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壊獣へ至る系譜:炎を呼び寄せるディーバ

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壊獣へ至る系譜:炎を呼び寄せるディーバ

リアクション


■ シャットダウン ■



 空から雨が降ってくるが、大気は熱せられたまま、ただ、蒸し暑くなっていく。
 ベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)は両手を胸に添えて、悲しい眼差しで遠くの少女を見つめていた。
「ベル、本気か?」
「はい」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)の心配を受けて、振り向いたベルは緩く頷いた。再び陽炎の向こうの少女に視線を戻すと願うように両目を閉じ、開けた。
「心の無い歌はただ悲しいだけです。 ……悲しいだけですわ」
 同じディーバだからか、物憂げに囁くパートナーに和深は、わかったと応え、指印を切り、前に進んでベルと肩を並べた。
「全力でフォローする。ベルの歌が届くといいな」
 二人で同時にサラマンダーの警戒線を踏み越えた。
「邪魔はさせなねぇぜ」
 和深は飛び掛からん勢いのサラマンダー達の眼前でベルを護る為にアブソリュート・ゼロを展開した。
 吹き上がった冷気に髪を靡かせたベルが体の両側で緩やかに両手を広げる。
「どうかこの歌を、彼方が戦う場所で思い出してください」
 願いを込めて、幸せの歌を歌い出した。



 獣寄せの口笛でうろついていた獣を側に誘い出しているのは黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
 彼の想像通りディーバの歌声で山から降りてきた熊や野犬等の獣達は、引き寄せられるようにディーバである天音が響かせる旋律元にふらふらしながら寄ってきた。
 聞こえてきたベルの歌声に天音は軽く目を細める。
「良い選択だ」
 知性のない本能剥き出しの獣達の目を見て、天野は片手を自分の胸に当てる。
 幸せの歌を歌い出した天音にサラマンダーのブレスをホワイトアウトで防いだブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は天音に目配せした。気づいた天音は頷くと幸せの歌を謳う声をヒュプノスの声に切り替える。
「天音、何にそんなに興味があるのだ?」
 幸せの歌の二重旋律に無抵抗極まった獣達は天音のヒュプノスの声に皆眠ってしまった。
 聞かれた天音は獣の脅威が去ったのを確認して、少女の方を向いた。
「あれを見るとさ、聞いてみたくなったよ」
「むぅ、あのディーバの娘に刻まれた紋様……古代文字、か」
「依頼を受けた時も思ったけど、あれを見て増々興味が沸くね。呪いを研究する魔女ってだけでも気になるのに、彼女はろくに動けない体でツァンダ家から逃げ出したんだよ。方法が知りたいね。協力者の線も濃厚だし、何よりあの古代文字……ブルーズは見たことある?」
「いや、全くだ。まるで暗号文の様……む」
「どうした?」
「少女の額の文字はもしかしたら読めるかもしれない」
「額?」
「何かの名前か名詞か。他の文字は文章の様に長いが、あれだけ極端に短いから、単語と思っていいかもしれない」
「魔女の姿が見当たらない」
 ブルーズの見解に頷いた天音はそう言えばと思い出す。
「サラマンダーの数が減ってきた。もし少女に用事があるならそろそろ姿を見せてもいい頃合いだよね」
 これが何かの実験ならばそのまま放置するはずがない。事態が落ち着いてきたら何かしらの動きがあるはずだ。



 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の女王の加護を身に纏いレビテートで宙に浮いたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は邪魔になるコートを脱ぎ捨てた。
 顕になる水着姿は周囲の真夏の温度と相まって熱気に煽られ、降り落ちる雨にほどよく濡れて、不思議な感じに出来上がっている。
「ラスボスも数が多けりゃ全然大したことないわね」
「その数が厄介なんじゃない、セレン」
 シュバルツヴァイスを構えたパートナーの強気な発言にセレアナは軽く肩を竦めた。
「でもさっさと終わらせれば同じ事よね?」
「そうね」
 ミラージュで自分の分身を創りだしたセレンフィリティにセレアナは準備はできていると頷いた。
「陽動お願い」
「任せて」
 安請け合いにウィンクも付け加えたセレンフィリティは空を蹴る。浮いたセレンフィリティにサラマンダー達がさざめき、警戒線を超えた大量のミラージュの幻影に、それぞれが火ブレスを噴く。
「ひ、日焼けしそう。日焼け通り越して丸焼きになりそう」
 ブレスを上手く躱しながらシュバルツヴァイスを持ち直したセレンフィリティは足元の火の海に生唾を飲み込んだ。水着姿の丸腰では、この炎一つとて触れない。
 ちらりと少女を見た。
 彼女との距離約百メートル。
 間にサラマンダーが数十数体。
 セレアナとアイコンタクトを取った。
 炎が立ちはだかるのなら、切り開くまでだ。
「行くよ!」
 サラマンダーのブレスよりも熱く、シュバルツヴァイスの銃口が火を噴いた。



「随分攻撃的だね」
 振りかかる火の粉を払ったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は頬を濡らす雨を拭った。
「それもあの少女の歌声が原因のようだ」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の言葉にエースの視線は自然と少女へと向けられる。サラマンダーの数は確実に減って少女との距離が縮むにつれて、その分凶暴性が増した気がする。
「まるで守っている様だね」
「守るだけなら微笑ましいことだと済むが、違うんだろう」
 誰ともわからない人間が緊急性があるとツァンダ家に連絡を入れたのだ。
「メシエ、もう少し近づけないかな?」
「どうするんだ?」
「眠らせようかなと思うんだけど」
 提案に、ふむ、とメシエは頷く。
「大元を断つのか」
「サラマンダーが彼女を守ってるなら賭けかもしれないけれどね」
「いや、歌で召喚されたなら歌が途絶えたら消える可能性の方が高いと見ていいだろう。それにこれだけ人数が揃っているんだ。何かあっても対処できる」
 残るは数体だ。凶暴化しても焦る必要はない。
「では、行くか」
 少女を中心にぐるぐると回り火を噴くサラマンダーに向かってメシエは吹き飛ばす勢いでブリザードを放った。
 サラマンダーが吹き飛んだ隙を見て駆け寄ったエースは少女の正面に回りこみ素早く彼女にヒプノスの眠りを吹きこむ。が、手応えがない。
「寝ない?」
「眠らせるのでございますか? わたくしお手伝いできます」
 サラマンダーが少なくなって近づけるようになった少女の元にベルが和深に守られながら駆け寄ってきた。エースの意図を察して名乗り上げる。
「眠らせるの? あたしも手伝えるわ」
「古代文字だらけだ。 ……眠らせるなら僕も歌える」
「流石に四人分なら寝るかな」
 エースとセレンフィリティが少女の前に移動し再度ヒプノスを試し、左右に立つ天音とベルが自分の胸に手を当てて、ヒュプノスの声で歌い出す。
 四重奏の眠りに誘われ、少女の虚ろな瞳は、ゆっくりと閉じられはじめた。
 完全に瞼が落ちると残っていたサラマンダー達は蝋燭の炎を吹き消されたように揺らめいて消える。
「消えたみたいね」
 セレンフィリティの安堵に頷こうとした天音の目の前に古代文字が浮かんだ。
「え、なに、なに」
「なんだこれ?」
 あちこちで増えていく古代文字にセレンフィリティと和深が戸惑いの声を上げる。
 ハーフフェアリーの少女を中心にして、古代文字が次々と空間に浮きだしてきたのだ。全てが同じ形で同じ並びをしている。
 どんどんと増えていく。しかも、増殖するような増え方で、とても気持ち悪い。
 そして、その古代文字は、
「『エラー』……」
天音が苦もなく読めるくらいは簡単な単語であった。
 エラー。
 エラー、の文字。
 エラー、の嵐。
 と、肌を埋め尽くすように取り巻いていた光る古代文字が少女から離れた。それは、光の帯となり少女の周りを一周すると鞭のようなしなやかさで契約者達をなぎ払った。
 光の帯に弾き飛ばされた契約者達の横をルシェードを抱えた破名が駆け抜ける。
「魔女ッ」
 魔女と面識のあるセレアナが声を上げた。
「ルシェードよ! って、何するのよッ」
 セレアナに抗議したルシェードは、少女の前に乱暴に投げ捨てられて、悲鳴の代わりに破名に向かって文句を叫ぶ。
「さっさと始めろッ」
 ルシェードに吐き捨てた破名はゆらゆらと触手の様に揺らめく光の帯を掴んで確かめるように見下ろした後、それを離した。ルシェードがその場に座り直すのを手助けする。
「こっちは再起動後、遠隔操作に切り替える。時間稼ぎが精々だからできるだけ早く頼む」
「頼むって全部暗号化されてるじゃないぃ。こんなの難しすぎて無理ぃ」
「生き物を作り変えるのは得意なんだろ。元に戻すだけだ、なんとか頼む」
「……何を、している?」
 突然の魔女の登場と、唐突な場面転換から逸早く我に返ったのは天音だった。少女と破名を中心に見たこともない古代魔術文字が幾重にも展開されて、さながら何かの制御室の様相を呈していた。口に出た疑問は驚きからだったのか、それとも好奇心からだったのか。
 問われて、破名はフードに隠れない口を笑みに歪める。
「もう少し雨量を増やせ。これからこの場は火の海に変わる」
 少女の目が再び開いた。開かれた目は先程の虚ろさは無く、代わりにただ真っ赤に光っていた。少女の瞳が開かれたことで彼女を取り巻く光の帯がどっと増える。
 村の中心に契約者たちが集ったのを確認して、破名は地面に片膝を落とした少女の肩に手を置いた。
「さぁ、歌え」
 悪魔に耳元で囁かれたディーバの歌声が再びサラマンダーを呼び寄せる。