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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

リアクション

「スプリンクラーは!?」
「電気系統が変なんだ!
 誰かが故意に弄ったとしか」
「早く外に出て! 皆、中に居ては危険です!!」
 誰かの声に導かれて、二階から雪崩の様に買い物客達が降りてくる。
 怒号と、客達を守るセレアナが撃つスナイパーライフルの銃声の中、セレンフィリティは目を閉じた。
 一層の暗闇は、恐怖を掻き立てる。
 けれども彼女を後押ししたのは、セレアナの言葉だった。

「ここに居る人は安全よ」

(そうよ。それなのにこんな風になったのは、原因がある。
 大丈夫、落ち着いて空間を把握するのよ)
 頭の中に溢れてくる情報を整理して、セレンフィリティは目を見開いた。
 知らない人間。紛れ込んだ異物。
 
「夏來 香菜!
 ここには居なかったはず!!」

 店の外へ飛び出して行く人々の波に紛れて、香菜は隣を歩く自我を失ったキロスへ微笑んだ。

「あれね、邪魔だったの。
 ぶつけられると困ってしまうわ。
 だからあのこに頼んだの、中に入って、火をつけてくれる様に」



 真っ先に口火を切ったのは葵だった。
 氷を香菜に向けて放ち、動きを止めようとするが、彼女の前に壁の様に餓鬼の群れが現れそこまで届かない。
 勢いそのままに群れへ飛び込んで行くが、相手にしているのは異常な数の群れだ。
(ええいこの姿のままではパワー不足だ。
 仕方ない)
 肉体としての限界にさっさと諦めをつけ、力の覚醒を促す。
「カガチ、今だけでいい。援護」
 葵がわざわざ頼まずとも、カガチはすでに遠い位置から和弓を放っている。
 それは正確無比なスナイパーのように、葵を中心にして空間を作っていた。
(ああ、面倒だな)
 仕方ない事とはいえ、いまいち納得出来ない感情を感じながら、葵は溢れてくる力の波と、身体の変化の為の痛みに目を閉じた。

 赤黒く肥大化し歪む体躯。
 白銀の髪。
 葵が鬼神力によって変わった姿を、餓鬼の前へ見せつけた。
 どれもこれも「量産型」の餓鬼とは違う迫力で、餓鬼達は本能的な恐れから、後退って行く。


「全く、お前らみたいな半端者のせいで今度は何日寝込むんだろうね?」
 感情を見せない低い声に怒りを隠し暴れ回る相棒の鬼を遠くに見て、カガチは新たな矢を番えた。



 餓鬼の群れを前に、みのりは苦々しく唇を噛む。
 闇がある限り、新たな餓鬼の誕生は止められない。
 葵や、リース達が「せき止めて」は居るものの、これでは終わりが来ないのも確かだった。
「だめ……これじゃ……問題は……」
 みのりが懸命に紡いでいる言葉に、パートナー達が反応していた。
「任せてみのり。
 青い目の鬼の弱点――絵巻はあなたが。
 私達はそれまで意識を向けるわ」
「了解、俺達のやる事はただ一つ……だろ?」
 己の槍と剣を手にこちらを向くアルマーとグレンに、みのりは首を振る。
 パートナーたちのことは信頼しているが、心配なのだ。
 けれどもアルマーはそんなみのりの心を汲んで、優しい微笑みを残して行った。 
「大丈夫よ。私達はそこまで弱くないんだから」



「豆を持っている人はこっちへ!
 お客さんを守ろう!」
 コハクが先陣を切って、一般客の前にたち、残っていた豆を近付く者どもへぶつけていく。
 ひるんでいるものも居るが、それでも数は足りていなかった。
「操られてる人から優先に、怨霊は――」
 隣をみやると、リースが地面に片膝をついて頷く。
「ま、任せて下さい!」
 氷の波が地面を進み、怨霊達に突き刺さっていく。
 普段なら喜んで礼の一言でも伝えたいところだが、今は仲間の一挙一動に気を取られている時間はなかった。

「うううぅぅ」
 隙をついて現れた怨霊に魅入られたものに気づいて、コハクは豆のパッケージに手を突っ込んだ。
(若い女の子――多分地球人。なら20あれば!)
 一気に豆を手に溢れさせそのまま彼女に投げつける。
 顔面に豆の玉の洗礼を浴びながら叫ぶ彼女――マリカだったが、瞬間目を閉じると、その場に倒れ込んだ。
「ここ、どこ……あれ?」
「大丈夫だよ、今皆で――」
 身体を支えてやる美羽が話す途中で、マリカはまたたびの絶叫を上げた。
 テレサと一匹の怨霊が目の前にきている。
「きゃーきゃーきゃー!!!
 いやああああああああああああああ」
(投げるもの、投げるもの!)
 ポケットを弄り、何を掴んだか分からないままにテレサ達へ向かって投げつけた
 入れ物は蓋が外れ、中身がどばっと地面を濡らす。
 それはマリカが使っているエステ用ローションだった。
 普通ならば戦いの中で何の役にも立たなさそうなローション。だが、今は違っていた。
 悲鳴の様な声をあげて、怨霊が消えて行く。
「ナイス!」
 相手が怯んだ美羽とコハクがテレサへ豆をぶつけている。
 飛び交う豆の中で、マリカは落ちていたボトルの背中を読んだ。
「品名:エステ用ローション。現材料名:水、ヒマシ油、香料――

 原産地:空京
 空京化粧品株式会社…………」



「ここ、皆ここに集まって!」
 パートナーの弥狐の声に、買い物客達が集まっているのを確認して、沙夢は周囲を丸く囲む様に走って行く。
 彼女の走る後から、氷の軌跡が描かれて行った。
「これで平気だよ!」
 弥狐はまるで自分がやったかのように誇らしく、えへんと鼻を鳴らしていた。
(弥狐ったら)
 照れくさく鼻をかいて、沙夢は頭を切り替える。
(でも私が持っているもので有効な対抗手段と言ったら今はこのくらい
 ……これじゃ壁が足りないわ、手遅れに成る前に早く何処かに皆を隠さなきゃ……)
 何か使えるものはないだろうか。
 そう思って沙夢は周囲を見回し、そして息を飲み込んだ。

 集団の中から外れている子供が居る。

(いけない!)
「沙夢、どうした、の――?」
 弥狐が沙夢へ振り返ったときにはもうすでに遅かった。
 子供の一人を守って、餓鬼の爪の餌食になり、パートナーが目の前を吹き飛ばされていく。
 ”絶対に助からない”のが、そのたった一瞬だけではっきりと分かった。
「……沙夢……」
 ショックで何をしたらいいのか、叫びたいのか、駆け寄りたいのか。
 考えて、考えて、弥狐は目の前に見た気がした。
 いつも皆をサポートし、戦って来た沙夢の姿を。
 人を助ける為に、全力だった彼女の姿を。
 弥狐は自らの頬を両手ではたいて、気持ちを入れ替えた。

「距離を取りたいんだ、
 出来る事は全力でやるから、皆も手伝って!!」



 友人を守ろうと東雲の前に立つジゼルは、突然の両腕を抱きしめる様に感覚を押さえ込んだ。
「ジゼルさん? どうしたの?」
「分からない、でも……何か……大事な事を見落としてるような気が……」
「見落とす?」
 そう言われて、ジゼルから視線を移した東雲はあるものに目を留める。
 地面に近くなってしまった彼だから気がついた。
 コンクリートの地面に不自然に、這った緑の蔦を。
「アイヴィー……
 エースだわ!」
 緑の蔦は道の様に彼女を導いていた。
「原因が見つかったのね……きっと絵巻があっちに!」
「ジゼルさん!」
 走り出すジゼルを、雫澄とアレクが追いかけた。
(ジゼルさん、何か見つけたんだ。
 守らなくちゃ!)
 意思を波動に変えて纏わせる雫澄へ、アレクが振りからずに口を開く。 
「右へ回れ」
「え?」
「俺は右が見えてない。右へ行け!」
 返事は必要ない。
 雫澄は言われるがままにジゼルの右へ走り、襲い来る餓鬼の爪を波動で弾いて行った。
「エース、エオリア、何処!?」
 餓鬼の群れの中を、蔦を追って行く。
 黒々とした視界の中で、緑に守られるように白いものが見えた。
 手が、絵巻を握っている。
「エース!!」
 安堵の喜びを満面に浮かべて、駆け寄ったジゼルは何かにぶつかるように身体を止めた。
「……腕が……」

 腕の先が見えない。

「やだ」









 反射的にそれの「ヤバさ」を感じて、アレクは氷の防壁を張り巡らせていた。
 海よりも青い光りの中、
 音なのか、声なのかも分からないそれが周囲一帯を包んで、切り裂いた。