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リアクション
【十 沈む艦と浮かぶ事実】
ノイシュヴァンシュタイン艦上でも、謎の巨影に対する臨戦態勢が敷かれている。
「予測してなかった訳じゃないけど……まさか本当に、第三勢力の登場があったなんてね」
艦内の情報管理室で、謎の敵に対する情報解析を進めていた彩羽だが、既にヴェルサイユ側からオーガストヴィーナスが味方に転じた旨の連絡を受けて、対処すべき相手を海中の巨影に切り替えている。
魚雷を放つ能力があるということは、少なくとも例の巨影は生身の生物ではないということは分かる。
だが、あれ程の巨体を自在に操り、流れるような動作で海中を移動するというのは、余程に高性能な潜水艦でもない限り、まず不可能である。
しかもその巨影は、ノイシュヴァンシュタインの航路上に忽然と現れた謎の島から発進してきたというのだから、戦慄を覚えない訳にはいかなかった。
「どうやらこの敵は……バッキンガム同様、海中の【目】を持っていると見て、間違いなさそうね。なら、こちらから敵にとって脅威と思えるものを投入すれば、向こうの注意を引けるかも……目が良いのが命とりとなる、って訳ね」
考えをまとめた彩羽は、艦内通信を使ってクローラに連絡を繋いだ。
「テレスコピウム少尉、アスロックの残弾数に余裕はありそう?」
『問題無い。ホレーショが相当な数のアスロックを用意していたようだ』
これは良い――彩羽は、アスロックを謎の巨影に向けて射出するよう、ローザマリアに献策してみてはどうかとクローラに説いた。
「謎の巨影は魚雷を持っている上に、海中での視界もあるようだから、上からの攻撃にも敏感に反応するかも知れないわ。注意をこちらに引きつけることが出来たら、ヴェルサイユでその隙を衝いて、攻撃出来るかも」
『了解。クライツァール大尉に伝えよう』
その僅か数分後には、アスロックが標的をバッキンガムから謎の巨影に変更して、立て続けに射出された。
これは十分に効果があったようで、謎の巨影は更に数発の魚雷を発射したところで方向転換し、ノイシュヴァンシュタイン航路上の島影に向かって撤退を開始した。
勿論、ヴェルサイユも迎撃の魚雷を放ってはいたのだが、矢張りアスロックによる上からの攻撃に、謎の巨影が対処し切れなかったのが、撤退の大きな要因となっていたのは間違い無かった。
「それにしても……オーガストヴィーナスが味方に転じたなんてね。矢張り裏で何か、私達の想像の及ばない意思が存在してた、って訳かしら」
彩羽は幾分疲れた様子で、小さな吐息を漏らした。
ここで再び、クローラから謎の巨影撤退の連絡が改めて入ってきたが、彩羽の耳には届いていなかった。
* * *
DSRVが再び、バッキンガムの脱出ハッチに接艦した。
バッキンガムは先の魚雷攻撃のうちの一発を左舷側の受けており、既に航行不可能な状態に陥っている。
機晶エンジンにも爆発の余波が届いており、艦体が爆発するのも時間の問題であった。
「結局……俺達の破壊工作は、どっちに転んだんだろうな」
脱出ハッチからDSRVに乗り移りながら、敬一は複雑そうな面持ちで一瞬、後方を振り返った。
彼の工兵としての実力は、今回もいかんなく発揮された。その結果が、バッキンガムの魚雷発射管の使用不可という結果に繋がったのだが、それが果たして良かったのか、悪かったのか。
もともとバッキンガムは撃沈されるべき運命だったのだと考えれば、敬一の取った策は十二分に効果を上げたといって良かったのだが、敬一自身、何か棟の奥につっかえるようなものを感じてならなかった。
ところがその一方で、同じく破壊工作に従事していた吹雪などは全くといって良い程に後ろめたい感情は見せておらず、非常に割り切った表情を浮かべていた。
「上からの命令で、撃沈止む無しと出ていたのであります。自分達の取った行動に誤りは無かったと考えて良いであります」
「……あんた、そこまでいい切れるのか。まさに軍人の鑑ってやつだな。羨ましいよ」
敬一の言葉は決して皮肉でも何でもなく、純粋の心から、吹雪の軍人的素養を称賛していた。
尤も、吹雪自身はあまり嬉しいとは思っていない。
魚雷発射管への工作を成功させた敬一とは異なり、吹雪はオーガストヴィーナスを無効化する為の電装系への工作が、あまり芳しい成果を上げていなかったのである。
無論結果的には、吹雪の工作が功を奏しなかったのは良い方向へ転んだのだが、吹雪自身の任務は完遂されることがなかった為に、あまり良い気分にはなれなかったのも事実であった。
「お帰りなさい。首尾は……上々とはいかなかったみたいね」
「相棒を使う余地もなかったであります」
ぶっきらぼうに応じる吹雪に、DSRV艇内で出迎えたコルセアも、苦笑するしかなかった。
一方、同じDSRVの座席後方では、蓮華が、いつの間にかそこに座っているアルに、どこへ行っていたのかと問い詰めている。
「だからね、ひとりで勝手にうろうろしちゃ駄目だって、いってるでしょ?」
「う〜ん……何となくふよふよしてたら、何となく撃沈されてて、何となく戻ってきたんだよね」
相変わらずだ、と軽い頭痛を覚えた蓮華だが、ともかく全員が無事に脱出を果たしたことには安堵した。
しかし結局のところ、当初の目的だった『取り残された乗員の救出』という任務は、果たせなかった。
彼らが最初から実在する教団兵ではなく、オーガストヴィーナスが作り出した偽の乗員であり、映像体だったのだから、当然といえば当然かも知れない。
だが、それでは自分達は何の為に危険を冒してまで、バッキンガムに乗り込んだのか。
その目的が今ひとつはっきりしない為、蓮華の中にもやもやとした感情が残ってしまったのは、無理からぬところであった。
「バッキンガムが……沈む……」
分厚いガラス窓越しに、バッキンガムが連鎖爆発を起こしながら海溝の奥へと沈んでゆく様を、淋は茫漠とした表情で眺めていた。
* * *
翌日。
まだヴェルサイユとノイシュヴァンシュタインが帰港する前の段階で、ゆかりとマリエッタはケーランスの総督府へと赴き、ウィシャワー中将との面会を果たしていた。
「わざわざマーヴェラス・デベロップメント社まで足を運び、色々調べてきたそうだな」
余裕めいた笑みを浮かべるウィシャワー中将に対し、ゆかりとマリエッタは目に見えて緊張した様子を見せていた。
しかし、相手の威厳に屈して聞くべきことが聞けないようであれば、情報科に転属した意味が無い。
ゆかりは腹を括って、毅然とした目線を相手に向けた。
「単刀直入にお聞きします……閣下が今回、バッキンガム事故を演出した理由はただひとつ、予前調査団が下した『シベルファーの渡り島は実在せず』の結論を覆し、その存在を世間に知らしめる為に、自らが軍法会議にかけられることである……ということで宜しいでしょうか?」
ゆかりの問いかけに、ウィシャワー中将は静かに、そしてしっかりと頷いた。
多額の予算をかけた新鋭の機晶式潜水艦が、ウィシャワー中将の計画として沈んだということになれば、彼が軍法会議にかけられるのは当然の流れであった。
そして勿論のことながら、軍法会議が裁判である以上は、関わる事実は全て明るみに出され、公式な事実として認定されるのである。
ウィシャワー中将は最初から、予前調査団と刺し違える覚悟だったのだと、ゆかりは結論を下していた。
「予前調査団は、権威ばかりを大事にする無能な調査部隊だ。国軍上層部も、連中の調査結果こそが全てであると信じ切っている。だが流石に、軍法会議で明らかにされた事実を無視する訳にはいかんだろう」
矢張り、とゆかりは心の中で悲痛な思いを抱いて頷いた。
そしてウィシャワー中将曰く、敢えて存在しないバッキンガム乗員救出をコントラクター達に求めたのは、彼らを事件の当事者に巻き込むことで、シベルファーの渡り島が現実に存在することを、ひとりでも多くの目に焼き付けさせることが最大の目的だった。
「彼らにしてみれば、良い面の皮だっただろうから腹立たしく思う連中も居るだろう……だが、こうでもしなければ予前調査団の弊害を国軍上層部に思い知らせることなど出来ん」
「シベルファーの渡り島とは、そこまで危険な存在なのですか?」
ゆかりは、核心にせまるべく質問を変えた。
ウィシャワー中将は、再び大きく頷いた。
ここでゆかりは、思いもよらぬ情報を聞かされることとなる。
「シベルファーの渡り島の正体は、ディムパーティクル……即ち、精神体型イレイザーだ。一部のディムパーティクルはフレームリオーダーを肉体として得ることで、物理的な戦闘能力を得た。だが別の個体集団は、オブジェクティブ・エクステンションを盗み出すことで物理接触点を持つ映像体を獲得し、戦闘能力の獲得に成功したのだ。それが、シベルファーの渡り島だ」
島ひとつがまるまる、脅威となってシャンバラ海軍の前に現れた、とウィシャワー中将はいう。
ゆかりは思わず、息を呑んだ。
「今後シャンバラ海軍は、シベルファーの渡り島を相手に廻して、各所で大規模な海戦を迎える準備に入らなければならない。その中心には、ブロワーズ提督が適任だろう。彼を頂点として、必ずやシャンバラの海を、渡り島の猛威から守り切って貰わなくてはならない」
その為ならば、己が権力など喜んで差し出す――それが、ウィシャワー中将の並々ならぬ決意であった。
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