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第4章 ヤドリギ除去・その1

「何かと思えばこんな騒動が……」
 イルミンスールとの合同授業のためにやってきていたレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、いつまでたっても授業が始まらない上に人も集まらない状況を不審に思い、人に尋ねて事情を知った。
 そして、テラスまでやってきてその光景を見、眉を顰めた。
「とんでもない混乱ですね。これではいつまでたっても授業が始められません。何とかしなくては」
 そうして、傍若無人なヤドリギを排除するべく、ブライトブレードドラゴンのフロイデに騎乗したのだった。

 レリウスの作戦は、フロイデの速度を生かした立ち回りで『逵龍丸【レーザーナギナタ】』を駆使し、上空からヤドリギの枝を片っ端から落としていき、その間にパートナーのハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)カルディナル・ロート(かるでぃなる・ろーと)がその根を見つけるというものである。
「これですね、その魔道書さんの……つーたん、さんは」
 世界樹の外皮の壁を這うように伝う蔦状の植物を見つけ、カルディナルはそっと指で触れた。……が、
「水気が少ないし、しなやかさがありません……寄生されたために相当弱っているのかもしれません……」
 懸念げに表情を曇らせた。
 キカミを助けるためなら、きっとつーたんも協力してくれるだろう、こちらの呼びかけに応えてくれるだろうとカルディナルは考えていたのだが、応えるだけの精力があるかどうかが危ぶまれる、という現状がここにきて分かった。花妖精だからこそ分かるものであった。
「難しそうか?」
 ハイラルに訊かれて、カルディナルは不安げな表情ながら、
「はい。でも……やってみます……つーたんさんから答えが得られなくても……ヤドリギの反応からも、確かめられることもあるでしょう……」
 そう請け負って、カルディナルはつーたんに視線を向けた。
(つーたんさん、あなたに寄生しているヤドリギの中で、吸収される魔力が濃くなっていく方向を教えて下さい……。きっとその方向に根っこが……)

「……というわけで、簡単ではなさそうだから、『根の特定』は長丁場になるかもしれん」
 カルディナルの護衛を受け持つハイラルは、上空のレリウスに連絡した。
「こちらはまだ大丈夫です。難しいかもしれませんが、頑張ってください」
 レリウスは槍を振るう手を止めず、淡々と応じる。決定打を出せる見込みがつくまでは、時間稼ぎに徹するしかない。すでにヤドリギはレリウスを敵として認識しており、種子マシンガンの容赦ない攻撃の標的とされているが、それをフロイデの速力で出来うる限り巧みに避けつつ、相対することから退かない。
「頑張りますが、レリウスさん、無茶しないでくださいね……」
 カルディナルも上空を見上げてその奮迅ぶりに呟く。無茶をするのはいつものことだが、種子を食らって頭に花が咲くと、体力が養分として吸われてしまう。そのことを察したハイラルが、
「レリウスは花咲いても似合うと思うけどッ?!」
 言葉尻を待たない勢いで光条兵器が飛んできた。
「ハイラル、余計な事言ってないで根を探して下さい!」
「うぉいっ!! マジで当てようとしただろお前!」
 間一髪で避けたハイラルだったが、次の瞬間、固まった。
「……マジかよ……避けた拍子に食らっちまった……」
 レリウスが相手をしているのとは違うヤドリギが、他からの攻撃に反撃して放った種子の「流れ弾」が、背中に当たったのを感じた。火薬も何もないただの種子なので、石粒ほどの痛みすらない。しかし、その効果はすぐに目に見えるものとなる。
「……何まじまじと見てんだよ、微妙な顔すんなよ」
 ハイラルがぼやき混じりに吐くと、カルディナルはその言葉通りの微妙な表情のまま、ハイラルの頭上から視線を逸らした。
「オラさっさと根っこ探すぞ!」
「えっと、はい…探しましょう……」

「やれやれ。…何ですかフロイデ。すでに花つけてるのに、とでも言いたいんですか?
 これは「髪留め」であって「花」飾りじゃありません。
 そんな事より……種を食らえばあなたにも花が咲くんですから、集中して下さい」
 ハイラル達の騒ぎを上から一瞥し、フロイデにそう話すと、レリウスは槍を握り直した。



 レリウスたちが相手にしていたのは、人の気持ちをネガティブにする波動を出すヤドリギである。
 ゆえに、レリウスの下には、死んだような表情で首を吊る枝を探す人たちが群がっていたが、レリウスらの働きでヤドリギの魔力幾らか削がれ、彼らを助け出す隙と余裕が出来た。
 そしてこの時、心を痛めて悩んでいたセレアナも、好機を掴んだとみて動いた。同じようになった人たちの中にいたセレンフィリティの周りから人が減り、その姿がはっきりと捕えられた。
「セレン!」
 【雷術】で彼女を打って気絶させ、動きを止めたところを【秘めたる可能性】で【サイコキネシス】を使い、その体を引き寄せた。
「よかった……!!」
 右往左往する人々の中で、セレアナはセレンフィリティを膝に抱いて堅く抱きしめた。絶対に離さない、と言わんばかりに。



「レリウス! 『根』はそこだ!!」
 つーたんに、呼びかけに答える力はなかったが、ヤドリギの魔力の流れを辿ってカルディナルが割り出したヤドリギの根。それをハイラルによって示され、
「――ここですね!」
 逵龍丸が、つーたんとヤドリギの接ぎ目を正確に斬り放った。



 かくして、一つ目のヤドリギが落ちた。



「あら……?」
 携帯電話が鳴ったのに気付き、セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)が通話ボタンを押したのは、彼女とアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)がテラスの傍を通りかかった時だった。カオスな騒乱に満ち溢れたテラスの様子は、まったく事情の分かっていないセリーナには何かのお祭りにでも見えたらしい。「クリスマスですものね〜、みんな楽しそう」と呑気に言っていたところだった。車椅子で移動してしているので、人の多いテラスには行こうという発想にはならないのが救いである。
「はい……あら、リースちゃん。えぇ、分かったわ」
 にこやかに答えると、セリーナは電話をアガレスに「はい」と差し出した。
「リースか? 吾輩に用だと?」
「えぇ。訊きたいことがあるみたい」
 アガレスは通話口に代わって出る。
「吾輩だが。……ふむ、ふむ、なるほど……。
 如何様にすれば、ヤドリギからキカミ殿の魔力が奪われ難くなるか、ということか……」
 リースから聞いた話を吟味して、考え込むように小さく唸るアガレスの隣で、セリーナはふと目を転じたテラスに、見覚えのある人影を見つけた。
 以前、とある事件で見た……
「鷹勢ちゃん? じゃないですか?」
 テラスで、しゃがみこんで白い山犬を撫でながら、少年――白颯を奪回してくれた北都と何か話をしているその人影に、セリーナは明るい声をかけていた。




「無事済んで良かったです……お疲れ様でした……」
 仕事を終えて上空から降りてきたレリウスの頭を見て、カルディナルは「…大丈夫ですか……?」と付け加えた。
「怪我はないですね、二人とも。……大丈夫です、最後の抵抗で食らってしまっただけですから。さほど体力の低下もありません」
「よかったです……今、抜きます……」
 とはいえ、紫のクレマチスはレリウスの銀髪に映えて、これが宿主の力を滋養に咲く魔力の花でなかったら、しばらくそのままにしておいても鑑賞に堪えそうなほどには美しい。そんなことを言われると男性として心外だと怒ると分かっているので、口にはしないが。
「俺は後でいいですから、先に……」
 その後を濁して、レリウスはハイラルに視線を送る。黙って、カルディナルもおずおずとそれに倣う。
「――何が言いたいんだよっ!}
「……いえ、別に……(とても、感想に困りますね…時季柄はあっているんですが…)」
「……(いっそ禍々しいですね)」
 大輪のポインセチアを咲かせた頭で憤慨するハイラルを前に、二人は二の句をつげずにいた。