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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【二 救助への前提】

 少しだけ、時間を遡る。

 ソレムの町から西へ向かうこと約1キロ程の距離に、教導団レブロン・スタークス少佐率いる救助部隊の臨時指令所が設置され、山間の平地に幾つもの軍用テントが張り出されていた。
 既に教導団側ではソレムの状況を把握しており、フェンデス一行とレオン率いる警護部隊が、町中の大講堂内に孤立している事実も掴んでいる。
 そして何よりも今回の一件が、若崎 源次郎(わかざき げんじろう)が散布した屍躁菌第二世代型の排出する毒素レイビーズS3型に起因している、という最も重要な情報をも入手しており、今後の対応については、S3への対処も含めた作戦立案が求められた。
 屍躁菌第二世代型が用いられていることについては源次郎自身ではなく、鏖殺寺院の残党集団のひとつ『パニッシュ・コープス』の幹部モハメド・ザレスマンによる犯行声明が非公式に教導団へと送りつけられていた。。
 勿論教導団としても、愉快犯や情報攪乱を目論む別組織からの偽情報という観点でもこの声明を分析してはいたが、情報解析班からの報告により、この声明が間違いなく本物であることが、既に分かっている。
 であれば、後はどのようにこのS3に対処するか、が最大の焦点であったのだが、スタークス少佐は救助部隊派遣に先立ち、サンプル採集部隊を編成して、秘かにソレムの町へと潜入させて感染源を調べさせていた。
 このサンプル採集部隊には、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)、或いは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)といった面々も参加しており、分析面に於いては全く不安要素は無いといい切って良かった。
 サンプル採集部隊派遣は、ものの一時間程度で終了した。
 同行していた北都、クナイ、そしてジェライザ・ローズ達は分析班の一員として、無菌処理が施された解析専用テントに入り、教導団の解析担当官達と共に持ち帰った諸々のサンプルを分析した。
 この分析には然程の時間を要さず、程無くして三人は、スタークス少佐やその他主立った面々が待つ作戦本部へと足を運んだ。
「感染経路は、上水道でした」
 報告の第一声がジェライザ・ローズの口からもたらされた時、本部が置かれる軍用テント内に静かな緊張が走った。
 上水道、即ち飲料水が感染源であるということは、現場に取り残されているフェンデス一行やレオン率いる警護部隊も感染している可能性があるのではないかという危惧が、その場に広まろうとしていたのである。
 だがジェライザ・ローズは、フェンデス一行やレオン達警護部隊の感染については、否と首を振った。
「上水道内に残されていた屍躁菌は、いずれも屍骸でした。これは前回、スーパーモールに散布された旧タイプにも共通するのですが、どうやら屍躁菌は専用の培養溶液か人体の中でなければ、長時間は生きられないようなのです」
 いいながら、ジェライザ・ローズは北都に目くばせした。
 北都も心得ており、テント内を薄暗くした上で、分析時に撮影した拡大画像をスライド形式で白板に投影してみせた。
 テント内の全員の視線が、その白板に映し出された細胞生物の屍骸に集中する。
 ジェライザ・ローズは、尚も続けた。
「細胞構成物質の劣化具合と、旧タイプの生存時のDNA情報から算出した結果、上水道内での生存期間はおよそ二時間程度。同じく散布時刻は午前六時前後と推定される為、早くても午前八時半以降にソレム入りした者は感染対象者から除外して良いかと」
 フェンデス一行がソレム入りしたのは、午前十時過ぎ。
 貯め置いた上水道の飲料水を口にしていなければ、経口感染している可能性は皆無に等しかった。
 また、この限られた二時間という期間以内に上水道から飲料水を摂取していない住民も、感染していないということになる。
 実際、ソレムの住民は全員が全員、S3に感染している訳ではなく、一部は正気を保ったまま、教導団駐屯部隊に保護される形で続々とソレムを脱出してきているのである。
 ともあれ、感染経路と感染者の特定は、ほぼ完了した。
 だが依然として、解明されていない疑問は残る。
 何故感染者は、あれだけ統率された戦闘行為を取ることが出来るのか。
 そして何故このソレムの町に、あれだけの数の銃火器が備えられていたのか。

 報告を終えてから、ジェライザ・ローズは少しだけ時間を貰って、スタークス少佐と個人的に話をする機会を得た。
「差し出がましいことは重々承知ですが……現在までのところ、こちらはあまりに後手を踏み過ぎています。もし可能なら、屍躁菌対策に特化した部隊を編制なさってみては如何でしょうか?」
 これに対しスタークス少佐は、うむ、と小さく頷いた後、しかしすぐに弱々しくかぶりを振った。
「屍躁菌テロは、まだ今回で二回目だ。教導団内には既に生物兵器対策専門の部署も、少なからず設置されている。彼らを押し退けてまで対屍躁菌専門の部隊をこちらで編成するのは、色々と問題があってな」
 スタークス少佐の苦虫を噛み潰したような表情に、ジェライザ・ローズは成る程、と頷いた。
 恐らく少佐本人はジェライザ・ローズの提案を受け入れたい思いなのだろうが、教導団内の軍閥というか、複雑な人間関係が何かと障害になっているのだろう、と当たりをつけることが出来た。
 医学界にも派閥同士の軋轢があるように、軍隊に於いても同様の問題が内包されているというのは、よく聞く話であった。
 スタークス少佐との内密での話を終えてテントの外に出ると、北都とクナイがジェライザ・ローズの退出を待って、手近に設置されていたベンチに腰かけていた。
「どうも、お疲れ様……スタークス少佐とは、どんな話を?」
「いや、まぁ、個人的に思ったことを少し進言してみただけなんだけどね。あちらさんも色々あって、困ってはいるみたいだったけど」
 詳しい内容にまでは言及せずに言葉を濁したジェライザ・ローズだが、北都とクナイは何かを察したのか、それ以上は敢えて追及を重ねようとはしなかった。
「それはそうと……感染者達は、ただS3に感染しただけでは、あのような破壊活動や攻撃などはしない筈ですよね……矢張り何か、別の指令系統があると考えた方が良さそうでしょうか」
 クナイがそれとなく話題を変えたが、しかしその内容は決して安穏なものではない。
 この問題については、北都にはある仮説があった。
「他の生物の思考や神経動作一般を全て操ってしまう、若崎源次郎の生胞司電……あれが、何か関与していそうな気がして、ならないんだよねぇ」
 成る程、とジェライザ・ローズは小さく頷いた。
 S3が脳幹に直接作用するということも、既に分かっている。であれば、生胞司電か、或いはそれによく似た作用の何かが感染者を操っている可能性は大いにある。
 そして、北都のそんな推測を裏付ける情報が、更に飛び込んできた。
「あ、居た居た。ちょっと、こっちに来て貰えるかしら?」
 三人を探していた様子のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、別のテント脇からひょいと顔を出し、若干急いでいるような様子で手招きしてきた。
 何事かと顔を見合わせた北都、クナイ、そしてジェライザ・ローズの三人だったが、リカインが意味も無く探していたとは思えない。
 どういう展開が待っているのかは分からないが、ともかくリカインに招かれるまま、別の軍用テントに足を運んでみた。
 そこは、情報分析班が本部として使用しているテントであった。
 幾つもの分析機器が所狭しと積み上げられている中で、ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が軍用解析コンピュータを借りて、何やら真剣に解析作業を進めている。
 傍らにはシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の姿もあったのだが、この手の頭を使う内容には疎い彼女は、ただ漫然と、ディスプレイに映し出される複雑な文字列の束を眺めているだけであった。
「ヴィー、連れてきたわよ。もう一度、説明して貰える?」
「了解」
 リカインに促されて、ヴィゼントは回転椅子上でくるりと向き直り、リカインに案内されてきた三人にディスプレイを指し示した。
「これは、ソレム周辺の電磁波を解析し、時系列に合わせて分布を追いかける解析図です」
「……電磁波って、まさか」
 ヴィゼントの説明に、北都はすぐに、ピンときた。
 対するヴィゼントも相手が素早く意図を察してくれたことで、説明が楽だと感じている様子。
「そう……この電磁波、人間の精神に直接語りかけるテレパシーの波動に、よく似ているんです。それも、三十分周期で定期的にパターンが変化している……どういうことか、もうお分かりでしょうか」
「つまり、S3の感染者を操っているのはこの電磁波……という訳かい?」
 ジェライザ・ローズの問いかけに、ヴィゼントは曖昧に頷いた。
 ヴィゼント自身、まだそこまでの確証を得ている訳ではなかったのだが、可能性は極めて高い、と考えてもいた。

「ついでにいうと、この電磁波が無線回線に対する妨害電波的な役割をしてる……っていうのはさっき聞いたから、そこだけはフィスも理解出来るんだけどね」
 シルフィスティの声に、北都とジェライザ・ローズは互いに顔を見合わせた。
 スタークス少佐が少し前に、何らかの妨害電波が発信されている為、大講堂内と連絡が取れないとぼやいていたのを思い出したのだ。
 しかもこれだけ低周波で微弱な電磁波ともなると、発見するのも容易ではないし、こうして発見出来た後も、これをどのように打ち消そうかと悩まなければならない。
 パターンが周期的に変化する上に人間の脳波に近しい波形の為、これを打ち消す非対称パターンを作り出すのは極めて難しいのである。
 リカインが、難しい表情のまま言葉を繋いだ。
「幸い、ある特定の連続した2パターンに関しては、解析がだいぶん進んでるみたいね。何とかこの2パターンに対する妨害電波は放射出来そうなところまでは、作業は進んでるそうよ」
 だが先程ヴィゼントが首を捻ったように、この電磁波が感染者を操っているという決定的な確証が無い為、解析班としてもスタークス少佐にどのような内容で報告すべきか、議論が分かれているらしい。
 そんな解析班の悶々とした思いを、しかしジェライザ・ローズは即座に解決した。
「深く考える必要は無いね。この電磁波の発生開始時間は、午前六時頃となっているな……つまり、屍躁菌散布と全く同じタイミングだ。こいつが感染者を操っていると断定して良いんじゃないか」
 リカイン達にしろ、他の情報分析官達にしろ、先程のサンプル採集班からの報告会議には出席していなかった為、この情報は初耳であった。
 が、そうと分かれば、最早何も迷う必要は無かった。
 一同はすぐさま、スタークス少佐が詰める指揮官用テントへと足を運び、ことの次第を説明した。
 スタークス少佐は驚いたように目を丸め、次いで自嘲気味に苦笑を浮かべた。
「やれやれ……我が教導団の解析班も君達にかかっては、まるで形無しだな」
 だが、さすがに佐官クラスの将校だけのことはあり、判断は迅速だった。
「解析班には、その2パターンの電磁波に対する妨害電波の完成を急がせよう。どの程度の効果があるのかは未知数だが、救出部隊の投入に合わせて放射させるのが一番だな」
 そんな訳で、救出部隊の編制に取り掛かるのと同時に、妨害電波の作成、及び放射態勢の準備を整える運びとなった。
 サンプル採集班と情報分析班の働きによって、救出部隊投入作戦がにわかに動き出してきた。
 後は、詳細を詰めた上で部隊を編成し、指示を出す、というところであろう。
「ところでリカイン……少し、雰囲気が変わったか?」
 ジェライザ・ローズに指摘されて、リカインは小首を傾げた。
 今の彼女は、いつもよりも髪が長くなっているように見受けられた。いや、実際のところ、確かに長くなっている。
「何か、おかしなところある?」
 リカイン自身は、全く気付いていない様子であった。
 後で本人が調べたところによると、何故かウィッグが張り付いていたのだという。
 しかもこのウィッグは、ギフトであり、且つリカインの新しいパートナーでもあるシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)が擬態して、リカインの頭に張り付いていたらしい。
 普段は冷静沈着で鳴らしている九条先生ことジェライザ・ローズも、リカインの余りの無防備さには苦笑を禁じ得なかった。
「気付かんもんかね。そこまで露骨に違うのに」
「えぇ〜? そんなに何か違ってる?」
 尚もリカインは、すっとぼけた声を漏らした。
 これ以上は追及しても無駄か――ジェライザ・ローズはそれ以上は何もいわず、同じく苦笑している北都やクナイに、小さく肩を竦めてみせるばかりであった。