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リアクション
16時00分:住宅街
「ありがとう、すっごく楽になったわ!」
「いいえ」
いかにも執事然とした控えめな笑みを浮かべて、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が頭を下げる。
彼に治療された足でぴょんぴょんと飛びながら歩くジゼルを後ろから見守りつつ、エース・ラグランツは隣で憮然とする男に声をかけた。
「悪かったよ、からかって」
「悪かったと思う様な事は先に辞めとけ」
くっくっと笑うエースの元に、ジゼルが戻って来た。
今四人は、背の低い彼女に歩調を合わせて、散歩のように目的地へ向けてぞろぞろと進んでいた。
小雨が降り続けたままなので、通りは餓鬼や怨霊どころか人っ子一人おらず驚く程に静かだ。
「ねぇエース。
私今日トリュフ作ったの。良かったら後で渡しに行きたいんだけど、いいかしら?」
「それは素敵だな」
「本当はね、お酒の入っているの作りたかったんだけど、味見出来ないから」
「それじゃあそれは数年後の楽しみにとっておこうかな?」
「えへへー。じゃあそれまで沢山作って上手になっておかなきゃ」
自分の足で進める事に機嫌良くしているジゼルが先に進んだのを見て、真面目な顔でアレクへ向き直る。
「誤解の無い様に言っておくと、俺は彼女に取って――
どうかな、ジゼル」
「お兄様……だったらいいなぁって思うの」
もじもじ体を動かしながらにへらと笑うジゼルに、
「だそうです」とエースは頷く。
割って入るエオリアは極めて冷静に突っ込んだ。
「しかしエース、アレクさんはジゼルさんを妹のように思っているのですから、
その方が余計に都合が悪いのでは?」
「何処から聞いてたんだよ……」
両手で頭を抱えて座り込むアレクにエースはとうとう腹を抱えて笑い出した。
と、そこでふと頭に感じる冷たいものが消えている事に気づく。
「そろそろ楽しい時間も終わりみたいだな」
エースが正面を見据えると、その後ろにエオリアが影の様に控えた。
早速と言ってもいいタイミングで、怨霊と魅入られた者どもが何処からか姿を表した。
「雨の間、隠れていたようですね」
「成る可く温和な方向で解決出来ればと思うよ」
エースの両手はポケットにひっかかったままだ。
ただ、彼の力の影響で周囲の風景は様変わりして行った。
壁に這うアイヴィーが、まるで意思のある何かの様にズルズルと地面まで這ってゆく。
「君たちの力を貸しおくれ」
エースの声に呼応して、現れた者どもを次々と拘束していく。
身体中に巻き付くそれを千切り破ろうと暴れる者に向かって、走って来たエオリアが拳の連打を入れた。
事は上手く運んでいるのだが、それでも気を失った者を見ながら、エースは少々不満そうに執事に訴えるのだ。
「暴力に訴える事は非紳士的行為だよ、エオリア」と。
「手加減はしたつもりですよ」
「だったら私が眠らせるわ」
「平和的だね、絵的にも」
ジゼルとエースの拘束と催眠の連携を背に、アレクが面倒そうに立ち上がる。
「俺は自重しない」
空間を割って大津波が怨霊を襲う。エオリアはそれに追従し、吹雪を起こした。
波の形で凍り付いた中に閉じ込められた怨霊が霧消していった。
「すぐに片付きましたね。
また現れるでしょうが」
エオリアの言葉に次いで、エースは口を開いた。
「根本から探らないとならないかもね」
「どうやって?」
「彼らに聞くのさ」
エースが指をさすのは、地面に這っていたアイヴィーだ。
はてなと首をひねるジゼルに、続けてやる。
「植物達もこういう生気の乏しい陰惨な雰囲気は嫌いだからね。
手を貸してくれると思うよ。
さて君たち。
こうなった原因を、教えてくれるかな?」
エースの質問に、アイヴィーが地面をもの凄い這って行く。”原因”が向こうに有ると言う事だろう。しかし――、
「ドラックストアと反対方向ね」
「仕方ないね。俺達はこっちから攻めて見るよ」
「そうですね。ジゼルさんとアレクさんは先に安全なところへ」
「原因が分かったら、また後で」
「y peдy
行こうジゼル」
「ああ、うん」
離れて行く友人達の背中を見て離れがたそうにするジゼルは一歩も動こうとしない。
エースとエオリアの姿はもう見えないというのに、その場に固まったままだ。
「ジゼル、二人はきっと平気だ」
困り果てたアレクが足を止めると、ジゼルは二人の消えた方向を見つめたまま震えていた。
「うん。そう思う、思いたい。
けど、行っちゃ駄目な気がするの、きっと……何か………………」
同時刻:大通り
「ほれほれ、瀬島も美緒さんもまずは落ち着いて、これどうぞー」
「まあ、御丁寧にありがとうございます」
東條 カガチにスープをサーブされ、
先ほどここへやってきたばかりの泉 美緒(いずみ・みお)とカウンターの隣同士に座り、瀬島 壮太は頭を抱えた。
「なんだこれ」
「何って、ベーコンと野菜スープ」
「なんだか不思議な香りのベーコンですわね。
これはポークですの?」
「ん? えへへいわせんなはずかしい」
「そうじゃなくて!!」
勢い立ち上がった壮太を、隣に座っていた美緒が不思議な顔で見上げてくる。
「なんでこの屋台はあんまその……」
「怨霊がこないか、ですか?」
冷静な瞳で答える美緒に、壮太は勢いを無くして座り込んだ。
「お、おう。変だろ。
こんな空気穴が空いたみたいに奴らが寄って来ないなんて」
美緒は薄い笑顔を浮かべたまま口元に指を当てて少し考える様な仕草をする。
「これはわたくしの勘違いかもしれませんけれど、
カガチ様。
このお店、何か特定の場所のお水を使っていらっしゃるのではありません?」
美緒の指摘に、カガチがギクッと肩を震わせる。
後ろ暗い何かがある証拠だ。
「ああ!?」
追求するような壮太の目に、先に答えたのは東條 葵のほうだった。
「空京中央公園の水飲み場のだ。
勝手に汲んで来てるんだよ」
「げ! お前!!」「そのお陰ですわねきっと」
またも立ち上がって抗議しようとする壮太だが、美緒が話し始めたのでやっぱり静かに座る。
「以前、あのような餓鬼や怨霊が現れた事件の時に、
わたくしは彼らの首領であった女性の鬼に体を乗っ取られましたの。
その辺りはカガチ様も良くご存知ですわね」
「応よ。ありゃぁ災難だったな」
「ふふ。でもカガチ様や皆様が助けて下さったお陰でわたくしこうして元気で居られるんですのよ。
あら、話しが逸れてしまいそうですわね。
……そう、あの事件が終わったあと、あの絵巻は不思議といずこかへ消えてしまいましたの。
けれどカガチ様達が使った宝物、刀と鏡はそのままお二人の手元に残っていた。
そこでわたくしは陰陽師様達の協力を頂いて、
ここ、空京近くのとある沼にあの鬼の魂を鎮める儀式を致しましたわ」
「じゃあその沼をさらってその武器ってやつを拾えば!」
「まあ、底なし沼の中ですわよ」
立ち上がった壮太が再び座らされると、美緒は続けた。
「あの沼が何処に繋がっているか、実は詳しく分かっていないようですの。
けれども陰陽師様の言う事には、沼は空京の土地神の管理にある。即ち空京の水と繋がりこの土地を清浄なものに……
と、この辺りでわたくし少し難しくて忘れてしまいましたわ」
「忘れたのかよ!」
「ふふ、でもきっとそう言う事ですわ」
「つまりこの土地の水はあのあいつらの天敵の宝物の影響を受けているから、
イコールであいつらの天敵になってるという訳か」
「壮太ちゃんと一緒に居たドラックストアも、周囲に雨を振らせたら怨霊が消えてたわね」
葵の言葉をフリーダ・フォーゲルクロウが繋ぐと、美緒が頷いた。
「きっとこの土地で生み出される水もまた然り。なのでしょう」
「不思議な偶然もあるものなんだねぃ」
「いいえ、きっとこれは必然です。
あの鬼達がこの清浄な水に守られた土地に現れたのも、その場所にわたくしがこうして居たのも」
美緒は静かにスープの皿をカウンターに置くと、立ち上がって何処か真っ直ぐな目を向けた。
まるで行くべき場所が分かっているかのように。
「さあ、参りましょう。
わたくし達を必要としている方が居るはずですわ」
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