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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

リアクション


【アゾート先生……活躍が、したいです……】

 しかし、吹雪が偽アッシュに仕掛けたカンチョーの結果、灰泄物が撒き散らされるペースが倍増したという事実は、他のコントラクター達にとっては全くもって、迷惑千万な話であった。
 更に一層、灰泄物の息苦しさが猛威を増す中、アゾートは風馬 弾(ふうま・だん)エイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)のふたりと連れだって、偽アッシュを追跡していた。
「偽アッシュって、本物のアッシュ以上に目立ってるよね。ある意味、本人も本望なんじゃないかな」
 灰色に染まるイルミンスールの森の中で、アゾートは呆れているのか感心しているのか、よく分からない台詞をぽつりと呟いた。
 しかし弾にしてみれば、それどころではない。
 偽アッシュの粗末なものをアゾートに目撃させてはならぬと、ある種の騎士道的な精神でアゾートに同行していた弾は、灰泄物による霧状の空気が充満し始めた頃合いから気が気ではなくなっていた。
 いつどこから、偽アッシュが飛び出してくるか分かったものではない。
 もし不意打ちを食らえば、偽アッシュの粗末なものをアゾートが目にしてしまう恐れがあった。
(それだけは……何としてでも避けなくっちゃ!)
 内心でこっそりと決意を固める弾なのだが、傍らをゆくアゾートは、偽アッシュの奇怪な衣装などにはまるで動じていない様子であった。
「でも流石に、脚っていうだけあって、色んなところの毛が凄いんだろ〜ね〜」
 エイカが物凄く意味深な台詞を放ったが、アゾートは何のことだかさっぱり分からないといった調子で、僅かに小首を傾げるばかりである。
(あらん……ちょっと大人な発言に過ぎたかしら)
 幾分反省の念を込めて、ひとり時間差テヘペロなんてものを披露しているエイカだが、アゾートも弾も、まるで気付いてくれていない。
 エイカは何故だか、物凄く寂しい気分に陥った。
 が、そんなこともいっていられない状況が、にわかに現出した。
 三人の前に、偽アッシュが姿を現したのである。
「いけないアゾートさん! あんな汚くて粗末なものは、見ない方が良いよ! 大体、見る価値も無いし、目が腐るだけじゃなく、心まで腐っちゃうよ!」
 弾が慌ててアゾートの両目を覆いながら、結構酷い台詞を平気で放つ。アッシュ本人が聞いたら、激怒するのではあるまいか。
「えー? 何なにー?」
 弾に目隠しされて、アゾートは呑気な声を漏らした。
 しかし弾は目の前の奇怪なミニスカセーラー服+網タイツ姿の偽アッシュにのみ、意識を集中させている。
「この霧っぽい中だけど、ホワイトアウトをお見舞いだ! そんな汚らしくて粗末なものを、これ以上拝む理由はないからね!」
「それじゃあたしは、ファイアストームでお毛々をちりちりにしてあげる!」
 弾とエイカは、最悪の選択をした。
 冷凍吹雪を仕掛けるホワイトアウトと火炎の嵐を巻き起こすファイアストームは、最悪の相性であった。
 超低温と超高温が同時に発生すれば、お互いの威力を打ち消し合ってしまう。
 至極単純な話なのだが、その簡単過ぎる程の選択ミスを、ふたり揃ってやらかしてしまったのだ。
 当然、偽アッシュはダメージなど微塵にも受けていない。
 それどころか、突然その場にがばっとしゃがみ込み、ある独特のポーズを取って弾とエイカの視界に挑んできたのである。
 即ち、それはM字開脚。
 弾とエイカは、その余りにおぞましく、汚らしく、そして恐ろしい光景をまともに直視してしまった。
 全身が凍りつき、ひと言も発せられなくなった弾とエイカ。
 そんなふたりを嘲笑うかのように、偽アッシュはふふんと鼻を鳴らして、足早にその場を去ってしまった。
 世界が、妙な静寂に包まれた。
 弾とエイカが受けた精神的打撃は、余人の知り得るところではない。
「ねー、何なにー?」
 アゾートの至極平和そうな声だけが、その空間に虚しく響き渡っていた。

 弾とエイカが返り討ちに遭ったという知らせは、瞬く間にコントラクター達の間を駆け巡った。
「次は、ルカ達の番だね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、何故か大量のお菓子を抱え込んだまま、自信ありげにふふんと笑う。
 同行しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が逆に、世界を灰色に染めている大量の灰泄物に、鬱陶しそうな表情を浮かべていた。
「……来たぞ、ルカ」
 ダリルが、警鐘を鳴らす。
 ルカルカも、その方角を見た。
「ふぅん、あれが偽アッシュか……噂以上の変態だね。アッシュは悪い奴じゃないし、嫌いじゃないけど、あの偽アッシュは少々、やり過ぎたみたいね」
「……本人の人間的評価も微妙なところだが、今はそのことは措いておくとするか」
 微妙ないい回しのダリルだが、既にその双眸には鋭い眼光が浮かんでいる。
 偽アッシュが何かを仕掛けてくる前に、先手必勝で仕留める――ダリルは自身とルカルカに超速の技を施した上で、フラワシ、そして光条兵器と、出せる切り札は一気に出してしまう戦法に打って出た。
 これにルカルカも応じて、素早く間合いを詰め、格闘戦に持ち込もうとした。
 ところが、偽アッシュの動きはふたりの想像を遥かに越えていた。
「んもぅ! 何よ、あの偽アッシュ! 本物がびっくりするぐらい速くて、強いじゃない!」
 かなり色々と自身の速度を強化して、偽アッシュを追い回すルカルカだったが、そのルカルカの速さをもってしても捉えられない。
「ふぅむ……あの速さが本物に具わっていれば、もう少し活躍の機会もあったかも知れんな」
 てんてこ舞いになって必死に追いかけるルカルカとは対照的に、ダリルは至って冷静に、偽アッシュのびっくり速度を静かに分析していた。
「感心してないで、援護してよダリル!」
 ルカルカの半ば悲鳴に近い要請の声に、ダリルはやれやれと小さく肩を竦めながら、重力操作を試みた。
 すると確かに、偽アッシュの動きが僅かに鈍った。
 だが同時に、ルカルカの動きも一緒になって遅くなってしまった。
 重力操作は対物攻撃ではなく、対領域攻撃だから、偽アッシュだけの動きを遅くする、という訳にはいかなかったのである。
 だが、ダリルにしてみればそれで充分であった。
 あの速度なら、光条兵器で捉えられる。
「ルカ、よけろよ」
「きゃあ、ちょっと! ルカが射線上から退避するまで、待ってくれないの!?」
 慌てに慌てるルカルカだが、そういう部分では全く情け容赦がないのが、ダリルという男である。
 勿論、攻撃対象を限定することが可能な光条兵器だから、ルカルカに命中したところで何の支障も無いのであるが、矢張り撃たれるという行為は、気分的にあまり宜しいものではない。
 ともあれ、ダリルの放った光条兵器は偽アッシュの左肩を貫いた――筈なのだが、それでも全く動じた様子がなく、ぴんぴんしている。
 これには流石のダリルも、少し弱った。
「さて……次なる手を考えねばな」
 しかし偽アッシュは、ダリルがのんびり考える時間など待ってはくれない。
 そのまま逃走態勢に入ろうとするのを、ルカルカが何とか進路上に立ちはだかって行方を遮る。
 その際、ルカルカのミニスカートの裾が、結構派手めに翻った。
「やぁん! んもぅ!」
 一応怒ってみせるルカルカだが、勿論これは故意によるパンチラであった。
 偽アッシュが性的興奮を覚える可能性に賭けてみたルカルカだったが、しかし偽アッシュの反応はいまひとつ鈍い。
 推測するに、この偽アッシュは自分大好きの究極的なナルシストで、他人の色気など全く眼中に無いのではないだろうか。
 ならば、とダリルが続けて、あるひと言を発する。
「しかし……あれだな。こうして冷静に見ると……ナニが小さいな」
 このひと言は、降下があったらしい。
 偽アッシュの動きが、ぴたりと止まった。
 そして鬼のような形相で、ダリルの静かな面を凝視している。