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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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第7章 屋根が開けば


 少女が謎の腕輪を操った時、遮断された通信は鷹勢と卯雪に装着させられた発信機等だけではなかった。
「んっ?」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、鷹勢たちを追跡するために放った1匹の【ピーピング・ビー】も、画像を送れなくなった。最初は遠隔操作可能範囲外に出たのかと思い、最後に反応を確認できた場所まで――建物内部の概略図は例の謎の空間以外ルカルカが完成させたものが警察に転送され、【グラス型HC・P】を通じて恭也も受け取っている――向かってみたが、どうもHC自体の通信機能が鈍り出したことに気付いた。
(この辺、通信遮断効果のある力場が形成されてんのか? おとり役の2人はこの辺りに来たはずだが……大丈夫なのか?)
 辺りはしんと静まり返っている。
 その時、鈍くなりかけたHCの通信機能が反応した。警察からの連絡だった。しばし迷ったが、取り敢えず力場の影響を受けないために入り口の方まで引き返すと、通信に出た。
「……建物の上部の画像? まぁ、大丈夫だとは思うけど……」
 警察は、建物外観の上部、特に概略図で空白になっている広いエリアの真上に当たる部分の画像を送ってもらえないかと、恭也に打診してきた。
 ピーピング・ビーは追跡役以外に、周囲の警戒役にも2匹、戸外に飛ばしている。だからの依頼だろう。その1匹を屋根の上まで飛ばせば何とかなるだろう。建物はかなりの高さがあり、ピーピング・ビーの遠隔操作の範囲には限界があるが……
(外に出られるものなら出た方がいいかな)
 本当なら、敵方の構成員の全員捕縛のため、【光学迷彩】で姿を隠して物陰に潜み、一斉襲撃の時を待っていたかったのだが、警察が建物の全容解明にこだわるのにも理由があるのだろうから仕方がない。
 幸い、入り口付近には相変わらず人影はない。すでにダリルからの情報で警察に伝わった操作方法でパネルを捜査してロックを解除し、鷹勢らのことを少し気がかりに思いつつ、恭也は建物外に出た。

 
「このくらい近付けば、大丈夫……、? ん?」
 HCの視覚情報を確認しながら、建物の外壁を歩いてきた恭也は、ハッと注意を肉眼での視界に戻し、足を止めて壁の影に身を隠した。
 人影がある。
 大柄な男が、旧式なバギーを、建物の影から引き出そうとしているのが見えた。
(バギー? 大荒野にでも出るのか? 何のためだ?)
 バギーの後部席に何か括りつけられている。何か荷物を詰めた袋だろうと最初は思ったが、それがどうやら人影らしいと気付くと恭也は顔色を変えた。
(あれは……! クソッ、マズイ事態になってんじゃねえか!!)
 取り敢えず、じりじりとバギーに接近する。【光学迷彩】で姿を隠しているが、問題は距離と、周囲の状況だった。大型のダクトが張り巡らされた外壁によって形成された通路と、枯れかけてはいるが幅を取っている
植込みの向こうで、男はバギーを発車させようとしている。【22式マルチスラスター】で、走り出しても速度的には後れを取ることはなかろうが、ちょうどこの辺りは廃プラントの複数の建物に囲まれた狭い隙間のような場所で、大立ち回りをするには窮屈なところだ。闇雲にバギーを攻撃して、後部席でぐったりと倒れている人影――鷹勢だ、と恭也には判別できた――にまで害が及ぶのも危険だ。
 急発進して、建物の間の狭い通路に走り込まれたらそれこそ面倒だ。他に仲間がいれば、挟み撃ちの先方も取れるかもしれんが……

『ウーッ』

 と、そこに唸り声が聞こえてきた。バギーを出そうとしていた男の前に、2頭の犬が突然飛び出してきた。1頭は白い――鷹勢といつも行動を共にしている山犬・白颯だ。
 もう1頭はルカルカが、白颯の護衛にとつけた【シャンバラ国軍軍用犬】である。
 2頭に歯をむき出しして唸られ、男は「何だ、こいつら」とたじろいだようだった。
 ゥガウッと人吠えすると、白颯は男に飛びかかった。男は驚き、白颯を這う這うの体で振り払うと、犬たちに背を向けてバギーを発進させようとした。
 ――知らずに、恭也の方に正面を向けて。
「逃がすかっ!」
 その機を捕え、【ホワイトアウト】を放つ。吹雪のダメージがどれほどかは分からなかったが、雪の乱反射で視界にダメージを受けた男は、驚いてバギーから手を離し、よろめいた。すかさず恭也は飛び出して、男を捕えて地に屈させ、反撃を封じた。
 そこに、淵が駆けてきた。
「さすがだな、白颯。杠殿の居場所を簡単に見つけてくれたな」
 発信機の不通から鷹勢らの危機を予想したルカルカと淵は、警察とも連絡を取って、鷹勢の居場所を探るために白颯を(軍用犬の警護付で)敷地内に放ったのだ。ルカルカは建物内部で異変が起きた場合に対応するため例の扉の前に残り、淵が白颯を追ってきた。
「怪我はしているが、気絶しているだけだな。安心しろ、御主の相棒はすぐに手当てをしてやるぞ」
 そう言って淵は、バギーの後部席にくくりつけていた縄から解放した鷹勢を、言葉通りに【ホーリーブレス】で回復させた。
 やがて、鷹勢は意識を取り戻した。安心したように、白颯がくーんと鼻を鳴らして鷹勢に顔を押しつけてくる。
「分かるか? 気分はどうだ?」
 淵が呼びかけると、鷹勢はしばらくぼんやりしていたが、急に思い出したようにハッとして淵の目を見て言った。
「高遠さんが……どこかに連れて行かれた」
「奴らにか?」
「あいつらは、高遠さんに何か興味を持ってたみたいだった。僕は……用がないから処分しろ、と」
 そこまで言って、何か思い出したように鷹勢は顔をしかめ、そしてしばらく考えた結果としての言葉を口にした。
「あの子……もしかして、奈落人……?」

 一方、男を捕縛した恭也は、どうしたものかと考えて警察に連絡を入れることにした。もちろん構成員捕縛はこの捜査の目的だが、集団のごく一部を捕縛することで残りの構成員を警戒させたり暴走して中にいるかもしれない被害者に危害を加えることになったりしてはいけないので、本来は一斉捕縛を目指すはずだったのだ。
 だが、恭也が通信しようとしたその時に、警察の方から先に通信してきた。ピーピング・ビーによる画像送信が上手くいった、という連絡で、そこで本来の目的を思い出した。
『画像を解析した結果、この屋根だが』
 HCのモニターにその屋根の画像を映しながら、警察は説明した。
『おそらく開閉する。奴らがここを拠点としてから改造したのだろう』
 それから続けて、恭也以外にもHCなど、通信手段を持つ契約者、捜査官に向けて、警察からの通信は続いた。彼らのもとに、地球からやって来た、コクビャクによって契約させられたホームレスからの発信である情報がもたらされたこと、そこから「飛空艇」というワードが引き出され――
『例の空間は、開閉式の屋根を持つ飛空艇発着場である可能性がある』



「飛空艇だったら、性能や乗員数の上限、操縦手の腕にもよるけど、多少の距離というハンデは覆せる……のかしら?」
 ガモさんの夢で聞こえてきた音が飛空艇のものではないか、という話が出た時、さゆみは、自分の推測と照らし合わせて考え、そう呟いたものだった。
「……他の人の目につかずに、強制的に大人数の『兵隊』を送り込むには都合がいい、という場合は、考えられるかもしれないわ」
 アデリーヌがそれに応えて呟いた。
「もちろん、飛空艇自体が目立たぬように工夫は必要かもしれないけど……。でも、相当な大きさのものでも、専用の発着場を持っているのだとしたら、隠しやすい」
「……。飛空艇でどこかへ連れて行かれる、その飛空艇が今、稼働を始めているんだとしたら」
 話を聞いていたナオが息を飲んで、言葉を切る。
「急がないと」

 誰からともなく、立ち上がった。





 そうして、ホームレスと魔道書と契約者たちは廃プラントを目指した。
 独自に移動手段を持っている者はそれを使い、持たない者たちはホームレスや魔道書とともに、警察に用意してもらった車両を使って。
 そして警察が、彼らからの情報と潜入している契約者たちからの情報を総合し、例の謎の空間が「発着場」であるという可能性を関係者たちに伝えていた頃。


「!!」
 【宮殿用飛行翼】で、教えられた廃プラントに向かっていた北都は、上空からそれをそれに気付いてハッとなった。
「屋根が、開いてく!」
 巨大な屋根に切り込みを入れたように線が入り、それがゆっくりと開いていくのだった。
「飛空艇が中にあったら、逃げられちゃう」
「大丈夫だよ〜、完全に開いても発進するまでにはタイムラグがあるんだよ〜」
 同じくらいの高度を、【空飛ぶ箒スパロウ】に乗って飛びながら、千結がのんびりと言う。のんびり口調がデフォルトなだけで、決して緊張感を欠いているわけではない。
「その間にぽいぽいっと片付けちゃうんだよ〜」
 【銃型HC弐式・N】を通して北都が警察に、屋根の開口のことを連絡すると、それを受けての指示が入ってきた。
「あの屋根の下はガードが固くて扉も厳重ロックされてて、外から侵入するのが難しいんだって。
 屋根の隙間から入って、敵をやり過ごしながら、扉のロックを内側から開くことはできないかって言ってきたよ」
「注意して入れば大丈夫、頑張るんだよ〜」
「そうだね。十分注意して、突入しよう」
 2人は、吸い込まれるように、開いた屋根の中に入っていった。