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腐海の底で

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腐海の底で

リアクション

 プロローグ

「本当に行くつもりなの?」
「うん。ほら、私、足だけが取り柄だから、ここで待っていてもすることないし」
「危なくなったらすぐ戻ってくるのよ? 絶対だからね?」
「わかってる。大丈夫」
 心配そうにするリィにエイラが応じる。契約者達が樹海に入って行くのを見送ると、簡易キャンプのようになった拠点に残っているのはアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)、そしてリィだけとなった。適宜休憩、補給、治療のために人が戻ってくるため、常駐するのはこの人数となる。
「さて、私は出番が来るまで寝るのじゃ。ここはまだ寝心地が良さそうだからの」
 くぁ、とあくびをしながらアーデルハイトがテントに潜り込む。それをあきれ顔で眺めつつ、アクリトがため息をつく。
「それにしても、少し意外でした。アクリト様は真っ先に入っていくと考えておりましたので」
「ああ、基本的に我々引率が最前線に立つのは事情がある時か、決定的に戦力が偏る予測が立った時だ。特殊な役割がある場合も前線に立つが、連絡役は佐野がいる以上必要ない。後方にいなければ進められないことや、試しておきたいこともあるのでな。実地でのデータ採取だけが研究ではない」
「そういうものなのでしょうか」
 リィは首を傾げながらアクリトの答えを聞き、気を取り直して、樫の杖を地面に突き立てた。やがてぼんやりとした緑のオーロラのようなものが拠点の周囲を覆う。不思議な清涼感に辺りが包まれていった。
「この規模なら少し気を抜いても破れることはありません。それで、アクリト様、試したい事とは?」
「お前たちの能力を擬似的に発現させ、変異種に損傷を与える機器のテストをするつもりでいた。リアクターそのものはお前に代用してもらう。エイラのいる所では、彼女にも影響しかねない。こちらでやる必要があった」
「エイラに?」
 アクリトが少し眉を吊り上げる。しばしの逡巡の後、アクリトはリィから視線を外した。
「気付いていないか。エイラは既に、人の体構造を失っている。変異、というべきなのだろうが、あの安定度は、元々あの構造が本来の姿だという証左にもなりかねん」
「……え?」
「瘴気を生む大型の変異種と同様の特徴が見られる。結晶との融合とその性質の発現だ」
 リィが言葉を失う。アクリトはただ淡々と事実のみを述べた。
 アクリトの眼が樹海に消えた小さな背中を見ようとするように細められ、静かに閉じられた。