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季節外れの雪物語

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季節外れの雪物語

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★第一章「さみしんぼ」★

「キャーっユーリちゃん、可愛いですぅ〜」
「あ、ありがとう、母様」
 興奮した声をあげたメアリア・ユリン(めありあ・ゆりん)に、ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は短いスカートの裾を押さえながら恥ずかしげに感謝を述べた。
 ユーリはこの雪景色の中ミニスカメイド服を身に着けており、メアリアが少し悔しがった。
「カメラ持ってくればよかったですぅ〜」
「あっあの、母様。いくら涼しみたいからと言って、これはちょっと寒すぎるよ。
 こ、これでさらに水着姿になったら風邪ひいちゃうよぉ!」
「大丈夫! かーさまも水着に着替えているですぅ!」
「そういう問題じゃ……わぷっ」
 ユーリの顔面に雪が当たる。
 投げた人物、高いところに立つ葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)を見たユーリが動きを止める。吹雪はなぜか紙袋を頭にかぶっていた。そして頭を隠していると言うのに、身体は水着しか身につけていない。
「28番の君。はやく服脱いで」
「え、あ、はい……うぅ」
 審判に言われて上着を脱ぐユーリ。恥ずかしそうだ。
 吹雪は気にせず脱いだばかりのユーリに雪を投げる。なんとか初撃を避けたユーリが、もう脱がされてはたまらないと反撃する。吹雪は一度でも雪に当たれば失格だ。何せ頭の紙袋をのぞけば水着しか身につけていないのだから。

「世間体を気にしては自分は捕らえられないであります」

 スカートの裾を気にしつつなんとか当てようとしているユーリだが、かすりもしない。

 ちなみにメアリアは「恥ずかしがるユーリちゃんも可愛いのですぅ」と非常にご満悦だ。……なんのために出場したのだろうか、彼女は。

「わっつめたっ。か、母様、たすけ」
「大丈夫です。かー様も水着になりますですよぉ」
 そういう問題じゃない。
 だがそんなやり取りをしている間に投げられた雪玉が、ユーリの衣服をはぎ取る権利を得た。笛が鳴り、ユーリは渋々と服を脱ぐ。

(無理やり着せられた水着、女物だから恥ずかしいよぉ。う、うまく隠れてるからいいんだけども……バレないよね?)

 実はユーリ、立派な(?)男の娘であった。
 しかし外にさらされたユーリの水着姿に喜んでいる者たちがいるので、そのことは内緒にしておこう。
 こうしてユーリとメアリアは水着姿で待機することとなった。


「雪合戦、か。……いつぞやの事を思い出すな。あの時のグラキエスは楽しそうだった。
 無論、我も楽しんだがな」
 雪合戦の様子を目を細めて眺めているゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)の横で、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)も同意した。
「ええ。以前もこの雪のお陰でエンドは随分助かってました。それにあの時のエンドは、とても楽しそうで」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、雪を投げ合っている様子がとても楽しそうだなと思って2人を振り返った時、そんな会話が聞こえてきた。グラキエスの動きが止まる。
 ゴルガイスもロアも、どこか遠くを見つめて楽しそうに笑っていた。グラキエスにはすぐに分かった。
(そうか『前の俺』との事を思い出しているのか。『俺』が声を掛けたら邪魔か)
 記憶を失ってしまったグラキエスは、寂しさを覚えつつ2人の傍から離れた。
「俺もいつか、あんな顔をして貰えるだろうか。……ん? 子供?」
 雪が強く降り始めた、と顔を上げたグラキエスの目が、とぼとぼと歩く子供を発見した。不安げに首をきょろきょろさせているので、迷子かもしれない。
「どうした? 親を待っているのか?」
「っ!」
 子供、グラートはびっくりしたようで、目を何度か開閉させた。それからコクンと頷く。
「親が来るまで、一緒に遊ばないか」
「いいの?」
 ぱっとすぐにグラートの顔が輝き、心なしか周囲の風が弱くなる。
「ああ。俺はグラキエス」
「僕はグラートだよ。グラキエスのお兄ちゃん。ねぇねぇ、雪合戦しよう!」
「合戦か。分かった」
 すぐにうちとけたのは、精神年齢が近かったからか。共に保護者から離れて寂しい思いをしていたからか。
 今頃、互いの保護者たちはそれはもう凄く必死に探しているのだろうが、2人は呑気に雪合戦を始めた。

「こういう時に食べるアイスはどうなんだろうな……っと、あれは」
 ビニール袋を手にぶら下げていた玖純 飛都(くすみ・ひさと)が、こてりと首をかしげた。視線の先にはブリザードをかけあっているグラキエスとグラート。一応範囲は狭めてやっているようだが、周囲は非常に寒そうだ。
「何やってるんだ?」
 子供がいるので飛都はなるべく優しく声をかけてみたつもりだが、グラートがややおびえた様子でグラキエスの陰に隠れたので上手くはいかなかったようだ。
 何かなだめられるものは、と周囲を見渡す。雪合戦、雪だるま、かまくら作り……遊びというものを言葉でしか知らない飛都にとって、それは不思議な光景だった。なぜ雪でそんなものを作ったりするのだろう、と。
「お兄ちゃん、雪だるま作りたいの?」
 その視線をどう受け取ったのか。グラートが問いかける。作りたいのか、と聞かれるとどちらでもない。しかし気にはなる。
「じゃ、一緒に作ろう! ボク、雪だるま作るの得意なんだ」
 得意げな顔をしてレクチャーしてくれるグラートに、作りたいわけではない、などと言うことはできず、小さな雪玉を丸め始める。
 小さな玉を転がし、均等な球にするのは難しい。あまり表情には出ていないが、苦労しているのを察したグラートが手伝ってくれる。
「えとね、なるべく綺麗な雪で丸く……グラキエスのお兄ちゃん、駄目だよ。魔法は」
「む。こうか?」
「そうか。氷術は駄目なのか」
 ごろごろごろと雪玉を転がしていき、なんとか雪だるまが3つ完成した。飛都がグラートのものと自分の作った雪だるまを交互に見た。彼のが明らかに歪であるのに対し、グラートの雪だるまは綺麗だった。
「作り方は分かっていても難しいものだな」
「でも楽しかったね」
「そうだな」
 笑顔のグラートとグラキエスに対して、飛都はどうなのだろうと考え込む。楽しい、というのがよく分からない。
 しかし、

「まあ、悪くはないな」


* * * * *


「グラート! ここにいたのか」
「海のお兄ちゃん! こんにちは」
「ああ、こんに……そうじゃなくて、無事なのか?」
 高円寺 海(こうえんじ・かい)らが慌ただしくグラートの元に駆け寄る。ブリザードの魔法を見てもしかして、と彼らはやってきたのだ。
 慌てて駆けつけたと言うのに、グラートは不思議そうに首をかしげるばかりで、海は肩から力を抜いた。とにかくも無事らしい。
「いや無事なら……メチェーリは?」
 続けて尋ねると、今まで元気よさそうだったグラートの表情が一気に沈んだ。どうやら遊びで忘れていた不安が再び戻ってきたらしい。
 グラートの目に涙がたまる。空が暗くなり、風が強くなり、雪が吹雪く。
「お、お母さああん、どこおおおおおおおおおお」
 涙がはじけた瞬間、風が耳元でゴオゴオと音を立てた。身体が飛ばされそうになり、空からは大きな氷の塊……雹が降って来る。
 マズイ。
「〜♪」
 その時どこからともなく聞こえてきた温かな歌声にグラートが驚き、動きを止めた。気候が少し収まる。
 近づけるようになった冴弥 永夜(さえわたり・とおや)アンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)がグラートの傍でしゃがむ。
「今、別のおにーさんやおねーさんたちがお母さんを探してくれているから、心配するなよ」
「ひくっえぐ。お母さん、見つかる?」
「大丈夫。そういう事に慣れているからね、契約者さんたちは」
 永夜に続いて声を出したアンヴェリュグは、いつもよりも柔らかい声が自然と出たことに少し驚いていた。
(子どもを相手にすると、どうしてかな。口調が変に柔らかくなるね。……ってあんまり変わらないか、俺の場合)
「そうそう。だから、おにーさんたちと一緒に待ってようか」
「1人でいるより、皆でいた方が安心できるよ」
「とにかくそれ食べて、とりあえず落ち着こうか?」
 永夜がグラートに手渡したのは、アイス。真夏に冬の気分で楽しむ、と用意していたものだ。アンヴェリュグがそれを見て頷く。
(何でアイス持ってくるかと思ったけど)
「アイスだ!」
「俺が用意してたアイスだからな、味はそれなりに保証するよ。一緒に食べような」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん」
 子どもゆえの素直さからか、アイスが大好きなのか。グラートはアイスの存在に飛びついた。途端に風が収まり、雪がまたゆっくりと降り注ぐようになった。誰もがホッと息を吐きだす。
 美味しいっと笑う姿は、ただの子供だ。永夜とアンヴェリュグが微笑んで眺めつつ、アイスを食べる。
「雪の中で食べるアイスもいいな」
「君は年中食べているだろう」
「良いなぁ、お兄ちゃん。僕のいるとこ、アイス売ってない」
 グラートは普段人が住めないほどの雪山におり、もちろんそんなところでアイスは売っていない。だからこそ、グラートはそれはそれは美味しそうにアイスを食べていた。

「あのね。最初はこうだよ。ゆ〜き〜やこんこ あ〜られ〜やこんこ 降って〜は降って〜は ずんずん積る」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)がグラートに『雪』を教えている。グラートは佳奈子と手をつなぎながら、大きく口を動かす。
「ゆ〜き〜やこんこ あ〜られ〜やこんこ」
「そうそう。上手上手」
 佳奈子が褒めると、グラートが恥ずかしそうに頬を染めた。そんな様子に佳奈子は密かに微笑む。
(お母さんがいなくて寂しいだろうから、見つかるまで傍にいてあげなくちゃ)
「次はね、山も野原も 綿帽子(わたぼうし)かぶり 枯木(かれき)残らず 花が咲く」
「や〜まものはらも〜」
 繋いだ手を大きく振りながら一緒に歌を歌っている2人は、まるで姉弟のようだ。
(エレノアには、上空から街を見渡してもらって、なるべく早くお母さんのもとに合流できるといいな)
 ふと佳奈子が空を見上げる。そこには鳥のような何かが飛んでいて、彼女はその鳥に向かって小さく口を動かした。
『お願いね。それと……さっきはありがと。助かったわ』

「ふぅ。なんとかグラート君は落ち着いたみたいね」
 空を飛んでいた鳥。
 ではなく、ヴァルキリーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が息を吐きだした。唐突に気候が変わりだした時は驚いたものの、とっさに歌った【幸せの歌】が功を奏したらしく、グラートは落ち着きを取り戻したようだ。気候も元に戻った。
 そう。最初に響いた歌声はエレノアのものだったのだ。
「早くお母さんを見つけてあげなくちゃね」
 エレノアは上空からメチェーリを探していた。特徴はエレノアから聞いているが、グラートを見る限り服装はあてにならなそうだ。
 と、その時。エレノアはやたらと雪が積もった場所を見つけた。
「あっちは……たしか情報があった当たりね」
 凶司たちから伝わってきた目撃情報の場所だった。