薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

リアクション

第6章 まさかの……出現

 薄暗い廊下を抜け、鷹勢と卯雪は、「担当者」に案内され、ある一室に通された。おそらく、プラントが稼働していた頃は、事務の仕事をしていたのだろうと思われる部屋である。
「ここで、しばらくお待ちください」
 接客に向いているとも思えないその部屋で、古ぼけたソファに2人を座らせると、担当者は部屋を出ていった。
「……あからさまに廃墟ですよね、ここ」
「気持ちいいくらい、怪しさを隠してないわね」
 鷹勢と卯雪は、自然と起こってくる気後れを紛らわすように、わざと軽口っぽく言って、何となく辺りを見回した。
 あまり、日常的に使われているとは思えない、室内の様子である。
 時間は立てども、誰も来る気配がない。鷹勢は、そろそろと、携帯電話をズボンのポケットから出そうとした。小型発信器を通じて、この部屋までの道のりの様子は、2人の何気ない会話として警察やルカルカ達警護役の契約者に伝わっているはずである。……何も問題が起きていなければ。それでも相手が見えない今なら、携帯電話にその会話以上の何かの手掛かりを記録できるかもしれない。鷹勢はそう思ったのだが、急にその手をパシッと軽く、卯雪の薄い手が打った。
「やめた方がいいと思う。なんか……見られてるような、気配を感じる」
「えっ」
 小声で鋭く言った卯雪の言葉に、鷹勢は辺りを見回す。が、相変わらず室内には自分と卯雪以外誰の姿もなく、見たところ隠しカメラの類があるようにも見えない。
 だが、卯雪は酷く緊張したような、厳しい顔を真っ直ぐに上げている。
「綾遠さん……?」 
「……なんだろ、何か、すごい変な気配を感じる……杠君、感じない?」
 しかし、鷹勢がそうとも否とも答える間もなく、ドアが開いた。


「……」
 張りつめた空気の中、入ってきたのは、小柄な少女であった。
 どこかきょときょと、おどおどしていて、不安そうに大きな目を見開いている。
 ワンピースのような薄手の服1枚に、裸足。可愛らしい少女だが、それで生活しているのかと不安になる軽装である。
 そんな軽装にただ一つ、不釣り合いなのは、左手首に嵌められたメタリックに輝くやけに大きな腕輪だ。いろいろな石が嵌められているのか、角度が変わるとちかちかと小さくいろいろな色の反射を放つが、細い手首にはあまりゴツすぎて、まるで重たい手枷のようにすら見える。

「……あ、あの……」
「こんにちは……」
 その挙動に、2人の方が困惑して恐る恐る声をかけると、少女はびくっとしたように身を竦めて2人を見た。そしてやっと、口を開いた。
「こ、こんにちは。あの、私……タア様に呼ばれて……」
「? タア様?」
 訝しげに訊き返す卯雪の目を避けるように俯いて、少女は、例の左腕のゴツい腕輪を、おどおどと右手で撫でた。
「はい……だから私、この腕輪を」
 その時突然、少女の目が一度、揺らいだ。
 それから、今度は体がぐらりと揺らいだ。倒れるかと思い、慌てて鷹勢が駆け寄って手を差し伸べようとした。
 が。
 少女の体は倒れることなく、持ち直してしゃんと立った。
 差し出しかけた鷹勢の手を、少女はいきなりばっと、鋭い動きで掴む。――捻り上げるように。
「っ!! 痛……っ」
「杠君!?」
 見ていた卯雪が、ハッと腰を浮かす。少女は目を上げる。
 その目には強い意志が宿り、先程までのおどおどした少女と同一人物とは思えない――

「だれだ、おまえ」

 少女の口から、手首を捻り上げられて痛みに顔を歪める鷹勢に、無愛想に鋭い声が飛ぶ。
「あたしは、しらないぞ。おまえなんか」
「は……離…せっ」
 華奢な少女のものとは思えない力だった。
 そのくせ、少女の言葉遣いはどこか、見た目よりずっと幼い響きがあった。
「じむしょちょー。じむしょちょー、いるか」
 少女が声を上げると、再びドアが開き、、先程の「担当者」、それに2人が空京の契約斡旋事務所でそれぞれ顔を合わせたことのある事務所長を名乗る男性が現れた。
「は、はいっ、タア様っ」
「こいつ、ほんとうにあたしにあいたいといったのか」
「いや、そのっ、その少年が執拗に『奈落人と契約したい』と言うものですから、てっきりタア様と繋がりがあることを暗に仄めかしているのかと思いまして」
「じむしょちょーよ」
「はいっ」
「かんがえすぎだ。へたのかんがえやすむににたり、だぞ」
 言い捨てて、少女は突然飽きたかのように、鷹勢の手首を離した。 
「そのせいで、おもちゃをつけた“くそがき”が、はいりこんでしまってるからな」
 そして、左手の腕輪に右手で触れる。軽く、ぱたぱたっとタップすると、腕輪の所々がひゅんっと音を立てて、妙にメカニカルな色の光が瞬いた。
「!?」
 鷹勢、そして卯雪が装着していた発信機と盗聴器が、耳障りなノイズを一瞬発して、それから静まり返った。
(まさか、盗聴器を壊された!?)
 青ざめた卯雪の前に、華奢な少女が突然立つ。
 大きく目を見開き、穴が開くかと思うほどに、硬直した卯雪を見つめて、やはり子供っぽい口調で呟いた。
「おまえは、だれ? おまえはエズネルじゃないのに、どうしてエズネルのにおいがする?」
「! タア様!! それでは、やはり……!!」
「しょちょー、はやがてんはきんもつだ。あたしにもまだわからない。このこがエズネルのかわりになるかどうか。
 けど、とりあえず、めをつけてつれてきたのはけんめいだったな。
 おかのせいあつにやくだつかどうか、あたしがじっくりみきわめてやる。つれていけ」
 少女は卯雪の手首をつかむと――その細い腕からは想像もつかぬ、凄まじい力だった!――自分の後方へ投げるように放り出した。そこには事務所長と担当者、それにいつの間に来たのか、新顔の男が2人。おそらく彼らの手下だろう。
「何すんの! 放してよ!!」
 卯雪は抵抗するが、事務所長と担当者と男1人の3人に囲まれてがっちり両腕を掴まれてしまってはどうしようもない。せめてもの抵抗に、武術をたしなんだというその足で一人を蹴るが、今度はその足を掴まれて両方とも持ち上げられ、横向きになって男たちの肩に担ぎ上げられる格好になってしまった。パンツルックだったので破廉恥な格好にはならなかったが、いよいよ抵抗のし甲斐がない。
「綾遠さん!!」
 鷹勢が声を上げるが、彼もまた残る一人の男――特にがっちりした体格の男だ――に押さえつけられていて、動けない。
「そいつはようはない。ちきゅうじんじゃあ、しまにつれていってもしかたないしな。どこか、そとででもしょぶんしろ」
 少女が言うと、男は鷹勢を無理矢理引きずるようにして部屋を出ていった。
 卯雪もどこかに連れ去られ、部屋の中には少女だけが残った。

「……ふん。どうやら、こんそーるをたたくねずみがはいりこんだらしいな」
 少女は左腕の腕輪を、右手で忙しなく、しかし慣れた調子でタップする。
 腕輪の様々な色の光は、彼女の指の動きを上回るほど忙しなく明滅する。



『発信機と盗聴器の反応が急に消えたわ、ダリル!!』
 急を告げるようなルカルカの声に、ダリルもてHCで確認する。彼女の言う通り、反応は消えていた。
「何があったのか分かるか?」
『事務所の担当者っていう人物に会って、誰かと引き合わされたところまでは分かったけど……、? ダリル? どうかした?』
 ルカルカの通信に、ダリルはすぐには答えられなかった。
 コンピュータ室に入ってからダリルは【電脳支配】で、施設を管理するマザーコンピュータのシステム内に侵入し、これを制御するために順調に作業していた。
 が、突然、システムがダリルの予想とは違う動作を見せ始めたのだ。
「データベースを再ロックだと? システム範囲外の動作か!?」
 すぐに対応してプログラムを入力するが、素早い反応がそれを弾く。ダリルの選ぶコマンドを先回りして無効化する。
(これは、セキュリティシステムのプログラム反応じゃない……人為的な動作? 誰かが遠隔操作している!?)
「くっ」
 ダリルに劣らず、コンピュータと一体化しているかのような反応速度だ。相手の先手を取る、本気の速さが必要になった。
『ダリル!?』
「ルカ、コンピュータへの侵入が向こうにバレている。全員の侵入がバレているかもしれない。気を付けろ」
『えっ!? ダリル、大丈夫!?』
「心配するな、少し手こずるかもしれんが必ず管理者権限を奪い返してシステムを制圧する」
『じゃなくて、コンピュータ室にも敵が来ちゃうんじゃあ』
「その心配こそ無用だ。来たら撃退して仕事を遂行するまでだ。しかし鷹勢たちのことは気にかけた方がいいかもな。少し忙しくなってきたから切るぞ、後でな」
 あっ、というルカルカの声が最後に聞こえたが、通信はそのまま切れた。
 コンソールに繋いだノートパソコンの画面に、目まぐるしく文字の羅列が流れる。
 ダリルと見えない相手との、コンピュータコントロール権を巡る仕手戦が始まっていた。