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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第7章 それぞれの追跡行

 トレイル内は、相変わらず魔力弾が時折流れていく。
 ルカルカ・ルーとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、エリザベートと話をしていたことで他の契約者からスタートが遅れているにも関わらず、武装とスキルとでスピードを上げてもう追いついてきていた。そして、同じ目的でここに入っている仲間たちに会うと、
「追跡対策の仕掛けに気を付けて!」
 と、エリザベートに言われた通り、注意喚起することを忘れない。
「自分が通った跡に、時間差で、後から来た人を巻き込んで作動するように仕掛けてるってことだよね」
 『ダークヴァルキリーの羽』で高速飛行しながら、ルカルカは、カルキノスに再確認するように訊いた。
「そうだな。俺たちが通った後に、誰かが巻き込まれる可能性もあるかもしれん。皆が気を付けるようになればいいが」
 時間差が具体的にどのくらいのものか、そもそもエルドがいつ通ったのかも分からないから、本当に気を付けていないと、自分たちのように全速力で急いでいる者が、害意のある巨大な魔力の炸裂にでもぶつかってしまったら大変なことになる。もちろん、自分たちも気を引き締めなくてはならない。
「……軌跡、か……」
「どうしたの、カルキ?」
「いやな。奴の求める本が『無限宇宙の秩序と軌道』だろ? 占星学が関係してるんなら、軌道ってのは天体の通過する“跡”のことだろう。
 で、俺たちは奴の通った“跡”を通って、奴を追っている。
 その“跡”に、あいつは思うままに時間差で妨害魔力を仕掛けているらしい」
「うん……」
「気になると言えば気になる符号だが……何か意味があるのか、ないのか……」
「……あ、まだはっきりとは分かってないんだ……」


 朝霧 栞(あさぎり・しおり)は、『空飛ぶ箒シュヴァルベ』でトレイルを急いでいた。飛んでくる魔力弾の数が、道行きに連れて多く、また強くなってきているのが分かったが、『殺気看破』で避けられるものは避け、多少の被弾は構わず全速力で飛んでいく。
 前に、幻想空間で遭遇したエルドの魔力を記憶から蘇らせ、ディテクトエビルと『追跡』の特技を使用し、追いかける。あそこで遭遇しながらも取り逃してしまったことが、思い返すと腹立たしい。
「全く……迷惑な奴だよっ!」
 次に見つけたら、問答無用で魔石に封印してここから引きずり出してやる。そう思いながら、急いでいる。


 幻想の森でエルドを取り逃したことで、今回の捕縛への意欲を強くしている者は、他にもいた。
「行ったみたい……だね?」
 黒い影が、音もなくトレイルを、契約者が向かうのとは別方向に向かって行った。気付かれずにやり過ごしたネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、ホッと胸を撫で下ろして、去っていくその姿を見送った。『光学迷彩』が功を奏したらしかった。
(よかった……本当の敵…以外とは、戦いたくないよ)
 森の中の神殿で、契約者たちの目の前で彼はまんまと逃げ果せた。そして今、最奥へと歩を進めつつあり、魔道書達を苦しめ、悩ませている。ネーブルにはそれは、許しがいことと思えた。
「このまま……隠れながら、進もう……」
 飛んでくる流れ魔力弾を避けながら進み、たとえ不意に彼を見つけたとしても相手に気取られないよう、身を潜めて追跡する。今度こそ絶対取り逃さないために。そして奇襲で相手の動きを封じ、完璧に捕縛するのだ。心を硬く決めて、ネーブルは再び、ひそやかに歩き出す。


 ネーブルの傍らを気付かず通り過ぎた獣は、別の契約者の前に立ち塞がった。
「だいぶ、流れ弾の速度が速くなってきた……それだけ最奥部に近付いたということか」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が呟いた。
「主、十分にお気を付けください」
 アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が気遣わしげに言う。
 今までのところ、グラキエスが『大帝の目』を駆使して被弾を避け、避けきれない弾はアウレウスが槍によって撃ち落としてきた。しかし、この、ひっきりなしの魔力弾の流れように、
「暴走……か。
 感情も意識もはっきりせず、会話すらできない状態でもここまで暴走するとは、余程の怒りか、恨みか……。
 どちらにせよ、辛いだろう」
 それを繰り出しているという灰の司書の状態を思うと、グラキエスには何か暗澹としたものが感じられた。
 その時、目の前に闇の色の獣が、忽然と現れたのだ。

 グラキエスの中の暗い深淵から何かが冷たい鉄糸によって引き出されると同時に、獣の姿は風に煽られる炎のように激しく、目まぐるしく形を変える。それはグラキエスの中にある恐怖の対象が抱えるものを、象徴しているのかもしれない――
 そうして獣が結んだ像は、グラキエス自身だった。
「これは!?」
「……俺が恐怖する者の姿、か」
 驚くアウレウスの前で、グラキエスは冷静さを失わずに呟いた。
 自分の深淵から像が引き出される一瞬、心に蘇った、かつて絶えず感じていた恐怖。――狂った魔力を宿す自分が、暴走して皆を殺すことへの恐れ。
 それが自分の形を取って現れた。写し取ったように自分と同じ姿だが――
「同じ姿と言えど、主の敵は俺の敵!
 主よ、私の力を存分にお使い下さい!」
 アウレウスが叫び、瞬時に魔鎧化してグラキエスの身を覆う。
 グラキエスは敢然と、もう一人の自分を睨む。その目は、皆殺しの悲劇を恐れるあまり生を諦めかけた、昏い色。
 今の自分は、悲劇を回避してその先を生きる希望を諦めてはいない。――負けるはずはない。
「俺の邪魔をするな――行くぞ!」
 動いたのは、ほぼ同時。そして、魔力がさく裂した――

 数秒後。その激突がまるで嘘だったかのように、空気は静まり返っていた。
 グラキエスの前には誰もいない。最初ら何事もなかったかのように。
『……消えたのでしょうか』
 アウレウスの言葉に、恐らく、とグラキエスは呟いた。
(きっと、もう現れないだろう)
「さあ、急ごうか」