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リアクション
第7章 ヤドリギ除去・その3
時間は少し遡る。
「イルミンスールのテラス、って……何で休日にわざわざこんなところまで」
成田 樹彦(なりた・たつひこ)は、休みの日だというのに自分を叩き起こしてここまで連れてきた仁科 姫月(にしな・ひめき)に訊いたが、姫月は答えない。
目の前のテラスには、ヤドリギの下に集う学生たち(だけでなく学外の人間もいるかもしれない)。
「姫月……」
当惑する樹彦の腕を引き、姫月は、一番近くにあったヤドリギの下へとずんずん進む。周りには、何やらいい感じで「二人だけの世界」に浸っているカップルがそこかしこにいる。姫月はそれにも目もくれない。
――自分たちにとっても、「二人だけの世界」が目前なのだ。
「いったい、何の為にこんな所に連れて来たんだ?」
ようやく足を止め、こちらを向いた姫月に問いかける。
答える言葉はなかった。――代わりに、姫月の唇が樹彦の口を塞いだ。
……はれて樹彦と恋人になってからの日々は、姫月にとって充実したものだった。
告白して、抱きしめられて、デートして……それ以上のことまで思い出して顔を赤らめていた休日。
だがふと気付いた――キスをしていない。
(あんなに、あ…あれやこれや、したのに……!?)
自分でも信じられないことだった。
そんな時、テレビでイルミンスールのクリスマス特設テラスの様子を見たのである。
ヤドリギの下にいる人にキスをできる、というクリスマスの慣習の説明と共に……
ちゅっ、と可愛らしい音を残して唇は離れ、つま先立ちして伸びあがっていた姫月の恥じらいの入り混じった顔が、少し遠退く。
「わ、私達まだ……してなかったから。ちょっとしたいって、思っただけなんだからっ」
恥ずかしさから一気にまくしたてる姫月を、樹彦はまだ驚きの去らない表情でじっと見つめる。
その顔がだんだん赤くなる。恥ずかしさと嬉しさが渦を巻き、混乱する、その奥から――湧き上がる、奇妙な衝動。
「! 兄貴!?」
赤面するさまがかわいい、などとぼんやり思っていた姫月が気付くより早く、樹彦の腕が姫月を抱きしめていた。そして、貪る様なキス。呆気に取られる姫月が、体験したこともない深い、強い口吻。
そんな彼らもまた、周囲から咎められることはない。ここには「二人だけの世界」が幾つも隣接している。
「しゃんたしゃんのご本、見つかったれす!」
イルミンスールの図書館で、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は目当ての絵本を抱えて嬉しそうに貸出カウンターから出てきた。
「そうか、よかったな、こた姉」
軍の仕事で不在の林田 樹(はやしだ・いつき)に代わり、「お守り」で付いてきている緒方 太壱(おがた・たいち)はこれで後は帰るだけとばかりに先に立って歩き出そうとした。が。
「あ、タイチ、貴男もここに来てたの?」
ばったりと顔を合わせたのはセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)だった。アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は一緒ではないらしい。
「ってツェツェ、お前も来てたんだイルミンに」
「その呼び方いい加減やめてよ。けど貴男が図書館なんて珍しいわね。わたしは頼まれものの文献を図書館に取りに来たの」
「へーえ」
「何よ。クリスマスも近いってのに、さえない顔してんのね」
「大きなお世話だ」
「たいのお友だちしゃん、れすかー?」
「え、あぁ……こた姉は初めてだったっけか」
なんだかんだ言いつつ並んで歩きながら太壱は、初対面のセシリアとコタローを互いに紹介した。
「初めまして♪ わたしはセシリアっていうの、タイチの友達ね」
「あい、よろしくなのれす」
「なんだ? あっち騒がしいな」
歩きながらいつしか3人は、テラスのすぐそばまで来ていた。
「そういえばヤドリギのキッシングボールが飾ってあるっていう話ね。だから人が多いのかしら」
「あ? キッシングボール? 何だそれ」
「知らないの? クリスマスのヤドリギの風習」
呆れたような口調で、やや鼻白む太壱に「ヤドリギの下に立っている者にはキスをしてもいい」という慣習を説明するセシリアだったが、
「……でもさ、アレ、何?」
途中で不審げに眉を顰めて、テラスの様子を見た。
「色ボケ連中がヤドリギの下で浮かれ狂ってる……にしちゃあ、やけに阿鼻叫喚だな」
「うるしゃいれすねー」
「どう考えてもおかしいわよね……行くわよタイチ!」
「……?! 何で俺まで引っ張られていくんだよ! こた姉! 助けてくれ〜っ!」
「う? …たいー?… う? う?(よくわかあないれすけろ、ついていくれす)」 ……
そして、そこにいた人々から話を聞いて事態解決に乗り出し、現在に至る。
太壱は自分たちに【イナンナの加護】をかけて『空飛ぶ箒ファルケ』で、上空から近付き、
「とにかく、ひとまずこいつがなくなればいいんだろっ!!」
【凍てつく炎】等で、魔法攻撃を片っ端から仕掛けていた。
当然、種子マシンガンの反撃を喰らいまくるが、被弾自体のダメージはないに等しいし、奪われた体力は【命のうねり】で回復しながらガンガン攻撃を続けるという、豪快な戦法である。
「あっはははははは、花生えてる〜、似っ合うじゃな〜い!」
下にいたセシリアが、太壱の頭の上に何本も咲いたミニヒマワリを見て大笑いしている。
「るっせぇ! 見てないでそっちも攻撃しろよ!!」
「するわよ、今! ……どう? コタローちゃん、分かりそう?」
コタローは『シャンバラ電気のノートパソコン』や『タブレット型端末KANNA』で、ヤドリギ打倒に有効そうな情報収集を試みているが、相手は魔力で突然変異したも同然のヤドリギである。一般的なヤドリギの知識は出てくるものの、なかなか有用な情報に行き当たらない。
「難しい、か……。これはとにかく、上から弱点を探してみた方がいいかもね。上空なら変な魔力の影響も受けなさそうだし」
呟いてセシリアは、『小型飛空挺アルバトロス』に乗り込む。
「何か分かったら教えてね、コタローちゃん!」
「あいれすぅ」
そしてセシリアも、上空の対ヤドリギ戦線に舞い上がった。
――この時、残り1つになったヤドリギは、今まで3等分されていた養分を独占することでこれまでになく強化されていたのであるが、3人はそれを知らない。
もちろん、キカミはこの時も、契約者たちの励ましと指導を受けながら、最後の1個のヤドリギの暴走を抑えるべく奮闘していた。
アルツールの杖でスキル封じを行い、エネルギー循環が完全にヤドリギを締め出した閉鎖状態になった中で、皆の協力によって摂取したエネルギーをつーたんに満たし入れる。
「目覚めてつーたん……ヤドリギと戦おう!」
ヤドリギの下では、姫月と樹彦が抱擁を繰り返していた。突然の強烈な口づけに驚き呆然とした姫月の表情が恍惚となり、その体から力が抜け、崩れ落ちそうになる。それを支えて、樹彦は更にキスを続ける。その身の奥には、奇妙な、獣性の衝動が滾っていた。
やがて、絡まり合う二つの体が大きく揺れ、他のカップルたちと急に密接して……ほとんどぐちゃぐちゃに、すし詰め状態になってもまだやめない。姫月たちもだが、団子状態になった他のカップルたちもだ。それほどに、強力化したヤドリギの魔力は、下に立つ者たちの色情を煽り、平静な判断力を散らしているのである。
団子状態に密接して絡まり合っている理由は、小型飛空艇で上空のヤドリギの攻撃範囲外から網を垂らし、一気に下にいる人間を被害者たちを掻っ攫って範囲外まで助け出すという『底引き網救出作戦』をキリトが展開したからであった。
おかしな言葉だが、被害者たちは『一網打尽に救助された』。
「やれやれ……そこまでしていちゃつきたいもんですかねぇ」
網の中でもくんずほぐれつのリア充たちを見下ろし、小型飛空艇のキリトは脱力した表情で溜息をついた。
一瞬、ヤドリギの攻撃の力は弱まった。
つーたんによってセーブされた力を、無理矢理絞り出そうというかのように、つーたんとヤドリギとの接ぎ目――根の辺りに力がこもる。
それは大きく動いたわけでもなく、強烈な光か何かが発されたわけでもなかったが、力の動きとして、契約者たちの目に留まる何かが宿っていた。
「う! そこ、れすぅぅぅ!」
一時パソコンから目を離して上を仰ぎ見ていた、コタローもまたそれを目に止めた。ただちに【光学迷彩】で隠れながら『空飛ぶ箒ミラン』で上空に舞い上がる。
「こたの、かくとーかの力、見せる時なのれす! あちょー!」
だが、すぐに力を取り戻したヤドリギが、種子マシンガンを放つ。
「! にゃんか、頭に、おじゃまなの、あるれす〜!」
じたばたするコタローだが、後れを取ったのは一瞬だけだった。すぐに飛んできた第2陣は【殺気看破】で避け、見つけた根の付近を【等活地獄】で攻撃し始める。
「とにかく、やるれす〜〜〜!!」
頭にオオバコ(俗称「カエルっ葉」)を咲かせつつ、大奮闘。
「コタローちゃん、大丈夫!?」
そんなコタローに【命のうねり】をかけつつ、セシリアも、【火術】と燃え広がり防止の【氷術】の併用で、ヤドリギのみを燃やそうとしているが、ヤドリギに巧みに避けられて上手くいかない。
火術の精力を上げたいところだが、それではヤドリギ以外にも火が移る。短気なセシリアのストレスがうなぎ上りにに積もっていく。
「あーもう……ちょっとくらいまわりの人に影響出ても構わないわよね……年末年始も教員は色々と仕事があるのよ……休みだと思ったら大間違いなんだから! のんびりしている奴らには天罰喰らわせてやるんだから! やってらんないわよ!! コペンギンハーゲン、あんた逝って来なさいっ!」
癇癪を起こして『DSペンギン』を投げつけた瞬間、身を乗り出したところを種子マシンガンを喰らうというタイミングの悪さ。
「ツェツェ……何だその頭に生えたの? お前らしー!」
さっきのお返しとばかりに太壱に爆笑され、ますますカッとなったセシリアは、
「あったま来たっ!! 引っこ抜いてやるっ! 」
ドクダミの咲いた頭を憤然と振り上げ、直に引っこ抜こうという気で無理矢理接近し始める。さすがの太壱も、これには笑いを止めた。
「よせっ! 無茶すんじゃねえよ!!」
箒でヤドリギと飛空艇の間に割って入り、背中にセシリアを庇う。
「タイチ……」
「たいー、つぇちーしゃん、ぺんぎんしゃんがねっこは咥えれうれす〜!」
コタローの声にハッとして二人が見ると、セシリアが放ったDSペンギンが、ヤドリギの根を咥えてぶら下がっていた。落ちそうになった己を支えようと咄嗟にそこに嘴で食らいついたらしい。それがいわばホースを途中で止めるピンチの働きをし、ヤドリギは魔力供給を絶たれてブランとぶら下がっている。
「……怪我の功名……?」
特殊施設の最奥の部屋で、『灰の司書』は保護されていた。焚書された魔道書の灰による体を持ち、その灰から元の書を復元するためだけに生きている司書は、以前の事件以来、めっきり生命力も魔力も低下し、えりざねーと曰く「いつナラカへ向かってもおかしくない」状態であるという。
「その時が来たら……そっと見送ってあげるつもりだよ」
ガラス越しに見える司書の紹介を鷹勢にして、パレットはそんな言葉で結んだ。
鷹勢は何と言っていいか分からない様子で俯く。二人の間で、白颯は大人しく座っている。
「そういえば、白颯がお世話になったんだってね。そのお礼も言おうと…」
「俺たちは何もしてないよ。契約者たちが皆、助けてくれたんだ」
パレットはあっさり言って、そのくりくり丸い眼で、鷹勢をじっと見る。
その視線を受け、鷹勢は背を但して一瞬、パレットを見つめ返すと、
「あの時の事件……君たち魔道書にも大きな迷惑をかけてって聞いてるよ。
そのつもりはなかったけど、結局僕は、君らに騒ぎをもたらした人間たちの使いになってしまっていた。本当に……悪かったと思ってる」
深々と頭を下げた。
パレットはしばし唖然としたが、困ったように頬を掻きながら言った。
「いいよ、そんなこと。結果的にはみんないい方向に向かってるし、過去には会えなかった親切な人たちに巡り合えたこと、俺たちは幸運だったと思ってるよ。
それよりもあんたの方が……辛い思いをしたんだろ」
鷹勢は顔を上げ、パレットは見た。パレットはうっすらと慈しみ深げな笑みを湛えて鷹勢を見ていた。
動きを止めた最後のヤドリギは、太壱とセシリアの魔法で徹底的に氷漬けにされ(作業が終わるまで魔力止めのために根っこを咥えさせられていたDSペンギンの被害は推して知るべし)、被害が完全に止んだヤドリギの上空で、タイチとセシリア、それにコタローはまだ浮かんでいた。
「はぁ、なんかつっかれた〜♪ タイチのおごりで何か食べよ!」
「……なぁ、ツェツェ」
「何? 似合いもしない神妙な顔しちゃって」
「このボールの下にいる奴にはキスして良いんだってな」
「キッシングボール? そうよ」
「……じゃあ、このボールの上にいる奴にはしても良いのか?」
「…え?」
箒が、飛空艇に近付く。
「たいー? ……ヤドリギとあないんれすかー?」
「……こた姉には早ぇよ、ちっとこうしててくれ」
「う!?」
目隠しされたコタローがじたばたしている間に、ミニヒマワリとドクダミが、揺れた。
やがて、最後のヤドリギも落とされた。
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