけ」とでも写ったのだろうか。彼は天音に説教をしようとした。
「天音、修行に来たのならもっと真面目に……」
 が、そこでブルーズの言葉は止まった。
 濡れた白装束の襟と首筋の間に指を入れ、つつ、と滑らせている天音の仕草をついぼうっと眺めてしまったのだ。
 天音は服が肌に張り付いているのが気持ち悪いのか、袖や腰回りも、指で摘まんでみたりしてどうにか肌から離そうとしている。
 ブルーズは、目を奪われていた自分に気づくと、パッと視線を逸らした。そして雑念を掻き消すように、滝行へと打ち込もうとする。
「うぉぉぉぉぉぉ……」
「また変な声を出してるね、ブルーズ」
 そう言って静かな笑みを浮かべた天音は、水を吸ってしまった裾を絞りながらブルーズへと問いかけた。
「そういえば、最近起きている通り魔事件って、衣服が部分的に切り裂かれているんだっけ? それって、どの部位なんだろうね」
 しかし、ブルーズは「うぉぉぉぉぉ……」と唸り声のようなものを上げるばかりで、彼の言葉が耳に入っていないようだった。
 天音は、「しょうがないな」といった様子で小さく息を吐くと、空京の街を思い浮かべた。がしかし、そばで鳴る滝の音が入り込んできたせいか、それは彼が振り払った水滴のように、すぐに滲んでしまった。