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リアクション
その5 これが始まり
「追加注文です〜」
右手に焼きそば、左手にカレー、頭の上にトレイその上に飲み物二つとかき氷を乗せたミルディアがアゾートにメモを渡す。
「すいませーん」
「はいはい少々お待ちを〜」
「すいませーん」
「ふえーっ! お待ちください〜」
ミルディアは目を回しながらも商品を配り歩き、注文を聞いて案内をしていた。
「器用だね」
アゾートがそんな彼女の様子を見て言う。
「こうしないと間に合わないんだよ……」
カレーを置いて残った皿を回収、トレイを隣の席において追加注文をメモに書き、さらにその隣に焼きそばを置く。
「ミルディアがいて本当に助かる。ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
今度は大盛り焼きそばとたこ焼きを手に、ミルディアは歩いて行った。
「もうちょっとで昼も終わりだ。もう一頑張りだよ」
「はい〜」
目は回っている。両手はだるい。足が棒のようになっている。
「お待たせいたしました〜♪」
それでも笑顔は忘れない。忙しくっても、最大限のサービスを。
頑張れあたし、と、心の中で自分を励まして、ミルディアは案内へと向かった。
――僕は恐怖のあまりにその場を逃げ出した。
なんだったんだ、さっきのは。
思わず一枚写真を撮ってしまったことを後悔する。ヌルヌル撮影会を堪能していたら、なんだか思わずシーンに出くわしてしまった……
ゴボウって太いよな……無理だよな、無理だよね?
大きく息を吐いてさっきまで見ていた光景を忘れる。ていうか、思い出したくない。
「ピピ、ハデス様よりメッセージ」
『フハハハ、どうだ、怪人カメラ小僧、ちゃんとやっているかね』
ハデスの発明品が、ハデスさんの口調で喋りだす。
『これから俺は妹たちと共にそちらへと向かう。せっかくの機会だ。我が妹がどの程度成長しているのかどうか、そして、カメラのステルスに果たして気づくのかどうか、試していただこう!』
そうして、発明品にマップが表示された。場所は……女子更衣室か。
妹の裸を撮影させるとか……あの人、変態だな。
ふう、と息を吐いて、僕は、彼に指定された場所へと向かった。
なにをしてるんだろう、僕は。
歩いている最中に思ってしまったことを、僕は首を振ってかき消す。
僕は写真を撮っているんだ。写真を撮ってさえいれば、僕は自信が持てるんだ。
カメラを持っていないときの、人と話すこともできない自分はもう過去のものだ。僕は変わったんだ。カメラを持って変わったんだ。
だから僕は写真を撮る。だから僕は、カメラを手にする。
そうすれば、みんな僕を褒める。僕を称える。僕を尊敬する。
僕の撮った写真を見て、僕を罵倒する連中なんて知ったことか。
撮るんだ、僕は……僕だけにしか撮れない、僕の写真を。
「なあ、トマス」
「なんだ」
テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は、隣を歩くトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)に少し小声で話しかける。テノーリオは普通に水着姿だが、トマスはひらひらの多い、魔法少女の格好をしていた。
「作戦とは言え……これって本当に、俺がトマスをナンパしてる図になるのか?」
「……聞くな。そういうふうに見せればいいんだ、しっかりと演じれば、そう見えなくもないはずだ」
「いやでもな、俺は水着で、お前は魔法少女で、しかもナンパしながら並んで歩くってなんか変な気がするんだ」
「………………」
「ったく、アタマ痛ぇなあ」
「ええい君は!」
トマスはテノーリオを人の少ないところに連れて行った。
「仕方ないだろう! 教導団の制服を着て探したりしたら、目について逆に捕まらなくなるだろう!」
「ミカエラは制服なんだろ? 威圧が犯罪の防止になるなら、わざわざそんな格好しなくても……」
「うう……そうなんだけどな……」
来たときはナイスアイデアだと思っていたトマスも、よくよく考えたらこの作戦が変なことに気づく。なぜ海で魔法少女なのか、なぜ自分がなのか、などなど。
どこかからシャッター音が聞こえ、二人は瞬時にその場を移動し、どこからか撮影していた二人の男を捕らえた。
「おいそこの、今、勝手に写真を撮ったよなあ?」
「いいか、そういう行動は、お天道さまが許しても、このファーニナルが許さない!」
「え、男……?」
捕まった男はちょっとショックなことを口にしていた。案の定カメラからはいくつかの盗撮写真が出てきたので、運営側の施設に預けることにする。
「……トマス、テノーリオ」
「やあ、お疲れ様です」
施設からの帰り道、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)、そして魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)とすれ違う。彼らは仲間同士ではあるが、作戦のために別行動していた。彼女たちは制服姿で巡回をし、被害の減少と防止、そして、聞き込み調査に努めている。
「そっちはどうだ?」
「どういった被害が出ているかは聞いたわ。でも調査に出ている人が多いから、悪質なものはほとんどが捕まったそうよ」
ミカエラはメモ帳を取り出して口にした。
「そういやあ、いろんな奴とすれ違ったしなあ」
テノーリオは思い出しながら言う。
「それでもまだ捕まる人が出ているのは、どうも、このビーチが盗撮の名所だとかいう話が出回っているからだそうで」
子敬が言う。
「なるほど……模倣犯というやつだな」
「そのようね」
トマスの言葉にミカエラが頷いて、メモをパラパラとめくった。
「みんなでしっかり取り締まっているから、そのうち騒ぎは収まると思うわ……」
メモを閉じて、言う。なんとなくミカエラが見ている先を、トマスたちは眺めた。
「あたしの肢体、そんなに気に入ったかしら? なら、もっと間近でたっぷり堪能させてあげるわ」
「や、ちょっと、お助けーっ!」
そこには非常に露出度の高い「危険な水着」を着た桜月 舞香(さくらづき・まいか)、それに、
「お兄ちゃん、ミィナのこと影からこっそり撮影したよね? そうだよね?」
「いや撮影してないよ……ねえ、ところでなんで俺の足は凍っているのかな?」
「『サンダーブラスト』!」
「うぎゃーっ!!」
フリル付きの可愛いワンピース水着に身を包んだ桜月 ミィナ(さくらづき・みぃな)が、盗撮犯を取り締まっているようだった。
「トマス……なに、その格好」
足跡だらけになった男を引きずって舞香が近づいてくる。トマスは「聞かないでくれ」とだけ小さく答え、視線を反らした。
「トマスさん似合うね! とっても可愛いよ!」
電撃で真っ黒になった男を引きずり、ミィナもやってくる。トマスは恥ずかしさのあまり子敬の後ろに隠れた。
「首尾はどう、舞香」
「もう盗撮とかもほとんどなくなったみたいよ。細かく取り締まってるしね」
犯罪防止のために集まったメンバーは多い。海水浴客も多いとはいえ、彼らの働きにより不健全な動きはほとんどなくなっている。
「それー♪」
「えーい! 負けませんわよ〜」
「理沙様、チェルシー様、お茶のご用意が出来ましたわ☆」
落ち着いたからか、もうほとんど遊んでいるメンバーもいる。理沙にチェルシー、雅羅にルカルカは、多少周りに気を配ってはいるものの、ビーチバレーをして遊んでいた。
「……ところで、ロゼ様でよろしいんですよね?」
「そうだよ。変なことを聞くね」
お茶を出してから美麗は一応聞く。ロゼはすっかり通常に戻っていた。
――あれデス、と、ハデスの発明品は指し示す。
「あら? 兄さん、どこ行ったのかしら? まあいいわ。今のうちに水着に着替えちゃいましょう、アルテミスちゃん」
「ハデス様、どこ行っちゃったんでしょう」
僕と同じくらいの女の子二人が、仲良く並んで更衣室へと入っていくところだった。
あれが着替えるのを撮影しろって……? それって盗撮じゃないか!
いや、僕のしてきたことも盗撮なんだけど、着替えの盗撮なんてそんなの、いくらなんでも酷すぎる。
「どうしまスカ」
でも一応ハデスさんに言われたんだ、少しだけなら……
僕はそろりそろりと更衣室に近づいて、周りに誰もいないのを確認してから、ゆっくりと窓枠に手をかける。
「アルテミスちゃん、その新しい水着、可愛いわね」
「咲耶お姉ちゃんも、その水着、似合ってますよ」
人数はまばらだった。
が、やはり更衣室、彼女たちはちょうど、着替えている最中だった。その、生々しくて艶かしい光景に、顔が赤くなる。
「っ?! 誰かいるんですかっ?!」
が、ハデスの妹さんは気配を察知したのか叫んだ。ハデスの発明品が特別なスキルを使い、僕の気配をかき消してくれる。
窓から顔を出して妹さんが辺りを見回すが、
「……気のせいですね」
誰もいないのを確認し、窓を閉めた。
撮影は失敗……それでも僕は安心していた。超えてはいけない一線を、超えそうになった気がする。
僕は大きく息を吐いてその場を離れた。
「落ち着いたとはいえ、見回りは続けるべきだわ」
ミカエラがそう言い、子敬も「そうですね」と同意する。
「こうやって落ち着いた状況でこそ、動く輩もいるでしょう。私たちは従来の業務に戻りましょう」
子敬は続けて言う。
「従来のって、また俺はトマスにナンパするのか?」
「そろそろ着替えたい……」
テノーリオ、トマスは不満を言う。
「注目を引くのは事実なのよ。頑張って」
ミカエラは少し笑いをこらえるように言った。
「ううう……屈辱……」
が、本人の真面目な性格が災いし、言われた通りにテノーリオを引いて歩いてゆく。テノーリオは軽く肩をすくめた。
「あたしたちも、この辺りを見回るわ」
「ミィナも、舞香おねえちゃんと一緒に、悪い人を捕まえるよ!」
しばらく一緒に行動していた舞香とミィナもそう言う。
「ええ。あとでみんなでビーチバレーでもしましょう」
「うん!」
ミカエラがミィナの頭に手を置くと、ミィナは嬉しそうに目を細めた。そして、先を歩く舞香に、飛び跳ねるようにして付いてゆく。その度に、水着のフリルがゆらゆらと動いた。
「いつの世も、可愛らしい女子(おなご)というものはいるものですな」
子敬はかつて自らが所属していた古い中国の国、呉に存在した、二喬と呼ばれる姉妹を思い出して口にする。
「ええ。それに、そういうのを狙う連中もね」
ミカエラはどこか別の場所を眺めて言った。子敬に目配せすると、少し離れた場所にいる男の二人の逃げ道を塞ぐように、分かれて接近する。
「失敬、今隠されたものは、何ですか?」
子敬が口を開いた。反対側にはミカエラが立つ。
出来心で写真を撮った男たちも、御用となった。
「ふう……で、ナンパすんの?」
「いや、もうそれはいいよ」
テノーリオとトマスはひとまず、周りを観察することにした。
「ダメです……どこにもいません」
「全く……どこ行ったんだか、あいつら」
観察していたら、なんだか困った顔をしている二人がいた。
「……どうかしたのか?」
テノーリオは話しかける。トマスは離れたところで知らないふりをした。
「テノーリオ!」
二人のうち、男の方は黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)だ。
「それがな、ハルカとシェスカとはぐれちまったんだよ」
竜斗が言うと、もう一人、黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)が言葉を続ける。
「聞き込み調査をしているうちにふらふらとどこかへ行って、それから見つからないんです」
「ハルカは道に迷ってるだけだろうけどトラブルに巻き込まれる才能は高いし、シェスカは男漁りが目的でフラついて、何かやらかしそうだ……不安でな」
「そうか。しかし、この人ごみじゃあなあ」
時刻は昼を少し過ぎたあたり。まだ人は多い。
行方不明になった人を探すのは、少々骨だ。
「あの、ところで、」
ユリナはテノーリオの少し後ろを示し、
「そちらの方は?」
トマスに向かって言った。トマスは全速力でその場を離れた。
「咲耶ちゃん、アルテミスちゃんも」
「さゆみさん!」
セレン、セレアナ、そしてアデリーヌとともにパラソルの下で海を眺めていたさゆみは、偶然にもすれ違った知り合いに声をかけた。高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)と、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)だ。
「偶然ね。遊びに来たの?」
「ハデスも一緒?」
セレン、セレアナが続けて問う。
「はい。一緒なんですけど、はぐれてしまって」
「……きっとまた、変なものでも見つけたのでしょう」
アデリーヌが言って、その場の全員が苦笑した。
「ねえー、せっかくだから、みんなでビーチバレーしましょうよ!」
遠くからルカルカが声をかける。
「いいんですか?」
「もちろん。多いほうが楽しいわよ!」
理沙も手を振る。
咲耶とアルテミスは、嬉しそうに駆けだした。さゆみやセレンたちも続く。
そうやって大所帯になって盛り上がるビーチバレーを、ミィナは少し羨ましそうに見ていた。
「そろそろこのあたりも落ち着いたから、あたしたちも遊びましょうか」
そんなミィナに、舞香が声をかける。
「いいの?」
「もちろん。ただし、ちゃんと周りには気を配ってね。まだどんな人がいるかわからないから」
「うん!」
ミィナは頷いて、海に向かって駆ける。
「行きますよ、咲耶お姉ちゃんっ! このセットはもらいますっ!」
ビーチバレーも盛り上がり、周りにはギャラリーも集まっていた。そんな中で、アルテミスがサーブのため、大きく手を振りかぶる。
その瞬間、なにかが発動し、アルテミスのビキニの水着の紐がほどけた。敏感な何人かのメンバーがその気配に気づく。ミィナも邪念を察知し、立ち止まった。
「……ふえっ?」
突然のことに、アルテミスは呆然とし、
「きゃ、きゃああっ!」
気づいて勢いよくしゃがみこんだ。何人かが彼女を取り囲み、ガードする。
「今のは!?」
「『サイコキネシス』!? どこから!?」
ビーチバレーをしてたメンバーが辺りを見回すが、見つけられない。
「クソッタレェェエエ! どこのどいつだぁぁああ!!」
ロゼが闘気を解放して立ち上がった。
「舞香お姉ちゃん!」
ミィナたちは、その場から離れた影を察知していた。舞香が立ち上がる。
「遊ぶのはあとでね!」
「うん!」
そして、並んで走り出す。
「ホント、男って最低ね。女の子の怖さ、身体に教えてあげるわ……」
走りながら、舞香はそう呟いた。
――なにをやってるんだよっ!
僕はハデスの発明品を振り回す。
「絶好のシャッターチャンスの演出ヲ」
そんなのいいんだよ! あんなことするなんて!
「デスが、ハデス様からはそういう命ヲ」
そう、なんだけどさ。
僕はふう、と息を吐いた。全速力で逃げてきたため、まだまだ肺が疲れている。
気づけばすっかり人気のない、岩場の多い場所へとやってきていた。人もいない。
「……はあ。竜斗さんたちとはぐれてしまいましたわ」
と、思っていたら人がいた。岩場をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、一人の女の人が歩いている。
「そんなに離れてはいないと思うのですけど……人のいる方に行ったほうがよろしいでしょうか?」
いくつかの岩を飛び越え、彼女は岩場に座った。
「調査しているのなら、見つけてくれるかもしれないですわね。少し休憩しましょう」
岩場に腰掛けたまま、体を伸ばし、反り返らせる。
大きな胸がさらに強調され、長い髪が岩場に流れる。心がどくんと跳ね、僕は衝動的に、自分のカメラを手に取っていた。
「ピ、警告、近づいてくる人の気配有り」
ハデスの発明品がなにか言っているが、気にしない。
僕は思わず、その光景を撮影していた。
「はーあ。どっかにいい男かいい女が落ちてないかしらねぇ」
シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)は、しばらく人の多いところを散策していたが、流れるようにこの場所に近づいてきていた。
いい男がどこかにいないかと探っていたが、残念なことにいい男だと思った全てが連れがいるという状況だった。
「……ん?」
岩場に近づくと、カメラを構えている男がいた。
(もしかして、あれが噂の?)
こんなところでなにを撮っているのかと思い奥を見てみると、そこには見知った顔があった。
(ハルカ……あんなところでなにを)
取られているのは椿 ハルカ(つばき・はるか)だった。シェスカは頭を抑える。
改めて男を眺める。年齢は10代半ば、背は平均の下くらい。体は……あんまり鍛えていない感じ。
シェスカのいう「いい男」の基準からは遥か遠かったが、とっ捕まえて警察に突き出すって脅してやれば言うこと聞いてくれそうだ、と邪な考えを抱き、シェスカは男に近づいていった。途中、なにか目に見えないものとすれ違った感じがするが、気にしない。
「ねーえ、あなた」
男はびくりと大きく反応し、慌てて振り返って尻餅を付いた。振り返ってみると顔立ちはまあそこそこの可愛い系少年で、まるで蛇にでも睨みつけられたリスのような表情をしていた。
(あら可愛い)
その仕草は、ちょっとだけツボ。シェスカはあえて胸元を強調するように前かがみになり、男に迫った。
「なにをしているのぉ? あっちにいるの、私の連れなんだけど?」
「………………」
男は喋らない。どうやって視線を動かせばいいのかも、わかっていないような感じだ。
「今、撮影してたわよね? ちゃんとあの子の許可をもらったの?」
「………………」
喋らない。
「ねえ。まさか、話が通じないわけじゃないでしょぉ?」
喋らない。
シェスカは息を吐いて、少し乱暴に男のカメラを取り上げた。
「ぁ……」
そこでやっと男が言葉を発した。言葉というより、息を吐いただけのようにも聞こえたが。
「か、返して……」
データを確認する。シェスカの写真が何枚かと、
「風景?」
夕日の写真とか、虫の写真とか、動物の写真とか。遡ると盗撮と思しき女の子の写真もいくつかあったが、それらも全て、ピント、ポーズ、写真を撮るタイミング、全てがピカイチだった。
「ふうん……上手ね」
カメラを渡すと、男は慌ててカメラを受け取り、
「……ありがと」
ぼそぼそとそれだけを口にした。
「なんであの子を?」
「それは……」
ギリギリ聞き取れるくらいの大きさで、
「綺麗、だった、から……」
ぼそぼそと、小さく口にした。
「ふうん」
シェスカはそれを聞いて、ちょっとあることを思った。そして、思ったことをそのまま口にした。
「綺麗なものなら、こそこそと撮影してもいいの?」
「……え?」
「写真、撮るの上手じゃない。あなたみたいな人が、盗撮なんてするの、もったいないわよ」
「もったい……ない?」
「ええ」
シェスカはもう一度カメラを取り上げ、言葉を続ける。
「綺麗だと感じたなら、まっすぐ正面から、堂々と撮ればいいのよ。隠れてこそこそ写真を撮るなんて、それは綺麗なものを汚す、醜いこと。ひどいことよ」
「………………」
「そんなことをしたら、取られた人にも、そのカメラにも、それに、そんなふうに、綺麗って感じたあなたの心にも、失礼。そう思わない?」
「………………」
男はカメラをじっと見つめ、そして、シェスカの顔を見つめて口を開く。
「……そんなこと、考えたこともなかった」
「そ」
シェスカは男の鼻に指を乗せ、
「じゃ、少しは考えなさい。でないと、いい男にはなれないわよぉ?」
男は顔を赤く染めた。
「見つけた!」
そんなことをしていると、二人の人影が向かってきた。舞香とミィナだ。
「その人ですか、盗撮犯は!」
「お仕置きしちゃうんだから!」
二人は今にも飛びかかってきそうな勢いだったが、
「違うわよぉ、彼は盗撮犯じゃないわぁ」
シェスカがカメラを掲げて言う。
「え、そうなんですか?」
「そうよぉ。確認したもの。変なデータは無し」
「……そうですか」
こっちに来たと思ったのに、と舞香は呟き、男を睨みつける。男より先に舞香が視線を反らし、二人はそのまま、その場を立ち去った。
「シェスカ!」
そして、舞香たちと入れ替わりで竜斗とユリナが現れる。
「シェスカさん、探しました」
「ハルカは、一緒じゃないのか?」
「ああ、ハルカなら……」
指し示すより先に、岩陰からハルカが姿を現した。
「ふああん……おはようございます」
「ハルカさん……寝てたんですか?」
「ええ。少しだけですけど」
あふ、とあくびをしながら、ハルカは続ける。
「賑やかで楽しそうな声がしたから、目が覚めましたわぁ。ふふ、やっと合流できました」
のんびりとした口調でそう言った。
「はあ……見つけたら安心しました」
ユリナが笑顔を浮かべて言う。
「そうだな。まあ、こんなところで立ち話もなんだ、海の家に戻ろうぜ」
竜斗も軽く息を吐き、そう言ってユリナの手を取り歩き出す。
「あの……カメラ」
男がシェスカに向けて声を出した。そういえば、取り上げたままだ。
「返して……僕、それがないと、いろいろ、その、自信、持てなくて」
「………………」
シェスカは息を吐いて、男の手のひらにカメラを戻した。
視線を移すと、ハルカがこちらを向いてなにか微笑んでる。
……聞かれていたな、とシェスカは思った。全く、慣れないことはすべきじゃないな、とシェスカはしみじみ思う。お説教なんてキャラじゃないのに。
「………………」
それでも、カメラを手に、儚げな顔を浮かべているこの少年を見ると、ちょっとだけ、放っておけなかったんだ。
勘違いしないで欲しい。
これは、恋なんかじゃない。
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