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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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■開幕:彼の地を思いて


 ぽたぽたと滴が落ちた。
 その様子を久瀬 稲荷(くぜ いなり)は眺めていた。
 彼の視線の先で九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず) がエンジェルの看病をしている。ギュッと絞られたタオルを寝ているエンジェルの額に添えると、彼女の表情が和らいだように感じられた。
「様子は?」
「相変わらずです。原因は……不明ですね」
 久瀬の問いに九条が答えると「シャンバラ王国とは似て非なる機昌技術……」と、東 朱鷺(あずま・とき)が呟くように口を開いた。
「朱鷺は機昌技術には造詣が深くありませんので、正確にはわかりませんが、恐らくこの擬似翼が彼女にとって良くないのでは……」
「おそらく、そうでしょう」
 その言葉に、九条は頷いて眉を寄せた。
 背中から生えている翼の根元、まるで機械に浸食されているように肉と金属とが混じっていた。医学的治療だけで解決できる問題には見えなかった。未知の施術、下手に手を出しては危険というのが彼女の判断だ。
(――医者の手が届かない領域というものは確固としてあるものです)
 思うが、だからといって諦めるというのもまた違う。
 もとより彼女の中に諦めるという判断はない。
 九条は近くにあった椅子に腰かけると瞼を閉じた。
「今は、待つ時です」
 そんな九条たちの会話を僅かに離れた部屋の隅で聞きながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)が呟いた。
「エンジェルさんが目覚めるのを待っていたけど、目が覚めないのには理由があるのかもしれない」
 石女神の遺跡で判明したアイギスの研究……それにエンジェルが関係しているかもしれない。その推測に、同意するように御凪 真人(みなぎ・まこと)は頷いた。
「兎も角、理由と解決法を探すためには……あの遺跡を調べる必要があるのは、確かですね」
 その言葉に振り返った久瀬に、真人が「俺達がいきます」と制した。言外に、貴方はここにいてください、と語るその表情に、複雑な表情で「頼みます」と搾り出すように言った久世に、真人は笑って肩を軽く叩いた。
「頼るだなんて水臭いこと言わないでくださいよ」
 どちらかが託したり預けっぱなしていることではないのだ。出来ることをしに行く。したいからそうするだけのことだ、と気負わないようにと笑みを送って、真人達はその場を九条たちに任せて、それぞれ遺跡へと向かうことにしたのだった。



 そうして、真人達が出て行って、エンジェルと久瀬、九条の三人きりになった部屋の前。
 影のように佇む人影……紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が背中を壁に預け、二人の会話を聞いていた。
(まったく……危なっかしくて放っておけないよな)
 なにかと事件に巻き込まれる久瀬たちを心配し、紫月は人目を避けながら護衛をしていたのだ。ゴアドー島から続けているため、護衛の期間は結構長い。
「――ん?」
 ガタッという音が聞こえた。
 誰かが席を立ったのだろうか。
 直後に九条の声が聞こえてきた。
「……久瀬さん、どちらへ?」
「私がここにいてもできることはありませんよ」
 彼の言葉に紫月は眉間にしわを寄せる。
(そういうことじゃねえだろうに)
 彼は視線を扉の向こう――僅かに覗ける窓ガラスの奥へと向けた。
 久瀬の人間性も心配になってきているのだろうか。まるで過保護なお母さんのようである。
 そんな紫月の気持ちなど知る由もない二人は話を続けた。
「久瀬さんはエンジェルさんを守りたいと思ったから『今』この場にいるのでしょう? 守ると心のなかで誓ったなら! その時既に行動に移しているのが教員です!」
 彼女にしては珍しく熱の入った言葉であった。
 九条 ジェライザ・ローズという人物を形作っているものが言葉の中に見えてくるようだ。事実、彼女の信念のようなものがあったのだろう。医者としての立場というものもあるのかもしれない。
 九条の言葉に動かされるように、久瀬がエンジェルを見た。
 いまだ目を覚まさない彼女の姿は久瀬の知る人物に重なって見える。
「ただ見ているだけでは救えないものもあります」
「見ていなければ失うものもありますよ。皆が自分にしか出来ないことのために動いてるんです。久瀬さんもそうすべきです」
 互いに引けない一線があるのだろう。
 二人は睨み合いながら対峙した。

「どっちも引きそうにないなあ……」
 背中に冷たい物が落ちるのを感じながら紫月は呟いた。
 あいつらに任せておけ、と言ってやったほうがいいのか、それとも意思を汲んでやった方がいいのか。
「胃が痛くなる話だ……」
 そのうち胃に穴が開くのではないかと心配をしながら彼は件の研究施設のことを思い浮かべた。
(あっちはどうなってるんだかねえ――?)