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水晶の花に願いをこめて……

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水晶の花に願いをこめて……
水晶の花に願いをこめて…… 水晶の花に願いをこめて……

リアクション



〜 三日目・午後8時 〜


夕方までの遺跡を訪れる人足がなくなり、程無くして、準備を終えた面々が戻り
入れ替わりで雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が一度部屋に引き返した後
佇み慣れた野営地に、遺跡を偲ぶ面々がランタンの明かりを囲んで、明日の話に花を咲かせている

明日の小さな主催である林田 コタロー(はやしだ・こたろう)と大きな弟君の緒方 太壱(おがた・たいち)も残りたがったが
重要な人間が寝不足で役割を失敗するわけにもいかないし、あまり外出が続くと怪しまれるからと戻らせた

現在いるのは最初から警護役を担当していた三人
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)の三人と
何やら気合いを入れた水晶のアクセサリーを作っている奏輝 優奈(かなて・ゆうな)
そしてずっと個人的探究心で真相究明に動いていた自称【マジカルホームズ】こと霧島 春美(きりしま・はるみ)
後は今までいなかった元を取るように
ここに残ることを主張したルカルカ・ルー(るかるか・るー)とアコことルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)である

実質、一般の来訪者は今日までなので、本来の目的は終了なわけで
役目の終焉を間近に迎えた警護組は安堵の様子であるし
本来の目的に程遠い結果になりながら、それでも諦めない移動交渉担当のルカルカ達は
春美と共に遺跡についていろいろ花を咲かせているようだ


そんな中、不意に来訪者の気配を感じ、様子を見に行こうと柚達が立ち上がったのだが
遠くからのシルエットを見たルカルカがそれを制して、アコとヴァルをつれて消えていった
一応心配した柚が同行を提案したのだが、アコがそれを楽しげに断った

 「大丈夫だよ〜。ここで大勢で行くのは野暮ってものだから、じゃね」

 
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元々、野営地が道から離れた所にあるというのもあるのだが
木々の茂り方のせいか、少し離れると野営地の喧騒も明かりも林道からはわかりづらい
例の【人影騒動】で醸し出した妖しさはないものの、ひっそりとした夜の森は静か極まりなく
そんな道を匿名 某(とくな・なにがし)結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は手をつないで歩いていた

 「しかしこの時間だとちょっとした肝試しだな……暗いし危険だから、綾耶は離れないようにな」
 「ええ、しっかりくっついて行きましょう……こ、怖くなんてありますからね!」
 「それ、言い間違い?本音?」

綾耶のどちらとも取れる言葉に思わず噴き出す某
別段一人だと怖くもなんともないのだが、二人の方がなんとなくオッカナビックリなのは相棒の怖がりが伝染する故か
まぁ最終日の夜に行くことを決めたのは自分だし、今更みっともなくも出来ないので、そのまま道をサクサク進み
二人は祭壇の前にたどり着いて、ホッと胸をなでお………

 「だぁれだっ☆」
 「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

突然の声、というよりも強烈なタックルじみた背後からのハグに無防備なところを襲われ
今までの努力を無にする様な某の声が響き渡る

そのまま暴れだしそうな精神を、傍らの最愛の人に見せたくない為、なんとか手綱をとってみれば
なんだが体にまとわりつく腕が悪戯心に満ちてもふもふと動き回っていることに気がついた
その感触に覚えがあり、振り向いてみれば……

 「って、ルカルカさんかい!」
 「にゃはははは〜おっどろいた?」

悪びれず、まとわりつかせていた腕をひらひらと泳がすルカルカさん
ため息をついて安堵しつつ、そういえば良く綾耶は驚かなかったなぁと改めて隣を除いてみれば

 「きゅう………」

不可思議な声とともにアコに支えられながら、見事にパートナー様も伸びていた



 「いや〜こんなに効果テキメンとは思わなかったよ、ゴメンゴメン」

数分後、こういうことに関しては常識人の部類に入るヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)に説教をくらい
ようやく落ち着いた二人に手を合わせて謝っているルカルカがいた
その悪びれなさを知っている故に、それ以上怒ることも出来ずに、まぁいいよと鞘を納める某である

 「しかし、俺達以外にもこの時間帯に来る人がいるなんて予想外だ……」
 「そりゃあ普通に警護以外だって最終日は用事あるわよ」
 「悪戯とか?」
 「悪かったわよ、根に持たないでよぅ〜」

暫くは文句の種にしかねない勢いでいる某の言葉に、益々小さくなりながらルカルカが、アコに目配せをすると
アコが遺跡の周りを移動し始め、茂みの中から機械を取り出し始めた

 「何あれ?」
 「定点カメラ♪ほら一応神秘面でちゃんと記録資料は必要だから、ずっと夜セットしていたんだ。ね、アコ」
 「……まぁこんなに夜にも人が来るとは思わなかったから、そういう人のもばっちり写っちゃってるけど」

質問にしれっと答えるルカルカとアコ……これがスルーされた場合の数分後の未来予想図を想像し
やっぱり怒っときゃよかったと後悔する某であった
だがそんな彼の内心などどこ吹く風で、楽しそうに質問をするルカルカである

 「しっかし、こんな最後の最後に来るなんてよっぽど大切な願い事でもあったのかしら〜?」
 「……まぁ俺自身に叶えてほしい願いなんてない。あるとしたら……」
 「綾耶の事、でしょ?」
 「う」

先を見越した彼女の言葉に、某は否定できず唸ってしまう
まぁ別段ごまかす事でもない、何故なら自分の歩む道に綾耶が在るのは間違いがないからだ

守護天使という種族が負うには、過酷すぎる過去を背負いながら生きる彼女に
ずっと某は、自分なりに寄り添って進んできた
それでも少し前に、さる事件で自分が抱えていた負の感情が具現化した分身と対峙し、激闘の末に退けて以来
綾耶の体調は以前よりも良くなっている

その体に背負う枷に一度は未来を見いだせず、共に生きる今だけを信じて生きてきた彼女が
ようやく空に望みを描いて前に進めるようになったのだ
そんな彼女の明るい未来を願う事に、一体何の恥じらいがあるだろう

……まぁ、だからと言って胸をはって声高らかに言うのも何か違うので
傍らの面白がる視線を押しのけると、某は水晶の浮かぶ水面に手を伸ばし、瞑目と共にそっと自らの願いを祈った
さすがにその姿にまで茶々を入れる事もなく、ルカルカも目を細めてそれを見守った
程無くして、祈りを終えた某が綾耶の方を向く

 「俺は終わったよ、綾耶の番だけど」
 「願い……は私自身はないんです、ちょっと前なら自分の身体の事ってなったんですけどそれも良くなったから」
 「もっと良くなる事を願ってもいいんじゃないか?」
 「それは欲張りというものですよ、元々それほど望んでなかったんですから」

はにかみながら答える綾耶、その言葉にやや物足りなさを感じる一方で彼女らしいとも某は納得する
一方の彼女は願いがないと言いつつ、祭壇に近づいて水晶の花を少し眺めた後、水面に浮かぶそれに手を伸し
水面からそれを引き揚げずに、浮かべたままで彼女は何故か花に【命のうねり】を施した

ルカルカ達が首を傾げる中、某だけがなんとなくその意図を悟って見守る中
そっと誰にも聞こえないような小さな声で、綾耶は呟く

 「今日まで様々なお願いを聞いてきて、本当にお疲れ様でした
  今日まで頑張ったあなたが幸せになれますように」

……それは、彼女が今自分に出来ることとして考えた言葉、たった一つの【願い】だった
誰かを想い、どうしようもない乗り越える事に挫けそうになる現実で、それでも祈らずに入れれない想い


  それは、どうしようもなく青く澄んだ空、この風景だけを共有するだけの遠い距離でも
  想いを届けたくてどこまでも伸ばす手のような………


 「………綾耶?」

刹那の空白、気がつけば心配そうに覗き込む某の顔と声に、綾耶は我に返る
あまりに心配そうな、驚いた顔をしているので不思議に見つめ返す自分の視界が歪んでいるのに気がつく

 「あ……あれ?……私、どうして?」

気がつけば自分が涙を両目から流している事に気がついた
頬から落ちる涙が、水面にぽたりぽたりとゆっくりと落ちていく

 「おかしいですね、私、全然悲しくなんかないのに……何でか止まらないんです……何か溢れて……」
 「ううん、いいんだ……大丈夫だよ」

何も尋ねず、某は彼女の肩にそっと手を乗せる
肩から伝わる温度を感じながら、綾耶は何故か今は手で包む水晶のスイレンを離してはいけない気がして
その涙が止まるまで、いつまでも水面に手を沈め続けるのだった


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 「いつまでこっそりそこにいるつもりなんだ?」


本当はただ花を見に来ただけなんですけどね
……と恥ずかしそうに涙の事を言いながら、某と綾耶が礼をして帰っていく中
ヴァルは傍らの茂みに向かって睨みつけながら言葉を放つ

途端、その一角がガサッともビクゥッともとれる様にざわめいた後、そこから霧島 春美(きりしま・はるみ)が現れる

 「いや〜あはははは、やっぱり最後だから気になっちゃって
  ほら、結局これの謎は解けてないからさ、夕方の薔薇の君もそれだけは残念そうにしてたじゃない?」
 「天音の事まで言い訳に使わんでもいい
  で、結局のところどうなのだ、今の出来事はおまえの畑だろう、やや礼儀知らずの領域だがな」

やや眉を寄せながらも、多くは責めず、逆に理由を察して問いかけたヴァルに、ルカルカも同意する

 「そうそう、結局魔力探知も水晶の解析でも、何の結果も情報も得られなかったじゃない
  でも、たま〜に不思議な事が起こるのよね、今みたいな」

おとがいに指を当ててう〜んと悩むルカルカに、春美は少し面白げな顔を浮かべる

 「多分、理屈は何となくわかっちゃってるのよ……今なら少しは効果あるかも
  ねぇ、【サイコメトリ】やってもらってもいい?」
 「え?でもあれっていろんな人が散々やったじゃない?【光術】ですら効果なかったのよ」
 
今までアレコレ試した結果を思い出し、やや乗り気でない彼女を引っ張り
春美は、まぁまぁと祭壇の前まで移動させ、手を引っ張りだす

 「多分、今ならちょっとは違うと思うんだ、お願い
  でも一つだけ条件があるの、まず試してほしいのは……これ」
 「え?………水?」

春美が指さしたのは、水晶でもなく、ずっとそれを浮かべている台座の水面だった
半信半疑ながら、これで最後なんだえ〜い……とばかりに、意を決して目をつぶり、ルカルカは【サイコメトリ】を発動させる
その光景を見ながら春美が傍らでガイドをする

 「スキルの感度を水の波長にあわせて貰っていい、何かを探るのではなく、水に同化する感じ
  あなたの【クラス】なら出来るでしょ?」
 「難問を言うわね……やってみる」

何かを探ろうとして眉を寄せていたルカルカの表情が柔らかくなる、それを見ながら春美は言葉を続ける

 「そしたら、前に教えてくれたお願いあるでしょ?もう一度やってもらっていい、わりと真剣に」
 「ちょっ、スキル発動中にそんな……ただでさえ会話するのも大変なのよ?」
 「いいから、ほら【花を守りたい】だっけ?」
 「う〜」

最後の最後の超難関な要求に文句を言いながらも同意したのは、これで終わりというダメモトの勝負だからかもしれない
スキルの感度を維持しながら、願いを頭に浮かべるという【受信】と【送信】に近い同時作業を行う為さらなる集中の中
……ルカルカは願いを心に浮かべた……刹那

 「え、何これ……ちょっと?」

自分の感情の一部分だけが増幅されていくような感覚に、戸惑いの声を漏らす
何かを想わずにはいられないような……そんな温かいような悲しいような……透明な切なさに心が満たされる感じ
その反応を予感していたように頷きながら、春美は水晶の花をそっと指で押す

つつーっとゆっくり水の流れに押されながら、スイレンの花弁がルカルカの手に触れた
刹那、万華鏡のように広がる数多のイメージに驚き、ルカルカは思わず手をひっこめた

 「………何、今の?今までこんな事なかった……よ?」

見守っていたアコやヴァルも驚いたように見守っている
形容しがたい今の感覚を茫然と反芻していたが、不意に自分が綾耶の様に涙を流している事に気がついた
それを見た春美が携帯端末を動かしながら問いかけてくる

 「何か見えた?や、感じたという方が正しいかもしれないけど」
 「なんて言っていいかわからない、万華鏡のような……それでいてアルバムの写真をぶちまけられたような……
  一つ一つがなんだかわからないんだけど、でも感情に近いような……」
 「その中に、この映像なかった?」

春美が携帯端末越しにルカルカに見せたのは、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が念写したもの
ノイズに霞みながらも、蒼空の空に精一杯伸ばしている手の写真だった
その映像を見ながら、彼女は先程の感覚を頭の中で丁寧に分解していく

 「……あった、かもしれない……でも、なんなのこれ、この前花を調べた時は何とも……」

端末をしまい一呼吸置いた後、春美は疑問しかない面々に声をかける

 「とりあえず戻りましょ、多分私の考えで正解だと思う……みんなの前で説明するわ」

 
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 「ホメオパシー療法って知ってる?」

野営地に戻ったルカルカ達から話を聞き、残っていた柚や三月、優奈達や戻ってきた雅羅とアルセーネが集まる中
説明をするべく口を開いた春美から出たのは、そんな言葉だった
馴染みのない言葉に皆が首を振る中、何かを思い出したアルセーネが返答する

 「同種医療……でしたわよね?病の性質と同じ要素を持つ物が病気を治すっていう」
 「そ、毒には毒に近いんだけど、ちょっと違うのよね、治療に使う材料を何倍も何倍も水に溶かして希釈させ
  水にその根源の性質だけを記憶させた水を、糖剤に染み込ませて摂取するって理論なんだけど
  そこで重要なのが、学術的に水が記憶力を持つ事が前提としてあるって事なの
  最初に話した水晶のクォーツ論に近い部分が、水にも存在するのよ」

学術用語てんこ盛りな言葉にやや首を捻りながら、優奈が尋ねる

 「つまりアレやろ?沼地の近くで幽霊が出るとか、雨の日に幽霊が出やすいっていうのに近い奴やろ?」
 「う〜ん、ちょっと違うし、オカルトはなかなか証明にならないから何とも言えないけど
  でも、水は怨念を貯めて留まらせるとも言うから、まぁ近いのかもしれない
  ちなみにホメオパシーは、地球ではちゃんと学術研究が成立してるれっきとした学問の一部なのよ
  感情や環境の波長が雪の結晶の形に左右する……なんて話もあるから
  まだ正式解明はされていないけど、科学的に水の記憶力は考える事は可能っってわけ」
 「つまり……今回の仕組みは、水晶の花というより、周りの水が理由……ってこと?」
 「そゆこと」

雅羅の問いに指をパチンと鳴らして答える春美

 「今回の噂でポイントなのは【願い事を叶える】ってことだけど
  それを前提にするなら、まず誰かがここで最初に【願い事をした】ことにならないと噂は発生しない
  そもそもここが祭壇かどうか明確でない状態で、今誰かがそれを自然にする位なんだから
  昔からあれは願い事に使われていたんでしょうね……その【願う】という感情を水が記憶し続けた
  その波長を水晶の花は、石のの特性で増幅しているだけだったのよ」
 「でも、それだと願い事が叶う理由には……」

科学的な論破にロマンを壊されて、やや残念そうな柚が質問をする
その表情に苦笑しながら春美は言葉をつづけた

 「特に願いを叶える力はないのよ、多分
  そりゃ契約魔法や錬金術みたいに無から有を生み出せば立派だけど
  こんなとこでする【お願い】は結局本人次第のレベルでしょ?
  縁結びだって合格祈願だって、極論を言えば自分の頑張り次第で叶えられるって事
  つまり願いを叶えるのは本人なのよ、だから叶わなくても諦めがつくレベルで済む」

ここ数日の来訪者の様子を思い出し、話を聞いていた全員がむぅ……と唸る
今までの言葉を全部反芻し、頭の中で思考を整理する中、代表してアコが結論を出す

 「つまり……そういう願いの感情を、あの祭壇は後押ししてたって事か」
 「成る程ね……妙にあそこの前で、センチメンタルな盛り上がりが多かったわけだ
  そこまで素直になれば、結ばれるものも結ばれるもんね」

ルカルカが苦笑してその結論に同意する

 「地球だとやや眉唾だけど、ここはパラミタだからそういう場の力が働きやすいんでしょうね
  ルカさんに見て貰ったのは、その水に積層された感情の記憶なの、願うという感情で揺さぶられる波動を
  水晶がプリズムのように増幅させたイメージなんでしょうね
  綾耶さんは水晶を想うベクトルでスキルを使った事と、その願いが限りなく水に積層され純粋化された物に近かったから
  探索スキルを使わなくても共感する事が出来て、ルカさんに近い反応をしたんだと思う」

一連の理屈に、自分の時の事を思い出して、優奈が腕組みをして唸る

 「な〜る、私がちょこっと感じたのもそれやったんか」
 「……でも、そしたらあの写真は?」

天樹が念写した写真の事を質問するルカルカ
だがそれも予想済みか、よどみなく返答はもたらされる

 「これはあくまで予想だけど……この水がそういう性質を持った最初の記憶なんだと思う
  空に手を伸ばさずにはいられない……そんな強い【願い】があったんでしょうね」

ノイズがかった画像を見ながら眩しそうに春美は眼を細める
試した方法をもう少し追求すれば、そのメカニズムから【根源の願い】の時代や物語も探れるかもしれない
しかし、それはあまりに野暮というものだ……それにここまで論破できたとしても
多くの人が望む一番の結果にはつながらないのは確かなのだ……ここに祭壇が在り続けるという願いは

 「結局、いい結果は望めなかったし、願いも完全には叶わなかった……か
  悪かったわね、ずっとここの警護してもらって」
 「いいえ、そんな事ないです、忙しかったけどとっても楽しかったですよ」

雅羅の自嘲気味な言葉に、笑顔で答える柚
腕を組んで話を聞いていたヴァルもそれに続く

 「俺の祈りは、自分の手が届かない人々が、今この一瞬だけでも幸福な気持ちになれるようにという事だった
  到底叶うべくもない願いだからこそ、願うより他にない
  だがあの場所は、既に「そういう場所」として命を得た、皆がささやかな願いをかけに訪れる場所としてな」

遠くに見える祭壇を望みながら帝王の言葉は続く

 「そんな幸せな命を得た場所を、それを奪う権利なんて誰にも無い
  帝王が為すのは人々の憩いの場を守る事だった、それだけだ
  最後の一日を、そうやって見守る事を全うする、皆もそうだろう?」

頷きながら諦めかけていた胸の灯をともし、ルカルカは見つめていた手を握って顔を上げる

 「それに、そこまで理由が立つなら、まだ【移転】への望みはあるかもしれない、もうちょっとだけ頑張ってみる!」

その元気な様子にくすりと笑いながら三月も立ち上がる

 「それに、明日は一番ここにふさわしいイベントが待ってるんだからな」

その言葉にそこにいる全員がうん、と頷きあう



多くの願いの軌跡を残しながら、森は最後の朝を迎えるため、優しい月の光と共に皆を照らし続けていた