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●して、せんせぇ

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5時限目 いのちの授業

「それじゃあ今から、被服の授業を始めます。私は……先程自己紹介しましたね、歌菜です」
「そして俺は月崎 羽純(つきざき・はすみ)。歌菜の夫だ」
「あい、よろしゅうお願いします」
 バニーは歌菜と羽純に頭を下げる。
 そんなバニーに羽純は声をかけた。
「バニーは、『この大陸を消滅させる前に、ここがどれだけ価値のあるものか、自分に教えろ』と、言ったらしいな」
「あい」
「つまりは教えられないと分からない訳だ」
「あい」
「羽純くん……」
 羽純の、どこか辛辣な言葉に歌菜は思わずたしなめようとする。が、思いとどまる。
 彼は、きっと何かの意図があってそんな厳しい表現をしているのだと信じてるから。
 事実、羽純のバニーを見る目は優しかった。
「自分で見つける事が出来ないというのは、俺は悲しいと思う」
「そうどすか」
「自分だけのもの、見つかるといいな」
「そうどすか」
 羽純の言葉に、どこか他人事のようにバニーは答える。
「さあ、まずは課外授業に行きましょう!」
「あい」
 あえて元気の良い声を出し、歌菜はバニーの手を取って走り出した。
 目的は、ショッピング。

 歌菜はバニーを連れて店を巡る。
 着物にチャイナにメイド服、果てはウェディングドレスまで、試着に試着を重ねる。
「長い黒髪が素敵ですから、着物がとってもお似合いですね」
「そうどすか」
「ね、綺麗なお洋服を着ると、とてもワクワクしませんか?」
「そうどすか」
 弾む歌菜の声に対し、バニーの声はやはりどこか他人事のようだった。
 むしろ、どこか戸惑っているようにも見えた。
 歌菜の言う、わくわくした気持ち。
 それが、理解できないのだろうか。
 バニーの困惑を察知したのか、歌菜は衣服の説明方法を変更してみる。
「衣服、靴、手袋は着飾るだけじゃなくって、色々な機能もあるんですよ。体温調節に、肉体の保護、紫外線、赤外線や乾燥への対応などなど」
「そうどすか」
 同じ言葉だが、今度は、ほんの少しだけ手応えのある返事だった。

「社会見学が終わったら実習です」
 教室に戻った歌菜は、型紙を広げた。
 バニーと一緒に、エプロンを作るのだ。
 布を裁断、ミシンと手縫いで縫い合わせ……
「楽しいけど、なかなか大変だよね」
「そうどすか?」
「破壊は簡単です。でも、創造はとても大変なのです。意味もなく壊すなんて……え?」
 バニーの疑問形混じりの声に、歌菜は彼女の方を見る。
 そして絶句した。
 そこには、物凄い早さでエプロンを大量生産するバニーがいた。

   ◇◇◇

「あたしがあんたにする授業、それは人権についてよ」
 バニーの前に、藤林 エリスが立つ。
「一人一人の存在と可能性を大切にする社会を形成するために、自分で意思決定し行動できる人間を目ざすのが人権教育よ」
「そうどすか」
 エリスの言葉に、バニーは頷く。
 しかし、納得した様子の応答ではなかった。
 具体的な“何か”を教える授業とは違い、あくまでも抽象的な観念を教える授業は、彼女とは相性が悪いようだ。
 最も、『大陸を消滅させる』と宣言するような存在に、抽象的な観念を理解するだけの繊細なメンタリティが存在するのかどうか。
 そんな疑問を排除し、エリスは授業を続ける。
「全ての人間には幸せに生きる権利があるわ。そして他人の幸せに生きる権利を尊重する義務があるのよ。それは誰にも奪われないし、誰かから奪ってもいけないのよ」
 噛んで含めるように、エリスは話を続ける。
 基本的な、基本的な人権についての授業。
 真正面からバニーに向き合って。
「せんせぇ、質問よろしおすか?」
 バニーが、手を挙げた。
 今までの授業では一度もなかった光景だった。
「いいわよ、何?」
「せんせぇは、全ての人間には幸せに生きる権利があるとおっしゃったどすね」
「ええ、とっても大事な事よ」
「ほんなら、何で『教導団は死ねって言え』言いますのん?」
「え、そ、それは…… 言ってる事があんまりにも傲慢だったから……」
「傲慢なら、死んでもよろしいんやね」
「違うわよ!」
 小首を傾げて問うバニーに、なんとか否定の言葉を返すエリス。
 彼女は、ただ許せなかっただけなのだ。
 ひとつの命を、あまりにも簡単に奪おうとする教導団が。
 しかし、皮肉なことにその、彼女が守りたいと思う対象こそが、最も命を重視していなかったのだ。
「『生は暗く、死もまた暗し』ということは、どっちゃでもいいッちゅうこっちゃかもしれんなー」
「誰!?」
 エリスに助け舟を出すように、軽い声が割り込んだ。
 大久保 泰輔だった。。
「僕自身、自分の生の意味などまだ知らん。『死』あるいは『生』について突き詰めて考えていくのがええんちゃうかな」
 泰輔は、とある有名な交響曲を例に引いて生と死、そして己について考察を深めていく。
 バニーも最初のやりとりで彼に興味を持っていたのか、黙って彼の言葉を聞いていた。
「しかし、大陸の破壊か自分を殺すかの二択とは極端やねえ」
「そうどすか?」
 一息ついた後、泰輔が思い出したように言ったバニーの言葉。
 それに、バニーは不思議そうに返した。
「うちにとっては、同じことどす」
「ま、ええけどなー。もし大陸がなくなるんなら、僕はパートナーらつれて地球に降りるわ」
「ちょっと、何縁起でもない事言ってるのよ!」
 軽口をたたく泰輔にエリスが噛み付く。
 しかし、バニーは黙ったまま、そんな泰輔をじっと見ていた。

   ◇◇◇

「私はね、人にとって一番大切な心『愛』を教えるわ! まずはこれを見てもらいましょう」
「あい」
 ルカルカは、ダリルが持参したパソコンの画像をバニーに見せる。
 そこには、世界が広がっていた。
 多種多様な種族、風景。
 ダリルは各地の画像をパソコンに纏め上げたのだ。
「どう、これが、世界よ」
「未確認の生物種も多いし到底時間内に全部は提示できないがな」
 えへんと何故か我が事のように胸を張るルカルカに、ダリルが冷静に捕捉する。
 バニーは黙って、しかし興味深そうに映像を眺めていた。
「どうだ。大陸はこれら時に対立する国々と種族を全て支えているわけだ」
「今まで見てきたように、大切な人を想う気持ち、守るべき国を想う気持ち、それら全てを包む気持ちが、まとめて『愛』っていうのよ」
 ルカルカは、熱く語る。
 映像だけでは伝えきれない、自らの体験を、想いを。
 本当は、バニーにも体験して欲しい。
 それが叶わないなら、せめて伝えたい。
 そしていつか、体験してくれれば……
 全てを語り終え、ルカルカはバニーの反応を待つ。
「ルカルカせんせぇとダリルせんせぇの授業、なるほどよぉ分かりましたで」
「そう!?」
「あい。今まで不明だった部分が、ほんのすこぉしだけ見えたような心持ちどす」
「ほんの少し……」
 僅かに、落胆。
 しかし、今まで心の授業に関してはいまひとつ明確な反応をしなかったバニーから具体的な成果を引き出した。
 それは、大きな前進だった。