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―アリスインゲート1―後編

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―アリスインゲート1―後編

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アリスインゲート1 後編

 アリサ・アレンスキー(ありさ・あれんすきー)が拐われているところから始まる。
 二メートルの『くまさん』の脇に抱えられたアリサには何がなんだかよくわからない。
 ただ、分かったことがある。
 『くまさん』は走るのがめっちゃ早い。
 それだけは分かった。


【グリーク】

――軍事飛行場

 軍事飛行場とは言っても、ここは軍事的に重要な施設ではない。
 【グリーク】と【ノース】の国境付近にあるのは【ノース】への牽制と監視の役目を担ってのことだが、その主な利用は飛行機乗りの育成にある。
 可変式鳥人型兵器であるバーデュナミス――フィーニクスはその戦闘機に近い形状であるため、単なる人型ロボットの駆動系制御に加えて戦闘機の駆動制御も必要となってくる。当然、それを訓練するための施設には滑走路と開けた空が必要になる。
 近隣都市から離れ、高層ビルのない国境の街周辺はこれに適した場所というわけだ。これに加え、航空管制の面から【ノース】側からくる敵影の察知もいち早くできるというわけだ。
 さて、ここにかつて大将の官位を授かった者がいる。
 名をフィンクス・ロンバート。現在は現役を退き、ここの主任及び指導教官役に付いているが、【グリーク】国軍たるミネルヴァ軍の空の英雄マシュー・アーノルドのフライトオフィサーだったこともある。退役後にここを任されたのはこの経緯があるからだろう。
 さて、主任室にいる彼はフォーマルな軍服を着てはおらず、整備と同じ作業服を着ていた。腕と足が迷彩塗装のペンキで斑色に染まっている。先ほどまで訓練用のバーデュナミスにナンバーペイントを施していたためだ。
 汚れた軍手を外し、スチールデスクに置かれた報告書を掴んだ。
 ”空間特異点の発生と外世界からの来訪者との関連性について”
 それが報告書のタイトル――。特異点発生の時刻は本日の午前、ちょうど彼らが国境の街に現れた直後と記述されている。
 入室者ランプが点る。部屋の外に誰かが立っているのを知らせる。
「入っていいぞ」
 モニターで確認をすることなく招き入れる。女性整備士が「失礼します」と室内に入り起立、額に右手を添え敬礼した。
「今日は訪問者が多いな。キミもパラミタからの迷い人(ストレイド)か?」
「いいえ、今日は怪しい侵入者です」
 スパイマスクを剥がし、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が素顔を見せる。
「ここまでバレていなかったのによくわかりましたね。以前のことはシャンバラ教導団にある報告書にて伺っています。ロンバート大将」
「敬礼が違った。我らの敬礼は右拳を左胸に当てるのが習わしだ。それともう一つ、私はもう大将ではない」
「そうでしたか。でも、ここのスタッフはあんたを”大将”と呼んでいるみたいですが? それは置いておきましょう。侵入者として一つお話を聞かせて頂きますよ」
 重層世界、その【第三世界】での活動記録と報告書に彼の名前があるのをローザマリアは記憶していた。パラミタの事を知っている彼なら異世界人の自分らと話せると思い、ここへ侵入した。
「何を話せと? 軍事機密に関して以外なら答えられるぞ」
「私たちが元の世界へ帰れる方法があるのか? それを答えていただきたい。例えばかつてこの世界とパラミタをつないでいたオリュンズのゲートが使えるのかどうか」
 そうローザマリアが尋ねると、彼女の後ろでドアが開いた。
 入ってきたのは村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)。そして、WLOのルイス・サイファーだった。
「お、お久しぶりです。大将」
 緊張のせいか、引きつった挨拶をする蛇々。以前彼の世話になったときの防衛軍トップのイメージが未だ有るからだ。
「君は……ああ、ドールズ鹵獲作戦時に”吐いた”パイロットの」
「ちょっ!? な、んでそんなことを覚えてるのよですか!? というかあの時大将は基地にもいなかったわよね!?」
 蛇々がドールズ鹵獲で吐いていた最中、確かに、ロンバートはオリュンズの市議会に出ていた。ふたりとも顔を見せたことは有ったとはいえ、にしても嫌な覚えられ方をされている。単にロンバートの覚えの良さからだ。
「君も久しぶりだな。アール」
「……久しぶです。生きていたんですね」
「運悪くな。自分で頭を射ったつもりだったんだが、途中で意識を失ってこめかみをうちこそねた」
 そう言って、右のこめかみに掛かった髪を上げて見せる。右斜め上に滑った銃創があった。うそううえったんだが愛称}
「君等が来ることは聞いていたが、そしてそちらが――」
 ロンバートがルイスへと向く。
「独立軍事組織『世界開放機構』総帥、ルイス・サイファーだ。わけあって彼らとともに行動している」
「外世界のいち軍総帥が次元干渉に巻き込まれたとは災難ですね」
「敬語はいい。俺らは小さな組織だ。あなたと同じく俺も退役者だ」
 蛇々が話を割る。
「そ、それよりも大将、私たちが来たからには話は通っているんでしょ? 図々しいけど昔のよしみで色々と助けて欲しいんだから」
「ああ、そうだったな……今そこの怪しい侵入者にも説明するところだった」
 怪しい侵入者とは勿論ローザマリアのことだ。
 エリアルディスプレイを各人の目の前に展開し、ロンバートが外世界とのゲートについて話す。
「君等が使用したいと言う、オリュンズの異世界ゲートに関しての資料だ。というよりも報告書といえばいいか。結論から言おう。かつて君等が通ってきたゲートはすでに存在しない」
「存在しないって? 使えないじゃなくて?」
 焦り気味にローザマリアが尋ね返す。この世界から脱出する最有力の方法が否定されたのだから仕方ない。蛇々も同じく息を呑む。
「周辺の次元干渉調査に置いて、ゲートの存在を今では確認できない。あのゲートが開いたのはあれっきりだ」
 アールがロンバートの言葉に引っかかりを感じた。
「……あれっきりというのは、以後もゲートを開く何らかのプロセスを試したのか?」
「鋭いな。そうだ。世界崩壊現象後、軍はかつてゲートが有った場所で、ゲートの再現実験をやっていた。最近もまだやっているだろうが、成功はしていない。そこに写っている航空写真がその場所だ」
 写真には、パラミタ側の設営地がそのまま残っているのが見れた。その設営地を利用しているのだろう。その付近には見慣れない機器類が点在していた。実験機器か観測機器だろう。
「この世界の技術でもだめなの? ワープ技術とかトロイア基地にも設備してたじゃない」
 蛇々が近距離転移装置のことを思い出し考える。あれを技術転用すればできるのではと。
「理論的には可能だとは、キョウマ博士も言ってはいるが……彼いわく、『外世界との結びつきがないとどうしようない。今じゃ、時空間定数の観測値が変わっていて億に一つも繋げられないだろう』だとさ」
「なにそれわけわかんないわよ!?」
「私にもさっぱりだ」
 ロンバートもマッド・サイエンティストの言葉は理解が及ばないらしい。要は、「だめ、むり」と。
 しかし、ゲートが使えないとわかってもまだ要請することがある。蛇々が懇願する。
「ならせめて、一時でも私と一緒にここに来た人たちの保護をお願いします……! 列車の乗客をそのままにはしてられないもん」
「あーついでに私の連れのエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)もここに入れてあげてー」
 ローザマリアも言葉に乗っかる。エシクは今なお、施設の外で盗聴中だ。
「それなら、快く引き受けよう。ここの宿舎には十分に空きがあるからな。なにせ前の教官が鬼のように厳しくて未だに航空隊の志願者が少ないからな」
 誰の事を言っているのか、ロンバートは思い出し笑いをした。