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リアクション
その2
他の場所 ―トイレ―
「ふう……」
女の子向けコーナーがとりあえず落ち着いて、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は再びトイレに向かった。
個室は全て洋式、ウォシュレット付きだ。
「おもちゃが動いている」という現象が機械のジャックによるものだとしたらこちらにも影響があるかとも思ったが……どうやら、問題ないらしい。
おかげでいろいろと慌ただしい工場の中でも、この場所は比較的落ち着ける場所になっている。ネージュも落ち着いて、トイレに腰かけているわけだ。
「うん?」
が、彼女がなにか物音を聞いたような気がした。
がたがたと、風で窓が揺れたような、そんな音。
トイレの水を流して立ち上がり、音が聞こえた奥の個室へと向かう。おっかなびっくり奥へと進むと奥は閉まっており、鍵もかかっていた。
「あの……どちら様ですか?」
訪ねてみる。が、返答はない。
怖くなったが、それでもおじけずに手を伸ばす。軽く握り拳を作り、軽くドアをノックする。
『はい』
くぐもった声が聞こえた。ネージュがびくりと体を震わせるが、
「な、なんだ、誰か入ってたんですね……」
息を吐いてそう言い、心を落ち着かせる。
『ねえ』
ふう、と息を吐いたところでまた声が聞こえた。ネージュの肩に、また力が入る。
『遊びましょう』
その言葉に、ネージュは少し後退した。一歩、二歩と進んだところで、奥の個室の扉が開く。ネージュは「ひっ」と声を上げて駆け出そうとしたが、なにかが足に引っかかって走れなかった。
「わ、わあっ!」
そして、足に絡まったものに引かれ、ネージュの足は地面から離れた。空中で振り回され、彼女の体は一瞬で奥の個室へ。
「ひっ……」
そこにいたのは……人形だった。
赤い服を着た、黒髪の人形。足に絡みついているのは人形の伸びた髪だった。髪に隠れ、表情も見えない。
『遊びましょう……』
ネージュの体が少しずつ個室の中へ。うねうねと動く髪が彼女の体全体を包み込み、そして、彼女の体が吸い込まれそうになったとき、
「はあっ!」
声が聞こえ、なにかの閃光が目の前に走った。ネージュの体は自由になって投げ出され、その、彼女の体を誰かが空中でキャッチする。
「み、美緒さんっ」
「こんにちは」
のどかに返事をするのは泉 美緒(いずみ・みお)だ。
ネージュが美緒に抱えられたまま振り返ると、剣を振るっていたのはラナ・リゼット(らな・りぜっと)だった。
「なんなんですか、これは」
ラナが人形を見て口を開く。
ラナの左右からは髪がゆっくりと近づいてきていて、ラナはじりじりと後退する。
「いったんここを出ましょう」
美緒がいい、ラナが頷く。二人はそのまま身を翻し、伸びる髪を回避しながらトイレから出た。
「ふう……いろいろなものがありますね」
入り口の扉を閉めてラナが言う。
「ネージュ様、ご無事ですか?」
美緒がネージュを降ろしていった。
「ありがと……なんか今日は助けられてばっかりだよ」
ネージュはため息混じりに言う。
「しかしこの状態だと、ここはしばらく使わない方がいいかもしれませんね」
ラナがそう言った。
「「え」」
美緒とネージュの声が被る。
「危険ですからね。トイレを使うのなら、他の場所に行くか、それとも、」
ラナが後ろを指さす。
美緒たちが振り返ると、そこには男子トイレがあった。
「ラナさん! それは無理です!」
「そそそそれは越えては行けない一線ですよ!?」
二人して反論する。ラナはその反応が返ってくるとわかっていたのかふふふと楽しそうに笑い、
「他の場所を探すか、あの人形をおとなしくさせるか。二つに一つですね」
そう言葉を続けた。
広い工場なので、トイレはいくつかあるだろう。が、どこがどうなっているかというのはわからない。それ以上に、他のトイレが無事かどうかも怪しい。
そう考えると、あの人形に対抗したほうが早いような気もする。次にトイレに行きたくなるときのことを考えると、ここを確保しておきたかった。
「そういえば、あの人形」
ネージュが人形のことを思い出して口を開く。ラナと美緒は振り返った。
「……ちょっと、古かったよね」
「人形のそばでそのことは口にしないほうがいいかと」
「ダメですよネージュ様、人形とはいえ女の子、そんなこと言われると傷つきます」
二人の反応はあさっての方向だった。
「そうじゃなくて!」
ネージュはぶんぶんと手を振って反論する。言いたいことが出てこないらしく、頭を抱えたり指先を頭に当てたりと忙しい。
「なんていうか……新しく作られた人形って感じじゃなくて!」
せわしなく動いたのちにそんなことを言う。その言葉に、ラナはあごに指をやった。
「そういえば、この工場、」
そして言葉をつむぐ。二人の視線が向いた。
「確か、古いおもちゃの修理なども請け負ってましたよね」
「ああ……」
美緒が思い出したように頷く。
「さっき、ポスターもありましたよね。古いおもちゃや人形、ぬいぐるみを修理してくれるとか」
「あるいは……引き取ってくれたりとか」
美緒とラナで言い合う。
この工場は新しいおもちゃを作るだけでなく、「古いおもちゃの修理、回収」なども行っていた。
バラミタ自体がまだ一般の人が行き来できるようになってからそれほど経っていないということもあり、おもちゃは持ち込まれたものが多い。それらは修理したかったりするとわざわざ移動しなくてはならないため、この工場がその中継点として、役割を担っていた。
「あの人形……例えば、誰かが修理に依頼した人形なんでしょうか」
美緒がぽん、と手を叩いて言う。
「あるいは、もう不要ということで、引き取られたか」
ラナもあごに手を当てたまま、口を開く。
「と、言うことは、あの人形は、」
ネージュが言葉を続けた。
「遊びたい……だけ?」
が、いざそれを口にしてみると本当にそうであるのかの確信が持てない。
確かに、遊ぼう、とは言っていた。しかし、なぜトイレにいるのかなど、疑問は尽きない。
「考えていてもしょうがないよね」
ネージュはすくっと立ち上がる。
「あたし、あの人形と遊んでみる!」
そして、そのように口にした。
「ネージュ様、いくらなんでも危険です!」
「まだ推測の段階です。不確定要素が多すぎます」
「それでも!」
ネージュは二人の制止を遮って、声を上げる。
「あの場所をそのままには出来ないでしょ」
いざというときにトイレが使えないと困る。
「そう……ですよね」
なぜか美緒が頷いた。ラナは大きく息を吐く。
「わかりました。私たちが援護します」
ネージュはこくりと頷いた。
「あの、ネージュ様」
美緒が口を開き、ネージュが彼女のほうへと顔を向ける。
「出来れば……早めにお願いします」
ちょっとだけ内股でもじもじしながら美緒が言った。ネージュは微笑んで、「任せて」と答えた。
女子トイレに入ると、髪の毛がもう全体に広がっていた。
うねうねと伸びるその髪の毛は、ネージュの進入に気づいて彼女に近づく。彼女の手足の自由を奪おうとまっすぐに、髪の毛が伸びてきた。
「あの!」
ネージュが声を上げると、髪の毛の動きが止まる。
「あの……」
そのままゆっくりと、一歩ずつ一番奥の個室へ。便座に座った黒髪の人形が、わずかに顔を上げた。それでも長い前髪に隠れ、表情は見えない。
ふう、とネージュは息を吐く。
「あの、あのね、」
そして、小さく、少しずつ、言葉をつむいでゆく。
「あたしでよかったら……一緒に遊びましょう」
その言葉に、うねうねと動いていた髪の毛が止まる。人形が、またわずかに顔を上げた。
『ほんとう?』
人形の声は幼い子供のように高いものだった。
『遊んでくれるの?』
人形の言葉に、ネージュはこくりと頷いた。
「うん」
そして、改めて言葉を口にする。
笑顔で。とびっきりの笑顔で。
「なにして遊ぼっか」
人形はしばらく静止していた。動かず、彼女の言葉を一つ一つ、噛み砕いているようだった。
髪の毛が再び動き出す。髪の毛はネージュの体を包んでゆく。
「ネージュ様!」
影から見ていた美緒が叫び、飛び出そうとする。
「来ないで、大丈夫」
ネージュは美緒たちにそう言って、彼女たちを制止する。
「大丈夫だから……きっと」
髪の毛に包まれる。それに、恐怖を感じなかった。ゆっくりとまるで壊れ物を扱うようにくるんでくるその髪の毛に、優しさすら覚えた。
(大丈夫)
ネージュは息を吐き、そう心に言い聞かせる。そして、手を伸ばした。
人形の手も伸びる。人形の手と、ネージュの手が、重なった。
『わあ! 可愛い人形!』
黒髪で、和服で。人によっては不気味にも見えるであろう人形を、その女の子は可愛いと言ってくれた。
もともとおばあちゃんっ子で、おばあちゃんの和の趣味を目にしていた彼女だからこそ、その言葉が出てきたのかもしれない。おばあちゃんも大事にしてくれたが、その子がそう言ってくれたことが、わたしは嬉しかった。
おばあちゃんの手から渡された人形は、それからずっと、彼女と一緒にいた。
いろいろな服を着せてもらって。
おもちゃとはいえ、ご飯も用意してもらって。
時には一緒にお風呂に入ったりして。
その女の子と一緒に過ごす時間が、幸せだった。
女の子は泣き虫だった。
嫌なことがあったり、怒られたりしたときは、よくトイレにこもってわんわん泣いたものだ。
寂しいから、いつもわたしを抱いていた。
しばらくわんわんと泣いて、そして、泣き声がやむと、小さくノックの音が聞こえるんだ。
女の子のママは優しい声で、名前を呼ぶ。女の子はゆっくりとドアを開き、ママに「ごめんなさい」と小さく謝る。ママは「怒ってないわよ」と言い、彼女にお茶を入れてくれた。
彼女の分と、そして、小さなカップに入れられた、わたしの分。とっても優しい、素敵なママだった。
そして、しばらく泣いたから落ち着いたのか。お茶を飲んで、ママの手作りのクッキーを食べて。
『ねえ、お人形さん』
それから、優しい声で言ってくれる。
『なにして遊ぼっか』
嬉しかった。
幸せだった。
とても温かな中で、わたしはずっといられた。
でも、そんな時間は永遠には続かなかった。女の子も大きくなって、わたしと一緒に遊んでくれることはなくなった。
やがて、女の子の一家はどこかへ引っ越して、わたしもそれについていった。
でも……それからは、箱に入ったままだった。
ずっと暗い中で、彼女が出てくるのを待っていた。
前みたいに、明るく振る舞ってくれるのを待っていた。
でも、ものすごく久しぶりに箱を開けた女の子は、もうママくらい大きくなっていて。
すごく、驚いてしまった。
『懐かしいなあ……この人形』
久しぶりに抱き上げられ、わたしは嬉しかった。久しぶりに、遊んでもらえる。
でも、彼女は遊んではくれなかった。部屋にも飾らず、またわたしは箱に詰められて、どこかに連れて行かれた。次に箱が開いたとき、目の前にいたのはおじさんだった。
『いい人形だ』
おじさんは優しくそう言って、わたしを抱き上げた。
『大事にされていたんだね……古いのに、ほとんど汚れてない』
そして、そんなことを言う。
『でもなあ……売り物にはならんなあ……髪の毛が伸びて呪いの人形とか言われそうだ』
ははは、とおじさんは笑った。
それからまた箱に詰められ、またわたしは、待った。次に箱が開くのを。
次に気がついたとき……わたしは変な感覚を覚えていた。
手が動く。手だけじゃない。体全体が、動く。
わたしは自ら箱を開け、外へと出てみた。
出てみたら、外はとんでもなかった。
銃を持った人形が他の人形を撃ち、ナイフを持った人形が他の人形の服を剥ぎ取る。
「あら……いい着物ね」
ナイフを持った人形はわたしを見て言った。
「それもいただくわ」
わたしは恐怖のあまりに逃げ出した。
逃げた先は、トイレだ。女の子が小さいころ、逃げるように入っていたトイレ。その、一番奥の個室。
わたしは泣いていた。女の子と同じように。
泣き声がやんだら、ママがノックしてくれる。そう信じて。
でも……誰も来なかった。
ママが来ない。振り返っても、女の子もいない。
わたしは、一人なんだ。
お茶を入れてくれる人も、着替えさせてくれる人も、お風呂に入れてくれる人もいない。
わたしは……一人なんだ。
怖くなった。
髪の毛が伸びて、呪いの人形になる?
女の子の友達や、おじさんが言っていたことを思い出す。
自分というものがなくなっていく感覚。
そもそも、自分はなんなのかという感覚。
わからない。
わからない。
わからない……
『あの……どちら様ですか?』
声が聞こえたとき、わたしは声を出そうとした。でも、声は出なかった。
「はい」
代わりに出てきた声は、自分でもとても驚くような、怖い声。
『な、なんだ、誰か入ってたんですね……』
それに答えた声も、震えていた。
もう、わたしは可愛がられることはないんだ。
怖がられる対象なんだ。
遊びたいだけなのに。
遊びたいだけなのに遊びたいだけなのに遊びたいだけなのに!
「ねえ、遊びましょう」
自分が壊れていくのがわかる。
おばあちゃんが、女の子が育ててくれたわたしの心が、消える。
目の前にいる人物はきっと、わたしを恐怖の対象としか思ってない。
もう、わたしと遊んでくれる人はいない……
『あの! あの……』
さっき痛めつけた女の子が戻ってきた。
どうして? もうわたしは、恐怖でしかないというのに。
『あの、あのね、』
女の子は小さく言葉をつむぐ。
それは、昔、わたしを抱いてくれた女の子みたい。
頼みづらいことをママやパパに頼むときの。
懐かしい……そう思った。
『あたしでよかったら……一緒に遊びましょう』
そして、女の子はそう言った。
ぱあっ、と、目の前が開いた感覚。懐かしさと嬉しさとで、胸がいっぱいになる。
「ほんとう? 遊んでくれるの?」
わたしの言葉に、女の子はこくりと頷いた。
『うん』
そして、とびっきりの笑顔で、満面の笑みで、彼女は言った。
『なにして遊ぼっか』
わたしは、ずっとその言葉を待っていた。
女の子といられて嬉しかった。
ママとパパと一緒にいて、楽しかった。
幸せだった。
あの時間をもう一度、味わいたかったんだ。
だから……手を伸ばす。
あのときの温かさを、もう一度、感じるために。
幸せな時間に、一度だけ、戻るために。
わたしは……手を伸ばした。
「すぅ……すぅ……」
「ネージュ様、寝ちゃいましたね」
「そのようですね」
美緒とラナはすっかり寝入ってしまっているネージュを見つめた。
彼女は古い日本人形を抱きしめていた。その人形は穏やかな表情を浮かべ、静かに目を閉じている。
「どうします?」
「起こすのも悪いですから、このままにしておきましょう」
「そうですね。わたくしたちは、周辺を確保しましょう」
「ええ」
二人はそう言って、最後に優しい笑みを浮かべてその場を去った。
人形はきゅ、っとネージュの手を握り、笑みを浮かべる。
「へへ……」
ネージュも優しく微笑んだ。
食堂
「うおっ!」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は飛んできたフライパンを回避した。
彼はもともとバイトの一環として工場に来ていたのだが……俺は平和にバイトの一つも出来ないのか、とりあえず自体をとっとと片付けてやる! と意気揚々と食堂にたどり着いたのはいいのだが、
「なんですかねえあれは……」
社員食堂の調理場を占拠しているのはぬいぐるみやら人形やら、よくわからないものたちだ。共通しているのは、パン屋などで見る白い帽子を被っているということ。
暴れている人形かと思って殴りかかろうとしたら、鍋やらフライパンやら調味料やらが飛んできたので今は隠れている。
「大変どすなぁ」
「ああ大変だぜ……ってうお!」
いきなり話しかけられて唯斗は驚いた。気づくと左右に高崎 トメ(たかさき・とめ)、高崎 シメ(たかさき・しめ) が座り込んでいる。
「こちらではなにが暴れてはるん?」
シメが聞いてくる。
いつからいたんだよ……と唯斗は文句を口にしながらも、状況を説明した。
「見えたわ……なんだろう、コックみたいな人形ね」
高崎 朋美(たかさき・ともみ)も近くにいた。少しだけ顔を出して、様子を伺う。
どうやら、彼らは調理場で料理をしているらしい。おもちゃの料理ではなく、実際の材料を使って実際の料理を作っているようだ。
もっとも彼らは人形サイズなので、小さな魚を捌くだけでもマグロの解体ショーのようになっている。道具も人間の道具を使っているので、四苦八苦しているようだ。
「……どう思う?」
朋美が三人に聞く。
「どうって、そりゃ暴れまわってる連中なんだろ? どうにかして止めないと」
「そうなんやけどなあ」
唯斗の言葉に、トメが疑問を呈した。
「ボクたち、さっきまで女の子向けのおもちゃコーナーにいたんだけど……なんていうんだろう、そのおもちゃの『本来の目的』に沿っている気がするんだよね」
「本来の目的?」
唯斗がその言葉を聞き返す。朋美はこくりと頷いた。
「さっきは着せ替え人形が衣服を集めて暴れてたんよ」
トメが口にする。
「ってことは、まさかとは思いますけど、」
唯斗が口にすると、朋美はこくりと頷き、
「多分あの子たち、女の子向けコーナーから来たと思うんだよね。だとしたら、彼らはただ、」
「料理したいだけなんどすなぁ」
朋美とトメが口にする。
唯斗が半信半疑でもう一度調理場を見る。
料理場にはシェフと思わしき人形たちが数対、その近くにはテーブルがあり、食器を並べて座っている人形たちも見守っている。
「人形が動き出して、わざわざままごとをしてるって言うんですか? 信じられないんですけど……」
「ボクたちだって信じられないよ」
唯斗の言葉に朋美は答えた。
「でも、彼らの行動に悪意のみがあるとはとても思えないんだ」
「いろいろ投げてきたんですけど」
「邪魔しようとしたからでしょ」
朋美は唯斗の言葉を否定するとふう、と一度息を吐いて、
「もしかしたら、だけど。友好的に接してみたらどうかな?」
そのように口にした。
唯斗だけでなく、トメ、シメもうーん、と唸り声を上げる。
やがてなにか思いついたのか、シメが立ち上がってすすすと調理場の隙間を隠れるように進んでいった。なにをするのかと思うとテーブルに座っていた一体のクマの人形を他に気づかれないように手に取り、それを朋美たちの元へと連れてきた。
「かわいいくまさん。……何をしたいのか、教えてくれるかぇ?」
そしてちょっぴり小首を傾げてクマに聞く。
「こうやって動けるようになったのはちょっとしたハプニングやろうけど、あなたたちにはちょっとしたラッキーでしょ? みすみすこのラッキーをおジャンにするんでなく、騒動を穏便に解決できれば、くまさんたちの本当の望みだって叶うかもしれへんよ?」
ついでにさりげなく騒動の原因を尋ねたり。
クマの人形はそれほど警戒しているようではなかった。両手をばたばたと動かしてなにかを言おうと(?)しているように見えたのでシメは人形を床に降ろす。
人形が手をばたばた振って、なにかを運ぶような仕草を見せ、そして、それを口に運ぶ様子を見せる。
「なるほどねぇ」
それを見てシメはこくこくと頷いた。
「わ、わかるんですか!?」
唯斗が思わずそう尋ねると、
「さっぱりわからへん」
シメがそう言って皆が倒れこんだ。
クマの人形は用は済んだとでも言わんばかりにそのままとことこと元の場所へと戻ってゆく。
「なんにもわからへんけど……悪意があるわけではなさそうやねえ」
シメはそう言って、クマの人形を追った。
「トメ、一緒にいこ?」
「はいはい」
呼びかえられたトメも歩いていった。朋美も息を吐いて彼女らを追い、唯斗が残される。
「けったいなことしてまんなあ。どれ」
「せっかくやから、朋美。あんたにちゃんとした料理を教えるさかい」
「ええ!? いいよ、ボクは」
「そないなこといわんとき。秘伝の料理を教えたるわ」
「ええー」
残された唯斗はにぎやかになってきた雰囲気に息を吐いて立ち上がった。
見るとシメ、トメはエプロンをつけて人形たちと並んで包丁なりおたまなりを持ち、料理する気満々になっている。朋美も興味津々と言うわけではないが二人の作業を見つめていて、彼女らの周りでは人形が手を貸したりしていた。
「うんうん。やっぱり朋美には女の子らしいことが似合うわ。油まみれになるんやなくて、こういうことも大事なんやからなあ」
「機械油のほうが扱いやすいよ……わぁ」
「料理になると不器用やなあ」
いつのまにかトメ&シメ料理教室になっていて、朋美が文句を言いながらもいろいろと教わっていた。
「なんですかこの状況……」
唯斗は息を吐く。
料理場の人形たちは皆、おとなしく料理が出来るのを待っている。彼らは似たような形をしている人形たちなので、家族かなにかなのだろうか。
だとしたら……朋美たちの言うとおり、本当に料理を待っているだけなのかもしれない。おもちゃが勝手に動いているだけで驚きなのだが、それがおもちゃの役割どおり? 全く、この現象はよくわからない。
「朋美が握ったんや、どない、お一つ」
「あ、どうも」
唯斗は運ばれてきた握り飯を一つもらって、運んできたトメに例を言う。
人形たちの前にも小振りなおにぎりが。食べれるんだろうかとの疑問を覚えつつ、唯斗は握り飯をほおばった。
「薄味ですね……ま、これはこれで」
そんな感想を言い、しばらく唯斗は調理場の様子を眺めていた。
「うーん」
そんな調理場を眺めていたのは唯斗だけではない。緒方 コタロー(おがた・こたろう)、緒方 樹(おがた・いつき)も近くでその様子を眺めていた。
「おもちゃしゃんはしょのおもちゃのかたちにそってるみらいれすね!」(おもちゃさんはそのおもちゃの形に沿ってるみたいですね)
「そうみたいだな」
コタローの言葉に、樹は素直に頷く。
「はとしたら、かいけつはかんたんなのれす! おもちゃしゃんがやりたいことを、やらせてあげればよいのれす!」(だとしたら、解決は簡単なのです。おもちゃさんがやりたいことをやらせてあげればよいのです!)
コタローは言う。
確かに、おもちゃに目的があってそれを達成させることで事態が解決するのなら、解決は簡単そうだ。
問題はその「やりたいこと」がおかしなことだったり、人に危害が加わったりする場合だが、その際には力づくでも止めるほかないだろうか、なども考える。
ともあれ、解決策の一つではある。樹はそれから、近くを通りかかった人にはそのことを伝え、解決のための一歩となるようにしようとした。
――が、それはあくまでも「おもちゃが暴れている」という状況に限った話ではある。
もし、悪意を持った人間がその暴れたおもちゃを利用するように考えたら……
そしてそれは現に、発生していた。
工場長室
「工場長室は無事みたいだな。よかった」
衣草 椋(きぬぐさ・りょう)は工場長室に向かっていた。
工場長は大変なロボット好きで、工場長室に多くのロボットなどを飾っている。椋は工場長と知り合いでもあり、ちょうどお気に入りのイコプラを工場長室に預けていたのを思い出し、心配で見に来たということだ。
「ん? あんたも工場長室に?」
その入り口には先ほどまで食堂にいた唯斗が足を運んでいた。
「ああ、そうだけど……あんたも?」
「工場長はロボットとかを集めてるんでしたよね。コアがあるとしたらここがくさいと思ったんですよ」
そう言って唯斗は名乗る。椋も自己紹介した。
「フハハハハハ!」
そんな二人の耳に轟く笑い声。声は明らかに、工場長室から聞こえていた。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! さあ、ロボットたちよ! このような狭いところから解放され、広い世界に飛び出すのだ! そして、我がオリュンポスのロボット兵団として、共に世界を征服しようではないか!」
そして響く物騒な声。唯斗と椋は慌てて工場長室の扉を開く。
「ぬ? フハハハハ! お早い到着だな! だがすでに時遅し! ここにあるロボットたちはオリュンポスがいただいた!」
工場長室はロボットやイコプラ、ぬいぐるみなどが大量にある。
そしてそれらが……一つ残らず宙を舞っていた。
「どどど、ドクター・ハデス!」
「なにをしてるんだよ!」
二人はその光景を見て叫ぶ。
「ククク、悪のロボット軍団よ! 我らオリュンポスの世界征服を成し遂げるべく、侵略作戦を開始する! 工場を制圧し、自由を手に入れるのだ!」
「おい冗談じゃねえぞ!」
唯斗が叫ぶ。
まさかと思って椋が部屋を見回すと、
「ああ、俺のイコプラ……」
椋のイコプラもハデス軍団に加わっていた。ハデスの周りをぐるぐると回っている。
「さあ行くぞ、我が同胞たち!」
ハデスが叫んで指示を出す。
イコプラやらロボットやらはそれぞれの武器を発射し、工場長室の壁を爆発させた。唯斗と椋が煙にむせ返っていると、ハデスの笑い声が遠ざかっていった。
「た、大変なことになった!」
「俺のイコプラ!」
唯斗と椋は顔を見合わせて叫ぶ。
そして、ハデスを追って工場長室から飛び出していった。
ハデスの笑い声、そして、ロボットたちが壁を破壊したであろう音が遠くから響いていた。
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