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リアクション
【三 それぞれの使命】
やがて、DSRVはノイシュヴァンシュタインの専用艦内ドックを離脱し、海中への潜航を開始した。
「いよいよ……だね」
キャビン内の後方の座席で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が緊張した声を漏らした。
「やっぱり、あいつらなのかな」
美羽は傍らのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に、静かに問いかけた。
コハクもまた、美羽と同じく緊張した面持ちで、何ともいえない色を含んだ声を返す。
「エージェント・ギブソンには、教導団のひとが直接聞きにいっているから、その回答待ちだね。ただ……目撃情報を聞く限りでは、バッキンガム艦内に現れた謎の影っていうのは……どう考えてもマーダーブレインだと思う」
その名を聞いた瞬間、美羽は喉をごくりと鳴らした。
マーダーブレイン――かつて美羽達が対峙した、オブジェクティブの首領格の一体。
一年以上前の戦いで、一度は撃破し、霧散させた筈の相手が、今度は場所を変え、基幹システムをも変えて復活している。
少なくとも美羽とコハクは、そのように解釈していた。
いや、美羽とコハクだけではない。
相手が復活したオブジェクティブだとの観測を、同じくDSRV第一便に乗り込んでいる五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)のふたりも、立てていた。
「オポウネントってさ……前回の脱出の時には起動コードすら動かなかったんだけど……今回の奴らにはちゃんと利くのかな?」
然程に深刻そうな面持ちではなかったものの、理沙がセレスティアに問いかけたその疑問は、美羽とコハクに対しては恐ろしく強烈なプレッシャーとなって襲いかかってきた。
「さぁ、それは何とも……ネオさんのお話では、オブジェクティブが居たら自動的に起動するということでしたから……先日の脱出の際、それが出なかったということは、もしかして彼らは、マーダーブレインの姿をしているものの、オブジェクティブとは全くの別物、という可能性もあるかも知れません」
セレスティアの推測を受けて理沙は、やっぱりそうかぁ、などと呑気に背伸びしながら欠伸を漏らした。
「まぁでも、私達の目的は取り残されたひと達を助けることだしね。同じ釜の飯を食った仲なんだから、放っておけないよね」
「ただ、彼らが粒子化されてシステム内に取り込まれていたら……やっぱり、色々と面倒かも知れません」
理沙とセレスティアが聞いている話では、ダリルが中央管制システムへのハッキングを試み、囚われた乗員達にエンコードを仕掛ける方法を模索するとのことであった。
つまり、粒子化とは逆パターンの位相をぶつけることで肉体を元に戻せるかどうかを試みるということであったが、仮にその方法が上手くいかなかった場合には、別の方策を考えなければならないのである。
セレスティアが色々面倒かも知れないと応じたのは、そういう事情があった。
「前にさ……蒼空学園のフィクショナル内で初めてマーダーブレインと遭遇した時に、こっちの脳波が全部コピーされたんだけど……もしかしたら今回、乗員が連れ去られたのは……彼らの脳波を取り込む為、ということはないかな?」
「その可能性は、あるだろうね」
美羽の推測には、一定の説得力があった。
オーガストヴィーナスは、フィクショナルとは別のシステムである。
つまり、仮にマーダーブレインが復活したとなれば、誰かの脳波を新規に利用する為には、新たに取り込む必要があるという訳だ。
「ま……何を目的にしてるか分かんないけど、こっちはオポウネントを動かすだけ動かして、敵の接近を察知出来れば儲けもの、ってなところで良いんじゃないかしら? 死んで花道がナンチャラほーよ」
「んもう、理沙ったら、本当に適当なんだから」
相変わらず能天気な程に明るい理沙に、セレスティアは苦笑を禁じ得ない。
しかし理沙は理沙で、全く何も考えていない訳ではなかった。
「でもさ、艦内構造ははっきりしてるし、脱出ルートも確定してるんだから、あんまり複雑に考える必要がないってのは有り難いわね」
確かに、その通りであった。
敵に謎の部分が多いだけで、やるべきことは非常にはっきりしている。その点に於いては、理沙にしろ美羽にしろ楽に考えて良かった。
「ほほぅ、スクリューシャフトを止める、でありますか」
同じくDSRV第一便の別の席では、たまたま相席になった富永 佐那(とみなが・さな)から、バッキンガムの動きを止める為の方策として、彼女が考えている案についての説明を受け、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は感心したように二度三度、小さく頷いた。
吹雪はというと、中央管制システムとオーガストヴィーナスを繋ぐ回路の破壊を考えていたのだが、両者とも同じ筐体内に基板が設置されている為、このふたつのリンクを外部で破壊出来る方法に頭を悩ませていた。
そこへ、佐那がスクリューシャフトの破壊を目指しているとの言葉を受けた。
彼女の策が良いか悪いかはともかく、そういう方法もあるのかと、吹雪は素直に感心していたのである。
「中央管制システムとオーガストヴィーナスを切り離すのが事実上無理に近しいから……中央管制システムと駆動制御を切り離す方向に方針転換しないと、いけないかもね」
吹雪に配線回路図を指し示しながら、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が小難しい顔つきで説明を加えていた。
ふたつのシステムを何とか切り離す方法が、全く存在しない訳ではない。
というのも、オーガストヴィーナスと中央管制システムの主電源はそれぞれ別に引いている。つまり、いずれかの電源系統を遮断すれば良いのだが、いずれの電源系統も予備機晶エンジンに直結している為、破壊工作は極めて慎重を要する、というのが難点であった。
「敵の本丸近くで精密機械相手に慎重な作業をするっていうのは、物凄く無理があるわね」
コルセアが判断した通り、そこはいわば、敵の懐に近い場所である。
吹雪が如何に潜伏の達人とはいえ、そんな場所で精密機械相手に爆発物設置を施すというのは、難関中の難関といって良かった。
しかも爆発の指向制御を誤れば、機晶爆発が発生する。
これは、余程に腹を括らなければならなかった。
一方の佐那はというと、推進室までの経路は非常に接敵機会が多く、道中の困難が予測されるのだが、到着してしまいさえすれば、後の作業は非常に楽である。
機晶爆発を引き起こす危険性も極めて低い為、突破戦に全力を注げば、成功率は高いといって良い。
「ところで、それは何ですか?」
佐那は興味本位で、吹雪が小脇に抱えている段ボール箱(現時点では折り畳まれている)を指差しながら、小首を傾げた。
するとコルセアも、呆れているというよりは困り果てたという表現がぴったりな表情で、こめかみに青筋を僅かに浮かべながら吹雪に問いかける。
「佐那さんが訊くのも道理よね……で、改めて訊くけど、何でまた、そんな邪魔にしかなりそうにない物を持ち込むのよ」
「この相棒と一緒だと、落ち着くのであります」
応じながら吹雪は、小脇に抱えた段ボール箱に視線を落とし、次いで佐那とコルセアに対して、何故か物凄く自信ありげなドヤ顔を披露した。
一体何が、吹雪にここまでの自信を湧き起こさせるのかは、誰にも分からない。パートナーである筈のコルセアでさえ、段ボール箱への愛情を貫く吹雪の心情が、未だに理解出来ていなかった。
「そりゃあね、ボールは友達! っていうどこかの漫画のようなフレーズは凄く効果的に聞こえるかも知れないけど、段ボールは友達! ってのは、何か違う響きに聞こえるのよね」
「失礼な。段ボールではなく、段ボール箱、であります」
もう既にこの辺から、会話が噛み合っていない。
佐那は吹雪とコルセアのやり取りを、心底不思議そうな面持ちで眺めていた。
「まぁそれはともかく……中央管制システムとオーガストヴィーナスの両方、或いはいずれかを攻撃するっていうなら、予備機晶エンジンに向かう必要があるわ。これがその、最短経路よ」
コルセアが吹雪に対して、構造図面上で指し示した経路というのは、ルースが移動を検討している予定経路とほぼ同じであった。
つまり、ルースが走った後を吹雪が追いかけていけば、楽に辿り着けるというものである。
「マキャフリー大尉殿には申し訳ないが、壁になって頂くであります」
「上官を肉の盾に使うって、良い度胸してるわね」
コルセアのみならず、佐那も心底、呆れていた。
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