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★第二章・2★

「……無駄に広いわね、この屋敷。どれだけ悪いことしたらこんな家に住めるのやら」
 やや呆れ気味に口を開いているのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。隣には恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もいる。
「まあ、中には真っ当に働いて手に入れる人もいるでしょうけどね」
 冷静に答えたセレアナの足が止まる。彼女たちの前からやってきたのは
「お前たち、そこで何して……っ」
「はいはーい。少し眠っててね」
 なんとも場に似合わない明るい声で、セレンフィリティがやってきた男を眠らせた。それは男が一瞬固まった隙に行われた。
「あっけないわねぇ」
 あっさりと眠りに落ちた男を引きずって空き部屋に入って行く姿を追いかけながら、セレアナは自身の姿を見下ろす。
 黒いロングコートの下にレオタードを着用した姿を。
 そんな姿の女性を見つけたら、普通は驚く。……ちみなにセレンフィリティは、トライアングルビキニ、ロングコートだ。
 空き部屋の中で、先ほど眠らせた男を縛った後で、『その身を蝕む妄執』による幻覚を見せて、脅す。
「ワキヤの仕事に関する書類はどこに保管してるの? 答えないと……」
 くぐもった情けない悲鳴を上げた男は、あっさりと情報を漏らした。

 2人は情報の部屋へと入る。書棚がずらっと並んでいるのを見て、セレンフィリティが嫌そうな顔をする。
「こっちのファイルを見ていくしかないわね」
 セレンフィリティは文句を言いつつも、ファイルを次から次へとセレアナへと渡していく。セレアナはそれらが証拠になり得るかを判断して行く。

「ちょっとセレン。これはただの……?」

 日々の買い物記録が書かれた、いわゆる家計簿を持ってきたことに呆れ、違和感を感じて口をつぐむ。
 書かれた数値は、大きな屋敷なだけあって、庶民的とは言い難いほどに0が並んでいる。
「食費だけで月に……100万以上って、どんだけ」
 覗きこんだセレンフィリティが顔をしかめた。セレアナはただ険しい顔で数字を見ている。
「この屋敷の規模や人員は確かに多いけど、それでもかかりすぎよ……まさか」
 ハッと何かに気付く。

「これ、隠語になってるんじゃ」
 

***


 屋敷の中から凄まじい音が聞こえた時、ルカルカが思ったのは「やっぱり騒ぎになった」だった。
「なにごとですか?」
 そう言いつつ屋敷へと飛び込むルカルカの後を追いながらダリルが思ったのは「棒読み過ぎる」だった。
 彼女たちの役目は1つ。ワキヤを追い詰められる証拠がそろうまでの時間稼ぎだ。
「えー、賊が入ってきたんですか。お手伝いします」
(もう少し演技力をつけさせた方がいいな)
 やっぱり棒読みなルカルカを見ながら、ダリルはそんなことを思った。


「ちっ。これってやっぱりあいつらが?」
「いくらなんでも、ここまではしないだろ。それよりこの前の脅迫状が関係してる可能性が高いだろ」

 どたばたと対応に追われているワキヤの部下たちの言葉を隠れながら聞いたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、どこか嬉しそうな顔をした。
脅迫状を送って警戒の目を別に逸らす作戦は成功したみたいだぞ」
 以前、とある悪魔から聞いていた方法を試してみたグラキエスの顔は、誇らしげだ。そう。脅迫状を送ったのは、グラキエスだった。
 脅迫状を送ることにより生じた警備の変更から、重要な場所を突き止めるためである。
「エンド……ヴァッサゴーの真似をしてると、変な人になりますよ。今回だけですからね?」
 ため息を吐き出すのはロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)。今後もこのようなことをグラキエスが行ったりしないか不安だった。
 作戦が成功しただけに、反論も言いにくいが。
「……とにかく、人員の移動を確認した。行くぞ」
 呆れつつも走り出したウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、右手で胸を軽く押さえ
『動物か……。
 旅の間、殆ど触れ合っていなかったな。久々に構ってみたいが、実行したらあれが悲しむ気がする。何故だ』
 戸惑っていた。

「ウォークライ。どっちだと思いますか? どちらにも大勢の人が向かったみたいです」
 別れ道。置かれた花瓶にサイコメトリをかけたロアが声をかける。思考から戻ったウルディカは、右を向いた。
「そうか。こっちか。行こう、2人とも」
 ウルディカが示した方向へと迷いなく進んで行くグラキエス。
 よく分からないものの、動物と触れ合うのはまたにしようとウルディカは思った。
「エンド。護衛がいるようですよ」
「なら俺がブリザードをかけるから、漏れた相手を頼む」
 言うや否や詠唱を始める。そして護衛が見えた瞬間に放つ。
「ここは通さ……」
「ぐっ、こんなものくらうか」
 ブリザードを避けた男たちが銃を撃って来る。ロアがサイコキネシスだ近くの部屋の扉を開けたことで銃を防ぐ。そして扉の陰から飛び出したウルディカが銃で護衛を殴りつけて気絶させる。
 その後はウルディカが護衛がいた部屋のかぎを開け、中へと入る。

 部屋の中は、しんとしていた。どこか柔らかい雰囲気が漂っているが、人の気配はない。

「女性の部屋、みたいですね」
「なぜここに警備が」
 外れたか。そう思ったウルディカが、チェストの上に飾られた写真を見つけた。
「おい、これ」
 部屋を見回っていた2人を呼ぶ。写真には2組の男女が写っていた。男たちはイキモとワキヤだろう。今よりもだいぶ若く、イキモは穏やかに微笑み、ワキヤはむすっとしていた。

 問題は女性たちだ。金色の髪と青い瞳を持つ綺麗な女性たちで……2人はそっくりだった。


***


 屋敷のあちこちで物騒なことが起きている中、いつもと変わりない場所もあった。
「おーい、黒川。次玉ねぎをスライスしてくれ。30個分ほど」
「あ、分かりましたぁ」
 厨房である。現在は下準備の真っ最中。黒川 大。こと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、いくら契約者を警戒していても、料理関係なら大丈夫だろう。と思い、潜入した。
 読みは正しかったらしく、こうしてせっせと働いている。
「……む。この汚れは中々やるな」
 忍びこんだのは弥十郎だけでなく、佐々木 八雲(ささき・やくも)もだ。彼は黒川 翼と名乗り、料理ができないため皿洗いや掃除、食材運びなどをしていた。
「おめぇ、ほんとに包丁さばきがうめぇな」
「ありがとうございます」
 料理が得意な弥十郎に、料理長の男は感心したようにうなづいた。弥十郎を疑うそぶりは見えない。
「そういえば、ワキヤ様ってどんな料理が好きなんすかねぇ」
「そうだな。好き嫌いはない人だが、魚料理は特に好まれてるかな」
「……他には」
「ん? まあ、なんだ。安心しろ。たとえお前がミスして不味い料理を出しても、怒りながら全部食べてくださるよ」
 がっはっは。
 料理長が大きく笑った。
『なんか……意外と好かれてる感じ?』
『のようだな。話を続けろ。プライベートなことも混ぜつつ、な』
『たとえば?』
『あの子可愛いですね。彼氏とかいるんすか? とか』
『婚約者いるんだけども』
『そこは兄さんが気になってて、とでも言え』
 精神感応でつっこまれたりつっこんだりしつつ、話を聞く。

「イキモ様とは、まるで兄弟のように仲が良くてな。最近は、少し疎遠になっていたみたいだが、ま。忙しい方たちだしな」
「はいっちゃいけんとこっつったら、奥方様の部屋かねぇ。ま。怖い奴らがたっとるけどよ」

 矢継ぎ早に聞いて行く中。出てきた奥方の言葉に、弥十郎と八雲が視線を交わした。
「ワキヤ様の奥様ってどんな方なんですか? 見たことないですけども」
 皿洗いをしつつ、八雲が会話に混じる。
 と、料理長の顔が曇った。

「亡くなられたよ。17年前のご出産の際に、な」

「出産……」
「ひでぇ難産でな。お医者さんたちも頑張ってたみたいだが、2人ともたすからなくてなぁ」
 2人……ということは子どもも亡くなったのだろう。
「そうだったんですか。すみません、何も知らず」
「いや、気にすんでねぇよ。まあそういうこってな。ジヴォート坊ちゃんがこの家に来た時は、驚いたもんよ。奥方様にそっくりでなぁ」
 話が止まらなくなったらしい料理長は、ジヴォートが来てからワキヤが明るくなった、とか。いや、屋敷自体が元気になった、とか。このまま本当の親子になってほしい、などを語り始めた。

 厨房をこっそり抜け出した八雲がそれらの情報を仲間たちへと送った。

 何かが、つながり始めていた。


***


 そして時は少しさかのぼり、ここはワキヤの部屋。洋孝がパソコンに向かい、パスワードを解いていた。
「……っと、いけた。ん〜これかな? 裏帳簿って感じだけど……うげっ。これ、イキモの名前入ってる」
 さらに探って行くと、どうやらイキモを陥れるための偽の証拠らしい。
「通りで一番怪しいこの部屋の警備がざるなわけだ」
 念のためにコピーした後、本データは削除しておく。他にも何かないかとデータを探して行く。
「ん? これなんだ」
 巧妙に隠されたデータにたどり着く。開こうとすればパスワード入力画面が出てくる。入力個所は2つ。
「いかにもって感じだな。さて、パスワード……ん?」
 悩む彼の元へ、他の仲間から情報が送られてくる。ワキヤの妻と子供の情報だ。
 しばしそれを眺めてから、妻の名前とジヴォートの名を入力した。
「……ビンゴか。中身は……」

 中にあったのは、日記だった。