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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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第1章 路上集合


 空京新幹線駅前の路上では、騒ぎが続いている。
 どこか薄汚れた身なりのオジサン3人組と――人化した魔道書3人組。
 地球からはるばるやって来たホームレスたちはともかく、魔道書達の方には、幸いというか、見覚えがある、という者も偶然通りかかったのであった。


「ねえシェリル、あの方達……他人の空似ではないわよね?」
 空京で買い物をしていて通りかかった藤崎 凛(ふじさき・りん)は、見覚えのある3人の姿を見止めて、少し驚いたように足を止め、一緒に歩くパートナーのシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)に声をかけた。
「おや、本当だね。何をしているんだろう」
「一緒にいらっしゃる三人のおじさまはどなたかしら……。なんだか熱心に議論をしているように見えるけれど」
「何をしているのか分からないけど、こんなところでやけに目を引くね」
 しばらく小首をかしげていた凛だったが、
「ご挨拶に参りましょうか」


「あれ? あの人たち……イルミンスールにいるはずなのに。どうしたんだろう?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、その人影を見て首を傾げる。
 あまり人と積極的に関わりたがらない、人嫌いの魔道書と知っていたから、その彼らをこんなに人出のある空京の街中で見るとは意外だった。
「変だよねぇ。ちょっと、声をかけてみようか」
 その集団を訝しげに眺めるパートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)に声をかけ、北都は歩き出した。


「……あの人たちは……」
 東條 梓乃(とうじょう・しの)は、以前イルミンスールで見たことのある人影がいるのを見て、足を止めた。
 こんなところで見るなんて不思議だなぁ、と首を傾げながら、挨拶に行ったものかどうか、何やら見たことのないおじさんたちと話をしているし……と軽く逡巡して、その様子を遠巻きに眺めていた。
「……コクビャク?」
 以前訊いたことのある、不穏な組織の名が、彼らの会話の端に聞こえて眉を顰める。
 そして、思い切ってそちらに向かって歩み出した。


「そもそも、夢は何度も見ているんだろ?」
 『姐さん』と呼ばれる魔道書は、路上に寝転がろうとしてるホームレス・ガモさんに向かって言った。
「それで、得られた情報が限られたものなんだったら、ただ寝るだけじゃなくて、少し工夫が必要じゃないのかねぇ」
「工夫? どんな風に」
 道化師風の派手な服装に仏頂面がデフォルトの魔道書『騾馬』が尋ねると、姐さんは困ったようにちょっと仰のいた。
「それは、具体的にはすぐ思い浮かばないけど……折角地球からパラミタまで来たんだ。ただ漠然と夢を見るだけより、効率的な方法がありそうなもんじゃないか」
「そんな悠長なこと言ってる間に、コクビャクとやらが、女の子を【丘】とやらに連れてっちまうんじゃなねえか?」
 魔道書『オッサン』が、イラついたというよりは考えるのが面倒だというのを誤魔化すようなダミ声を張り上げる。
「『【丘】に送られたら帰ってこられない』って言ってるんだから……」
「あの……こんにちは。姐さん、皆さん」
 隣で声がして、呼ばれた姐さんが見ると、凛が立っていた。
「お久しぶりです」
「…あぁ、いつか荒野の書庫にいた時に来た、お嬢ちゃん」
「はい。皆さんお変わりないようで何よりです。そちらの方々は……皆さんのお友達ですの?」
 一瞬、どう答えたらよいものか、と、姐さんが仲間たちを振り返って顔を見合わせているところへ。
「こんにちは。こんなところで皆さん集まって、何か、お困りごとでも?」
「あ、こんにちは。あの皆さん……コクビャクの話をしてるんですか?」
 北都と昶、梓乃もやって来た。
「なぁ、この人たち、何なんだ?」
 急に賑やかになって、ぽかんとするガモさんとムギさんをよそに、2人を代弁するようにロクさんが魔道書達に問う。
「何かって……いや、今のあんたらと同じ」
「契約者だよ」
 オッサンと騾馬が答えた。


 こうして、魔道書とホームレスは、やってきた顔見知りの契約者たちに、これまでの経緯を話した。
 ――ここは路上、しかも駅近くという、人通りが決して少なくない場所である。
 話している間に、どんどんと人が増えていったのだった。


「それじゃ、その夢に出ていらした娘さんを探し出す為に……?
 でも、その為にお二人も契約なさってしまうなんて……」
 話を聞いた凛は、驚いたような感心したような目で、相変わらず人に対して対して愛想のない表情のままのおっさんと騾馬を見つめて感嘆した。
 ……だが、彼らの後ろで、姐さんが何とも微妙な表情を浮かべていることに気付き、「どうかしたんですか?」と小声で尋ねる。
「いや……彼らにしては素晴らしい篤志の精神だが……ノリで勇み足をしてしまったと後悔する羽目になったら、と思うとな」
 そうして姐さんは、2人が契約の永続性についてきちんと理解していない可能性があることを、こっそり凛に打ち明けた。
「まぁ……それではお二人は、パートナーロストの危険性も理解されていないかもしれませんですね。
 よければ、私がお話を……」
 言い出した凛を、「いや」と姐さんは軽く制した。
「あんなでも今はあの2人、少女救出のために全思考を集中している。
 ここでその話をして、もしもそれが予想外のショックだったりしたら、あのホームレスたちまで巻き添えにして士気が下がるかもしれないからな。
 ……話すとしても、この件が一段落してからにしたいと思ってる」
「そうですか……分かりましたわ」
 凛は頷いた。


「コクビャクの件は聞いたことがあるよ。つい最近その事件を目にしたばかりだし。
 何としてもその少女を助けたいね。僕でよければ協力させてほしいな」
「僕もコクビャクの話は知ってるし……協力します」
 話を聞いた北都と梓乃が言った、その直後。
「なるほど〜そういう事情か〜……なら、あたい達も手伝うんだよ〜」
 新たな声がした。路上で横になったまま成り行きを見守っているガモさんの隣りに立っていたのは廿日 千結(はつか・ちゆ)である。
(「お〜い、そんなところで寝たら風邪引くんだよ〜?」)
 たまたま通りかかったところで路上で寝ようとしているガモさんに気付き、そう声をかけにきたところ、一同の話が耳に入り、事情を知ったというわけである。
「お〜い……なんだ千結、そこにいたのか、……ん?」
 そんな千結を追って、パートナーの無限 大吾(むげん・だいご)、そして西表 アリカ(いりおもて・ありか)がやってきた。
「どうしたんだ? その人たちは」
「あ〜大吾ちゃん、この人達ね〜」
 かくかくしかじか〜と千結が手短に説明すると、ふんふん、と大吾は頷いて、事情を把握した。そして、
「なるほど、全く無謀もいいところだ!」
 ずいっと身を乗り出すと、強い口調で言った。
「ロクさん、ムギさん、ガモさん、あなた達は戦えるのか?
 何人もの命を奪った連中だ。都合の悪い奴らがうろついてると知れば、どこぞのホームレスの一人や二人、簡単に消すだろうな」
 戦いの心得など何もないホームレスたちは、大吾が直球で語った現実的な危険性に一瞬息を飲む。
 が、大吾は続けて、
「……まぁ、それなら戦える奴が手を貸せばいい。俺も協力させて貰うぞ!」
 すぐに力強く請け負ったのだった。
「大吾だって人のこと言えないよね? 逆の立場なら後先考えずに突っ込むくせに……」
 隣でアリカが、ぼそりと言い添えたが、
「まぁ、ボクも放っておけないけどね」
 と、すぐにさらりと同調する。
 人の命を己の勝手で物のように弄ぶ相手に対して、憤りを禁じえないのは大吾もアリカも同じなのだった。
「という訳で、みんなで一緒に、その女の子を助けに行くんだよ〜」
 千結が全く変わらないのほほんとした口調で、それでも決意を表明する。と。
「あ、あの! 俺も、協力…、させて……もらえません…………か?」
 飛び出すように勢いよく切り出してきて、だんだん小さくなって最後には消えそうになっていたその言葉の主は、千返 ナオ(ちがえ・なお)であった。
(……やれやれ、やる気はいいが、また凄い緊張ぶりだな)
 ナオのフードの中では、魔道書のノーン・ノート(のーん・のーと)が、手のかかる子供を見守る保護者目線で溜息をついていた。

 たまたま一団の話を耳にし、助けになりたいと思って、初対面の緊張を押し切って思い切って声をかけた。
 少しでもいいから人を助けられるようになりたい、いつも助けてもらってばかりだから。
 貰うばかりではなく、返せる自分でありたいから。
 ――という真摯な決意のもと、ナオが自主的にホームレスたちの手助けを申し出たことを、事後承諾の形で千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は聞かされることになった。
(ちょっと昼飯買いに行っている間に、何かとんでもないことに話が決まってる……)
 何で何も意見しなかったのか、と言いたげな目をナオのフードに向けるも、ノーンは涼しい顔であさっての方を向いてとぼけている。
「俺、頑張りますっ」
 少し緊張した顔だが、ナオはやる気に満ちた顔をしている。
 正直、ナオに危ない真似はさせたくないかつみなのだが。
(でも、パートナーが助けを求めてるって言われたら……、……助けに行きたいよな、やっぱり)
 溜息をつきつつ、受け入れるしかないかという気になってきたかつみであった。