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第一章


「これは……」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)の眼前には横たわる男の裸体。
 かろうじてふんどしだけ身に着けたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)。うつ伏せに倒れた彼は金の髪を広げ、路地裏に転がされていた。
 腰に下げた刀をずらし、腰を落として調査を始める淳二。
 手を持ち上げ脈拍確認。
「既に事切れている、か……」
 死者への弔いを済ませ、そっと元に戻す。
 その際、視界に飛び込む赤い文字。
『となりのきゃくはよくかきくうき――』
 文字はここで終わっている。どうやらロレンツォが書いたダイイングメッセージのようだ。
 淳二は一瞬だけ考えると、
(これはダメだろ)
 さっと草鞋で文字を掻き消す。
「ああ……あんまりアルよ」
 小さな声で抗議するロレンツォ。
「こんな伏線どうやって回収するんだよ」
 調べるふりをしつつ、録音されないよう会話する二人。
「私の恋人役が気づくアルね」
「どこにそんな要素が含まれているんだ?」
「愛があれば大丈夫。心が通うなら、問題無いネ」
「いや、愛とか関係ないだろこれ……」
 ただの早口言葉じゃないかと立ち上がり、話を進行させる。
「ともかく、身元を確認しなければいけない」
 その台詞と共に現れた一人の西洋風少女、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)に問う。
「見たところ君は彼と同じ異国の者。若い娘には酷かもしれないが、彼と知り合いか確認してもらえないだろうか?」
 聞かれたネージュはトコトコと近寄り顔を確認し、
「誰? 知らないよ」
 にべもなく言い放った。
「そうか……手がかり無しか……」
 後ろで「マイガッ! 私の恋人はどこへ行ったネ!?」やら「あなた、メッセージ消したネ!」と物言うロレンツォを刀で抑え、カメラに映らないようけん制。
「何かが起き始めているかもしれない。君も気を付けて」
「うん!」
 元気に去っていくネージュ。
 護衛を付けるべきか悩んだが、すぐそこは大通り。滅多な事にはならないだろうと当たりを付け、
「さてと、ここの始末をしていかないとな」
 参事の後始末に入る。
 用意された大八車にロレンツォを乗せ、蓆を被せて動き出す淳二。
「終わったら事件の報告に行かなければ」
 被害が広がる前に手を打たなければ。自然と歩みが早くなる。
 その時ロレンツォは、
「恋人は見つかりませんでしたが……いいデス。目的の冒頭シーンは私のモノデス」
 と嬉しそうに荷台から垂らした左手でピースサインを形作る。
「これで私も名役者の仲間入りネ……って、指先がこすれて痛いアルよ!?」
「自業自得だ。それと、死体は喋るな」


 死体を見ても動じず、
「あなたはー、かみをー、しんじー、ますかー?」
 通りに戻ったネージュは一冊の本を抱え、民衆に呼びかけていた。
 はたから見れば異国の宣教師。
「いまからー、かみのー、きせきをー、みせまーす」
 胡散臭さ満点の語りで告げると、ふわり空を飛ぶ。集まった人々から歓声が上がった。
 彼女の実態は魔法少女。これも魔法の一つだが、目の当たりにした人には神の奇跡として映っているだろう。
「あれは何でしょう?」
 通りかかったアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)はネージュを指さし、隣を歩く騎沙良 詩穂(きさら・しほ)へ尋ねる。
「姫、人を指さすのは感心しません。けれど、気持ちはわからなくもないですね」
 普段は注意して見ない方向だ。示さなければ気づかないままかもしれない。
 詩穂は周りの状況を見、推測を語る。
「どうやら、神の奇跡を広める宣教師のようです」
「まあ、宣教師ってすごいんですね」
 感嘆していると、降りてきたネージュが近づいてくる。
「あなたー、きょうみー、ありますかー?」
「どうやって空を飛んでいるんです?」
「それはー、かみのー、きせきー。あなたもー、これをー、よめばー、とべーる」
 差し出された本。
「それはすごいですね」
 素直に感激するアイシャ。
「姫、お戯れを。姫様が異教を学んでしまうと、民に示しがつきません」
「わかっています。でも、空を飛べるなんて素敵じゃないですか?」
 苦言を呈する詩穂だったが、アイシャはそれでもと興味をそそられていた。
「ねえ宣教師さん。私も空を飛べますか?」
「姫様!?」
 好奇心に勝てず、ネージュに尋ねるアイシャ。
「かみはー、みなにー、びょうどうでーす」
 ネージュは両手を広げ、快く受け入れるとアピールする。
「……仕方ありませんね。もしかしたら危険な可能性があります。まずは私が試してみます」
「あら、詩穂も飛んでみたかったんですか?」
「あなたー、すなおにー、なるべきでーす」
「これは姫様の安全を考えてで、別に意地なんて張ってないもん!」
 二人に言われ、顔を赤くして抗議する詩穂。
「あれ? なんかこの感覚……懐かしい」
 と、今まで胡散臭く喋っていたネージュは、普段通りの口調で呟いた。
「もしかして、詩穂ちゃん?」
「そうだけど……って、ネージュちゃん?」
「すごーい、久しぶりだね!」
「何年振りになるのかな?」
「まさか武士になってるなんて、気づかなかったよ」
「そっちこそ、宣教師になってるなんて」
「えっと、どういうことでしょう?」
「実は――」
 幼馴染の再会。
「まあ、こんな偶然ってあるんですね」
 まさかの出来事に顔を綻ばせるアイシャ。
「それじゃ、私が空を飛ばせてもらってもいいですよね?」
「それとこれとは……」
「幼馴染を信頼できないんですか?」
「あたし、そんなに信用なかったんだ……」
「うぅ……わかりました。少しだけですよ?」
「ありがとう!」
 とうとう折れる詩穂。
「それじゃネージュさん、よろしくお願いします」
「任せてよね!」
 何やら呪文を唱えるネージュ。
 その時、民衆から良からぬ発言が聞こえた。
「おい、あの子が飛んだところを下から見れば……」
 着物の裾から中が覗くかもしれない。
 下衆な考えに、
「下から覗く奴らは斬り捨てる!」
 詩穂の睨みと光る刃が野次馬を黙らせた。