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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第4章 侵入者の置き土産

 トレイルは、魔道書達が作った結界の隙間を、エルドが通った跡を嗅ぎ当ててそこを無理やり開いて作った、そもそも非物質的な力によって構築された通路である。ゆえに、相応な力を加えればある程度形を変えるほど不安定な場所もある。
「…ったく、余計な面倒かけやがってよ」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は不機嫌そうに、時折稲妻のように魔力弾が飛んでくるのを避けながらぼやくように呻いた。魔力弾は幸い、さほどのスピードではないため、苦も無く避けられる。しかしそれは同時に、現地点が発射地点からは遠く離れていることを示す。発射地点に近付くほど飛弾は激しく、また速いはずである。半日という結構なタイムラグがある分、標的のエルドもこの魔力弾の猛攻にてこずって道行が順調ではないと想定しても、相当距離があるのではと考えると腹立たしい。
トレイルに不穏な魔力が満ちているのはエリザベート言っていたので知ってはいるが、自分は本職の魔法使いではないのだから、的確に対応するなんて無理だろう、と、武尊はハナから魔力攻撃の迎撃準備をある程度切り捨てることにした。他にも魔法にたけた契約者が、トレイルに入るだろう。的確な対応とやらは彼らに丸投げしちまおう、という腹積もりであった。
とにかく、エルドをとっ捕まえてこの面倒を一気に片付ける。武尊はその一念に集中している。
(あの野郎、外に出たら泣いたり笑ったり出来なくしてやるから覚悟しとけよ!!)
 苛立ちと共に進むその足元が、突然揺らいだような気がした。魔力に過剰な備えをしていなくても分かる、巨大な魔力の気配。
 灰の間なる最奥の部屋から放たれた魔力弾とは違う、ずっと大きな魔力の塊が、炸裂すると無数の空気の槍の形を取って、武尊の頭上から降りかかってきた。

「伏せろ!」

 声が空気を割いて響き渡り、武尊は戦闘的な本能からくる反応とその声に導かれたのとで、とっさに言葉通り、頭を守りながら地を転がって、魔力の落下地点から逃れた。
 頭上で、魔力のぶつかる激しい、音にならぬ轟音が響き、空気が波のように凄まじく揺れた。

 間一髪の場面に登場したのは夜刀神 甚五郎とパートナーたちだった。魔鎧のホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)を身に纏い、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)を連れて現れた。
 エリザベートから聞いていたので、彼らは先を急ぎながらも慎重な索敵を怠っていなかった。ブリジットの『殺気看破』が、巨大な魔力の塊の出現をいち早く察知した。それが無数の槍の形を取った時、羽純が素早く『歴戦の魔術』をぶつけて対消滅させたので、それらは武尊にも、甚五郎たちにも降り注ぐことなく散った。
「大丈夫か」
「おう、助かったぜ。しかし今のは何だったんだ?」
「あれが……侵入者の『追跡対策』ってやつであろうな」
 羽純が一人で納得したように呟く。
『うわ、結構容赦なかったですね今の!? 怖いですよあれ、不意を突かれたら! 他にもまだあんなの仕掛けられてんですかっ!?』
 魔鎧状態のまま、ホリイが驚いて騒いでいる。
「時間差であんなのが作動するように仕掛けているのか……自分が通った跡に」
「とんでもない奴じゃ。見つけ次第即ボッコボコに処するのじゃ」
 呆れたように甚五郎が言うと、羽純が怒気をこめて頷いた。
「〜〜〜っ、とことんタチの悪ぃ野郎だなオイ……!!」
 怒り心頭に発した武尊は、その怒りのまま猛スピードで、トレイルの奥へと突進していった。
「……ふう。とにかくわしらは、これからも急ぎつつ、索敵は怠らないようにせんとな。ブリジットも頼むぞ」
「はい」


 トレイルは時折、灰の司書からの物騒な稲妻で、道筋を皮肉な美しさの光で彩りつつ教える。
 それを避けて進みながら、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、パートナーで兄の佐々木 八雲(ささき・やくも)を振り返った。
「兄さん、流れ弾には注意してね。エルドに反応して攻撃してるみたいだから、近づけば近づくほど、激しくなると思うよぉ」
「あぁ。しかし、さっきどこからか轟音のような地響きのようなものを感じたんだが……」
「え?」
 その言葉に弥十郎が辺りを見回した時、目の端を何か黒いものがよぎった気がした。ハッとそれを追って視線を動かした時、目の前に黒い獣がいた。
「あ……」
 燃える影のような、得体のしれない黒い姿の中に、白い光で穿たれたような眼だけが不気味に光る。その目と目が合った瞬間に、見てはいけなかったのだと気付いたが、遅かった。頭の奥に冷たい鉄糸が差し込まれたような感覚があり、そこから何かがぐいと引き出されるように感じた。
 気が付くと、目の前にいたのは獣ではなく、よく見知った人の姿だった。
「…え?」
 八雲も一瞬ぽかんとした。獣がもう一人の自分、佐々木 八雲の姿に変わったからだ。
 偽物の兄の姿を見た時、ずっと目を逸らしていたものをいきなり眼前に突き付けられたような気がして、冷たい感覚に弥十郎は竦みあがった。
『これは……何で、僕なんだ?』
 当惑したような八雲の『精神感応』に、どこかぼんやりとした口調で呟くように返していた。
「また失うのは、嫌だもの」
 獣が自分の恐怖する者の影を引き出して纏ったのだと感じた。自分にとってそれは兄――何かを守ろうとするとそのために身を投げ出すのも厭わない、ゆえにいつ自分に喪失の恐慌をもたらすかもしれない人の姿だったのだ。
「流れ弾!」
 突然、八雲にぐっと腕を引かれた。よろめいた弥十郎の傍を、火焔の形の魔力弾が高速で過ぎていく。すぐそばの本物の兄の存在を直に感じたからか、獣の目を見た時から自分を縛っていた冷たい感覚から、解き放たれた気がした。気持ちを奮い起こし、もう一度偽物の兄を見ようとすると、そこには一瞬黒い獣の影が映っただけで、もう何も見えなくなった。
「消えた……ねぇ」
 そう言って、八雲を振り返って小さく笑った。
 やれやれ、という目で八雲は弟を見た。
「それじゃあ、急ぐか」
(こういう弟がいるから、兄は辞められませんよ)