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リアクション
chapter.3 坐禅(2)
「うーん、もっとみんな、遠慮しないでいっぱい恋する気持ちになっていいんだよ? 女の子なんだもん!」
苦愛が眉尻を下げて言う。
確かにここまではエロにバトルにダジャレと、苦愛から見れば雑念であった。
しかし参加者の中には、苦愛のそんな希望に応える者たちもいた。
ボクに、女性としての魅力ってあるのかな。
目を閉じたまま、そんなことに思いを巡らせていたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)であった。
彼女の頭に浮かんでいるのは、恋人のことだった。
胸だって、体だって小さいし、包容力もない。
恋人の前では良い顔してるけど、本当の性格はもっと悪くて、どうしようもなく子供。
恋人はそれでもいいって言ってくれるけど……。
本当は、どこかで我慢してたりしてるのかな?
円は、真っ暗な視界の中、そんな不安やモヤモヤの相手をしていた。
そう、自分の恋人を通して円は、自分と向きあっていたのだ。さらに円は、その鏡を覗き込む。
恋人がそう言ってくれるのは、本心なんだと思う。
けど、それに甘えてばかりでいいんだろうか?
油断して、愛想をつかされるんじゃないだろうか。
あれ、これってでも、疑っちゃってるような。なんでだろう。自分に自信がないから?
じゃあそれってつまり、自分自身が嫌いってことなのかな。
そんな風に考えが進むにつれ、円の眉間には次第にシワが寄っていった。
それを見つけた苦愛が、背後からすっと円に近寄り、耳元で囁く。
「うんうん、分かる。キミの考えること、共感できるなあ。そうやって悩みが出るのも、恋の難しいところだよね」
「……ボク、いろいろと過去に酷いことしてたんだ。もし恋人がそういうのを知ったら、どんな顔するんだろう。嫌われるのかな?」
自己内省のさなか、優しい口調で話しかけられつい気が緩んだのか、円は心の中の声を外に出していた。苦愛は聞き返す。
「今のキミは、キミをどう思ってるのかな?」
「……」
円は言葉に詰まる。
人から嫌われそうな要素は割とあると思う。恋人に好かれたいとは思うけど、自分自身は好きにはなれない。自己評価が厳しい気もするけど、たぶんこんな感じ。
考えがごちゃごちゃしてきてまとまらない。円は結局「今のボクでいいのかな」という自問自答を繰り返すだけだ。
「自分のことを好きになれたら、それだけで女の子はもう無敵だよ?」
苦愛はそう言って、円に優しく美顔ローラーを当てた。
ごろごろ、ごろごろ。
心の中を転がる堂々巡りの思考と重なるその音を聞きながら、円はまた目をつぶった。悟りとまではいかないが、ぼんやりと思ったこと。
うむむ、ぼくはちっぽけだ。
もっとも、そんな気持ちも苦愛からすれば恋の一部なのだろう。
その苦愛は、「さて、次は誰が胸キュンさせてるかな?」と参加者の後ろを何度か往復する。
と、その足が七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の後ろで止まった。
「ふふっ、恋の匂いがしてきたよー?」
苦愛がそっと顔を近づける。歩はそれに気がつかないほど、瞑想に没頭しているようだった。
坐禅で可愛くなれるなんて、まるで魔法みたい。
可愛くなったら、色々声をかけられたりしちゃうのかなぁ。
もし、学校から帰る時に、かっこいい人たちが校門の前とかで待ってたらどうしよー。
どうやら、歩のそれは瞑想というより妄想に近いようである。
しかし苦愛は、それもまた良しと優しく見守っている。歩の妄想は一体、どこまで進むのだろうか。
それで、食事に誘われちゃったりして!
あ、でもお誘いは嬉しいけど、もし一気に誘われちゃったら……そんなにたくさん食べたりとか出来ないし、みんなで一緒にご飯食べましょうかー、って言ったりとか?
やっぱりひとりで食べるよりみんなで食べた方がおいしいもんね……ってちがーう!
ふるふると首を大きく横に振り、歩はストーリーを練り直した。
これじゃ、むしろデートを断る時のセリフになっちゃう。
そういう感じじゃなくて、ちゃんと本当にモテる感じで考えないと。歩は気を取り直し、妄想を再開させた。
えっと、誘ってくれた人の中で一番物腰がスマートな人と食事しよっかな。
場所は高級ホテルの最上階のレストラン。
そこでフレンチを食べながら、甘い囁きを聞くの。
それから……えーっと、それからー……あ、そうだ!
ドレスとタキシードに着替えて、立派なホールで舞踏会。
王子様の優しいリードで華麗に踊って、ホール中の注目を集めるの。
でも、きっと魔法の時間は十二時で切れちゃうから、それまでには帰らなきゃ!
歩の頬は、心なしか緩んでいる。気分はもうすっかりお姫様である。そばで見ていた苦愛も、うんうんと頷きながら暖かい眼差しを向けている。歩の妄想はもう最高潮に……と思いきや、彼女の思考はまたもや横道にそれてしまった。
でも、可愛いって良いことばっかりじゃないよね。
知らない人にさらわれたりとか、嫉妬されたりとか……。
きっと今もそうして困ってる女の子がいっぱいいるはず!
そういう人にはちゃんとこの魔法の坐禅のことを教えてあげて……ってだからそうじゃなくって!!
再度大きく首をシェイクさせる歩。苦愛はその動きに少し驚きつつも、
「そういう恋といつ巡り会うか分からないから、女の子はこうやって綺麗を怠っちゃダメなんだよ?」
と歩の肌の上で美顔ローラーを転がすのだった。
円や歩が恋の座禅に集中する一方で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はひとり、あくまで冷静に、そして欲を出すことなく座禅を続けていた。
教師へとなろうとしていた祥子は、この催しを良い機会と判断し、自分を見つめ直そうとしていたのだ。
彼女の心の声が、内側でこだまする。
教育実習の課程はある程度進めたけど……世界が違うな。
百合園という上流階級の子女の通う学校だからどうしてもっていうのはあるけど、上手くやっていけるかしら?
教え、導くという教師の役目について、祥子は思いを巡らせた。
百合園である以上、他の学校以上に言葉遣いや所作には気をつけなきゃいけない……それを、自然にこなせるようにならないといけないのよね。
そして、素行についても……素行……素行……。
と、そこまで考えて彼女は思考を一旦停止した。百合園のことについて思考しているうちに、どうやら祥子の心象風景にはお上品に学園生活を送る百合園生たちの姿が映し出されたようだ。
その証拠に、彼女の口角が少し上がっているのが見て取れる。
こうなってしまってはもう、祥子の座禅も欲でどっぷりである。
あぁ、やっぱりダメ。
さすがにお嬢様方は、保護欲に駆られるわ。
契約者といえど、戦闘には疎い子たちも多いだけに、守ってあげたくなるし……。
そうしたら「お姉さま! ありがとうございますっ!」なんてお礼言われたりして。
あまつさえ、「どうかお礼をさせてください!」とか言われたりして、
それで「お礼って?」って聞いたら、ちょっと困った顔を浮かべながら、「何をしたら、喜んでくれますか?」とか健気なことを言ってきたりして……。
モテ度上がると、そんな展開が訪れるのかしら?
って、いけないいけない!
危うく果てのない妄想に突入するところだった祥子は慌てて意識を戻すと、煩悩を断ちきるように集中して念じ始めた。
六根清浄六根清浄。
外界と隔絶された場所にて瞑想し、眼根耳根鼻根舌根身根意根を絶ち八正道を求めよう。
「あー、なんか小難しい言葉使おうとしてるね?」
そこに、苦愛が現れた。
「そんな堅っ苦しく考えなくていいんだよ? さっきまでみたいに、モテ度がアップした時のこととか考えた方が、お女の子はハッピーになれるんだから」
あれ、私、声に出してたのかな。
祥子は一瞬疑問に思ったが、苦愛の美顔ローラーがそれを掻き消すように彼女の頬をスライドした。
「みんな、段々恋する気持ちになってきたみたいで良かった! その調子だよ!」
そして参加者たちは、苦愛のそんな声を背中に受けながら座禅を続けるのだった。
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