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第四章


(もしもし、笹塚です)
「山葉聡だけど、取材はどうなったんだ?」
(すいません。資料の整理に戸惑っていて、今から学院を出るところです。もう少しお待ちいただけないでしょうか?)
「わかった。あっ、そうだ」
(なんでしょうか?)
「今日の西地区だけど、どうもおかしい感じがあるんだ。おまえも来るときは気をつけろ」
(……わかりました。ありがとうございます)
 通信を切り、聡はトイレへと席を外した。


 聡がいないしばしの間、『海空』に来店者が訪れる。
「さぁて、今日は何を食おうかなぁ」
 何も知らず、食事に来た柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は立ち止まらざる得なかった。
「って、んだよ」
「あなた、何してるの?」
 入り口をせき止める恭也に対し、荒井 雅香(あらい・もとか)は尋ねた。
「おまえは整備科代表の――」
「こら、お姉さんにその言葉遣いは失礼よ?」
「こういう話し方しかできなくてな」
「そう、ならいいわ。フランクな方が私も楽だし」
「すまん」
「それで、どうしてここで止まってるの? 中に入らないの?」
 もう一度尋ねる雅香。
「ここのご飯って意外といけるのよね。学生も少ないし、穴場なのよ」
「なんだ、目的は同じだったか。でも、今は無理らしいぜ」
 恭也は扉に掛かっている『RESERVED』と書かれた札を指差して答える。
「今日ってパーティーか何かのイベントがあるの?」
「俺は知らないぜ」
 二人はとりあえず中を覗き込むと、
「ん、ありゃアイリか?」
 店内で縦横無尽に動き回るアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)が居た。
「あいつ何してんだ?」
「ここからじゃわからないわ」
 雅香は扉を開ける。
「おい、入ってもいいのかよ?」
「知り合いが居るなら入っても追い出されることはないでしょ。店員に事情でも説明すれば大丈夫よ」
「大胆なんだな」
「あなたよりも少しだけ人生経験が豊富なだけよ」
 そうして踏み入れた一歩で、
「なんだ、この空気は? 妙なものが渦巻いているぜ……」
 陰謀、期待感、様々な匂いを感じ取る恭也。雅香も同じく察知している。
「まずはその子、アイリさんだっけ? に話を聞いてみましょ」
「そうだな。おい、アイリ!」
「あ、恭也さん」
 とことこと近づいてきたアイリは、
「恭也さんも魔法少女になりませんか?」
「……は?」
 出し抜けに勧誘をしてきた。
「お隣の方もどうです?」
「流石に魔法少女って年じゃないわ……」
「つか、誰でもいいのかよ」
「平和を守るには一人でも多くの魔法少女が必要なのです!」
 拳を握って力説する。
「あなた、勧誘のためにここへ来たの?」
「生徒会長さんと話せ、と新聞部部長さんが仰ってましたが、私には関係ありません」
 聡との会話は瑣末なことだと、にべも無いアイリ。
「事情があって、勧誘は今この時でないと駄目なんです」
「訳有りってやつか。だが、誘う相手は選べよ……」
「変わった子ね」
「だから言ったじゃないですかー」
 横から口出ししたのは崎島 奈月(さきしま・なつき)だ。
「そういうのはいきなり声掛けても変な人って思われておしまいですよー? って」
「突然現れて『契約して』って言うのが王道だと思ってました」
「アイリさんそれちょっと違う」
 ビシッと手の甲で突っ込む。
「仲良くなってから切り出すのがふつーってものだよ?」
「でも、これで奈月さんは魔法少女になってくれました」
 その事実に恭也は驚嘆。
「既に一人勧誘に成功しているのか」
「そうなんです! 彼が今日の第一号です!」
「……彼?」
 一箇所おかしい単語が聞こえた気がする。
「奈月は男の娘だよぉ」
 ヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が真実を教えてくれた。
「男でもいいのかよ」
「はい、男の方でも魔法少女になれます。だから、恭也さんもどうです?」
 どうしてこう変なことに巻き込まれるのか、目頭を指で摘む恭也。
「すまん、俺には無理だ」
「そうですか……残念です」
「ほらぁ、これでも食べて元気出してぇ」
 肩を落とすアイリに、ヒメリは甘いスイーツを勧める。
「ありがとうございます」
「ヒメリ、それってどうしたのー?」
「奈月が話し込んでる間に頼んだのぉ」
 テーブルの上には所狭しとデザートが並んでいた。
「ヒメリ……」
「んー? 苦笑いしてどうかしたの?」
「注文しすぎだよー」
「みんなで仲良く食べればいいじゃん」
「でも、支払いは僕なんでしょ?」
「もちろんだよぉ」
 乾いた笑いが漏れてしまう奈月だった。
「聞き流していたけれど、生徒会長と新聞部部長が関っているってことは取材か何かよね?」
「確かそうです。あまり気にしてませんけど」
「ふーん……ちょっと興味あるから、席を用意して貰えないか交渉してくるわ」
 それにお腹も空いたしね、そう付け加えて手を振る雅香。
「俺も腹減ったな」
「一緒にデザート食べようよぉ」
「誘いは嬉しいが、それは食後でいい」
「残念だねぇ……でも、これで全部食べられるからいっかぁ」
 雅香の後を追う恭也。それを見送るヒメリ。
「気を取り直して、まずはお友達を作るところから始めましょー」
「はい、頑張ります!」
 意気込み新たにするアイリと奈月。
 そして店頭にまた人影が現れる。ぶらぶらと買い物中の斎賀 昌毅(さいが・まさき)マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)たちだった。
「穴場のレストランってことだが……」
「何で!? どうしてこんなに混んでるんですか!?」
「貸切になってやがるし。パーティーでもやってんのか?」
 中を窺い、
「あれはブラックリストのアイリじゃないですか!」
 要注意人物を発見してしまう。
「さっきから驚きっぱなしだな。少し落ち着け」
 昌毅に言われ深呼吸。酸素の巡った脳は閃きを与えた。
「ははーん、何となく掴めてきました」
「何がだ?」
「つまり、これはアイリが私たち風紀委員の目を盗んで大規模な魔法少女の勧誘を行うために、あえてこの穴場のレストランを選んだんですね」
 合点がいったとアイリは扉に力を入れ、
「ふふん、ボクの目の黒いうちは好きにさせませんよ」
「マイア、仕事するのか?」
「本当は非番ですけど、関係ありません。店の人と交渉してきます」
 風紀委員としての職務をこなそうとするマイア。
「折角の休みなんだからゆっくりすればいいと思うんだがな」
 その背中にポツリと呟いた。

――――

「……風紀委員が来てしまったか」
 苦虫を噛み潰す笹塚。
「俺の調べだと、今日は非番だったはず。これは偶然か否か……」
 マイアがここを選んだのは偶然だが、流石にそこまでは読みきれない笹塚。情報が流れているのか確認したいところである。
「それに、アイリの作戦無視もどうにかしなければ」
 問題の対処を模索し、
「さすがにアイリをこのまま店内にのさばらせて置く訳にはいかないな。撤退してもらうか」

――――

「中に入ってもいいそうです」
 数刻で戻ってきたマイアに昌毅は助言を加える。
「あまり権力を傘に着るようなのは嫌われるぜ。普通に楽しんでる分には威圧的にならないようにしないと」
「わかっています。でも、しつこい勧誘をするならしょっ引かないといけません」
 気張って店内に踏み入ったのだが、
「あれ? アイリがいません」
 見渡してもその姿を視認することができない。
「アイリって子なら、さっき出ていったよ?」
「え!?」
 慌てて外を見ると、ガラス越しに奈月と歩くアイリが居た。
「いつすれ違ったんですか……」
「ここ、入り口と出口が別なのよ。珍しいでしょ?」
「それは盲点です……」
 今から追いかけようか考えるマイアを昌毅は促す。
「何も起きなかったんだからいいだろ。飯食っていこうぜ」
「でも……」
「お前も張り切りすぎると疲れるぜ? 偶には息抜きしないとな」
 そんなちょっとしか気遣いに、
「わかりました、そうします」
「だったら私と一緒の席でどう? お勧めを紹介するわ」
 三人でゆったり、食事を取ることとなった。


 一連の騒動が終わりに向かい、何も知らない聡がトイレから戻ろうとした時。
 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)がその進路を妨げた。
「山葉生徒会長ですね?」
「そうだけど、あんた達は?」
 スーツ姿の女性と、ミニスカドレスの女性。聡は二人が誰なのか、思い当たる節がなかった。
「はじめましては少しおかしいかな。整備科の長谷川真琴です」
「あたいはクリスチーナだよ」
 メガネをかけ、髪を結ぶ真琴。やっと聡も気付く。
「全然気付かなかったぜ」
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
 そっけない受け答えに聡は、
「いや、マジで似合――」
「おっと、それ以上は言っちゃ駄目だよ」
 更に言い募ろうとしたところでクリスチーナに止められた。
「どこにマイクが仕込まれているかわからないじゃん」
「どういうことだ?」
 疑問符を浮かべる聡に、真琴は切り出す。
「早速本題に。周囲の女性に気をつけたほうがいいですよ。今回の取材自体がドッキリのようなので。目的は多分、山葉くんがナンパを働いた瞬間を撮ることだと思います」
 なるほどと頷く。
 今までに多くの女性が話しかけてきた。よくよく思い返してみればそのどれもが自分を誘うもの。今日の西地区は何かおかしいと思っていたが、これで合点がいった。土地柄としては真面目な人の方が多いのだから、彼女たちの取った奇妙な行動もドッキリと言われればすべてに納得がいく。
 そこで疑問に思ったのは、自分自身が誘わなければ問題ないのではなかろうか、ということ。だから聡はこう尋ねる。
「俺はずっと誘われる側だったんだが」
「写真だけだとどっちにもとれますから。女性が誘われたと証言するだけで問題になってしまいます」
「マジックだな……」
「ですから、わかっているとは思いますが、軽々しく女性の誘いに乗らないでください」
「忠告サンキュー」
 軽く礼を返す聡に、少し不安が残る真琴とクリスチーナ。
「でも、取材はあるんだろ? 俺はそれにちゃんと答えなきゃならない。生徒会長になったからには約束を破るわけにはいかないぜ」
「なんだ、見かけによらず熱血漢じゃん」
「ナンパな奴で悪かったな」
 あははっ、と豪快に笑うクリスチーナに唇を尖らせる聡。
「しかし、新聞部が単独でこれだけのことを起こすとは考えにくいです。誰か黒幕がいるはずなのですが、それが誰なのか、真の目的が何なのか、まだわかっていません」
「その辺は真琴に任せるよ。あたいはもうちょっと客として紛れているつもり」
「何かわかれば連絡してください」
「了解じゃん」
「あと、これはちょっとしたお節介ですが」前置きして真琴は聡に付け加える。「パートナーのことも大切にしてあげた方がいいですよ? なんだかんだでお二人はお似合いなんですから」
「それは、まあ、追々な」
 言葉を濁す聡。バツが悪いのか、話を変える。
「ところで、話の出所はどこなんだ?」
「天御柱学院の生徒、ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)だよ」

 とうとう聡に計画が知らされた。