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学生たちの休日10

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ヴァイシャリーのナターレ

 
 
「主もシスターもおらぬと、思いのほか静かじゃな」
 一人楽しく部屋の飾りつけをしながら、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)がつぶやきました。思いのほか大きく、その声が誰もいない部屋に響きます。
 今頃、秋月葵とフォン・ユンツト著『無名祭祀書』は空京でいろいろと買い出しを行っているはずです。
「やはり、クリスマスと言ったら、ツリーじゃからのう」
 部屋の中央に大きなツリーをでーんとおいて、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』はちょっと満足気です。
 秋月葵が用意してくれていたクリスマス飾りをつけてはいきますが、どうにも何かこうしっくりとしません。
「そういえば、シスターが通販で買った飾りがあったはずだが……」
 なんだか、届いたとたんに秋月葵に捨てられかけて、半分泣きながらフォン・ユンツト著『無名祭祀書』が隠したグッズを思い出して、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が部屋の中をごそごそと探し回りました。
「あったあった、これじゃな」
 年末最後に出す予定の不燃物のゴミと一緒においてあった段ボール箱を見つけだして、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が言いました。さっそく開けると、やはり、いろいろと意味深な飾りがぞろぞろと出てきます。
「こんなに禍々しくも可愛い物を、なぜ捨てようとするのかのう」
 だらーんと手足をぶらんと下げたちょっと湿っぽいインスマウスのサンタのような物の飾りをツリーの枝に結びつけながらフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が言いました。ぴらぴらとモールの足を広げたクトゥルーもあります。頭蓋骨型のボールをあちこちにぶら下げて、もやっとした明かりの点るLEDランプの繋がった紐をグルグルと巻きつけます。最後は、ツリーのトップに飾る星です。みごとに歪んだエルダーサインです。星形の中央には禍々しい目が描かれています。
「うむ、みごとなまでに禍々しい。このような飾りがあるとは、やはりクリスマスとは、邪神を讃える儀式であったのだな」
 なんだかもの凄く曲解していますが、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』としては凄く満足そうです。
 ひとしきりツリーをながめた後、炬燵でミカンを楽しみながら秋月葵の帰りを待ちます。みごとに飾られたツリーを見たときの、秋月葵の反応が楽しみです。
「プレゼントは何かのう。輝くトラペゾヘドロンだと嬉しいんだがのう」
 炬燵の上で丸くなっているクトゥグァとイタグァをなでなでしながら、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』はつぶやきました。
 
    ★    ★    ★
 
「ふぁーあ、よく寝たあ。もうこんな時間? アイったら、どこに行ったのかなあ。まあいいかあ。お人形さんはいつも通りだし」
 大きくのびをしてから、部屋の中を見回した双葉 朝霞(ふたば・あさか)が、部屋の隅に座ったまま動かない小芥子 空色(こけし・そらいろ)の方をチラリと見て言いました。もう一人の同居人、アイ・シャハル(あい・しゃはる)の姿はどこにもありません。また、機晶姫の工房を巡っているようです。
 完全なヒッキーと化した双葉朝霞の部屋の中は、混沌としたカオスです。クリスマスのパーティーとか、大晦日の大掃除とかいう言葉は、双葉朝霞には無縁の存在でした。
「ヒラニプラならともかく、ヴァイシャリーでそんなことをしても意味ないのに。さてさて、アイのことは放っておいて、巡回しよう」
 そう言うと、双葉朝霞は床の上に積もったゴミをかき分けて、マウスを探しだしました。
 パラミッターを開きっぱなしにしたまま、行きつけのサイトやブログをサーフィンしていきます。
 ネットの世界も、今日はどこもクリスマス・イブのようです。ジングルベルの音楽が流れてきたり、動画で雪が降っていたりします。相変わらずクリスマス終了のお知らせや、ブラックサンタの集会などの告知もありますが、ほとんどは可もなく不可もなくの聖夜です。
「ちょっと、お腹空いたけど、まあいいかあ」
 ポリポリと脇腹を掻きながら双葉朝霞がつぶやきました。
 男性が見たらガラガラと音をたてて幻想が崩れ去りそうな姿ですが、今、双葉朝霞を見ているのは、動かない、しゃべらない、何も感じない小芥子空色だけです。
 コアである機晶石に罅が入ってしまっている小芥子空色は、そのせいでほとんど動くことができません。機晶姫としては、壊れてしまっているのです。そのため、双葉朝霞は小芥子空色のことを、お人形さんと呼んでいるのでした。
「ああ、お人形さんは楽でいいわね。私もキミのようになれたら……な」
 そうつぶやくと、双葉朝霞はネットサーフィンを続けていきました。
 
    ★    ★    ★
 
「壊れた機晶姫を治す方法だって?」
 アイ・シャハルに訊ねられて、機晶姫のメンテナンス工房の職人は渋い顔をしました。
「あのね、活動を停止しちゃった機晶姫がいるの。死んじゃったって言われて売られてたんだけどね、本当は死んでないのっ。機晶石がね、ぼろっぼろなんだって。全然反応とかないの。でも、生きてるんだよ! ボク知ってるんだってば!」
 必死に、アイ・シャハルが訴えかけます。
「機晶石に罅が入っているだって。そりゃあ、無理だなあ。コアの修理に関しては、ヒラニプラの名だたる職人であっても、できるかどうか……」
 大昔の技術で作られた機晶姫は、そのコアの部分がブラックボックス化しています。それを修理できる者は恐ろしく数が限られていました。
「こことか、普通の工房でできるのは、消耗品のパーツ交換とかまでだ。まあ、シャンバラ大荒野のどこかに、機晶石交換の技術を持っているって言う吸血鬼の話もあるにはあったが、古い話だからなあ。今もまだいるのかどうか。ああ、そうだ、吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)ほどの者なら何か知っているかもしれないが、奴は気紛れで捕まらないからなあ。役にたたなくてごめんよ」
 職人は、すまなそうにアイ・シャハルに言いました。