薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

平安屋敷の青い目

リアクション公開中!

平安屋敷の青い目

リアクション



18時05分:ドラックストア

 何時からここに隠れていたのだろうか。
 そんな事はマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)自身も忘れてしまっていた。
 パートナーのテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)と一緒に買い物に行って、
「ドーナツ屋でお茶でもしましょうか?」
 と上機嫌でいた時に、それは起こった。
 あとは大体マリカ自身にも悲しいかな想像がついたパターンだったのだが、
 テレサは身動きの取れなくなったマリカを庇い怨霊に魅入られ、そして彼女を恐ろしい勢いで追いかけて来たのである。

「うう……二度目……」
 今マリカは、男子便所に居た。
 怨霊に魅入られてゾンビのように唸り続けるテレサに追いかけられ、(テレサは走るタイプのゾンビだったらしい)
 来た道を引き返してドラックストアに突っ込み、
 誰にも知られぬ間にここに逃げ込んだのだ。
(女子トイレじゃ見つかるから、男子トイレ……
 それじゃひねりがないからすぐ見つかるかも。
 男子試着室ならテレサは入って来ない!!)

 勿論ドラックストアには男子試着室は無いので、彼女が渋々逃げ込んだのは男子トイレだったのだが、
 運のいい事に、ドラックストア自体に闇のものたちは侵入出来なかったためマリカは今迄無事にやり過ごす事が出来たのだ。
(皆焦ってるから、こんなところまであんまり気にしないのね。
 誰もチェックしにこなかったし。
 でもトイレに隠れてるってちょっとやな気分だな……)
 マリカがそう思うのも無理は無い。
 いくらこんな事件が起こっても生理現象は生理現象。
 たまにトイレに「使う人」が入ってくる事もあったからだ。

 女らしさを!
 と常日頃からテレサに求められていたようなマリカだが、流石に男のトイレで、
 ああ今入った人用を足しているであろうなというのを考えて居るのはキツいものがある。
「ちょっとだけ、外を覗いてもいいかな〜?」
 そう思って扉に手をかけ、そろりそろりと開いて数センチ。


 バタン!!
 と逆に扉が開いて、少し前の誰かの様に倒れそうになったマリカは、前に居た者に支えられて仰天した。

 赤いザンバラ髪のシルエット。

「きゃああああああああああああああおにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
 と悲鳴を上げそうになったところだが、その口を塞がれ、マリカはモゴモゴしながら恐る恐るその人物を見上げた。
「キロス……さん?」
 そう、マリカの前に立っていたのは、彼女が気になっている彼、キロスだったのだ。
 疲れと安堵と、妙なテンションがどっと溢れて、マリカはキロスの逞しい腹筋に自覚の無いまま両腕でダイブしていた。
「キロスさん、怖かったよ〜」
 頭をぐりぐりと押し付けてべそをかいて一通り。
「はっ!! ごめんなさい!!」
 我に帰って離れた瞬間に、キロスの横にもう一人立っている事に気がついた。
「あ。あなたキロスさんのパートナーの……

 夏來 香菜さん」
 口を開いたままのマリカに、香菜は微笑んで近付いて行く。
 距離を縮めながら、青い炎のように燃える目を見開いて。

「大丈夫。もう大丈夫よ。
 私達と一緒に行けば何も怖がる事はないの。

 さあ、こんなところ燃やしちゃいましょ。
 そしたらもう全部が無くなるんだから」





「きゃああああ!!」
 突然消えた店内の照明に、二階から悲鳴が上がる。
「皆さん、今調べるから冷静に行動を――」
 京子の声は悲鳴にかき消され、皆の元へ届かない。
 大混乱の中、一階への道をバリケードを無理矢理にはがそうと人々がその場へ密集していた。
 このままではバリケードは破壊されてしまう。
 下へ降りれば、セレンフィリティ達が助けてはくれるだろうが、
万が一餓鬼や怨霊が店内に入って来たとして、この混乱の中から人々を守りきれるだろうか。
(真くん……!)
 心に過るパートナーの姿に、京子は息を飲み込んでいた。
「落ち着いて、開けては駄目!!」
 京子が止めようとバリケードへ駆け寄ったときだった。
 ふいに視界の端に、何か光りが入ってくる。
「あれは……火?」
 


「うううぅ……ああぁ」
 よれた身体で冷たいリノリウムに座り込んだまま、マリカは朦々と上がって行く煙と炎の明かりを見つめていた。
(明るい。綺麗。これなら平気)
「うへへ」
 だらしない唇から笑いが漏れと、目の前に誰かが立っているのに彼女は気がつく。
 立ちこめる煙の中に進んでくるのは、あれ程恐れ逃げ回っていた相手パートナー、テレサの姿だった。
(テレサだ。でも平気。だってキロスさんと香菜さんの言う通りにしたら、
怖い事なんて何も無いんだもん)
 赤子が親にそうするように、マリカはテレサへ両腕を伸ばす。

 彼女の周囲で、入り口のバリケードになっていたスパークル福豆が、燃え上がっていた。